美猿王伝承 肆

激しい死闘を繰り返す戦場で、美猿王と牛鬼は互いに睨み合う。


シュルルルッ。


美猿王はあらかじめ自身の手首に作った傷口に力を入れ、血を溢れ出す。


溢れ出した血が刃の形に変形し、牛鬼に向かって行く。


キィィィン!!


牛鬼の足元の影が伸び、血の刃の攻撃を弾いた。


だが、弾かれた血の刃が分裂し牛鬼の上から降り注ぐ。


シュシュシュシュッ!!


美猿王が指を軽く動かすだけで、血液達は自由自在に形を変えて動き出す。


キンキンキンッ!!


牛鬼は影を操り攻撃を防ぐも、美猿王は少しの隙も見逃す事はなかった。


「フッ」


美猿王がグイッと指を曲げた瞬間。


グサッ!!


牛鬼の背後から伸びた血の刃のが、牛鬼の背中に突き刺さる。


ビュンッ!!


ブシュッ!!


伸びた影が美猿王の脇腹に突き刺さった。


だが、美猿王は苦痛の表情を見せずに刀を突き刺さす。


「牛鬼様!?ぐっあぁぁぁああ!!」


兵士の一人が牛鬼が傷を負った事に気が付くが、兵士の動脈から血が噴き出した。


ブシャァア!!!


「チッ、このっ!!」


「よそ見すんなよ、牛鬼」


「なっ!?」


刀を握った美猿王が牛鬼の懐に入り込んでいた。


美猿王は刀の刃の先を突き立てるように、牛鬼の腹に突き刺した。


グサッ!!


「ガハッ!?」


込み上げて来た血を吐く牛鬼は、美猿王の事を睨み付ける。


「お前はいつ…も、そうだ。俺の事を何とも…っ、思ってない顔をする」


「牛鬼、俺はお前に関心がなかったんじゃない。だが、お前を助けようとしなかった」


そう言って、美猿王は再び刀を強く牛鬼の体に突き刺す。


「グッ、ガッハッ!!」


「俺がお前の生きやすい世界を作る。今の世界では死んでくれ」


ズポッと刀を抜き、美猿王は容赦なく牛鬼に刀を振り下ろした。


ブシャァア!!


「ぐっあぁぁぁぁぁぁ!!死んでくれだと?笑わせんな!!」


シュシュシュシュッ!!!


牛鬼が渾身の力を使い、影を操る。


ザクッ!!


蠢く影に刀を突き刺し動きを止め、美猿王は牛鬼に手を伸ばす。


「俺達は恐らく死んでもしなない体になってる。いくらでもお前に殺されてやる。それが、俺が牛鬼にしてやれる事だ」


グイッと美猿王の胸ぐらを掴み、顔を近付かせ口を開いた。


「言われなくて殺しに来てやるよ!!お前を殺して殺して、生き返れなくなるで殺してやる!!」


「お前が変わらない限り、俺はお前を殺すよ」


そう言って、美猿王は牛鬼の首筋を血液の刃で掻き切った。



タタタタタタタッ!!


ブシャッ、ブシャッ、ブシャッ!!


見えない速さで、兵士達を斬り付けながら走る星熊童子。


的確に急所を突き、無駄な動きが一切無い。


刀の向き、持ち手を変え攻撃を加え走り出す。


兵士達は星熊童子を見るいなや、後退りする。


星熊童子の周りには鬼達が集まり、兵士達を見て笑う。


「情けないね」


巨大な髑髏に乗った縊鬼の手には、金色の兜を被った初代如来の首を持っていた。


「にょ、如来様…?」


「おーっと?他にも居るぜ」


温羅はそう言って、二つの首を持ち上げると兵士達は唖然とした。


何故なら、観音菩薩と毘沙門天の首が握られているのだから。


牛鬼が引き連れて来た神達の首が既に、鬼達の手により落とされていたのだ。


ガチャンッ。


一人の兵士が剣を地面に落とし、その場で腰を抜かした。


「もう…、我々の負けだ…」


「最初から牛鬼様が将軍になった時点で、この戦は…」


兵士達が次々に剣や武器を下ろし、妖達に降伏の意を見せ始める。


ザッ、ザッ、ザッ。


絶命した牛鬼を抱き上げた、血塗れの美猿王が現れた。


「お帰りー、王様♪」


「こっちも言われた通りに殺した」


温羅と夜叉が美猿王に声を掛け、シュウセンが大声を上げる。


「この戦は我々の勝利だ!!神々等の悪行を今、打ち払う時が来た!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


