あの頃と今の君は

牛魔王邸ー


百花(百花仙子)


熱を出していた牛魔王は、寝ている間に牛鬼様に変わっていた。


牛鬼様は縁側から夜空に浮かぶ月を眺めながら、煙管を咥える。


フゥッと白い煙を空に向けて吐き、遠くを見つめた。


視線の先は月ではなく、彼方遠くの相手を見ているようだ。


「牛鬼様、どうかしました?」


「百花、あの人が目を覚ましたようだよ」


「あの人って…」


額に冷や汗が流れ、ドクンッと心臓が跳ね上がる。


「天之御中主神様だよ。俺と美猿王に会いたがってるようだ」


鮮明に思い出される天界にいた頃の記憶。


カタカタと震え出す体を抑えながら、牛鬼様に視線を向ける。


「あ、会いに行かれるのですかっ?あ、あの人に」


「俺は百花が大切だから行かないよ。お前の事を傷付けたから」


そう言って、牛鬼様は私の体を抱き締める。


「百花、天之御中主神様は美猿王を欲しがっている。俺なんかよりね」


「牛鬼様…」


牛鬼様は天之御中主神の復活を喜んでる。


何故なら、美猿王を殺せる存在だからだ。


「百花、俺と美猿王はもう二度と生まれ変わる事は出来ない。互いに命の灯火が弱りつつあるからだ」


「ど、どう言う意味…ですか?」


私がそう言うと、牛鬼様は私の体を離してしまった。


「言葉の通りの意味だよ、百花。俺と美猿王、どちらかが死ねば終わる。ようやく俺と美猿王の殺し合いが終わるんだ。百花、お前にやって欲しい事があるんだ」


「何ですか?牛鬼様」


「お前に牛魔王の新たな六大魔王に入って欲しい。その為には、俺の血を飲んでもらいたいんだ」


牛鬼様の目付きはあの神、天之御中主神の目付きと同じになっていた。


あぁ、変わってしまったんだ。


私はありのままの牛鬼様が良かったのに。


醜いと呼ばれていた容姿だって、私は好きだった。


貴方と言う存在を好きになったのよ。


誰よりも優しかった貴方は、天之御中主神の所為で変わってしまった。


私の事を道具のように扱う事はしなかった。

なのに、どうして?


「牛鬼様…、どうして…。変わられてしまったのですか…?」


牛鬼様の目を見ずに言葉を吐いた。



数千年の彼方、辺り一面に淡い青色の勿忘草。


泣き腫らした目をした私に彼は見惚れていた。


醜い痣だらけの肌、一重の瞳、ボサボサの黒い髪。


私はこの男が誰なのか知っている。


天界の神と天界人から嫌われている男、牛鬼だと。


私と牛鬼様との出会いだった。


花妖怪は殆ど女しかいない妖で、容姿も優れていた所為か神達の宴に舞いを踊らされていた。


神は気に入った花妖怪を部屋に連れ込み、一晩共にする事もあった。 


私達が乱暴に神達に抱かれる夜は、孤独よりも酷いものだ。


何の為に私達は生まれて来たのだろうか。


男に抱かれる為だけに生まれて来たのだろうか。


世界を作った天之御中主神が、性欲と言う欲を作り出したからだ。


私達、花妖怪が天之御中主神の手によって産み出されたのは。

 

妖怪でありながらも、天界に住む事を許された私達には地獄のような生活だった。


妖怪は性行為と呼ばれる行為をしても妊娠しないらしい。


そのように作り上げた天之御中主神は、私達に娼婦の仕事を与えた。


夜になるのが怖かった。


神々達に乱暴に抱かれる時間の始まりだからだ。

 

首元を抑えられ、息のできない苦痛に苛まれる。


神はその表情を見て嘲笑い、さらに興奮した表情に変わる。

 

その瞬間が嫌で嫌で仕方なかった。


神の体を押し除け、天之御中主神の屋敷から出て行った。


正体がバレないようにフードの付いたマントを羽織

り、街の中を走る。


暗かった空が明るくなり、朝になった事を知らされた。


息を切らしながら空を見上げて、自分の体に視線を通す。


朝日の太陽が眩しいくらいに輝き、男に汚された私を照らしていた。


なんて汚い体なんだろう。 


白い肌も男に触れた部分も黒ずんで見えてしまう。


フワッと花の香りが鼻を通った。


思わず足を止め、匂いのする方に視線を向ける。


木のバケツに色んな花の種類が生けられていた。


客と思われる天界人達が花を選んでいる。


「いらっしゃいませ、贈り物をお探しですか?」


男性客に声を掛けたのは、花屋の店主と見られる男だった。


優しい笑顔を向けた爽やかな男がにこやかに笑う。


艶やかな黒い髪に一重の瞳、色白い肌の男からは、花

のいい香りがした。

 

