加護の儀式
同時刻 牛魔王邸周辺の山中
下界では早朝の六時頃になっていた。
白虎を抱き上げた百花は、小桃に何があったと瞬時に悟ってしまった。
「小桃が捕まったの?もしかして」
「ガウガウガウッ!!」
「そうなのね、誰に捕まったの!?」
「ガウガウガウッ!!」
百花は暫く黙っていると、頭の中に美猿王の声が響いたのだ。
「小桃を攫ったのは俺だ」
「美猿王っ!?なんで、私の頭の中にっ」
「俺は六神通(ろくしんつう)が使えんだ。その中の天耳通(てんにつう)は、世界の声や音を聞き分ける事が出来る力だ。仏教を極めた末に、得る力とでも言うか。今、お前の頭に語りかけてるのは、神通力(じんつうりき)だ」
*六神通 仏語。仏・菩薩ぼさつに備わる六種の超人的な能力。神足通・天眼てんげん通・天耳てんに通・他心通・宿命しゅくみょう通・漏尽ろじん通。六通*
*神通力 何事も自由自在になしうる力。通力*
ズキズキと痛む頭を抑えながら、百花は答える。
「小桃に酷い事をしてんじゃないでしょうね」
「裏切ったお前が小桃の心配をするのか」
「うるさい!!小桃は無事なの!?」
「お前がこの目で見て、無事がどうか確認したらどうだ?」
美猿王がそう言うと、百花の頭の中に小桃の姿が浮かび上がる。
鉄の手錠に繋がれ、体の至る所に切り傷が出来ている。
冷たい石の床に転がっている小桃は、静かに眠り続けていた。
百花は口元を押さえながら、自身の体から血の気が引いて行くのが分かる。
「なんで…、こんな酷い事が出来るのよ!!どうして!?」
「なんで?あははは!!お前の男も、よっぽど酷い事をしてきただろ?お前も見て見ぬふりをしてきたんだろ」
美猿王の低い声が、百花の胸に強く突き刺さる。
「助けたいなら、俺のいる場所まで来い。ただ、小桃を助ける事は牛鬼を裏切る行為だ。よく、考えてから決めるんだな。俺は別に来なくても良いんだぜ?」
それだけ言うと、美猿王は何も話さなくなった。
正確に言えば、百花の頭の中に語り掛けなくなったのだ。
百花は白虎を強く抱き締めたまま、暫くその場から動けなくなった。
「小桃か牛鬼様…のどちらかを選べと言う事…?私が?」
「ガウガウガウッ!!」
「私は…、二人が大切なの。二人を同じぐらい愛してる。それが罪だとでも言うの?」
百花と小桃は、小桃が小さい頃からの付き合いだった。
小さい小桃を妹のように可愛がり、姉のように小桃の側にいた。
小桃の成長と共に百花は隣にいて、幾つもの春夏秋冬を過ごした。
その生活は百花にとっては心地よく、永遠に続かない儚い夢だとも知っていた。
自分がこの幸せな時間を壊す事を知っていたのだから。
「百花ちゃん」
百花の頭の中に小桃の笑顔が浮かび上がる。
走馬灯のように小桃との生活の思い出が流れ、白虎を
この手で殺した時の小桃の顔が浮かぶ。
傷付い小桃の顔を思い出す度、百花は胸が張り裂ける痛みを味わった。
「小桃…、きっと一人で泣いてる。小桃は我慢強い子
だけど、本当は甘えん坊なのよ」
「誰が甘えん坊なんだ?百花」
「っ!?」
バッと後ろを振り返ると、牛鬼の姿があった。
上半身に羽織われたファーが少しの風で揺れる。
ボトッ!!