妖怪達は戦が始まってから、初めて戦場で歓喜の大声を上げた。


それは妖対天界人にとって、歴史を変える程の出来事になる。


「び、美猿王様…」


「お前等の主人である天之御中主神に話し場を設けさせろ。無論、俺達がこの神達の首をかがげ天之御中主神の屋敷まで歩く」


「そ、そんな…っ。美猿王様、本当に我々を裏切ったのですかっ!?」


「妖達を最初に裏切ったのは、神達だ」


その言葉を聞いた兵士達は困惑の色を見せる。


「ど、どう言う事ですか?」


「か、神様達が妖達を裏切った?」


「どちらが正しいのか?」


兵士達のどよめきは止まる事なく戦場に疑惑が広まった。


「王、あたし達も屋敷に行く?」


星熊童子が美猿王の側に寄りながら尋ねる。


「いやー、楽しみだなぁ。どんな顔すんのか楽しみ」


「認めないだろうな、天之御中主神は。自分のして来

た事をこれまで隠して来たんだから」


「まぁ、簡単に認める訳ねーか」


温羅とシュウセンの会話に美猿王が割って入り、口を開く。


「這いつくばせてやる、行くぞ、お前等」


そう言って、美猿王は鬼達に背を向け歩き出した。



天之御中主神邸ー


兵士達を待つ天界人で天之御中主神邸の周辺は、人で溢れ返っていた。


お祭りの準備をする者や天界中を飾り付けする者達が、忙しなく働いている。


負けたと思っていない天之御中主神は、牛鬼達の帰りを心待ちにしていたのたが…。


天之御中主神に向かう為の一本道に現れたのは、黒塗りの馬車だった。


馬車の周りには人魂がうろつき、黒い馬に乗った妖達が道を歩いていたのだ。


「ど、どうなってるの?」


「な、何で、妖達が…?」


「ま、まさか…っ。」


「お、おい!!あ、あれを見ろ!!!」


一人の天界人が温羅の持つ槍の先を見て、大きな声を出した。


天界人達は次々に槍の先を見つめ、すぐに恐怖に染まる。


温羅の槍の先には観音菩薩の首が、夜叉の槍の先には毘沙門天の首が刺さっていた。


隣にシュウセンの槍の先には如来の首が刺さっている。


「う、うそ…」


「天界軍が負けたと言うのか!?嘘だろ!?」


「嘘じゃないわよ…っ。こうして、妖達が目の前で歩いているのよ!?」


「天界軍は何をやってるんだよ!?」


その場で吐き出す者、泣き出す者も現れた。


「何の騒ぎ…っ、い、いゃぁぁぁぁぁぁあ!!」


「ゔっゔぇぁぁぁあぁ…っ」


天界人が騒ぐ中、馬車の中は美猿王と星熊童子の二人が乗っていた。


「うるさいね、天界人。それに、眩しい」


そう言って、星熊童子は窓から外の様子を伺う。


「地上なんて汚い場所だ」


「汚い?」


「汚いだろ、天界人の考えや心情がな。自分を守る事に必死になってやがる。着飾る物だけ一丁前だ」


星熊童子は美猿王の話を黙って聞いていた。


「地下で暮らす妖達の方がよっぽど綺麗だ」


「王様も綺麗だよ」


「俺が?こんな血塗れなのにか」


「うん、綺麗だよ。あたしの目には光って見える」


「変わってんな」


美猿王がそう言うと、星熊童子が隣に座り出す。


そして、美猿王の手を握り口を開く。


「王様の事、あたしが守る。あたし達を助けようとしてくれたから」


「大した事はしてない。それに、これからが本番だ」


