天地がひっくり返る

同時刻、下界いた鳴神達の元に伝令を持った鴉が到着していた。


鳴神の腕に止まり、鴉が咥えている紐の巻かれた巻物を手に取る。


「観音菩薩からの伝令だな」


そう言って、鳴神は紐を解き巻物を広げて行く。


観音菩薩の殴り書きの字がつらつらと書かれていた。


「まずい事になったな」


「なんて書かれていたんですか、隊長」


雲嵐はそう言って、鳴神に尋ねる。


「一言で説明すると、鬼達の封印が解かれた」


「「「えっ!?」」」


鳴神の言葉を聞き、隊員達の驚きの声が重なった。


「俺の予想も当たっちまったようだ。天之御中主神も復活しているし、天界は大荒れだ。俺達に至急、戻って来て欲しいようだ」


「隊長、白鬼の懐から古い書物が出て来ました。表紙には、鬼の伝承と書かれています。持って帰りますか」

 

「当然だ。今後、大きく関わって来るからな」


「分かりました」


隊員の一人が白鬼の懐から、鬼の伝承を抜き取る。

 

ドンッと鳴神達の前に大きな鳥居が降り立ち、眩しい光を放つ。


「こんなに早く鳥居が?」


「それだけ急いでんだろ。鬼の復活は毘沙門天達にとっても、かなりの痛手だろうからな。行くぞ、お前等」


雲嵐の肩を叩きながら、鳴神は鳥居を潜った。



天帝邸の前に到着した鳴神達の目に飛び込んだのは、神々達の長蛇の列だった。


「鬼達の封印が解かれとは、本当なのか?」


「現に鬼達の気配がしておるだろ。あぁ、なんと言う事だ…」


「我々はこ、殺されてしまうのだろうか」


「そ、それは分からんが…」


口々に神々達は鬼達を恐れている言葉を吐く。


鳴神達は神々達を他所に、列を通り過ぎ天帝邸の中に入って行く。


「鳴神、お前も呼び出しを食らったのかぁ?」

 

「羅刹天、お前もその口だろ」


鳴神達の背後から声を掛けて来たのは、羅刹天だった。


二人は自然と肩を並べながら歩き出す。


「神達は自分が殺されるんじゃねーかって、ビビって

やがる。勝手だよなぁ」

 

「狩られる側にならないと分からないんだろう。神って奴は、いつだってそうだ」


「今からする会議も意味があんのか、ないのか。分かんねーよな」

 

「意味はあるだろ」


会議室に着いた二人は、部屋にいる人物を見ながら言葉を放つ。


右側の席に座る観音菩薩、左側に座っている毘沙門天。

 

観音菩薩の左右には如来と明王が座り、毘沙門天の隣には吉祥天が座っていた。

 

「天帝が目覚めていないのに会議ですか。いつから、天帝邸を自由に行き来するように?」

 

「あぁ、僕は天帝のお気に入りだからね。君とは違って、許されちゃったんだよね?それにしても…」


そう言って、観音菩薩は指を絡ませながら言葉を続ける。


「貴方こそ、随分と遊んでいらっしゃるようだ。あぁ、ただの遊びじゃないですよ?"悪遊び"の方だ」


観音菩薩の言葉を聞いた一部の神達が騒つく。


毘沙門天は笑顔を崩さずに観音菩薩の問いに返す。


「何を言っているのか分かりませんね。私には身に覚えがありま…」


「これを見てもですか?」

 

コトッ。


観音菩薩が机の上に水晶玉を置くと、映像が壁に映し出される。


毘沙門天と吉祥天、神々達が神獣達を狩っている所だった。

 

映像が切り替わり、狩った神獣達の血肉を神々達が貪っているシーンに変わった。


「ど、どう言う事ですか。し、神聖な神獣を狩っていたのですか?」


「あぁ、何という事だ…」


「これは事実なのですか?」

 

映像を見た神々達が観音菩薩に詰め寄る。

 

「この映像は事実ですよ。羅刹天を神獣山に偵察に行かせましてね?」


そう言って、観音菩薩は羅刹天に視線を向け目配せする。


羅刹天は観音菩薩の意図を読み、大声を上げた。


「毘沙門天の配下の神達が狩に来るのを見た。問い詰めたらすぐに吐いたぜ?毘沙門天の命令で狩に来たってな。あぁ、良いタイミングで来たな」


「羅刹天様、お連れ致しました」


雨桐が縄に繋げたままの兵士を連れて来ていた。


羅刹天は証人として、兵士を一人生き残らせていたのだ。


その兵士を見た毘沙門天は、あからさまに嫌な顔をした。


「おい、毘沙門天の命令で狩りに来た兵士だろ。洗いざらい吐いた方が身の為だぜ?」


「ひっ!?」


「俺に喋った事をもう一度、話せば良いだけだ」


「は、話すも何も…」


シュンッ!!