百花は、手に持っていた木苺が入った籠を地面に落とす。
「落としたぞ、これは木苺か」
牛鬼は膝を曲げ落ちた籠を拾い上げようとするが、百花が慌てて拾おうとする。
「あ、す、すみませっ」
「お前、俺を裏切んのか」
ガシッと、両手で軽く牛鬼は百花の首元を掴む。
「っ!?」
「お前も俺を裏切んのか、百花」
「牛鬼様…?何を言って…っ」
「所詮、お前も普通の女だったって事か」
牛鬼はそう言って、ゾッとする程に冷たい視線を百花に向けた。
「あーぁ、百花だけは変わらないと思っていたのにな。残念だよ」
ドンッと力強く百花の体を押し、地面に倒れさせる。
「牛鬼様っ、誤解です!!」
「誤解?笑わせんなよ。今すぐ選ばせてやるよ、殺されるか逃げるか」
牛鬼の足元の影が伸び、百花の首元に伸びる。
「牛鬼さ…っ」
「二度と俺のお前にその面を見せんな。不愉快で仕方ない」
「っ…」
百花は牛鬼の豹変ぶりについていけなかった。
今まで、自分に冷たい視線も冷たい言葉も吐かれなかった。
今、百花の目の前にいるこの男は本当に牛鬼なのだろうか。
ぐるぐると頭の中で、同じ言葉が繰り返される。
「酷いっ、酷いわ。貴方は今まで、そんな言葉を言わなかった。どうして?どうして、変わってしまったの!?」
「変わった?そりゃあ、変わるだろ?お前の事は、大事にして来ただろ?」
「私は昔のままで良かった。小さな家で、二人で暮らしていた時に戻りたかったの。貴方は結局、私より天之御中主神を取るのですね」
百花がそう言った瞬間、パシンッと頬を叩かれた。
ズキズキと痛む頬に触れながら、百花は牛鬼を見つめた。
「出て行け、お前の声も言葉も耳障りで仕方ねぇ」
「っ…、酷い人」
そう言って、百花は牛鬼に背を向け走り出した。
ドンッ!!
百花の頬を殴った手で、力強く近くにあった木を殴り付ける。
「俺の手届かない所に行ってくれ、百花」
そう呟いた牛鬼は、百花のいた方向に背を向け歩き出した。
同時刻、牛魔王邸周辺の山中
丁達と天邪鬼兄妹は鬼達の復活を肌身で感じ、美猿王の声が頭の中に届く。
「俺の所に来るか、悟空の所に行くか。好きに選べ、どちらを選んだとしても構わない。だが、よく考えると事だな」
神通力を使い、美猿王は丁達に接触してきたのだ。
「さぁて、いよいよだね。決めどきが来たって事さ」
そう言ったのは、邪だった。
「王と王、二人は同じなようで同じじゃない。別の存在だろ?いどちら側に着くのかと言う選択をする時が、遅かれ早かれする時が来ると思っていたよ。それが、今だ」
「俺達は…、若…。悟空の方に付くよ。俺達の罪を許してくれたお方だ。本当はどちらも選びたくない、どちらも大切なお方に変わらない」
邪の問いに丁は声を絞り出して答える。
丁の表情は曇っており、とても晴れかやではなかった。
「俺達は頭の意見と同じだ。あの人は俺達に手を差し出してくれた。俺達を見捨てなかったお人だ」
胡は自身の手の平を見つめながら、ギュッと握る。
「優しいよね、王は。だけど、美猿王様も優しいんだよ。僕と兄者の目をくり抜いたけど、死にそうになっていた僕達を生かしてくれたし…」
「お前等は最初からよ、美猿王様側だったろ?迷う必要はあんのか?」
天の言葉を聞いた李は、空気の読めない発言をした。
「李、空気、読も?」
「は、は!?俺、悪い事言ったのか!?今」
「うん」
「ゔっ」
傷付いた李の頭を高が優しく撫でる中、静かに邪が答える。
「フッ、そうだね。僕と天は王…、美猿王様側にいたね。少ししかいなかったけど、悟空様の側も居心地が良かったよ。だけと、ごめんね」
邪はそう言って、天の手を優しく握り締めた。
「僕達、兄妹は名前の通り天邪鬼でね?行動と言葉に矛盾する。だからね、僕達は戻るよ。本当の僕達の"王"の元に、必要とされる事が家臣にとっては、喜ばしい事だからね」
邪が言葉を吐くと、言葉を掻き消すような大きな風が吹き上げる。
風が吹き止み、丁達が目を開けると天と邪の姿がなかった。
「良いんですか?頭。あの二人を行かせちまってよ」
「俺達が二人を決める権利はないさ。それに考えて迷った結果、美猿王様の元に戻ると決めたんだ。二人のあのお方に対する忠誠心が見れた。俺達なんかよりも、二人は美猿王様の事を愛しているのさ」
李の問いに答えた丁は、天と邪のいた場所を見つめる。
「頭、屋敷の中が騒がしくなりました。さっきの血を飲ませた儀式と他に…」
望遠鏡を覗き込みながら、胡が呟く。
「他になんだ」
「分からないですが…。毘沙門天と他に二人、知らない奴等が屋敷に入って行きました」
「なんだと?すぐに頭に報告を…」
「おやおや、こんな所に盗みをしてる輩が…」
「「「「っ!?!」」」」
丁達は謎の男の声が聞こえた瞬間、現れた白沢の方に視線を向けた。
「ずっと、我々を監視するような視線が気になっていまして。困りますよ、こう言う事をされるとね」
「困るような事をしているお前等が悪いだろ」
白沢の問いに答えながら、丁は自身の武器である鎌を取り出す。
「ほう、まさかお逃げになるのですか?散々、盗みをしておいて?」
「悪りぃな、俺達はお前等と違って忙しくてな。捕まってる暇はないんだ」
ブンッと鎌を回しながら、丁は前に出る。
「そうおっしゃらずに、少し遊びましょうよ」
ドドドドドドドッ!!!
