完敗した三蔵一行
美猿王と泡姫は、星熊童子達のいる門前に到着していた。
足元に転がる閻魔大王の首には目もくれず、美猿王は一点だけを見つめた。
星熊童子もまた、美猿王だけを見つめ瞳を潤ませる。
「月鈴」
星熊童子の愛称を作ったのは美猿王だった。
鬼としての名ではなく、一人の女としての名を星熊童子は欲しがった。
美猿王は月夜に鳴る鈴、月鈴と命名したのだ。
「王…っ」
星熊童子は真っ先に美猿王の元に駆け寄り、目の前に立つ。
美猿王が星熊童子の腕を引き、力強く抱き寄せる。
どちらともなく唇を寄せ口付けを交わす。
二人の間に会話は無用だった。
お互いはお互いの心中の中すらも、理解し合っていた。
目を合わせれば互いの考えが手に取るように分かる。
相手が何を考えているのか。
相手が何をしようとしているのか。
美猿王は星熊童子の唇から唇を離し、指を使って顔を上げさせる。
「月鈴、まずは誰から殺そうか」
「分かってるくせに意地悪するの?」
「フッ、この問いは愚問だったな。"一人残らず殺す"そうだろ?」
そう言うと、美猿王を見ながら星熊童子は笑う。
もう一度、美猿王は星熊童子に口付けをした。
泡姫は美猿王の甘い声を聞こえないように耳を塞ぐ。
美猿王に嫁がいる事は昔から知っていた。
記憶を失った美猿王と対面した時、泡姫は一目で恋に落ちたのだ。
美猿王と星熊童子が会ったら、互いをと求め合う事も予想ついていた。
だが、泡姫は目の前の現実を受け止められなかったのだ。
自分には労いの言葉を言ってくれるが、甘い言葉はない。
好意を示しても答えてはくれず。
泡姫の体に触れる事もさえもない。
「美猿王…っ、いや、いや」
そう言って、泡姫は泣き出してしまった。
鬼達は自然と美猿王の周りに集まり、すぐさま跪く。
「王、生きていてくれて良かったよ」
「遅くなって悪いな、お前等。記憶を失っていた所為で来るのが遅れてしまった」
「記憶が引き継がれなかったのか?」
「恐らくな」
温羅の問いに美猿王は淡々と答える。
「もしかして一度、王が世界を終わらせた時の影響かな…」
「世界を終わらせた…?」
縊鬼の言葉を聞いた泡姫は目が点になった。
「どう言う事ですか、美猿王…。この世界は一度、終わっているのですか?私は長く生きていましたけど、
そんな瞬間は訪れていなかった筈です」
「世界の終わりに干渉していない奴等は、一瞬で消えたのさ。それこそ瞬きした瞬間にね?お嬢さん」
「ありえないですよ、そんな事!!だって、いつもと変わらない日常だったんですよ?何一つ変わってなんて…」
「そりゃそうだろ、最初に世界を終わらせたのは神達だ」
美猿王の代わりに泡姫の問いに答えたのは温羅だった。
「正確に言うと、牛鬼と天之御中主神。あとは、毘沙門天と吉祥天とか言う糞女だったろ。あの女、また復活しやがった。くせぇ匂いがぷんぷんしてる」
夜叉は嫌悪感丸出しの表情を浮かべながら言葉を吐く。
「本当に夜叉は吉祥天が嫌いだねぇ」
「尻軽だろあの女は」
「何人かの神が復活してるだろうねぇ。全く殺しても死なない奴等だねぇ」
「じゃあ、今の世界は…?二番目の世界と言う事なの?」
夜叉と温羅の会話に泡姫が割って入る。
「さっきからそう言ってるだろ、女。理解出来てねーのか」
面倒くさそうに泡姫の問いに金平鹿が答えた。
「私が気付かないうちに変わっていたの?神の都合の…っ。ゔっ!?」
泡姫の腹に刀が突き刺さっていた。
刀の刃から血が滴り、傷口からも血が広がる。
「え?」
「人の男に集る女は誰?お前?」
「ガハッ!?」
星熊童子は更に強く、泡姫の腹に刀を突き刺さす。
「私、嫉妬深いから王に目線送るだけでも許せないの。面倒だと思うでしょう?口に出したらね、何もかも嫌なの。男でも女でも、あの人に目を止める奴等は嫌い」