牛鬼の死体は妖怪達が棺桶に入れ、丁重に運んでいた。


妖達は天之御中主神邸の敷地内に足を踏み入れると、兵士達が武器を構え待ち構えていた。


その様子を見た夜叉は眉間に皺を寄せ、温羅は口笛を吹く。


「貴様等、ここをどこだか分かっているのか!?」


「あ"?テメェ等こそ誰に口聞いてんだ?あ"ぁ!?」


オレンジ色の髪をツンツンと立たせ、色白の肌にピエロの様なメイクをした青年が叫ぶ。


「俺達が用があんのはテメェ等じゃねーんだよ!?何だったら、今殺してやろうか!?あぁ!?」


「金平鹿(こんへいか)」


美猿王が馬車の中から声を掛けると、オレンジ髪の青年の動きが止まる。


*金平鹿 紀伊国熊野の海を荒らし回った鬼の大将。熊野灘の鬼の岩屋を本拠として棲み、数多くの鬼共を部下にしていたという*


「余計な事はするな」


「だけど、コイツ等が先によ。俺達に喧嘩ふっかけて来たんだぜ!?」


「お前、これ以上余計な事をしてみろ」


パリーンッ!!


ジャキッ!!


馬車の窓が勢いよく割れ、金平鹿の首元に血液の刃が刺さろうとしていた。


ギィィ…。


美猿王の手のひらから赤い血が垂れ、数滴の血も金平鹿の顔近くに刃の形をして飛んだ。


いつの間にか、金平鹿が数歩動けば突き刺る状態になっていた。


「金平鹿、お前の王は誰だ?言ってみろ」



美猿王は鋭い目付きのまま、金平鹿に尋ねる。


「びっ、美猿王…、アンタだ」


「お前は俺の事を気に入らねーか?新参者がお前の王になってよ」


「おいっ、これ以上はやめとけ」


シュウセンが慌てて美猿王に声を掛けるが、美猿王は無視をした。


「金平鹿、テメェが暴れる時は今じゃねーぞ。それ

に、最初の戦に勝っただけだ。安心すんのは早い」


「ど、どう言う事…だ?」


「フッ、今は大人しくしてろ」


そう言って血の刃を金平鹿から離すと、血液は美猿王

の傷口の中に戻る。


「王様、その言葉はどう言う意味なの?」


「今回の戦が最後になるとは限らないって事だ。最も自分の悪行をアイツが認めると思うか?温羅」


「あー、成る程ね。確かに認めていないから戦は続いてるんだったねぇ」


「俺達はまだ、事態を動くキッカケにしかなってねぇ。兵士達の反応を見たらそうだろ?お前等に対して敵意丸出しだ」


美猿王の言葉を聞いた温羅は兵士達を横目で見つめた。


兵士達の視線は敵意しかなく、自分達を異物な者だと思っている事も分かった。


「美猿王様、本当に妖側に寝返ったのですか!?」


「我々を見捨てたのですか?!」


次々と兵士達が美猿王に言葉を浴びせる。


「やはり、お前が妖達を指揮していたのだな。愛しい俺の美猿王」


豪華な着物を引き摺りながら、天之御中主神が屋敷の廊下から声を掛けた。


「天之御中主神、俺がここに来た理由は分かるか」


「この首は…、お前が殺したのか?何故、裏切る様な事した」


そう言って、天之御中主神は美猿王を睨み付ける。


「お前が酔った勢いで言った言葉を覚えてるか」


「酔った時?さぁ、分からないな?」


「妖達に罪を着せ、地下に追いやった理由を流暢(りゅうちょう)に離していたぜ?女を犯した人間を妖の姿に変えて、妖がしたように見せかけたってな?神とあろうものが、他人に妖に罪を着せるなんてなぁ?笑えんな」


