囚われた小桃

小桃(桜の精)


ただ降りて来ただけなのに、何もされてないのに。


凄く…、怖い。


星熊童子は小桃の前に立って顔を覗き込んでくる。


見られているだけなのに…。


何で、こんなに怖いの?


「そんなに怖い?私の事」


「えっ、えっと…」


「怖いって顔に書いてある。私はこの子を抱っこしたかったの」


星熊童子は、マントのポケットで寝ていた白虎を抱き締めていた。


いつの間にマントから出したの?


白虎が居る事にも気付いていたんだ。


「可愛いね、この子。名前は?」


「びゃ、白虎です」


「何だよ、そのままじゃねーかよ」


背後から男の声がし、視線だけ後ろに向ける。


見えたのはオレンジ髪をした男の人で、何故かピエロのようなメイクをしていた。


この人も鬼…だ。


しかも、小桃と緑茶は鬼達に囲まれてる。

姿を見せなくても、威圧的な妖気を肌で感じていた。


「金平鹿、距離が近いよ」


「だって、この女から王の匂いがすんだぜ?」


金平鹿と呼ばれ男の言葉を聞いた星熊童子は、白虎を撫でる手を止める。


その瞬間、背筋の凍るような寒い風が吹いた。

「へぇ」


星熊童子は一言だけ呟いただけなのに、怒っているのがすぐに分かった。


「姫、王は姫以外の女に興味ない筈だ。昔からそうだったろ?」


緑髪の男の人が現れ、星熊童子の肩に触れる。


「あの女から色々聞けば良い。いずれにせよ、俺達はここを出て拠点を作らないといけないだろ?」


「うん」


「まずは、隣にいる男の夢を叶えてやれよ?そうしたら、あの男は"堕ちる"」


星熊童子と温羅と呼ばれた男は、何か恐ろしい会話をしてるのが分かる。


狙いは緑来…?


緑来がポケットに手を入れ、短剣を取り出そうとしてるのが見えた。


チラッと小桃に視線を向け、攻撃するタイミングを合わせようとしている。


刀に手を添えようとした時だった。


スッと小桃と緑来の首元に刀が向けられ、殺気が向けられる。


「動いたら首を刎ねる」


そう言ったのは、黒いマスクをした男だった。


「コイツ等、武器を出そうとしてたぜ。腕の一本や二本、へし折っとくか」


金平鹿はそう言って、緑来の顔を覗き込む。


「夜叉」


夜叉と呼ばれた男が小桃の手を掴み、一瞬にして地面に体を叩き付けられる。


「姫様!?」


「動がない方がお前の為だぜ?色男。死にたいなら、殺してやるけどよ」


「姫、持って来たよ」


金平鹿の言葉を遮るように、骸骨を持った少年が星熊童子に声を掛けた。


「ありがとう縊鬼。その骸骨、貸して」


縊鬼と呼ばれた少年は骸骨を星熊童子に黙って渡す。


星熊童子は骸骨を持ったまま、緑来に視線を向ける。


横にいる緑来は何故か、骸骨を見て目が丸くなっていた。


驚いた表情をしていて、それから泣きそうな顔をに変わって行く。


普通、ただの骸骨を見て泣きそうになる?


何かがおかしい。


嫌な予感が頭を過ぎる。


緑来の目には、ただの骸骨に見えていないんだ。


星熊童子はあの骸骨に何かした?


だとしたら、いつ?


「ここに来る前に言った事、覚えてる?」


「あ、あぁ…、お、覚えてる。ほ、本当に…、生き返らせたのか?」

 

「触ってみたら良い。本物かどうか、確かめたら?」


そう言って、星熊童子は不敵に笑う。

 

あの骸骨が陽春?


そんな事…、ある筈がない。


あの骸骨が陽春のものだと言う確証がない。


星熊童子は陽春を生き返らせる事が出来ない筈だ。


じゃないと、わざわざ骸骨を用意させないだろう。


「緑来っ、行っちゃだ…っ」


グサッ!!!