「なっに…いって…」
「私の男に集る奴等は全員殺す」
「っ!?」
星熊童子の死んだ目を見た泡姫は言葉を失った。
一言でも話せば殺されると思ったからだ。
「月鈴」
「分かった」
美猿王の言葉を聞いた星熊童子は、ズポッと泡姫の腹から刀を抜いた。
「利用価値があるんだね、私よりも?」
「意地悪の仕返しか?月鈴。お前を物として扱った事は一度もない。勿論、鬼達も同じだ」
「ふふっ、私達以上に貴方の役に立つ存在はいないよ。あ、でもこの子は使えるよね?」
そう言って、星熊童子は傷だらけの小桃に自然を送る。
「ほう、桜の精がここにいるとはなぁ」
「俺達の封印を解いたのも、この女の血なんだぜ?王」
「へぇ、金平鹿達のか。華妖怪の血に利用価値が高くついたな」
金平鹿の言葉を聞いた美猿王も小桃に視線を向けた。
源蔵三蔵 二十歳
閻魔大王の兵士達を悟空が無双乱舞を決めていた。
俺達が手を出さす暇すらなく、兵士達を一掃する。
「死ね、死に腐りやがれ!!!」
「ぐああぁぁぁあ!!」
「ガハッ!!」
血反吐を吐きながら兵士達が次々と突き飛ばされた。
「お、おおおおおおっ?」
猪八戒が目をパチパチさせながら、悟空を見つめる。
「これ…、俺達の出番なくね?」
「おい、三蔵!!」
「は、はい!!」
独り言を呟いていると、悟空が鬼の形相で声を掛けてきた。
「俺の体はどうなってんだ?美猿王は何をした?何故、俺と奴は分断できたんだ」
怒って来ると思うや否や、悟空は違う事を聞いてきた。
ここにいた兵士達は悟空に倒され、床に倒れて伸びている。
少し長くなる説明をしても問題ないだろう。
「あ、俺もそれは気になってたんだよ。どう言う理屈?でなってんの?」
猪八戒は首を傾げながら尋ねてきた。
「美猿王はこの札を使ったんだと思う」
そう言って、俺は懐から人形の形をした札を取り出す。
「この札が関係してんのか?人形みたいな形してるけど」
「これは式神札と言って、本来なら先祖の陰陽師達が作った式神達が札の中に入ってるんだけど。札の真ん中に梵字が書かれてるだろ?」
猪八戒の問いに答え、更に言葉を続ける。
「一瞬だったけど、美猿王が持っていた札には梵字が書かれてなかった。式神は陰陽師が念を込めて作られるものだ。美猿王は念を使って悟空を体から引き剥がして、式神札に封じ込めたんだと思う」
眉間を押さえながら、俺は予想の混じった説明を続けた。
「美猿王は上位陰陽師の力を持っていて、作られた悟空の人格を札に封じ込めたんだ。念の能力は精神の強さと匹敵するんだよ。その書を読む限り血統術の会得する為にした修行が、美猿王の精神力を強した。そして、美猿王は半妖ながらも陰陽師の技を使える」
「美猿王の中に、もう一人の人格が作られたのが悟空だったな?美猿王は頭の中?から悟空を引き剥がしたと言う事か?」
俺の説明を聞いた沙悟浄が考えながら言葉を吐いた。
沙悟浄の思った通りの事が起きたんだと思う。
悟空と言う人格は美猿王を抑え込める存在だ。
須菩提祖師は美猿王を止めたかったから、名封じの術を使った。
鬼の伝承の通りなら、美猿王は神の悪事を暴いた正義者。
美猿王はきっと、鬼が封印されてる場所に向かった筈だ。
「あの糞野郎、俺を体から追い出したって事か。だが、最悪な事に美猿王と意識が繋がってやがる。泡姫と共に鬼達が封印されてる墓地に向かっている」
悟空がそう言った瞬間、空気全体にドンッと強い妖気が体に触れた。
今までに感じた事のない妖気が、体に重くのしかかる。
「何だっよ、この妖気はっ」
「かなり強いな…」
猪八戒と沙悟浄の額に冷や汗が噴き出ていた。
「美猿王の後を追い掛けるぞ」
そう言って、悟空は一足先に階段を駆け上がって行く。
俺達も慌てて階段を駆け上がり、悟空の後を追う。
タタタタタタタッ!!!