白沢の後ろから大きな足音が来答えた瞬間、犬神の大きな体が林の中から現れたのだ。
ビュンッと勢いよく、犬神の手が丁に向かって伸びてきたり
ガシッ!!!
丁の前に立った高が犬神の手を掴み、犬神の攻撃を止める。
「頭、下がって」
白沢は全く驚いた表情をせずに、高と丁の顔を交互に見つめる。
「ほう、犬神の拳を止めますか」
「テメェが大将か」
犬神の背中から牛頭馬頭が現れ、丁に向かって鉄叉が振り翳される。
ブンッ!!!
キィィィンッ!!!
牛頭馬頭の攻撃を止めた李は、牛頭馬頭の腹を蹴り飛ばす。
ドカッ!!!
「チッ」
「うちの大将に手を出すなんざ、百年早えーわ!!」
「んだと、この野郎!!上等じゃねーか、テメェから殺してやる!!」
「あぁ!?やれるもんならやってみやがれ!!」
キィィィンッ!!!
李と牛頭馬頭が言い合いをしながら、武器をぶつけ合う。
「おやおや、若いって素晴らしいですねぇ。血の気が多いと言いますか…」
「世間話がしたいのか?俺達の邪魔をしに来たんじゃないのか」
「ふふ、そうですねぇ。強いて言えば、暇つぶしでしょうか」
「は?何言ってんだ…?お前」
丁は白沢の言っている意味が分からず、困惑してしまう。
「命令されて来たんじゃねーのかよ」
「そうですよ?だって、貴方すぐに死んでしまうでしょう?私が手を出したら」
「んだと?」
「簡単に死なれたらつまらないじゃないですか」
そう言って、白沢は小馬鹿にしたように笑い出す。
「なんなら、お二人を相手しますよ。時間潰しにはなるでしょう?」
そう言って、白沢はペチンッと鞭を地面に叩き付ける。
胡は丁に耳打ちをし、白沢の前に立つ。
「後は任せた、胡」
「承知しまた、頭」
胡達を背にし、丁は走り出し林の中に消えて行った。
「おや、大将を逃したのですか。いやはや、我々とは違う考えをお持ちのようだ」
「自分の所の大将を逃すのは当然だろう?俺達はお前等みたいに、仲間を裏切ったりはしない」
ブンッ!!!
パシンッ!!!
白沢は振り翳された鎌を鞭で叩いて交わす。
丁の背後からは激しい音が聞こえ、足を止めずにひたすらに走り続けた。
「若っ」
荒い息と共に短く吐かれた言葉は、すぐに掻き消された。
牛魔王邸ー
牛鬼は門前で、天之御中主神達を招き入れていた。
「久しいな、牛鬼。息災であったか?」
「お久しぶりです、天之御中主神様」
「あぁ、お前の城を拠点としたいのだが良いか」
「それは構いませんが…。そちらの二人から、神力が感じられないのですが…」
牛鬼はそう言って、毘沙門天と吉祥天に視線を受ける。
二人はキッと目尻を上げながら、牛鬼を睨み付けた。
その反応からして、神力を奪われたのだと牛鬼は悟った。
「その事でも、お前に頼があるのだ」
「頼みですか」
「この二人はお前の察しの通り、神の座を剥奪されてな。なら、神とは違う力を与えようと思うんだが…。
どうだ、牛鬼」
「俺の血液が必要と言う事ですね?」
牛鬼の言葉を聞いた天之御中主神は、ニヤリと笑う。
「その通りだ。お前の血は僅かながら、俺の力が混ざっている。悪神にする儀式として、お前の血が必要だ。今更、神道を歩ける筈もない二人。どう使おうが、お前等は何も意見出来ない立場だと言う事を忘れるなよ」
そう言って、天之御中主神が振り返り二人に視線を向ける。