小桃の頬を掠めながら、刀が地面に力強く突き刺さる。


「次は殺す」


顔を見なくても、夜叉が本気で小桃を殺そうとしたのが分かった。


この刀とわざと外し地面に突き刺さしたんだ。


いつの間にか温羅と金平鹿も側に来ていて、刀を小桃に向けている。


この状況で緑来を止める事は無理だ…。


緑来は星熊童子の前に立ち、骸骨を震えてる手で触れた。



緑来(菅狐)


僕の目の前に健康なままの陽春が立っていた。


「よ、陽春…?」


「私以外に誰に見えてるの?ふふ、驚いてるみたいね」


「そ、そりゃそうだろ…」


「そうよね、私も緑来がここに来るとは思ってなかった。だって、ここは見ての通りの墓場だし。緑来の目には私は、どう写ってる?」


陽春はそう言って、僕の顔を覗き込む。


猫目のような瞳を覗かせ、僕の気持ちを翻弄して行く。


一つ一つの動きや言葉遣いが陽春そのものだ。


すぐに陽春は暗い顔になり、俯く。


「きっと汚いわ、こんな姿で会いたくなかった。だけ

ど、どうしても貴方に会いたかった」

 

「何で、泣きそうになるの?僕の目には、綺麗な陽春のままだ」


泣きそうになっている陽春の抱き寄せ、強く抱き締める。


柔らかい体も花のような匂いも陽春だ。


「あぁ、やっと陽春を抱き締められた」


「緑来…」


「お兄さんの夢、叶った?」


星熊童子の小さな声が妙に響いて聞こえた。


「本当だったんだな」

 

「何が?」


「陽春の事だよ」

 

「あぁ、良かったね?幸せ気分になれて」


そう言って星熊童子は小さく笑と、すぐに真顔に戻った。


「幸せになれたなら、私の命令聞いてくれるよね」


「え?」

 

「もしかして、自分だけ満足して帰る気?」


ガッと僕の胸ぐらを掴んで、引き寄せてきたのだ。

 

「妖同士の暗黙のルール」


「等価交換…だろ?それぐらい分かってるよ。な、何と交換すれば良い…?」


「身構えなくても良いよ?とっても簡単な事だから。ただ、私に絶対服従するだけ。簡単でしょ?私の命令を聞くだけ」

 

真っ黒い瞳が僕の瞳を捉え、逃がそうとしない。


見つめられいるだけなのに、足が竦んでしまう。


「私に従順になれば、ずっと陽春と居れるよ?また、離れ離れになっても良いの?」


「っ?!」


「私達ね?あの子の血がすごーく欲しいの。一回だけじゃなくて、ずっと使いたいの。意味、分かるよね」


星熊童子は僕に姫様を捕まえさせたいんだ。


だけど、姫様を裏切る事をしたら…。


僕は本当の意味で、堕ちた男になるだろう。

 

「お兄さんが言える言葉は、"はい"だけ。陽春って女をまた、死なせても良いんだよ」


星熊童子の言葉が頭の中に響く。


僕は今、陽春と姫様のどちらかを選ばないといけない。


「緑来…、私…。死にたくないよ、痛い思いをしたくないよ」


「っ…、陽春」


目の前で犬神に殺された陽春の映像が流れる。

 

あの時のような思いを二度としたくない。


何も伝えられないまま、君を失った絶望を味わいたくない。


僕の腕の中にいる陽春はこんなにも暖かい。


二度と会えないと思っていた陽春を抱き締められた。

 

もう、僕の中で答えは決まっていた。


「緑来、返事は?」

 

星熊童子が僕にさっきした問いの返答を求めて来た。


「緑来っ、目の前にいるのは陽春じゃないよ!!」


「姫様…?何を言ってるんだよ。陽春なら目の前にいるだろ?」


「違うよ、緑来…っ。小桃の目には骸骨にしか見えないよ」


「え…っ?じょ、冗談はやめてくれよ」


姫様の言っている意味が分からなかった。


だって、僕の陽春は目の前にいるじゃないか。


どうして、姫様は陽春を、骸骨なんて言うんだよ。


「緑来、ハッキリ言うよ。星熊童子は陽春を生き返らせてない。貴方に幻覚を見せてるだけだよ!!」


その言葉を聞いた瞬間、一気に頭に血が上った。


「黙れ!!!」


「っ!?」


「さっきから何を言ってるんだ。陽春が骸骨?幻覚を見せられてる?幻覚を見てるのは、姫様の方だろ」


「お願いだから目を覚まして、緑来っ!!」


姫様が苦痛の表情を浮かべながら叫ぶ。


「あんな事を言う子を守る必要がある?」


「…」


「お兄さんの陽春は目の前にいる。それだけが事実で

しょ?」


「…はい」


「お兄さん、お返事は?」


僕は自然と星熊童子の方に振り返り、膝を地面に付ける。


姫様の声よりも星熊童子の言葉しか耳に入らなかった。



小桃(桜の精)


