美猿王伝承 弍

美猿王 十歳


牛鬼の口元に血液がべっとりと付着していた。


一重だった瞼が二重に変わり、そばかすもなくなって肌が綺麗になっていてる。


「お帰り、敵将の首を打ったんだって?」


牛鬼は口元を拭いながら話し掛けてきた。


嫌な予感がした。


「あ、もしかして。この顔を見て驚いてる?」


「お前、誰を喰ったんだ」


「誰でも良くない?この方法を教えてくれたのは天之御中主神様だよ?」


「どう言う事だ」


天之御中主神が牛鬼に何を教えたと言うんだ。


「僕、いや、俺の能力の使い方をだよ。どうやら、喰べた相手の容姿になれるみたいなんだ。もっと早くに天之御中主神様から聞いていれば良かった。ねぇ、どうかな?俺の顔」


牛鬼は嬉しそうに顔を触り、俺の反応を待った。


天之御中主神は牛鬼にとんでもない事を吹き込んだ。


食べた相手の容姿になれるだと?


牛鬼は天之御中主神の言葉を鵜呑みにして、実践したと言うのか?


あの時、宴会場で聞いた会話は本当だったのか…。


天之御中主神は牛鬼を使って、何かをしようとしている。


やっぱり、俺が抱いた疑問は正しかったようだな。


「俺はお前の顔を醜いと言った事はあったか?」


「え?何、突然…。そんな事、ないよ」 


「俺の意見は聞かない方が良い。お前の望む言葉を吐けねぇから」


「何だよ、それ」


牛鬼がキッと目尻を上げ、反論を始めた。


「美猿王は良いよ、顔立ちが整ってるから!!俺は、何もしていないのに罵られるんだ。おかしいだろ!?美猿王の出陣の時だってそうだ!!みんなして、俺を無能だと言ったんだ!!俺だって、努力してたのに!!」


「だから、人を喰ったのか」


「だからって何だよ!?俺の苦しみなんか分からないだろ!?」


今の牛鬼に何を言っても傷付ける材料にしかならない。


俺にも火がある部分はある。


牛鬼が罵られていても何もしなかったからだ。


「天之御中主神様が教えてくれたんだ。もう、容姿に悩まない方法を!!聞いたら簡単だったよ、美しい天界人を食べれば良いって!!食べてみたら本当に顔が変わったよ!!」


牛鬼は嬉しそうに顔を両手で触りまくる。


「天之御中主神様は俺の神様だよ。あぁ、俺は天之御中主神様の元に生まれて良かった。もっと、あの人の為に頑張らないと。お前よりも天之御中主神様に認められたい」


優しかった牛鬼はもういない。


目の前にいるのは欲に塗れた牛鬼だった。


変わってしまった。


いや、変わらせたのは天之御中主神だ。


牛鬼の後ろに天之御中主神がいるように見える。


「美猿王は助けてくれなかった。本当は美猿王に何度も助けて欲しいって!!だけど、お前は俺の事を…っ!!」


そうだ。


俺は牛鬼が苦しんでる事だって知っていた。


だけど、何もしなかった。


牛鬼がこうなってしまったのも仕方がない事なのか。


俺は牛鬼を見ていたようで、見ていなかったんだ。


じゃあ、俺は牛鬼を救う為にどうしたら良かったんだ。


どうしたら良いのかなんて、一つしかなかった。


それは、この世界を正すしかない。


天之御中主神のやり方がおかしいと思っているのは、世界で妖しかいないだろう。


調べる必要がある。


「そうだな、お前が苦しんでるのに助けてやれなかった」


「えっ…?」


「俺はお前の生き易いようにしてやるよ」


「ちょっ、どう意味だよ!?それに、どこに行くんだ!!美猿王!!!」


俺はこの世界の汚れた部分を取り除く。


その為には妖達の話を聞く必要がある。


牛鬼の言葉に答えずに天之御中主神の屋敷を後にした。


天界の森林ー


あそこには近付くな、天之御中主神に口酸っぱく言われていた。


妖達に会わせたくないと思っていたけど、違う理由もありそうだ。


暗い森の奥底に地下道に続く洞窟がある。


妖達と待ち合わせをしているが、本当に来るのだろうか。


あえて丸腰で来たのは、妖達に敵意がない事を証明する為だ。


まぁ、妖達は簡単に信じる筈はねぇよな。


木の上から何人か俺の様子を伺ってるのが分かる。


天之御中主神が妖達にして来た事は、相当な事なのが分かるな。


ガザガサガサガサ!!!