悟空は迷わず閻魔大王の宮殿を飛び出し、直進に進んで行く。
赤い彼岸花が辺りを占める墓地に入った時だった。
俺達の目の前に腹から血を出した泡姫が倒れていた。
「泡姫!?ど、どうしたんだよ、その傷!!」
「うる…さいわね」
泡姫は睨みながら俺の言葉に反応する。
「体に触れるぞ、泡姫」
そう言って、沙悟浄が優しく泡姫の体を抱き起こす。
「何があった」
「鬼達の封印が解かれていて…、悟空様に懐いていた子が…」
「っ!!」
泡姫の言葉を聞いた悟空は急いで、開かれていた門の中入って行った。
俺と猪八戒だけで悟空の後を追い、門の中に入る。
入り口付近で閻魔大王の首が転がっていて、体の方には深い傷があった。
俺達は閻魔大王の死体よりも、違う方に視線が奪われていた。
血だらけの小桃を抱えた緑来。
美猿王の腕に抱き着いてる女、女の周りにいる男達。
一眼見て男達と女が鬼だと察しが付いた。
女の真っ黒で死んだ目が俺達を静かに捉えている。
「テメェ…、小桃に何してんだ」
ドォォォーン!!
悟空がそう言った瞬間、足元の地面が地割れを起こした。
「あ?テメェ、俺等の王に舐めた口きいてんじゃねーぞ」
オレンジ髪をした男が悟空の首元に刀の刃を向ける。
だが、悟空もまた男の首元に如意棒の先端を向けていた。
「うるせぇな、ピエロ。お前は引っ込んでろ」
「あぁ!?」
「金平鹿、刀を下ろせ。コイツがさっき言った分身だよ」
美猿王の言葉を聞いた金平鹿と呼ばれた男が刀を下ろす。
「何だ?悟空、一丁前に女を汚されて怒ってんのか?」
「小桃は関係ねーだろ」
「関係あるさ、この女は花妖怪だ。俺の女と鬼達の封印を解けたのも花妖怪の血のお陰だ」
ダンッ!!!
その言葉を聞いた悟空は、一瞬で美猿王の前まで移動した。
ブンッと勢いよく如意棒を美猿王に振り翳したのだが…。
キィィィン!!!
美猿王の背後から巨大な骸骨が現れ、如意棒の動きを止めた。
骸骨の右肩には、肋の骨が丸見えの少年が腰を下ろしている。
「君、王と同じ匂いがする。何で?」
少年が悟空を睨み付けながら言葉を吐く。
悟空は如意棒から手を離し、指を素早く動かしくながら口を開いた。
「オンキリク、シュチリビリタカナダ、ナサヤサタンバヤ、ソワカ」
そう言うと、ただの棒の先端に鋭い刃が生え槍の姿に変形した。
悟空が使った技は霊力補助の技だ。
如意棒にも霊力が込められていたのか。
でなければ、武器が強化されないからだ。
ガシッと如意棒を掴み、骸骨の巨大な手を振り払う。
ガッシャーンッ!!
グラッと大きく骸骨が揺れ、少年は上手く地面に着地する。
ブンッ!!
「何で、緑来が鬼達側に立ってんだよ!?それに、小桃ちゃんに何かしたのか!?」
そう言って、猪八戒は紫洸の銃口を向ける。
「あぁ、したさ。これも姫様の為だ」
「まさか、姫様って…。美猿王の隣にいる女の事を言ってるのか」
「この人は陽春を生き還らせてくれたんだ!!」
緑来はただの骸骨を見ながら嬉しそうに叫んだ。
俺と猪八戒の目には、ただの骸骨にしか見えなかった。
骸骨に纏われた紫色の煙が毒々しく漂っている。
緑来はもしかして、"幻覚"を見せられているのか?
「緑来…、テメェ…。何してやがんだ!!!」
「「っ!?」」
背後から沙悟浄の怒鳴り声が聞こえ、猪八戒と共に振り返る。
沙悟浄は牙をキッと見せながら、緑来を睨み付けていた。
「か、頭!!陽春が生き還ったんですよ!?嬉しくないんですか?!」
「ふざけんなよ、お前。それのどこが陽春なんだ!?ただの骸骨だろうが!!」
「頭も花妖怪と同じような事を言うんですね」
「いつから小桃ちゃんの事を下に見るようになった?緑来」
「頭も他の奴等も何で、陽春の事を骸骨って言うんだ!!」
緑来が泣きそうな顔をしながら叫ぶ。
「縊鬼、温羅、夜叉、金平鹿。半妖共を潰して来い」
美猿王は俺達を見ながら命令を下した。
呼ばれた四人が一斉に刀を構え、それぞれが一斉に姿を消した。
俺の目の前に現れたのは緑髪の男だった。
ブンッ!!
キィィィンッ!!
「悟空?!」
悟空がいつの間にか俺の前に立ち、刀の攻撃を如意棒で受け止めていた。
「お前は小桃を連れ戻して来い。緑来なら何とか相手出来るだろ」
「わ、分かった!!」
霊魂銃を構えたまま、男と悟空の隣を通り過ぎる。
「おいおい、お前が俺の相手をするのか?」
「テメェの相手を好き好んでする訳ねーだろ」
キィィィンッ!!