美猿王が放った言葉が、騒がしかった兵士達を黙らせた。


天之御中主神は目を丸くし、唇を震わせる。


「な、にを言って…」


「お前になら可能だよな?牛鬼がお前と同じ姿を変える能力を持っている事に気付き、使い方を教えたらしいな。その牛鬼を今度は、戦の為に利用しようとした。そうだろ?」


「牛鬼をどうした、まさか殺したんじゃないだろうな」


天之御中主神の言葉を聞いた美猿王は、シュウセンに視線を送る。


シュウセンは馬車の後ろに積んだ棺桶を開け、牛鬼を取り出した。


その姿を見た天之御中主神は、凝視した。


「牛鬼を殺したのか、美猿王!!!観音菩薩等までも殺しておいて、気が済まなかったか!!」


「気だと?済むわけねーだろ。そもそも、俺はお前の築いているこの世界のやり方が気に入らねーんだよ。私利私欲に塗れた汚れた世界なんてな」


「貴様!!!」


ドンッと天之御中主神が柱を叩くと、黒い靄が浮き上がる。


そして、黒い靄が巨大な怪物に変わり美猿王に喰らいつこうと走り出す。


「な、何だ!?あ、あの化け物は!!?」


「今、天之御中主神の体から出てきたよな?」


「あの忌まわしい化け物を…、天之御中主神が?」


兵士達が困惑しているのを予想に、天之御中主神が言葉を吐く。


「調子に乗るなよ、美猿王。誰がお前を作ったと思ってんだ!!?」


「何?コイツ。いきなり怒り出してキモッ」


「おい、王様っ!!コイツ、斬り落として良いだろ!?」


縊鬼と金平鹿が同時に刀を抜き、化け物を斬ろうとする。


だが、美猿王は天之御中主神の黒い靄の正体を知っていた。


「あの靄に触れると消滅するぞ。天之御中主神は生み出す力もあり、消滅させる力もある」


「何だと!?」


美猿王の言葉を聞き、驚きのあまりシュウセンが大声を出した。


「だが、血統術が靄に効くかどうか確かめてみても良い。おい、金平鹿。刀を貸せ」


「あ?って、おい!?何をする気だよ!?」


「フッ、こうすんだよ」


美猿王は金平鹿から刀を奪い、自身の体を斬り付けた。


グシャッ!!!


「「「「っ!!?」」」」


鬼達は美猿王の行動に驚き、慌てて近寄ろうとする。


だが、傷口から血が溢れ出し液体から刀の形に変形した。


「これは…、刀?」


星熊童子が血液で出来た刀をまじまじと見つめる隣で、夜叉が美猿王に声を掛ける。


「おい、大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃねーけど、やるしかねー」

カチャッ。


美猿王が刀を構え、向かってくる化け物の体を斬り付けた。


グサッ!!!


パァァンッ!!!