シュシュシュシュッ!!!


生い茂る木々達の葉が乱暴に揺れた瞬間、落ち葉に乗じて弓矢が飛んで来た。


弓矢と落ち葉の間を素早く通り、大雑把に避ける素振りを見せないようにした。


両手を上げながら妖怪達に向かって言葉を吐く。


「お前等に対して敵意も反発心もない、それに丸腰だ。信じられないなら調べろ」


ガサッ、ガサッ。


俺の言葉を聞いた妖達は木から降りて来た。


「アンタ、美猿王かい?」


「あぁ、俺の名前を知ってるとはな」


「今日の戦の大将の名くらい知ってるさ。それに、俺達の話を聞きたいと言っていたしな」


そう言ったのは、青色の毛を靡かせた狼男だった。


左目には大きな火傷の跡があり、黒い眼帯で隠してあった。


俺にはこの狼男に見覚えがあったのだ。


確か、今日の戦に出ていた筈。


「俺の名はシュウセンだ。今日の戦に参加していた」


「あぁ、やっぱりな。見た事があると思った」


「一応、身体検査だけさせて貰うぜ。俺はコイツ等の大将だ。安心させてやりたい」


「構わない」


シュウセンは丁寧に身体検査をした後、頭を下げて来た。


「アンタの言う通りだった。疑ってすまなかった」


「謝る事じゃねーよ。俺もアンタ等の話を聞く為に、当たり前の事をしただけだ」


「何故、天界人である美猿王が俺達の話を聞きたいんだ」


「俺は半妖だ、天界人じゃねーよ」


「そうなのか!?」


どうやら、俺の事は天界人と言う風に伝わっているらしい。


「シュウセンさん、見回りの兵士達が…」

鳥の体をした男がシュウセンに耳打ちをする。


「分かった。美猿王、地下層に案内するよ。俺の後を付いて来てくれ」


「それは良いけど、見回りの兵士って?」


洞窟の中に入ると、地下に続く石の螺旋階段が現れた。


シュウセンの後に続けて螺旋階段を降りると、話の続きを始めたのだ。


「あぁ、天之御中主神の天界軍さ。俺達が地上に出て来てないか見張ってんだ」


「いつから兵士達が監視を始めたんだ?」


「俺達を下に追いやった日からさ。外に出た妖達は皆、殺されたよ。洞窟の入り口に首だけ並べられていた。悪趣味だぜ、全くよぉ」


「頭おかしいな…。イカれてんな天之御中主神」


俺の言葉を聞いたシュウセンと妖達は目を丸くした。


その後、大きな声で笑い出した。


「ガハハハハハ!!!お前、変わってんな。美猿王、

アンタは天界人とは違うみてぇだ」


「違わねぇよ。俺は見ていただけだから」


「美猿王。何で、俺達の話を聞こうと思ったんだ?」


シュウセンはそう言って、足を止めて振り返る。


「お前達の敵将を殺した時、妖達は泣いていた。その姿を見たら、妖達が本当に悪い事をしたのか。俺はアンタ等の話を聞くべきだと思ったからだ」


「そうか。ほら、着いたぞ。」


階段を降り終えると、騒がしい声が聞こえて来た。


地下と言うのに提灯の灯りで明るく、地上と変わらない街並みだった。


ただ違うのは、住んでるのが妖達だけだ。


「驚いたか?何百年も掛けて街にできたんだ。さ、こっちに来い。俺の家で話そう」


俺は黙ってシュウセンの後ろを歩いていると、魚の頭をした男が声を掛けて来た。


「あ、シュウセン!!!良い酒が入ったから、家に運んでおいたぜ?」


「おう、悪いな」


シュウセンが歩けば次々に妖達が声を掛けて来る。


「シュウセンさん!!野菜、置いておいたわよ?」


「いつもすまんな」


妖達はどうやら、シュウセンを慕っているようだ。


暫く歩いていると、古い長屋が現れた。


「少し古臭いが我慢してくれや」


「アンタは妖達に慕われてんだな」


「有難い事にな。力を合わせなきゃ生きて行けねぇし、お互い様だ」


酒と野菜を運びながら、シュウセンは部屋の明かりを付けた。


部屋の中はボロかったが、住むには十分な部屋だった。


「美猿王、茶は飲めるか?飲めるなら淹れるが…」


「飲める。ありがとう」


「ちょっと待ってろ」


シュウセンは手慣れた手付きでお茶を入れ始める。