緑来には小桃の声が届がなくなっちゃった。


もう、小桃の声よりも星熊童子の言葉しか入らないんだ。


この状況を打破するには、力尽くでも目を覚まさせる

しかない。


隙を作って刀を抜きたいな…。


そう思っていると、夜叉が刀を地面から抜いたのが見えた。


その瞬間に刀に手を伸ばしながら、夜叉から距離を取る。


ザッと後ろに下がりながら刀を抜き、体制を整えた。


「この女、俺等とやり合う気か?」


金平鹿はニヤニヤしながら刀を構え、一瞬にして小桃の前に立つ。


そのまま刀を振り下ろしてくるのを避け、金平鹿の前を走り抜ける。


「はぁ!?」


「何してんのさ、金平鹿。逃げられてんじゃん」


「あぁ?!うるせーよ、縊鬼!!力が出ねーんだから、仕方ねーだろうが!!」

 

金平鹿を通り抜け、続けて縊鬼の前を通り過ぎる。


温羅と夜叉は何故か小桃の後を負って来ない。


何だろう、この違和感。


わざと見過ごしているような感じがした。


だけど、そんな事よりも緑来の方を優先しなきゃ。


小桃と一緒に来てくれたんだ。


また、一緒に帰らないといけないんだ。


星熊童子の前で跪く緑来の肩に触れ、立ち上がらせようとする。


「緑来、しっかりして!!」


だが、緑来は立ち上がろうとしなかった。


「今すぐここを出よう?これ以上、ここにいたら危険な気がするの」


「…さいな」


「え?」

 

「うるさいなって言ったんだよ、聞こえなかったのか」


緑来がキッと小桃を睨みつけながら立ち上がる。


「僕に気安く触るなよ、花妖怪が」


そう言って、緑茶は小桃の手を肩から乱暴に剥がす。


態度の急変振りに戸惑いを隠せない。


「どうしちゃったの、緑来…?」


「どうもしてないよ。ただ、君を守る必要がなくなっただけだ」


「お願いだから目を覚まして…っ。陽春は目の前にいないんだよ…?だだの骸骨を持って来ただけなんだよ!?生き返らせてもいないんだよ!?」


「さっきから何を言ってるんだ?目を覚ますのは君の方だろ!?」

 

「違う、違うよっ!!違うんだよ…、緑来…。星熊童子は、緑来に陽春を会わせてないんだよ。緑来が会いたくて仕方がなかった陽春は…」


パシッ!!!

 

その瞬間、頬に痛みが走った。


何が起きたのか分かったのは数十秒後だった。


緑来が小桃の頬を叩いたのだ。


頬を触れながら緑来に視線を向けると、怒りを露にしていた。


「ふざけんなよ、ふざけんな!!僕の陽春が目の前にいんだよ!!頭がおかしいのは君だろ!?どうして、陽春を骸骨だって言うだよ!!」


「緑来…」


「うわー、痛そう。可哀想だね、君」


そう言って、縊鬼が小桃の顔を覗き込む。


「残念だけど、あの男に君の言葉を届かないよ。だって、僕の術にハマってるからね」


小桃の耳元で縊鬼が囁く。


「緑来、その子を私の目の前に差し出して」


「はい」


星熊童子の命令を聞いた緑来が歩いて来る。


手に持っていた細い糸がふわっと浮き出した。


小桃を捕まえる気なんだ。


白虎だけでも返して貰わないといけない。


刀を握る手に力を込め、腰を低くし勢いよく地面を蹴る。


タンッ!!!


一気に星熊童子の頭上まで飛ぶと、緑来の糸も一緒について来た。


シュシュシュシュッ!!


体を回しながら糸を斬り、星熊童子の背後に着地する。


スッと、星熊童子の首元に刀をの刃を向けた。


鬼達がもっと騒ぐと思っていたのに騒がない。


寧ろ、口角が上がっていて笑っている。


何が面白いのか分からなかった。


「自分から来てくれるなんて、優しいね?お姫様」


「えっ?」


「お姫様の血がね、私達の封印を解く鍵なの」


そう言って、星熊童子は小桃の腕に爪を食い込ませる。


グググッと爪が肉に食い込みと、一気に引いて掻き切った。


ブシャッ!!


腕の深い掻き傷から血が溢れ出す。


「何すっ…」


シュルルルッ!!!