言葉にしなくても、視線だけで分かってしまう。
"役立たず"。
毘沙門天と吉祥天の中には、その言葉が重くのしかかる。
「も、申し訳ございません…っ、天之御中主神様」
「私達を捨てないで下さいましっ」
ザッと、勢いよく天之御中主神の足元に縋り付く二人。
天之御中主神はほくそ笑みながら、二人の手を取る。
「役に立つのなら捨てはしないさ。安心しろ、儀式が成功すれば良いのだ」
牛鬼はつかさず、広間の扉を開け天之御中主神に促す。
「広間が空いております。そちらで、儀式の準備を致しましょうか。何が必要ですか?」
「お前の血と私の力があれば良い。それから、お前の中にいる牛魔王を引き剥がしてやるよ」
「引き剥がす…?」
「言葉の通りさ。邪魔な存在を引き剥がし、人形と呼ばれる木の人形に魂を込める。その後は、捨てれば良いだろう」
天之御中主神の言葉を聞いた牛鬼は、ニヤリと笑う。
「そんな方法があるのなら、引き剥がせるのは有り難い。最近、邪魔で仕方がなかったのです」
「そうか。早速、お前の方から始めようか」
紫希は二人の会話を陰で聞いてた。
「これは…、まずいわね」
「何がまずいんだ?紫希」
「っ!?」
男の声がした方に紫希は勢いよく振り返る。
そこにいたのは、以前の姿とは違い歪な体付きになった鱗青だった。
背中には骨の羽が二本生え、右腕は巨大な腕に変形していた。
見るに堪えないほど、体の痛々しさが伝わってくる。
思わず紫希は鱗青から視線を外す。
「ははっ、見るに堪えないってか。そりゃそうだよな、こんな姿になってもよ…。みっともなく生きてんだぜ」
「アンタなんで、牛頭馬頭に酷い扱いされても側にいんの」
「俺から、アイツの側を離れる事は絶対にないよ。アイツが俺の側から離れたとしても、大切なのは変わらない。それに、俺は痛め付けれて当然の事をした」
「罪滅ぼしのつもり?」
紫希の言葉を聞いた鱗青は、黙って頷く。
「やった事は元に戻せない。死なせてしまった存在も、戻る事はない。なんで、俺は生きてんのかな」
「逃げれば良かったじゃない。自分のした事に後悔してんなら、逃げたら良かったじゃない」
「っ、お前に何が分かるんだよ!!!」
「っ!?」
鱗青は髪を掻き毟りながら、叫ぶ事をやめなかった。
「逃げれたら良かった?逃げれていたら、最初から逃げていたさ!!命令なんか聞かずに林杏の手を取って、駆け落ち同然の事をしたかった!!それが出来ていたらっ、出来ていたら、こんな事になってない事ぐらい分かってんだよ!!だけどっ、俺にはそんな勇気がなかった」
鱗青の瞳から大粒の涙が溢れ落ち、その場で泣き崩れる。
「あ、ぁぁぁあぁあああ!!」
「ごめんなさい、今の貴方に対して無責任な言葉を言ったわ。そうよね、逃げれていたら、こんな思いをしなくて済むものね」
「林杏っ、林杏っ!!あ、ぁぁぁぁぁああ!!」
「どうせ、殺される運命なら…。好きな人に会ってから、死にたいわ」
そう言って、紫希は鱗青に背を向け走り出す。
同時刻 天界 天帝邸
源蔵三蔵 二十歳
天帝の後ろを歩き始めて、はや三十分。
同じ長い廊下を歩いているのだが、一方に目的地に着かないのは何故?
おいおいおい!?
いつなったら、儀式の間だったか?
そこに着くんだよ!?