刀を弾き飛ばすように如意棒を振り回す。
ブンッ!!
悟空は男の腹を突くように、如意棒の先端を突き刺さす。
キィィィンッ!!
男は片手で刀を持ち変え、先端の軌道を変える。
そのまま男が刀の刃を走らせ、悟空の肩を貫く。
ズシャッ!!
男の刀が悟空の肩に刺さり、悟空の如意棒の先端が男のわき腹を貫いた。
悟空がわざわざ戻って来たって事は、かなりやばい相手なんだ。
美猿王よりも小桃を奪還するのが、今の明確な目的だ!!
後ろから骸骨が追い掛けて来るのが見えた。
振り返らずに霊魂銃の銃口を骸骨に向け引き金を引く。
パンパンパンッ!!
バキッ、バキバキバキ!!
弾丸が骸骨に当たり、骨が砕ける音がした。
振り返る暇はなかった。
とにかく目の前にいる緑来から小桃を!!!
シュンッ!!
一筋の光が走った瞬間、頬にチクッと小さな痛みが走った。
向けられた刀の刃が鼻の先すれすれの距離だった。
視線を辿ると真っ黒な瞳の女が刀を向けていた。
いつの間に目の前に来ていたんだ?
ブシャッ!!
何かが噴き出す音がした瞬間、左の視界が真っ赤に染まった。
恐る恐る左肩に触れてみると、ネチャッとした感触が指を伝う。
ガクッと膝が折れ、地面に倒れ込む。
「外しちゃった」
「は、は?」
「首、切り落としたと思ったんだけどなぁ」
いつ斬られたのか分からなかった。
手も足も出なかったって、こう言う時に使うのか。
「人間ならこのぐらいの傷だと死ぬんだけどな。君、神の加護があるんだ」
ゾッとする程に冷たい視線が突き刺さる。
「月鈴、そいつは陰陽師と呼ばれる職についてる。神の親戚みたいなものだ」
「殺す?」
「ソイツには興味ない。たかが人間、半妖の方がタチが悪いだろう」
「人間には興味ないものね」
美猿王と女が話してる間に札を取り出し、破り捨て息を吹き掛け飛ばす。
スッと人差し指と中指を立て、「音爆螺旋」と術式を唱える。
ジャキンッ!!!
金色の鎖が美猿王と女、緑来の手足を拘束する。
緑来の手から小桃が解放され、地面に落下しそうになった。
慌てて緑来が手を伸ばそうとした瞬間だった。
パァァンッ!!
ブシャッ!!
三蔵の背後から猪八戒が緑来の手を撃ち抜いた。
「させるかよ、緑来!!」
「邪魔だな、お前の手」
夜叉がそう言って、刀を猪八戒の手に目掛けて振り下ろす。
「猪八戒、避けろ!!!」
キィィィン!!!
沙悟浄が地面に落ちていた石を蹴り上げ、夜叉の刀を弾く。
ブシャッ!!
沙悟浄の左足の太ももに刀の刃が突き刺さる。
金平鹿が躊躇なく太ももから刀を抜き、傷口にかかとを振り下ろす。
ドカッ!!
「ぐっ?!」
「あははは!!腹がガラ空きだぜ!?」
ズシャッ!!
金平鹿は笑いながら沙悟浄の右脇腹を斬るが、水蒸気になって沙悟浄が消えた。
「あ!?幻覚かぁ?」
「お前こそ、背中がガラ空きだ」
水蒸気の姿から元の姿に戻った沙悟浄は、金平鹿の背中を叩っ斬った。
キィィィン!!
金平鹿は振り返らずに腕を上げ、沙悟浄の刀の攻撃を止めた。
キンキンキンッ!!
涼しい顔をしたまま夜叉は、撃ち飛ばされる弾丸を斬
り落とす。
「悟空を小桃ちゃんの所に行かせねぇと…」
そう呟きながら、猪八戒は鉄扇を取り出し大きく振り上げる。
ブンッ!!
ブォォォォォォォ!!
大きな竜巻が現れ、鬼達を分断させる。
「悟空!!今のうちに行け!!」
悟空は一瞬だけ猪八戒に視線を向け、一気に飛び上がる。
ダンッ!!