「昔な、俺達と天界人は今の天界を作り上げたんだ」


「へぇ、それは本当だったんだ」


「普通に仲良くしていたつもりだったんだ。だが…、

俺達の中に罪人が現れちまってな」


そう言って、シュウセンは俺の前にお茶を置いた。


「罪人って、女を犯したって言うやつ?」


「そうだ。まぁ、女を犯した妖も悪いんだが…。それがきっかけで、天之御中主神は妖を追い出した」


シュウセンのここまでの話は事実だった。


やはり、妖が悪い事をしたから天界人を追い出した?


脳裏に天之御中主神の顔が浮かんだ。


いや、違う。


「シュウセン、それが仕組まれた事だとしたら?どうする」


俺の言葉を聞いたシュウセンは言葉を失った。


「どう言う意味だ、美猿王」


「天之御中主神は生命を生み出す力がある。その妖は元は天界人だったら…、どうだ?」


「おいおい、まさかだと思うが…。罪を犯した天界人の姿を妖に変えて、罪を妖達に擦り付けたって?そう言いたいのか」


「天之御中主神が酔っていた時に、ポロッと言った言葉があったんだ」


そうだ、俺が天之御中主神を怪しく思う決定弾があった。


「妖達が馬鹿なお陰で、追い出す事が出来た」


天之御中主神は酔った勢いで漏らした言葉。


機嫌が良かった天之御中主神が意気揚々と吐いた言葉。


俺がこの言葉を聞いたのは、出陣する前に開かれた宴の場だった。


天之御中主神は酒を飲み、言葉を続けたのだ。


「女を犯した男を妖の姿に変えたとは、妖達は誰も気付いちゃーいない。姿も変えてしまう能力をアイツも持っているようだしな」


「天之御中主神様?アイツとは誰ですか?」


「牛鬼だよ、牛鬼。人一倍、容姿を気にしていたようだからな。教えてやったのさ、やり方を」


女人の問いに答えた天之御中主神は、口元を緩めて笑う。


この時の俺は、天之御中主神の言っている事が分からなかった。


だが、牛鬼の容姿が変わっていた事で理解した。


「実際に牛鬼って奴がいるが、容姿が変わっていた。天之御中主神と同じ力を持っていたんだ。奴の場合は、対象者を食わないといけないみたいだが」


「俺達は天之御中主神に騙されていた。美猿王、お前はどうするつもりだ?この話をし、最終的には天之御中主神が俺達を騙した事が分かった。なら、お前はこの先、戦に出るのだろう?」


シュウセンは俺の顔を見ながら言葉を吐いた。


天之御中主神が描こうとしている天界は…。


自分の思い通りに動く天界人達だけの天界を作ろうとしているのか…。


だとしたら、天之御中主神が邪魔な種族は妖だ。


妖達が反乱を起こしている今、天之御中主神は妖達を

消すには絶好の機会だ。


俺と牛鬼に武術を叩き込んだのは、妖達を滅ぶ為か。


俺を生み出したのは、そう言う理由だったのか。


酒と食料を貪る神、我儘が通る天界。


ましてや、協力しながらも生きている地下層の妖達。


どちらが人間らしいのか。


妖達は俺が地下層に来ても笑顔で出迎え、罵る事はしなかった。


「俺は妖達を地上に戻すぜ。いや、妖達の無実を証明する」


「美猿王、本気なのか!?そんな事をしたら、お前は反逆者になるぞ!?」


「最初から、俺は天界が嫌いだった。俺を生み出した天之御中主神すらもな。俺は差別のない世界を作る」

俺の言葉を聞いたシュウセンは、暫く沈黙を貫いた。

「美猿王、お前の言葉を信じさせてくれ」


「当然だ、俺を信じた事を後悔させねぇよ。ただ、一

ヶ月だけ時間を貰う」


「一ヶ月?」


「あぁ、お前等は今まで通りに生活をすりゃ良い」


そう言って腰を上げると、ガラッと襖が開いた。


襖の先にいたのは、二本の額に角を生やした爺さんだった。


白髪の髭に白髪の長い髪を引き摺っている。


「お主、天之御中主神のお気に入りじゃな」


「アンタは人に見えるが…?」


「白鬼殿?!いらしていたのですか?」


シュウセンは爺さんを白鬼と呼び、慌てて頭を下げていた。


*白鬼 / 黄鬼【しろおに / きおに】心や甘え、執着などを表す鬼。


もしかして、妖の中でも位があるのか?