ブシャッ!!

 

兵士の首が跳ね飛ばされ、切断部分から血が噴き出す。


返り血がべっとりと羅刹天の体に付着する。

 

「貴方の行動で現実味が増しまたが?吉祥天」


如来はそう言いながら、吉祥天の方を見つめた。


バサッと血の付いた扇子を広げ、吉祥天は風を仰ぐ。


「おいおい、死人がでしゃばってくんじゃねーよ。吉祥天、今のお前はここにいる権限もねーだろ」

 

「貴様、妾を愚弄するのか!?お前如きが?!」


明王の言葉を聞いた吉祥天は逆上する。


「私の妻を愚弄するのはやめてもらいたい。明王殿、貴方の言葉は度が過ぎている」

 

「お言葉を返しますが、毘沙門天殿。貴方こそ、死んだ筈の吉祥天を甦らせた事は大罪なのでは?本来、亡くなった神は自然に還り草木に変わります。吉祥天の遺骨を使って、罪なき人間を贄として捧げたそうですね?その事について、どうお考えですか天帝」


如来はそう言って椅子から腰を上げ、壇上に向かう。


「天帝だと?彼はまだ眠って…」


「おや、私なら起きているよ毘沙門天」


「なっ!?」


いつの間にか壇上に立っていた天帝を見て、毘沙門天は驚愕した。


神々達も一斉に天帝に深々と頭を下げる。


「おはよう皆んな。頭を上げて、話し合いを始めようじゃないか」


「天帝、羅刹天の調査結果は聞いた通りです。毘沙門天は兵士達や配下の者達に神獣を狩らせ、血肉を食していました。本来、神秘なる神獣に危害を加える事は罰せられき罪です。危害だけではなく、食す事は死罪に値します」


「うんうん、如来の言う通りだ。吉祥天が口封じの為に兵士を殺したようだね?」


如来の報告を聞いた天帝は、優しい笑みを浮かべたまま言葉を述べる。


「死人に口なし、そう言う言葉があるけれど。君達に支えている兵士や神達の体型を見れば分かる事だ。随分と良い食事をしているようだ」


毘沙門天派の神や兵士達は、他の神や兵士達よりもかなり太った体型を指摘される。


「そ、それはっ」


「て、天帝。こ、これは食べ過ぎで…」


「顔もテカっているし、普段から脂身を食べている証拠だ。それに、体に青色の痣が浮き上がっている。これは神獣を食べ過ぎて湿疹が出来ているじゃないか」


「「っ!!」」


天帝に指摘された神と兵士達は、焦りを見せる。

 

「君達は罪人として投獄させて貰う。黄泉の国に行き、罪人としてだ」


「そ、そんなっ!?」


「私達は、毘沙門天様の命令を聞いていただけですよ!!」


「だとしても、命令を受け入れたのも食べたのも君た

ちの意思だ。違うかな?」


天帝の言葉を聞いた神と兵士達は口を閉じた。


「毘沙門天、君は半妖や妖怪人間を作り出しているよ

うだね。神器も無断で持ち出したようじゃないか」


「半妖も妖怪人間も必要なんですよ。これなら起きる戦に向けてね」


「戦だと?」 


「あぁ、復活した鬼達を殺す為のなぁ?」


男の低い声が響き渡り、空気が静まり返る。


会議室の扉を開けて入って来たのは天之御中主神だった。


「やっぱり君も生き還っていたのか、天之御中主神」


「あぁ、この世に未練があり過ぎたからなぁ?お前を

殺せなかった事も未練の一つさ」


そう言って、天之御中主神は天帝の顔を覗き込む。


「俺の力を分断させやがってよぉ?経文ってやらにしたそうだなぁ?」


天之御中主神の体から黒い霧が浮き上がり、天帝の体を包もうとした。

 

パァァンッ!!!


ブワッ!!!