刀が刺さった瞬間、化け物の体に亀裂が入り弾け飛ぶ。


その光景は鬼達や妖達も驚く光景だった。


「なっ!?」


「天之御中主神。俺がここに来た理由を話してなかったな」


美猿王は天之御中主神を視界に捉えながら話を続けた。 


「お前との縁を切り、妖達を地上に戻すと決めた。不平等なこの世界を変える為、神であるお前を殺すと宣言しに来た」


「世界を変えるだと?お前如きに何が出来ると言うのだ。俺を殺すだと?ふざけるのも大概にしろ!!」


「やるんだよ、これから。世界を変える為にお前と殺し合うんだよ」


この発言により、美猿王と天之御中主神の間に大きな亀裂が入った。


そして、美猿王の言葉通り神と妖による戦が始まるのだった。



鳴神(なるかみ)率いる飛龍(フェイロン)隊は、鬼の爺さんから美猿王の事を聞いている途中だった。


鳴神は話の途中だが、つい質問をしてしまった。


「アンタは…、鬼達を束ねていた白鬼じゃないのか?」


「確かにわしは白鬼じゃ。じゃが…、わしは鬼達が封印されて行く中で逃げ出したんじゃ。あの恐ろしい…、神から」


そう言うと、白鬼の手がカタカタと震え出す。


もう何百年も前の出来事なのに、体が恐怖を覚えているようだ。


「神と言うのは、天之御中主神の事か」


「あぁ、天之御中主神は本当に恐ろしい神だ。死んだ

後も天之御中主神がまた、復活するのではないかと…。そう思うだけで体が震えてしまう」


「白鬼、天之御中主神がアンタ達に何をしたんだ」


鳴神の言葉を聞いた白鬼は沈黙を貫いた。


「…、鬼達がどこに封印されたのかは知ってるのか」


「冥界じゃよ。冥界には様々な悪用達が封印されてお

る墓地の山がある。そこに…、いるはずじゃ」


「冥界か…。また、簡単には行けない場所に封印されちまったもんだ」


冥界に行くには上級の神、いわゆる観音菩薩等の位の神でないと行く事を許されない場所なのだ。


特に閻魔大王からの特殊な招待状を貰わないと、冥界に降りる事も出来ない。


「どれだけの鬼が封印されているのか…。アンタが名前を出した四人の鬼だけか?」


そう言ったのは、雲嵐(うんらん)だった。


「そうじゃが?それがどうした」


「うちの所に羅刹天(らせつてん)と言う妖がいるが…。ソイツの額にも角がある。羅刹天も鬼じゃないのか?」


「本当か!?羅刹天殿は生きておったのか!?」


「あ?あぁ…。ど、どうしたんだ?」


白鬼の反応を見て、雲嵐は困惑しながら後ずさる。


「羅刹天殿の今の性別は?」


「「は?」」


その言葉を聞いた鳴神と雲嵐の声が合わさった。


「いや、羅刹天は女だぜ?」


鳴神が困惑しながら白鬼に言うと、白鬼は再び沈黙した。


だが、その沈黙はすぐに破れる。


「羅刹天殿は我々、鬼を指揮しておったお方じゃ。性別は男じゃった。女と言う事は…、羅刹天殿は輪廻転生をしたと言う事か…」


「輪廻転生だと?それは神にしか出来ない力だ。意図的に羅刹天を蘇らせたとしか考えられない。だとしたら?誰だ…」


「お主、輪廻転生が出来るのが神だけと思っておるのか?」

ら「まさか、神以外にも出来る奴が居るって事か…?」

白鬼の言葉は鳴神を驚かせるものだった。

「森羅万象(シンラバンショウ)。その書があれば、神がいなくとも輪廻転生が可能じゃ」


*森羅万象 宇宙に存在するすべての事物や現象。 天地の間にある一切の事象。 「森羅」は、無数に連なって並んでいること。 「万象」は、「まんぞう」「ばんぞう」とも読み、あらゆる形や物事のこと。*


「白鬼、その森羅万象と言うのは神は知ってるのか」


そう言って、鳴神は白鬼に尋ねる。


「どうじゃろな。気付いてる奴がいるしたら、天之御中主神じゃろ。あれは、自然という摂理が産み出した術だ。知ってる者も少ないだろう。それにな、あれを見つけたのは星熊童子じゃから」


「じゃあ、星熊童子が森羅万象を持っているのか。星熊童子達の封印を解く必要があ…」


「貴様、今の星熊童子を世に解き放つ気か!?」


鳴神の言葉を遮るように白鬼が言葉を被せた。


どんどん白鬼の顔が真っ青になって行く。


その様子からして、鳴神達は何かあると悟る。


鳴神の耳元で、雲嵐な囁く。


「隊長。白鬼の奴、何か隠してると思いませんか。あの様子からして、星熊童子絡みだと思いますが」


「だろうな」


グイッと酒を流し込み、鳴海は白鬼の確信を突く事にした。


「アンタ、星熊童子達に何かしたのか」


「っ!?」


「その反応は…、当たりか」


鳴神は煙管を取り出し、マッチで火を着火させる。


葉巻に火を着けると、煙管に口を付け白い煙を吐く。


「普通なら、どうにかして星熊童子達の封印を解こうとする。だが、アンタはそうしなかった。ただ天之御中主神を恐れているだけか?他にもあるだろ」


「お前さんに何が分かると言うのだ」


「あ?」


「お前如きに、絶望に足を竦む気持ちなど分かるものか」


ガッ!!