「あぁ、頭を上げてくれ。同じ妖だろ?」


「し、しかし…」


「楽にせい」


白鬼の爺さんの言葉を聞いたシュウセンは頭を上げた。


「美猿王、勝手に話を聞かせて貰ったぞ。お主、我々を地上に戻すとは正気なのか?」


「俺は口だけで物事は動かせねぇと思ってんだぜ?」


「ほう。なら、一ヶ月欲しいと言うのはどう言う理由だ?」


「ある術を覚えたい。その術を使えるようになるには、早くて一ヶ月ぐらい掛かるからな」


反乱を起こすとなれば、俺に求められるのは"強さ"だ。


俺は天之御中主神よりもある術を早く会得したい。


「成る程のう。お前さんの事を監視させて貰うぞ。本当に革命とやらを起こす覚悟があるかどうかをのう?」


爺さんは挑発するような笑みを浮かべた。


この野郎…、俺の事を一丁前に挑発してやがるな…!?

 

「上等じゃねーか。十人でも百人でも監視に付ければ良いじゃねーか!!」


勢いに任せて立ち上がり、そのままシュウセンの家を飛び出した。


「白鬼殿…。美猿王を試す気ですか?」


「彼奴は我々にとって味方なのか、悪なのか。シュウセン、我はお前達を守りたいのだ」


「勿体無いお言葉です、白鬼殿」


「美猿王の件は我々、鬼が引き受けよう」


白鬼はそう言って、静かに立ち上がった。



妖達の地下層に行ってから、三日後ー


血統術を会得する為、俺は山に籠り食事を抜いていた。


屋敷から持ち出した書物を取り出し、修行内容を確認する。


[体に流れる血液の流れと心臓の動きを一体にする為、静寂を制せよ。清い体の名の下、仏の座を獲るべし。想像した力を手にする為、精神力を鍛えよ]