「あぁ、妻に花を送ろうと思ってね。何かいい花はあ

るかい?」


「そうですね…、こちらはいかがですか?」


男はダリアを数本、木のバケツの中から取り出す。


「大きくて綺麗な花だ。名前は何と言うだい?」


「ダリアと言います。そして、花言葉は感謝。それから華麗、優雅と言う意味があります」

 

「花言葉?花にそのような言葉があるのか?」


「ありますよ。中々、口に出せない思いも花にして伝える事が出来ます。花は心を和ませる効果もあります」


花言葉…、そんなものがあったのか。


あの人は花を愛おしそうに見つめるんだな…。


そんな事を考えていると、男と目が合ってしまった。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「あ、え、えっと…」

 

声を掛けられるとは思っておらず、言葉がもたつく。

 

「ゆっくり見て行って下さいね」


そう言って、男性は店の中に入って行く。


私は言われた通りに花を見ていく事にした。


薔薇、百合、霞草、コスモス、チューリップ、ガーベラ。


私達花妖怪とは違って美しい花達。


男は小さな鉢植えを持って、日が当たる場所に置いた。


大きな蕾の鉢植え…か。

 

「なんの花が咲くの」


「え?」


「大事そうにしてるから、なんの花が咲くのかなって」


「あぁ、成る程。これは蕾が開くまで分からないんだ」


「分からない?」

 

そんな花があるのだろうか。


この男はなんの花か分からないのに、育てているのか。


「変な花が咲いたらどうするの?想像よりも汚い花だったら」


「変わらずに育てるよ。どんな花になっても、咲いてくれたら嬉しいからね」

 

男はそう言って、私に優しく微笑む。


何だか気恥ずかしくなり、視線を地面に落とす。


「君は花は好き?」


「嫌い」


「どうして?」


「綺麗なだけで…」


綺麗だけで、男に蝕まれる私達を見ているようだから。

 

その言葉を口にするだけで吐き気がした。


「顔色が悪いね、あそこの椅子に座った方がいい。飲み物を持ってくるから待ってて」


男は急足で階段を駆け上がって行った。


言われた通りに椅子に腰を下ろし、フードを取る。


店の奥にいるし、天界軍の兵士達に見つからないだろう。


今の所はだけど。


これからどうしよう。


どうやって生きて行けばいいのかな。

 

「大丈夫?」


そう言って、男は私の顔を覗き込んできた。

 

今まで向けられた事のない優しい瞳。


私と目が合うと男性の頬が赤く染まって行く。


その姿が何故か、凄く可愛いと感じてしまったのだ。

 

こんな事を男性に思ったのは始めて…。


「あ、えっとっ。お、お茶!!冷たいお茶を持って来たから…」


可愛らしいコップに入ったお茶を手渡され、口に運ぶ。


冷たいお茶が喉を通り、渇きを潤す。


「少しは顔色が良くなったかな?」


「うん、ありがとう」


「いえいえ、君はこの辺に住んでるの?」


「違う」


私がそう答えると、男は何も聞いてこなかった。


「ゆっくりしていって。どうせ、暇だから」


「ここは花屋?」


「そうだよ、小さな花屋だけどね。買ってくれるお客さんがいるから、なんとかやれてるよ」


「…」


この男は凄く落ち着く話し方をする。


私に触れてこないし、色目を使ってこない。


女慣れしていないのだろうか。


目を合わせるだけで顔を赤くするぐらいだ。


「私の顔になにか付いてる?」


「へ!?目と鼻と口が付いてるよ!?」


「あはははっ、そんなの当たり前じゃない」


おどおどしなから男性は想像外の言葉を吐いた。


それがおかしくて、涙が出るほど笑ってしまった。


「はぁ、おかしい。私なんかに赤くなる必要はないのに」


「変な事言ってごめん…。君みたいな綺麗な子、見た事がなかったからっ。でも、笑ってくれて良かった」


「笑ってほしかったの?」


「勿論」


「なんで?初対面の女にそう思うの」

 