大きく飛んだ悟空は緑来の前に着地をし、地面に落ち
そうになった小桃を抱き止める。
そのまま強く抱き寄せ、小桃の肩に顔を埋めた。
「そんなに大事なら、引き離すような言葉を言わなけ
れば良いのになぁ?」
「あ?」
「あぁ、そうか。お前、失うのを怖がったな?」
そう言って、美猿王が悟空の顔を指で持ち上げる。
「言葉にしなくても俺達の意識は繋がってんだ。相当、可愛がってんじゃねーか」
「王、いつまで遊ぶの?」
星熊童子が美猿王の背後から抱き付き、頬に口付けをした。
「俺の言葉を待つ必要はないだろ?お前の好きなようにすれば良い」
「ふふ!!だよね?」
星熊童子が持っていた刀を地面に突き刺さした。
その瞬間、三蔵達の足元から太い木の根っこが地面から浮き上がる。
一瞬の速さで、何本もの太い気の根っこが四人の体を貫いた。
至る所から伸びた木の根っこ達が四人の体を突き刺さす。
細く伸びた木の根っこが三蔵の首に巻き付き、近くにいた縊鬼が引っ張り締め上げた。
「ぐっ!?」
「このっ!!」
猪八戒が紫洸の銃口を縊鬼に向けようとした時、血が噴き出した。
ボトッ。
紫洸を握っていた手が猪八戒の足元に落ちたのだ。
「邪魔すんなよ、半妖」
ズシャッ!!
身動きの取れない猪八戒を容赦なく夜叉は斬り付けた。
ズシャッ!!
「ぐぁぁぁあっ!!」
「猪八戒!!」
「うるせぇぞ!!」
同じく身動きの取れない沙悟浄を金平鹿もまた、容赦なく斬り付ける。
「やめろ」
「あ?」
悟空の小さな声が聞き取れなかった美猿王は聞き返す。
「やめろっつってんだ!!!」
ブワッと大きな風が噴き、縊鬼と夜叉と金平鹿の動きが止まる。
「ふざけんなよ、美猿王。これがテメェのやり方か」
「なぁ、悟空。綺麗事だけでは世界は変えられないんだぜ?」
「テメェ…」
「仲間の命か女を渡すか。どちらを選ぶ?悟空」
美猿王は悟空に問いただす。
「どちらかだって?笑わせんなよ美猿王」
ビュンッ!!!
ズシャッ!!!
悟空が握っていた如意棒が伸び、美猿王肩を貫いた。
「王っ!?」
突き刺さった如意棒を見て、星熊童子は驚きの声を出す。
「俺は両方選ぶ。お前だって分かっていただろ」
「今のお前は俺の体から追い出されたんだ。その事を深く理解しているのか?」
肩の傷から溢れた血が数本かの刃の形に変形し、悟空の体を左右から突き刺さした。
グサッ、グサグサグサグサグサ!!!
「ガハッ!?」
「安心しろ、心臓は貫いてやらないよ」
そう言って、悟空の手から小桃の体を引き剥がす。
ガシッと美猿王の手を掴み、小桃を取り戻そうと手を伸ばした。
ズシャッ!!
星熊童子が地面から刀を抜くと、悟空の伸ばした手が斬り落とされた。
「王の体を傷付けたコイツを殺す。今すぐ殺す」
「やめろ、月鈴」
「どうして?」
「番人のお出ましだ」
美猿王がそう言った後、悟空の背後に目を向けた。
「ギャァァァァァァァ!!!」
「爺さん!?勝手に出てきたのか」
奇声を出しながら化け物化した須菩提祖師が、悟空に
覆い被せたまま二人を睨み付ける。
「人間としての尊厳を失っても尚、悟空を守るか」
「ガルルルルッ…」
「王、この化け物は何だい?」
斬られた傷を押さえながら、温羅が美猿王の側に寄り問い掛た。
「あぁ、コイツは須菩提祖師だよ。元は人間だったがな」
「みっともないねぇ、こんな姿になっても生きたいのか」
「迎えが来たな」
温羅の問いに答えながら赤い空を見上げる。
空から大きな鴉が羽を広げながら地面に着地した。
「そうだ、悟空。これはお前に返してやる」
美猿王は肩に突き刺さった如意棒を抜き、悟空の目の前に突き刺さす。
夜叉の持っていた煙管から出ていた紫色の煙は、意識操作が出来る煙である。
悟空の周りに紫色の煙が纏わり、ガクンッと意識が落ちてしまった。
意識の失った悟空の耳元で、美猿王が囁いた。
「これは酷いな」
墓地に到着した観音菩薩と如来の目に飛び込んだのは、木の枝に突き刺さった三蔵一行だった。
三蔵一行は鬼達に手も足も出なかったのだと、観音菩薩は悟る。
そして、三蔵一行は旅始めて初めての敗北だった。
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