書物の内容は端的で、実に意味の分からないものだった。


誰が何の為に作ったか分からない書物。


天之御中主神が作った訳じゃなさそうだが…。


確か、戦の神の誰かが作ったらしいがどうでも良いな。


森の中にある大きな岩の上に座り、心臓の鼓動に耳を澄ませる。


トクンッ、トクンッ、トクンッ。


脈を打つ感覚と心臓の鼓動が同時に聞こえる。


頭で血液を操るイメージを浮かべ、目を閉じる。


森に来て以来、木々の間から数人の気配と視線を感じていた。


白鬼の爺さんが言っていた監視とやらか。


ヒソヒソと俺の事を話している声が飛び交っている。


妖達だって、簡単に信じられたら苦労しないだろうな。


神が妖達にして来た事、無かった事には出来ない。


無実の妖達を騙し、貶めた神。


俺は半妖として作られた存在。


妖を殺す為に作られた異様な存在。


だとしら、妖を殺せるのなら神すらも殺せるのではないか。


牛鬼が天之御中主神に毒される前に。血統術を会得してやる。


差別のない世界を作る為には、妖達の上にいる神を滅ぼす事だ。


全ての神、いや天之御中主神に付いている神達を滅ぼす。


俺自身のやりたい事を突き通してやる。



鬼の面を嵌めた男女の鬼達は、白鬼の命令で美猿王の監視をしていた。


「本当に我々を地上に戻すつもりなのか?あの若僧は」


灰色の鬼の面を嵌めた男は、胡座をかきながら言葉を吐く。


「白鬼殿はそう言っていたが、いやはや信じがたい。お前はどう思うのだ?」


「さぁねー。だけど、俺はあの子を気に入ったけどねー」


鬼の面の爺さんに声を掛けられた緑鬼の面をした青年は、美猿王を見ながら楽しげな声を上げる。


「へぇ、何処を見て、そう思ったの?」


水色の鬼面を嵌めた少年は、物珍しげな反応をしながら青年に問いた。


「美猿王?だっけ?あの子は戦を経て、違う目線で俺達を見るようになったし。美猿王が俺達の為に術を会得しようとしてる所も良いじゃない」


「簡単には信じないよ。信じられる訳ないじゃん」


そう言ったのは、黒鬼の面を嵌めた少女だった。


「あの神達が地下に火を放り込んだ事を忘れたの?家族や作り上げた街が焼けたんだよ」


「忘れてないよ。僕達、鬼は神を殺す為に産まれたんだからね」


そう言って、水色の鬼の面を嵌めた少年は少女の肩に触れる。


「一ヶ月は様子を見よう。爺さんが気に掛けた美猿王が信頼に値する男かどうかな」


灰色の鬼の面をした男の言葉を聞いた鬼達は、黙って頷いた。



同時刻 屋敷の中はとても騒がしかった。


何故なら、美猿王が行方不明になってしまったからだ。


天之御中主神が騒ぎ立て、兵士達に捜査をさせてい

た。


だが、美猿王は一方に見つからない状態が続いていた

のだ。


天之御中主神の部屋に訪れた兵士達の報告を聞いていた。


「何故、美猿王が見つからんのだ!?本当に探しているんだろうなぁ!?」


「は、はい。勿論でございます!!ですが…、何処にも居られないんです!!!」


「ッチ、使えない兵士だ。もっと数を増やして探せ!!!」


「は、はい!!」


天之御中主神の怒鳴り声を聞いた兵士達は、慌てて部屋を出て行った。


「天之御中主神様、大丈夫ですか?」


「あぁ、牛鬼か。何のようだ」


「顔色が優れないようでしたので、お茶をお持ちしました」


コトッとテーブルの上にお茶を置く。


「次の戦ですが、美猿王の代わりに俺を行かせてください」


「お前が?」


「はい。影を操る術がようやく成功しました」


その言葉を聞いた天之御中主神は、口元を緩ませた。


「影遊びの術か。面白い、お前を戦に出してやろう」


「っ!!本当ですか!?」


「あぁ、少しは美猿王の代わりになるだろう。容姿も俺の言葉を聞いたおかげで変われたしな。俺の力を少しでも引き継いだんだ。役に立ってもらわなければ困る」


「…、美猿王の代わり…ですか」


「それしかないだろ?術を使う戦い方しか出来ないのだ。戦場では前に出過ぎるなよ」


牛鬼は天之御中主神の言葉は刃しかなかった。


何かと口を開けば美猿王としか言わない天之御中主神。


牛鬼は天之御中主神に認めて欲しかっただけなのだ。


血統術と似た影遊びの術を得たのも、天之御中主神の為だった。


牛鬼はふと、いなくなる前の美猿王の行動を思い出した。


その瞬間、牛鬼は嫌らしい笑みを浮かべ口を開く。


「血統術の書、天之御中主神が持っているのですか」


「あ?」


「ないんですよ。書物部屋からなくなっていたんです」


「何?」


牛鬼は天之御中主神が食い付いて来た事を見逃さなかった。


「俺、美猿王が行方不明になる前に書物部屋から出て行くのを見ました。手に何かを持っていたようでした」


「まさか、血統術の書を持ち出したのか」


「天之御中主神様が会得しようとしていた血統術。もしかしたら…、美猿王は何かしようとしているのか

も…」


「何が言いたいんだ」


「天之御中主神を裏切るような事じゃなければ…。良いのですがね」


牛鬼はそう言って、部屋を出て行った。


「美猿王が…、俺を裏切るだと…?ふざけた事を…っ」


ドンッ!!!


天之御中主神は唇を強く噛みながら、机を叩き付けた。


部屋の外で聞き耳を立てていた牛鬼は、口元を押さえながら走り出す。


「ふっ、ふっ!!あははは!!!天之御中主神が不安がってたなぁ…っ」


牛鬼は喜びのあまり笑いが止まらなかった。


「美猿王の信頼をなくせば、天之御中主神は俺しか頼らなくなる。あーぁ、このまま居なくなれば良いのに。殺せば…、良いんじゃないか」


シュルルルッ。


足元の影が牛鬼の周りで意思を持ったように動き出す。


「ひっ!?」


ガチャーンッ!!


動く影を見た使用人の女は、持っていた食器を床に落とした。


「何んだよ、化け物を見るような目をして。今の俺は醜くないだろ!!」


シュンッ!!!


ブジャァァァァ!!!


牛鬼が叫んだ瞬間、動いていた影が使用人の首を跳ね飛ばしていた。


ビチャッと頬に付いた血を指で拭い、舌で舐めとる。


「殺せるじゃん、俺。もっとこの術を使いこなせれば…。実験する必要があるな」


足元に転がっている使用人の足を掴み、長い廊下を歩き出した。


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