そんな事を悶々と考えいると、目の前に大きな茶色の
扉が現れた。
蓮の花が彫られている扉にソッと、天帝が触れると大きく扉が開く。
バンッと、勢いよく扉が開かれた先に広がった光景を見て言葉を失った。
橋の両側には綺麗な水が流れ、桃色の蓮の花が気持ちよさそうに浮いている。
どこからともなく流れる綺麗な水飛沫が、空中に浮き上がっていた。
言葉を失う程の美しい景色が視界に広がる。
「さぁ、橋を渡ろう。橋の先に儀式の間があるよ」
「ここは部屋の中なんだよな…?どこから、水が流れて…」
「この部屋ば外に繋がっていてね。儀式の間は外にあるのさ」
「な、成る程」
天帝の軽い説明を聞きながら、俺達は橋を渡る。
橋を渡り切った先にあったのは、大きな木出で出来た鳥居。
それから、四人分の盃と透明な酒瓶に入った水らしき物。
岩で作られたであろう机の上にセットされていた。
「悟空、まずは君の体を人形に移し替えるのが先だね。人形の胸の部分に彫られた梵字に、血を垂らしてほしい」
「垂らすだけで良いのか」
「うん、それで良いよ」
悟空は黙って親指を強く噛み、梵字部分に血を垂らす。
すると悟空の姿が消えたかと思うと、すぐに現れた。
「はい、これで終わりだよ。違和感かないかな?」
「え、え、えぇ?これで終わりなの?」
あまりの速さに思わず声が漏れてしまう。
見た目は変わってはないが、斬られた筈の腕は元通りになっていた。
ただ胸の部分に梵字が浮き上がっているのと、木の枝と葉が身体中に広がっている。
悟空は斬られた方の腕を伸ばし、動かすのを繰り返す。
「ど、どうした?もしかして、変な感じがするのか!?」
鳴神は慌てながら悟空の側に寄り、様子を伺う。
悟空は暫く黙ったままだったが、鳴神の顔を見ながら口を開く。
「いや…、なんでもねぇよ。違和感も別に…」
そう言って、悟空は天帝の顔を見つめた。
天帝は悟空の顔を見て優しく微笑み、細い指を自身の唇の前で立てる。
「そうかよ」
「ふふ、じゃあ始めようか。四人共、こっちに座って」
スッと悟空は天帝から顔を逸らし、天帝は俺達の方に顔を向けた。
俺達四人が置かれた盃の名前に腰を下ろすと、観音菩薩が机に置かれた酒瓶を手に取る。
それぞれの盃の中に水を注ぎ、一枚の新緑の葉を浮か
べた。
「汝らに神の加護があらんことを。我、天明の名の元に神力を示せ」
天帝が呪文のような言葉を吐くと、光り輝く四つの玉が現れる。
その玉が盃の中の葉の上に移動すると、小さな涙の雫の形の石に変形したのだ。
「最初に天帝の神力の欠片を葉で包んで、口に入れたまま聖水を飲み、流し込んでくれ。丸呑みする感じでな」
「ま、丸呑み…」
観音菩薩に言われた通りに、俺達は神力の欠片を飲み込む。
丸呑みをする時に、喉に異物が通る感覚が慣れない。
気持ち悪さを感じながら聖水で流し込む。
ゴックンッ。
喉を鳴らしながら飲み込むと、パンッと体の中で欠片が弾けた。
その瞬間、全身に何かが急速に流れ込んできたのだ。
力が溢れるような、新しい力が血液と共に身体中を駆け巡る。
「成功したようだね。どうだい?体に違和感はあるかな?」
悟空にした質問を、もう一度尋ねられた。
「違和感はありませんが…、力が溢れ出てくる感じが…」
「それは、体が神力を受け入れる為に働いてるんだよ。目には見えないけど、血液みたいに全身に駆け巡っているんだ」
「な、成る程…」
「これで儀式は終わりだよ。三人の傷が癒えてから、下界に降りるかい?」
そう言って、天帝は俺達に目配せする。
「いや、降ります。小桃が心配ですから」
「だってさ?哪吒、風鈴」
「「え!?」」
俺達の後ろから歩いて来たのは、哪吒と風鈴の二人だった。
俺と沙悟浄の言葉が重なる。
「お前等、なんで天界軍の軍服を着てんだ?」
猪八戒は二人の着ている服を見て、目を丸くさせていた。
「あぁ、二人は新たな部隊"百鬼夜行"に所属したんだ。悟空、君が大将としての部隊だ」
「はい!?悟空が大将の部隊!?」
観音菩薩の言葉を聞き、俺は大きな声で叫んでしまった。
「ど、どう言う…事?と言うか、いつの間にそんな話に!?」
「お前が眠りこけてる間に話が出たんだよ」
「おいおいおい!!そんな話が出てんなら、起こせよ!?」
悟空の淡々とした言葉を聞き、更に大きな声が出る。
「三蔵、皆んなの分の軍服貰ってきた。これに着替え
て?ボロボロの服のままじゃね?」
哪吒に言われ、自分達の服が破れだらけになっている事に気付く。
「早速、着替えさせて貰おうぜ」
「サッと着替えますか」
沙悟浄と猪八戒は哪吒から軍服を受け取り、着替え始めた。
ただ、悟空だけは天帝の横顔に怪訝な眼差しを向けている事に。
俺は気付かなかった。
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