天帝が手を大きく叩くと、黒い霧が一瞬で消された。


天帝はそのまま天之御中主神の着物の懐に手を入れる。


スッと蓋の開いた瓶を取り出す。

 

瓶の中には、数匹の黒い幼虫がウヨウヨと蠢いていた。

 

「天帝、その幼虫は…?」


「これは毒虫の幼虫だよ。どうやら、隙を見て天帝を殺そうとしたらしい」

 

如来の問い答えたのは、黄緑色の小さな梟だった。


どこからか飛んで来たか分からないが、梟は観音菩薩の肩に止まる。


目付きの悪い梟は右羽を兼ねる上げた。


その仕草はメガネを指で上げる仕草に似ている。


「おい、観音菩薩や。その梟…、誰かに似てねぇか」

 

明王はそう言って、まじまじと梟を見つめた。

 

「似てるもなにも、天部本人だよ」


「…は?」


「聞こえなかった?て、ん、ぶ、だよ天部」


「聞こえてるつーの!!この梟が天部だと!?」

 

観音菩薩の肩から離れた梟は、明王の鼻を嘴で突く。

 

「痛て!?いててててて!!や、やめろって!!」


「貴方は相変わらず馬鹿みたいな顔してますね」

 

「いたたたたたたた!?こいつは天部だ!!間違いねぇ」


明王は涙目になりながら訴える。


「天部、そのぐらいにしておいて」


「はい、天帝。すみませんでした」

 

「君がこんな姿になったのは、天之御中主神が体を破壊したからだろう?」


天帝の言葉を聞いた神々達は、唖然とし言葉を失った。


「か、体を破壊?」


「天部殿は死んだと言う噂は事実ではなかったのか?」

 

「今更なんだが、あの男が天之御中主神なのか?」


ざわざわと会議室内に騒つく。


「忘れていたのか?天之御中主神。天部を含めた私の下に付く神達には、私の加護が付いている事を」


「加護と言えば聞こえが良いが、要するに首輪だろ?お前が着けたのはよぉ」

 

「君達には天界から出て行ってもらうよ」


天帝はそう言って、天之御中主神と毘沙門天、吉祥天に視線を向けた。


「何を言ってんのよ!?妾達を追放するだと?ふざけるのも大概にっ」


「ふざけてなんかいないよ、吉祥天。君が死んでからも、天界の秩序が変わらなかった。妖怪と神達の対立が続いている事こそが、大きな原因だったんだ。私はね、妖達と手を取る未来もあって良いと思うんだ」


「貴様、何が言いたい。妾達を天界から追放出来るとでも思っているのか!?」


そう言って吉祥天は、バンッと机を強く叩く。 

 

「妖怪も人も神も、同じ地で産まれ育ったじゃないか。なのに何故?いつから妖だけを卑下するようになったのだろうか。全ての根源は、天之御中主神の心変わりから始まった。どうして、貴方は妖を蔑んだ」


少し背の高い天之御中主神を見上げながら、天帝は言

葉を続ける。


「私達も所詮、力を持った人間に過ぎないんですよ。天之御中主神、貴方も最初は…」

 

「偽善者ぶるつもりか天帝。貴様も世界が壊れて行くのを見た傍観者の一人だったろうが」


天之御中主神が天帝の胸ぐらを掴み、顔を引き寄せる。

 

「なんて事を!?」


「天帝の胸ぐらを!!?」


神々達が騒ぐ中、天帝の着物の胸元が大きく肌けた。


美しい形のまま膨らんだ胸が露わになり、観音菩薩等は目が丸くなった。

 

「て、天帝は女性だったのか…?」


「男よりも女みたいな身体付きだとは思っていたが…、マジか」


如来と明王は頭を掻きながら、天帝の胸元から視線を逸らす。

 

天帝は力強く天之御中主神の手を叩き、胸元を治す。


「天帝なんて偉そうに呼ばれやがって。お前に世界を

変えれる資格もなければ権利もねぇんだよ。お前が俺を、俺を刺した日からな」

 

天之御中主神は大きく胸元を開け、深い切り傷を見せる。

 

「目障りな行動は慎んでもらいましょうか、天之御中主神。呼ばれてもいないのに勝手に来て?おまけに騒ぎを起こすとは子供のようだ」

 

観音菩薩が挑発するような口調で語り掛ける。


「貴様、天之御中主神様になんて口の聞き方を!!」


「悪神を蘇らせる為に遺骨を持ち出し、人間と妖を実験の為に無差別に殺した罪。それから、神獣を狩り食した罪。大罪を三つを犯した貴方には、神としての地位を剥奪します」

 

「なっ!?お前が勝手に決めただけだろ!?ただの神である観音菩薩に、何の権限もないだ…」


「これを見てもまだ、言い訳をするつもりですか?毘沙門天」


観音菩薩の手に持っていたのは、一枚の紙だった。


「天帝の印鑑が置かれた正式な剥奪書です。書かれてある事を全て読み上げましょうか?」

 

咳払いをした後、観音菩薩は剥奪書を読み上げる。

 