分からない。


この人間の男の考えが分からない。

 

「理由か…、そうだなぁ。君には笑顔の方が似合いそ

うだから…って、理由にならないね」


「私、笑った事ないの」


「え?」


「生まれてきてから一度も笑った事ないの」


笑うって、どう言う事なんだろう。


心の底から私の心が満たされて、自然に頬が緩む事はなかった。


「だから、笑えって言われても無理なの」


「無理して笑う必要ないよ。ごめんね、無神経な事を言ったね」


「なんで謝るの?貴方は何も悪くないじゃない。悪いのは私、気を遣わせてるのも私だし」


「いやいや、僕の方こそ女性の扱いに慣れてない所為で…。申し訳ないよ」


男は眉を下げて、本当に申し訳なさそうだった。


この男の素直さに甘えて、少しだけ匿ってもらおうか。

 

きっと、男は二つ返事で了承してくれるだろう。


良いじゃない、男を利用したって。


私は散々、男達に好き勝手されてきたんだから。


「申し訳ないならさ、しばらく住ませてくれない?行く所がないのよ、私」


「え?!」


「だめ?」


そう言って顔を覗き込めむと、男は優しい微笑みを向けてきた。


「行く所がないなら、うちにおいでよ。僕の家はすぐ側にあるし、君が一人で住むには申し分ないと思うよ。一つだけ、お願いがあるんだ」

 

「お願い?」


「お店を手伝って欲しい。それだけなんだけど…、良いかな…」


「そんな事か、もっといやらしい要求をしてくるかと思った」


「し、しないよ?!」

 

私の言葉を聞いた男は顔を真っ赤にし、手をブンブンと振る。


「冗談よ、本気で弁解しなくても良いのに」


「なんだ…、冗談か」


「アンタ、名前はなんて言うの?お前って呼ぶのちょっとね」

 

「お前はちょっとね…っ。僕の名前は、光(コウ)。君の名前は?」


「…、百花」


それから、私が光の花屋で生活をする日々が始まった。


身元がバレないように長かった髪を切り、人間のフリをした。


光は私の世話を焼くようになり、何かとしてくるようになる。


「百花!!飯を作ってきたんだ。一緒に食べよう」


木のバケツの中で濁った水を捨て、新しい水を注いでいた時。


光が笑顔で重箱を差し出してきた。


本来、妖は食事をしなくても生きていける。


私が妖だと言う事は光にまだ話していない。

 

ここに住み着いて一週間近く経つけど、何事もなく日常が過ぎている。


花達に囲まれている空間にいる事で、余計な事を考えなくなった。


朝、昼、夜と光の側にいて妙な感情が生まれた。


光の事が気になり出してしまった。


気付けば彼を目で追い、背中をジッと見つめてしまう。


優しい言葉を掛けられると嬉しい。


光が女の客を相手にしているのが気に入らない。


独占欲?


これが?


私が光に対して抱いてしまった感情は、恋愛感情だ。


ジィッと見つめると光は顔を赤くする。


一ヶ月も側にいるのに目を合わせると照れている。


だけど、初々しい反応をしてくれるのは嬉しかった。


女の子扱いしてくれるのも、優しい所も好きだ。


夜中に目覚ましてしまい、水を飲みに台所に向かっている時だった。


ギィッ…。


物音がし目を向けると、裏口の扉が開いていた。


月夜に照らされていたのは血塗れの光だった。


だが、光の体から黒い煙のようなものが出ていたのだ。


強い妖気が肌に刺さる感触がする。


もしかして…、光は私と同じ妖なの?


そう思っていると、光の顔に黒い痣が現れた。


私はその黒い痣に見覚えがあった。


黒い痣がある男の事も知っていた。

 

天之御中主神邸で神や花妖怪達、使用人からの暴言を吐かれていた牛鬼だと。


バタッと牛鬼はその場で倒れる。


すごい傷…、よく見たら斬られたような傷が多くあった。


もしかして、妖との戦で負った傷だろうか。


美猿王と牛鬼はずっと、戦を繰り返していた。


一度、殺された牛鬼は天之御中主神によって、すぐに生まれ変わった。

 

美猿王が戦に勝った事は妖達にとって、大きな革命だった。


地下層に落とされた妖達は地上に出る事を許され、街に買い物をするのも許可された。

 

天界人達は妖達を見て怪訝な顔をしていたが、妖達は天界人に手を出さなかった。


美猿王が妖達に命令していたからだ。


牛鬼と美猿王は互いに殺し合う運命にいる。


だけど、二人が小さい頃は仲が良かったそうだ。


静かに眠る牛鬼の頭を持ち上げ、自分の膝に乗せる。

光が牛鬼だったなんて…。


だけど、どうして人間のフリをして生活を?