星熊童子から離れようとした時、緑来の糸が小桃の体に巻き付く。


「良いよね、従順な犬がいと。命令しなくても行動するし。貴方も利用価値が十分にあるし、良かったね」


「離してっ」


「だーめ、離さないよ。私達、全員の封印を解いてか

ら」


小桃の腕を強く掴み、星熊童子の手錠に小桃の血を垂らした。


パキパキパキパキッ!!


その瞬間、鎖が腐って行き簡単に崩れ落ちた。


「なぁ、姫。本当に封印が解けたのか?これで」


「多分ね、ほら皆んなも来て。もうちょっと、血が欲しいな…」

 

金平鹿の質問に答えながら、星熊童子が爪を傷口に食い込ませる。


激痛が全身に走り、頭に電気が走った感覚がした。


痛さのあまり悲痛の声すらもでない。

 

鬼達は次々に小桃の血を手錠に掛けて行く。


血を流しては、傷口に爪を喰いませると言う作業が永遠と続いた。


意識が朦朧として来た…。


頭がボーッとするし、視界も歪んで…。


ガクンッと首が下を向いた瞬間、意識が飛んだ。



小桃が意識を手放すように、星熊童子は傷を抉り続けていた。


星熊童子は小桃の意識がなくなった事を確認する。


「降ろしていいよ」

 

「分かりました」


緑来は返事をした後、小桃の体に巻き付けた糸を解く。


鬼達の封印は、最も簡単に花妖怪の血で解けしまったのだ。

 

花妖怪の血の利用度の高さ、貴重さを垣間見る機会だった。


「緑来、お姫様を抱えていて。大事なお姫様なんだから」


「はい」


星熊童子の命令通りに、緑来は小桃を抱き抱える。


「「「「…」」」」

 

温羅と夜叉、金平鹿と縊鬼の四人が一斉に門の方を向く。


ギィィィィ…。


「はぁ、はぁ、はぁっ。な、何で…、貴様等は自由にしているんだ!?」


息を切らしながら門を開けたのは、閻魔大王だった。


「どうなって…って、まさか!?」


拘束道具をつけていない鬼達を見て、閻魔大王は慌てふためく。


「おい、アイツは俺等を封印した時にいた奴だよな?」


「神と一緒にいたね。僕達の事、笑ってたし。馬鹿みたいに笑ってた」

 

金平糖と縊鬼の二人が閻魔大王を睨み付ける中、温羅と夜叉は星熊童子を見つめる。


「私達の封印が解けた後に、やるべき事を話したの覚えてる?」

 

「勿論、覚えているよ。姫、神を一人残らず殺し妖だけの世界を作る。王様と姫、俺達の夢だろ」


「今から夢を叶えても良いよね。私達、沢山失って来たよね。だったら、別に潰して奪って殺しても良いよね」


星熊童子の無邪気な笑顔を見た温羅と夜叉は、背中に冷や汗が流る。


鬼の中でも一番と言って良い程、星熊童子は悪逆になってしまった。


そうしたのも、そうさせたのも神々達だった。


星熊童子は悪逆非道の道を自ら望んで歩き出す。


怯え立つ閻魔大王の元まで歩き、顔を覗き込む。

 

「何で、お前が私の刀を持ってるのかなぁ?」


「ひっ!?」


閻魔大王がドサッと、その場で腰を抜かしてしまう。


星熊童子の圧に押され、立っている事すら出来なくなってしまったのだ。


閻魔大王の腰に下げられていた白い鎖が巻かれた刀。


あれは本来、星熊童子が封印される前に使っていた物だった。


「神なら人の物を取っていいのかな?どうして、使ってるのかな?」

 

「そ、それはっ…」


「さっさと答えろ、豚野郎」


グチャァ…。

 