「毘沙門天の神としての地位を剥奪し、神力を没収し天界への出入りを禁止する。また、毘沙門天に協力した者も同様に神は神力を没収し、兵士達は牢獄刑に処す。貴方もですよ、吉祥天」


「こんな事が許されると思っているのか!?天帝、地位を奪うだけではなく神力も奪うのか!!」

 

「おいおい、吉祥天。何で、お前が被害者面してんだよ」


吉祥天の慌てぶりを見た明王が馬鹿にしたように笑う。

  

「毘沙門天、吉祥天等の天界と下界での行動。あれは度が過ぎていますよね?毘沙門天邸で、太陽神聖の大将である哪吒に対する暴虐態度。身に覚えがありますよね」


「あのクソ人形の仕業か!!」


「おやおや、哪吒太子は何も言っていませんよ。ですが、貴方の態度を見れば一目瞭然だ」


観音菩薩の言葉を聞き、吉祥天は黙って睨み付ける。


「納得が行きませんよ、天帝」


「納得が行かなくても君達がして来た事は大罪だ。罪のない人間を生贄にしただろう?吉祥天を蘇らせる為にね?それに、私が神眼(シンガン)を持っている事を忘れたのか?」

 

「っ…。全て見ていたと言う事か」


「君が産み出した哪吒を痛め付けてるの見て、正気の

沙汰じゃないと思ったね。よくもまぁ、あんな事が出来たものだ」


そう言って、天帝は眉間を親指で押さえる。


*神眼 全てを見通す眼力、嘘を見通す力があり、天帝に任命された者に授かる能力*


「やめとけ、毘沙門天。ここは大人しくしておけ」


毘沙門天が言葉を発する前に天之御中主神が制止する。


「で、ですが!!」


「俺の言葉が聞こえなかったのか」

  

「っ…、分かりました」


天之御中主神に睨まれ、毘沙門天は下を向きながら口を閉じた。


黙っていても毘沙門天が悔しがっているのが分かる。

 

「鳴神、飛龍隊に兵士達を牢屋に牢獄して欲しい。頼めるだろうか」


「て、天帝自ら俺達に!?」


「こ、これって凄い事だよな…?」


「ま、任せて下さい!!!」

 

天帝の言葉を聞いた飛龍隊の隊員達は、戸惑いながらも返答をした。


「ありがとう、早速だが頼めるだろうか」

 

「分かりました。副隊長の雲嵐が責任を持って連れて行きます。お前等、連れて行くぞ」


「了解です」

 

雲嵐と飛龍隊員達は、兵士達を拘束し会議室を後にした。

 

「ふざけんじゃないわよ、天帝…いや、糞女が。好き勝手に発言してんじゃないわよ!!」


ガタガタガタッ!!

 

吉祥天は椅子から勢いよく腰を上げ、天帝の前まで歩みを進める。


「吉祥天、天帝から離れろ」

 

スッと天帝の前に如来が立ち、吉祥天を止めた。


吉祥天は扇子を大きく振り上げ、一気に暴風を起こした。


ブォォォォォォォ!!!


「追放されるのなら、天帝を殺してからじゃ!!妾と夫を侮辱しおって!!」

 

「天帝、俺の後ろから離れないで下さい」


「如来、貴様は邪魔じゃ!!!」

 

ブォォォォォォォ!!!


さらに大きく扇子を振り上げ、大きな竜巻を起こす。

  

「うっ!?」


「ぐあぁぁぁぁぁ!!!」


会議室にいた神々達が吹き飛ばされる中、観音菩薩達はとある人物達によって守られていた。


黒いベルトの装飾を基調とした襟付きの長いジャケットを着た二人組は、哪吒と風鈴だった。

 

「風鈴、観音菩薩様達をお願い」

 

「こっちの心配はいらないよ。哪吒、頑張って」


「大丈夫」


哪吒は太刀を構え、大きく振りかぶる。


ブォォォォォォォ!!!