「百花…」


「っ!!」


牛鬼は私の名前を呼びながら、お腹に顔を埋めてきたのだ。


キュウッと胸が締め付けられた。


きっと、私は光が何者だろうと気持ちは変わらない。


貴方が私に優しくしてくれたように、私も優しくしたい。


そう思いながら、私は牛鬼の髪を優しく撫でる。


目を覚ました牛鬼は顔を真っ青にしながら、土下座をした。


「本当にごめんなさい!!百花の服、血塗れにしちゃって!!」


「そんなのは良いけど…」


「そ、それと嘘を付いててごめん」

 

「牛鬼だって言わなかった事?」


私がそう言うと、牛鬼は黙って頷く。


「幻滅したでしょ?こんな醜い顔だし…。君の前では出したくなかったんだ」

 

「どうして?」


「勿忘草の花畑で泣いている君を見つけた時、君は僕の事を気持ち悪がっただろ?」


牛鬼の言葉を聞いて、少し前の記憶が読み戻る。


天之御中主神邸から離れた場所に勿忘草の花畑があった。


私はその場所で隠れて泣いていた時だった。


「だ、大丈夫?」


目を擦りながら声のした方に視線を向けると、顔を赤くした牛鬼がいたのだ。


私の泣いている姿に牛鬼は見惚れている容姿で、見つめてくる。


「何?」


「あ、ごめん」


「謝るぐらいなら声を掛けないで」


そう言って、牛鬼を睨み付けた覚えがあった。


だけど、それは牛鬼が醜くて気持ち悪いからじゃない。


「違う、違うのよ。貴方が気持ち悪いから睨んだ訳じゃない」


「え?」


「泣いてる姿を見られたくなかったの」


「そうだったんだ。だけど、泣いてる君は凄く綺麗だったよ」


牛鬼の言葉は心の底から本当にそう思っているようだった。


気を遣った言葉じゃない。


「私は綺麗なじゃない、汚いのよ」


「僕の方が汚いじゃないか。君は汚れてなんかないよ」


「嘘よ。貴方も花妖怪達が、どんな扱いを受けていたか知ってるでしょ。毎晩毎晩、神達に抱かれてるの見ていたでしょ」


「見ないフリをしたくなかったんだ。だから、この場所を作ったんだ」


私にはその言葉の意味が分からなかった。


牛鬼は私の為にこの店を作ったと言うの?