ジャキッ!!


その言葉を聞いた雲嵐は白鬼の胸ぐらを掴むと、飛龍隊の隊員達が刀を抜いた。


「隊長がどれだけの絶望を与えられたのか、お前は知らないだろ」


「隊長の事を侮辱するのであれば、この場で!!!」 


次々と言葉を吐く隊員達を宥めるように、鳴神が言葉を吐いた。


「やめろ、お前等。刀を下ろせ、命令だ。雲嵐、白鬼の胸ぐらを掴んでいる手を下ろせ」


「…、分かりました」


雲嵐は白鬼を睨み付けながら胸ぐらを離す。


「白鬼、今のこの世に生きてる奴等の大半が絶望を味わってる。その中に俺の息子がいる」


「お前さんの息子…?」


「アンタ等の言う王様とやらが、俺の息子なんだよ。だが、息子には前世での記憶は無くなってるがな」


「王が再び、この世に降りたったのか!!?」


ガッ!!


鳴神の言葉を聞いた白鬼が、縋るように鳴神の腕を掴む。


「そうか…、また産まれて来てくれたのか…っ」


「アンタ、美猿王を殺したんだろ」


「…」


「ここからは俺の憶測で話をする。星熊童子達の前で、美猿王を殺したんじゃないのか。その時、アンタを操って居たのは天之御中主神だと踏んでいるんだが」


白鬼は暫く黙った後、ゆっくり話し出す。


「そうじゃ…、わしがこの手で王の頭を刎ねた。体の自由を奪われっ。あ、あぁ、わしは何て事をしたんじゃっ」


髪を掻き毟りながら、白鬼が発狂し出したのだ。


「おいっ、白鬼」


鳴神は白鬼を宥めようとするが、白鬼は叫び続ける。


「よりによってっ、星熊童子の前でっ、わしはっ!!!星熊童子の大事な物を奪ってしまった!!この手で、何人の妖を殺し回ったか!!あ、ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」


ゴンッ!!


ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ!!


白鬼は近くにあった岩に何度も何度も、頭を打ち付け始めた。


額から血飛沫が上がり、血肉の破片が飛び散る。


「おい、やめろっ!!」


鳴神が岩から白鬼を無理矢理に引き剥がすも、白鬼は止めようとしなかった。


自身の指で首を掻き毟り始め、爪に血の付いた皮膚がこべりついている。


皮膚から赤い血肉が見え、大量の血が噴き出した。


ブシャァア!!!


白鬼が鳴神達の前で倒れ、地面を這いつくばり始める。


「アンタ何してんだ!!」


「わしはっ…、王を殺したんじゃっ…。星熊童子、ワシの娘の男を殺した…」


「星熊童子がアンタの娘…?」


彼の脳裏には鮮明にあの日の悲劇が焼き付いている。


美猿王の首を持って狂ったように泣き叫ぶ星熊童子。


王を失った鬼達もまた、狂ったように叫ぶ中で世界が消滅を始めた。


消え行く世界の中、白鬼の事を睨み付ける鬼達。


星熊童子は睨み付けながら言葉を吐いた。


「王を殺したこの世界を壊す。殺してやる、一人残らず殺してやる」


彼女の高い声が白鬼の頭の中に永遠と流れていたのだ。


「天之御中主神の…、の、ろ…」


白鬼はそう言い残し、絶命した。


白鬼の頸には黒い鎖の痣が浮き出し、鳴神達はそれが

呪術による呪いだと理解した。


「隊長、この呪いは天之御中主神のものですかね?だけど、天之御中主神は何百年も前に死ん…。あっ」


隊員が言葉を言い終わる前にハッとする。


「もしかして…っ、隊長っ」


「天之御中主神が復活している可能性が高い」


鳴神達は音を立てながら、息を呑んだ。

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