大きな竜巻を一刀両断した哪吒は、吉祥天の前に立ちはだかる。

 

哪吒の姿を見た毘沙門天は、鬼の形相で声を荒立てた。


「哪吒…、貴様!!生き延びやがったな」

 

「天帝、遅くなりました」


毘沙門天の言葉を無視して、哪吒は天帝に頭を下げる。


その行動に腹を立てたのは吉祥天だった。


「お前の所為だ。こんな事になったのは、お前の所為だ!!!」

 

吉祥天が手を上げ、哪吒に振り翳した。


だが哪吒は吉祥天の手首を掴み、慣れた手付きで床に倒す。

 

吉祥天の手首を掴んだまま背中に回し、動きを封じた。


「離せ!!離せって言ってんだろ!!」


「威勢が良いなぁ?哪吒だっけか?お前」

天之御中主神が、にやにやしながら哪吒を見つめる。


「良いなぁ、お前。お前を懐かせておけば良かった」


「貴方に懐く事はない」


「ほう?それは分からないだろう?」


「悪いけど、哪吒達を天之御中主神に渡すつもりはないよ。毘沙門天に返すつもりもない。哪吒は百鬼夜行

に加わったんだからね」


天帝の言葉を聞いた天之御中主神と毘沙門天は、驚きの表情を浮かべた。


「百鬼夜行だと?」


「貴方がずっと反対していた私の案です。妖に神と同じ権限を持たせました。百鬼夜行を率いるのは…、おっと天之御中主神も想像が付いているようだ」


「あははは!!つくつぐ、お前を殺したくなったよ。本当にどこまでも俺の邪魔をしてくれる」


「さぁ、神力を渡してもらうよ」


ビリッ!!


そう言って、天帝は剥奪書を破り捨てる。


剥奪書が破かれた瞬間、毘沙門天と吉祥天の体から光の玉が飛び出す。


神々しい光を放つ光の玉は天帝の前に移動し、すぐに消滅してしまった。


すると、毘沙門天の体が老人のように皺だらけになって行く。


「あ、ああぁ…」


枯れた低い声を出しながら、毘沙門天がその場で蹲る。


「おいおい、皺だらけの爺さんになっちまったぞ」

「当たり前でしょう。我々は神力のお陰で見た目を若いまま維持出来るのです。数百年も生きているんですから、体は老体していますよ」

 

「吉祥天はなってねぇのは、若い女の体を贄にしたからか」


「ええ、まだ二十歳そこそこの女だったんでしょうね」


明王の呟きに反応した天部は、答えながら観音菩薩の肩に止まる。


「天帝、貴方は昔から観音菩薩ばかりを贔屓(ひいき)していた。観音菩薩しか可愛くなかったのでしょう?」

 

「君と観音菩薩を贔屓した事はない。二人を平等に扱っていた」


「そんな事、あるはずがないだろう!!」

 

毘沙門天は床を這い蹲りながら、天帝の前に移動する。


「私と観音菩薩を同じように接してくれた事はない。その事を痛い程、私自身が感じていた。どうして?どうして、嘘を付くんですか」


「君が先に私から距離を取り始めただろう?私はね、観音菩薩と協力してくれる未来を待っていたんだ。だ

が、きみをこうさせてしまったのは私の責任だ」


「な、んですかそれ…。あぁ、やっぱり貴方は観音菩薩しか信じていないんだ」


毘沙門天はよろよろと立ち上がり、天帝を睨み付ける。


「妾はずっと夫の側にいたのじゃ。貴様は夫を軽蔑し、観音菩薩にばかり時間を費やしていた。不平等の世界なら、妾達だって不平等にして良いではないか」


「天帝、俺が不平等に扱わなくても世界はそうなっていた。人間、妖、神、多種族の存在がいれば生じる。世界はな、美しくなんかねぇぞ。この世は弱肉強食だ。弱い者は食われる。当然の権利だよなぁ?強い奴だけが甘い果実を啜れんだ」


「だからこそ、この世の生物達は変わらないといけない。最初に変わるのは我々、神だ。人と妖が協力し合う未来の手本が三蔵一行の四人なんだ」


吉祥天と天之御中主神の言葉を聞き、天帝は大きく発言をする。


天帝の響いた声を聞いた鳴神と羅刹天は、三蔵一行の顔が浮かび上がった。


「彼等はこの先の未来の光だ。確かに、世界は美しい事ばかりじゃない。辛い経験や思い、人の汚い感情を見る事だってあるだろう。だが、美猿王が鬼達と成した事は世界にとって革命だった。分かるだろ?天之御中主神、妖達が地上で暮らし始めても天界人に危害を加えた事はなかった。寧ろ、協力的な姿勢で天界人達とも打ち解けた」


天之御中主神と吉祥天、毘沙門天の足元に襖が現れた。


その瞬間、勢いよく襖が開き足元が浮いた。


「これで終わりと思うなよ、天帝。俺はお前を必ず殺す」


天之御中主神はそう言い残して、落下して行った。


パタンッと襖が閉まり、会議室に静けさが残る。



毘沙門天と吉祥天は神の地位を剥奪され、下界へと追放した。


天帝と天之御中主神の本格的な戦いの幕開けだった。

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