そう言って、星熊童子は閻魔大王の右目を抉り始める。


クチャクチャッと嫌な音が響き渡り、閻魔大王は悶え苦しみ出す。


「痛い痛い痛い痛い痛い!!!やめてくれ!!」


「聞きたい言葉はそれじゃないよ?理由を教えてって言ってるんだよ?」


「コレクションにし、したかったんだ!!そ、それだけ…っ。あ、ぁあぁぁぁぁぁ!!!」


「ダメだよね?人物を取ったら」


ブチッ。


星熊童子は閻魔大王の右目をくり抜いた。


「あ、ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!お、俺の目がぁぁあぁぁぁ!!」


「あははは!!目を取っただけで叫ぶ?そんなに痛くないでしょ?」


「あ、あぁぁ…っ。痛い、痛いよぉ…」


「痛い?おかいしいなぁ、これだけで痛いの?」


「頼む、殺さないでくれっ」


閻魔大王の言葉を聞いた鬼達は、一斉に殺気を向ける。


「殺さないでくれ?笑わせるな。お前等は、今までどれだけの妖達を殺して来た。どれだけの街を滅ぼした」


閻魔大王を見下ろしながら、夜叉は言葉を吐く。


「は、は?そ、それをやったのは俺じゃないっ。ほ、他の神達だろ?!俺の所為じゃねーよ?!」


「ねぇ、この刀の名前を知ってる?豚のおじさん」

そう言って、星熊童子は刀を取り鎖を外す。


「な、名前って…」


「"神殺し"」

 

「っ!!」


刀の名前を聞いた瞬間、閻魔大王は門の方へと走り出した。


タタタタタタタッ!!!


ドサッ!!


だが、閻魔大王は門の手前で崩れ落ちたのだ。


「ど、どうな…っ」


ピチャッ、ピチャッ。

 

水の水滴が落ちる音が聞こえ、閻魔大王は恐る恐る音のした方に視線を向ける。


本来あるはずの両足が斬り落とされていた。


水滴が落ちる音は、傷口から出ていた自身の血液だった。


「あ、ぁぁぁあぁぁぁあぁあ!!!」


「…え?」


閻魔大王の叫び声で目を覚ました小桃は、異様な光景にゾッとする。


息苦しさと寒気、血生臭い匂いが鼻に付く。

 

小桃はただ、星熊童子と閻魔大王のやり取りを見ているしか出来なかった。


一言でも声を発すれば、自分も殺される空気だからだ。


「お、俺の足があぁぁぁぁぁぁ!!」


「神殺しってね?私の大好きな人が付けてくれた名前なの。凄く素敵でしょ?」


目をハートにさせながら、星熊童子は刀に触れる。


「い、イカれてるっ。あ、頭おかしいだろ!?」

 

「イカれてるから何をしても良いよね」


シュッ。


星熊童子が刀を一振りすると、閻魔大王の右腕が地面に落ちる。


「う、腕がぁぁぁぁぁぁ!!」


シュッ、シュッ。


閻魔大王の叫び声など気にせずに、星熊童子はその場で刀を振るう。


ボトッ、ボトッ。


左腕、下半身が斬り落とされて行く。


体に触れずに星熊童子は、刀を振るうだけで斬り落とせた。


小桃には、どう原理で斬り落とされているのか理解出来なかったのだ。


ただ、閻魔大王だけは理解していた。


「森羅万象の力…なのか?まさか、そんな事が…」


*森羅万象 宇宙や自然界の全ての存在や現象を指す言葉である。 この語は、古代中国の哲学思想である陰陽五行説から派生したもので、森羅とは「全てを包み込む」という意味、万象とは「無数の事象」を意味する。森羅万象は、生物から無生物、自然現象から人間の行動まで、全てを包括する概念である。*


閻魔大王の言葉を聞いた星熊童子が小さく笑う。


「私が森羅万象の力を支える事がおかしい?」


「あれは本来、最高位の神が使えるものだろう!?妖が神の領域に達したと言うのか!?」


「どうでも良くない?そんな事。だって、もう死ぬんだから」


「何を言っ…」


ボトッ。


その瞬間、閻魔大王の首が地面に落ち視界が揺れる。


ブンッと、刀に着いた血を振り払ってから刀をしまう。


「腕は鈍ってないようだな、姫」


「どうかな。まだ、一人しか殺してないから分からない。もっと、大勢の神や人を殺せば分かるかな」


「フッ、そうか」


「あ、お姫様が起きたみたい」


夜叉との会話を終わらせた星熊童子は、小桃の元に向かう。


「おはよぉ、お姫様」


返り血が付着した手で小桃の頬を両手で覆い、笑顔を向ける。


「お姫様はこれから、私達と一緒に来るの。大丈夫、怖い事なんか一つもないよ?大人しくしていたらね」


小桃の耳元でソッと星熊童子は呟いた。



鬼達の封印が解かれた瞬間、観音菩薩と毘沙門天は瞬間的に気付いてしまった。


二人はそれぞれ別の場所いるが、共鳴する部分はあった。


「「鬼達の封印が解けた…?」」


観音菩薩と毘沙門天、二人の声が合わさった。

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