「どう言う事なの?」


「えっと、君が逃げ出した時に住む家がないと困ると思って…。花が沢山ある場所を作りたかったんだ」


「私を逃すつもりだったの?そんな事したら、自分がどうなるか分かってるの?」


「う、うん」


「どうして、そこまでしようとしたの?私は貴方に何もしてないのよ」


そう言って、私は牛鬼に視線を向ける。


「き、君が好きだから…。勿忘草の花畑にいた君が綺麗で…。君の為に何かしたかったんだ」


「私の事が好きなだけで?こんなに花を用意したの?」


「うん。君は花の中がよく似合うから」


胸が締め付けられ、息苦しくなった。


牛鬼の目が、私の事を本当に愛おしそうに思っているのが分かる。


嘘偽りのない言葉が胸に沁みて泣けてきた。


「あ、ごめん!!泣かせるつもりじゃっ!!」


「私の事、大事にしてくれるの?」


「え?」


「嫌な事しない?酷い事しない?私の事…、大事にしてくれる?」


牛鬼が前に立ち、私の体を壊れ物に触れるように優しく触れる。


そのまま流れるように背中に手を回し、優しく抱き締めた。


「大事にするよ、大事にするに決まってるじゃない」


「うん」


「こんな僕だけど、君の側に居させてくれる?」


私は言葉の返事の代わりに牛鬼の背中に手を回した。


牛鬼、いや牛鬼様の女になってから幸せな日々を送れていた。


私達は花に囲まれながら平和に暮らしていた。


だけど、天之御中主神が許す訳がなかったのだ。


「戦…?」


「うん、天之御中主神様からの命令でね。また、戦が始まるよ」


そう言って、牛鬼様は明け方なのに出掛ける支度を始めた。


「そんなっ、戦は終わってなかったの?」


「戦は終わる事はないよ百花」


「牛鬼様が行かなくてはいけないのですか…っ?」

私の言葉を聞いた牛鬼様は私を優しく抱き締めた。


「必ず帰ってくる。だから、待っていてほしい」


「ずるい人」


「ごめんね、百花」


牛鬼様は名残惜しそうに私の体から手を離し、出て行ってしまった。


その日以来、牛鬼様は帰ってこなくなった。



昔の記憶を思い出していると、牛鬼様の冷たい視線が刺さる。


「酷いな、百花。君にそんな風に言われるなんて」


今まで見た事がないくらいの冷たい表情をしていた。


一気に身体中の血の気が引いて行くのが分かる。


「なぁ、百花。俺の事を愛していないのか?」


「愛してます、心の底から愛してます。だけどっ、私

はあの頃のように戻りたいんです!!」


「取り戻す為に血を飲めって言ってるんだよ」


「っ…」


あの頃とは違って美しい容姿、僕じゃなく俺と言うになっていた。


どうして、どこで変わってしまったの?


あの頃の優しかったあの人がいない。


牛鬼様が私を見つめ目には愛おしさがなくなっていた。


「牛鬼様」


牛鬼様の背後から声を掛けてきたのは白沢(ハクタク)だった。


「契りの儀式の用意が出来ましたよ。鱗青(ネンシン)と牛頭馬頭(コズメズ)は既に、広間にいらっしゃいます」


「行くぞ、百花。新たな六大魔王の誕生の儀式だ」


そう言って、牛鬼様は私の腕を掴んだまま歩き出す。


掴まれた腕に痛みが走り、乱暴に掴まれている事が分かった。


ガラッと襖を開け、牛鬼様と共に広間に入る。


中には犬神、鱗青と牛頭馬頭に紫希が盃を持って座っていた。


ガラスで出来た仏像の前に牛鬼様は腰を下ろし、隣に私を座らせる。


白沢が血の入っているだろう酒瓶のような物を持ってきた。


「さぁ、白沢。それぞれの盃に血を注いでくれ」


「分かりました」

 

とぷとぷっと盃に赤黒い血が注がれて行く。


牛鬼様に持たされた盃の中に血が、溢れそうなほど注がれた。


本当にこの血を飲んで良いのだろうか。


この血を飲んでしまったら、もう元に戻れなくなりそうな予感がした。


「鱗青、お前は二度目の血を飲む事になるが問題はないだろ?」


「はい…」


「更なる力を得られる事を光栄に思うんだな」


「あ、有り難きお言葉です…」


牛鬼様は鱗青の反応を見て、フッと口角を上げる。


「牛鬼様、注ぎ終わりましたよ」


「あぁ、ご苦労だった白沢。一気に飲み干してくれ」


白沢、牛頭馬頭、鱗青は盃の血を言われた通りに飲み干した。


その瞬間、鱗青の体から骨の折れるような音が聞こえてきた。


ボキッ、ボキボキボキ!!


「ゔっ、がっ。がぁぁぁあぁあ!!?」


背中の骨がぼこぼこと動き始め、背中から背骨が皮膚を破って現れた。


ブチブチブチブチッ!!


「あっ、あ、あ、あかあまぁぁぁああ!!!」


鱗青が苦痛の表情を浮かべながら、奇声を上げる。


皮膚の破ける音、骨の折れる音、血が噴き出す音。


耳を押さえたくなる程の嫌な音達。


鱗青の背中から骨が浮き出し、体も少し膨張していた。


「拒否反応が出たか、死んではないだろうな?」


「死んでませんよ、虫みたいに痙攣してます」


「あははは!!虫は良い例えだな、牛頭馬頭」


牛頭馬頭が鱗青をゴミの見るように見つめ、牛鬼様は

楽しげに笑っている。


紫希は黙って血を飲み干し、口元を指で拭っていた。


「百花、飲まないのか」


「え、あ…」

 

牛鬼様は私の手から盃を取り口を付け、血を口に含んだ。


そして、私の顎を指で上げ唇を塞ぐように口付けをしてきたのだ。


「うっ」


口の中に鉄の味が広がり、喉が熱くなって行く。


潤む視界の中にいた牛鬼様は、天之御中主神を見ているようだった。

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