誰よりもキミを思う 肆

甘美な香りと共に現れたのは、神々しい光を浴びた吉祥天だっだ。

誰が見ても彼女の姿を見たら膝を着き、神として称え出すだろう。

だが、光の中にいる彼女の足元は黒く泥々しい黒い何かが従える。

そう、彼女は神と呼ぶには恐ろしく、化け物と呼ぶには美しかった。



毘沙門天邸 実験室ー


観音菩薩と天部の肩を抱いた天之御中主神の手から、黒い煙が現れてた。


2人の肩が黒く変色し始め、全身に浸食して行こうとしている。


「なっ、んだこれはっ。」


「観音菩薩、逃げて下さいっ!!」


バッ!!


天部が天之御中主神の手を掴み、観音菩薩から引き剥がす。


「早く!!ぐっ、あ、あぁぁぁあ!!」


「天部!!」


黒い痣が天部の首元まで浸食し、口からは血が流れ落ちる。


「おいおいおい、女みたいに騒ぐんだなぁ?お前。」


天之御中主神は天部の髪を乱暴に掴み、顔を近付かせた。焦茶色の長いパーマの掛かった髪が天部の顔に落ちる。


「声も出せないか?苦しいか?どんな風に苦しいのか、教えて欲しいなぁ?」


「グッ、ガッハ…ッ。」


ビュンッ!!!


パシッ!!!


飛んで来た札を掴み、天之御中主神は一時的に天部から顔を離す。


「天部から離れろ、天之御中主神。」


「お前は誰だ?」


「僕は観音菩薩。貴方をもう一度、眠らす存在だ。」


観音菩薩がそう言った瞬間、天之御中主神が掴んだ札が光出した。


ドゴォォォーン!!!


爆破音と同時に実験室の中に煙が充満する。


天部の腕を掴んだ観音菩薩は、実験室の扉の前まで走る。


「大丈夫だ、天部。お前の事は死なせない。」


何も応えない天部の様子がおかしいと思い、足を止めた。


「天部…?」


煙が晴れると、観音菩薩が掴んでいた天部の手が床に落ちる。


ボトッ。


「…え?」


「おーい、手だけ持ってどうすんだぁ?本人はここに居るぞ?」

 

恐る恐る天之御中主神の方に視線を向けると、天部の頭だけを持っていた。


下には天部の体と思われる肉片と血溜まりが出来てる。


「て、天部!!?う、嘘でしょ…?」


観音菩薩に天之御中主神の恐ろしいさが伝わり、顔から血の気が引いて行くのが分かった。


天之御中主神は天部の頭を観音菩薩の足元に転がす。


ゴロンッと天部の顔が、観音菩薩を見つめた。


「なぁ、どんな気持ち?今、仲間が殺された気持ちを教えてくれるよなぁ?」

 

「っ!?」


ガシッ!!


観音菩薩の背後に立つ天之御中主神に首を両手で掴まれる。


黒い痣が物凄い勢いで、観音菩薩の体を黒に染め上げた。

 

「なぁ、なぁ?教えてくれよ。」


「ガハッ!?」


グッと首元を掴む手に力を入れた天之御中主神は、不敵な笑みを浮かべる。


「ほらほらほらほら!!!早く答えないと、首をへし折るぞー。」


「や、めろっ。」


観音菩薩は必死に天之御中主神を手を掴み、首から離そうともがく。


「3.2.1…。はーい、時間切れだ。」

 

「やめろっ!!あ、ああ、あ、あ、あ、?!」


ボキッ!!!


骨の折れる音が実験室に響き渡る。


観音菩薩の首をへし折った天之御中主神は、満足そうに首元から手を離した。


ドサッ。


床に落ちた観音菩薩の顔を足で上げるが、天之御中主神は眉を顰め舌打ちをしたのだ。



源蔵三蔵 二十歳


この黒い泥々した化け物は、吉祥天の式神だったのか。


「ガハッ!!」


ビチャッ!!


石は口から血を吐きながら、床に膝を着く。


「石っ!!」


「大、丈夫だよ。僕はまだ、死ねないから。君をここから、逃すまではね。」


「石…、お前。傷の治りが遅くなってる事に、気付いてるんだろ。お前の体も既に壊れて来てるんだろ…?」


哪吒の言葉を聞いて、俺は驚く。


壊れてるってどう言う意味なんだ?


石の体の肌に亀裂が入っているのが見え、哪吒が言っている意味が分かった。

 

石は自分の体の事は何も言わずに、哪吒の事だけを考えていたんだ。


「ふむ、やはり人形は壊れる物じゃな。見た目は同じ人間だが、所詮は作り物。人形如きが妾に逆らうとはのう?感情を持つ事自体が烏滸(おこ)がましい。

 

「吉祥天、お前は神なのに分からないのか?」


俺がそう言うと、吉祥天の眉毛が吊り上がる。


「何が言いたいんだ?小僧。」


「物には魂が宿ると言われ、魂が宿った物は物怪(もののけ)となる。物怪になった物は生涯、持ち主に幸運を齎(もたら)すってな。物だろうが、何だろうが感情を持って良いに決まってる。」


人差し指を吉祥天に向けて指す。


「哪吒達は毘沙門天に幸運を齎してたんだよ。だから、毘沙門天はやり遂げられた事もある。良いか、吉祥天。お前等がこうして出会えたのも、哪吒達のおかげなんだよ。何、自分がやったみたな面してんだよ。お前こそ、烏滸がましいんだよ!!」

 

「三蔵…、お前。」


哪吒は俺の言葉を聞いて、石も目を丸くさせていた。


「哪吒達は人形なんかじゃねー、物怪だったんだよ。それなのに、お前等は酷い事ばかりしやがって…。何が神だ、笑わせんな。」


カチャッ。


霊魂銃の銃口を向け、吉祥天を睨み付ける。

 

「お前は多くの命を奪い欲望に負けた。俺はお前の方が化け物に見えるぜ。」


「何だと!?貴様、妾を愚弄する気か!!!人間風情が…っ!!!」

 

ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!


吉祥天を担いでいた化け物の姿が変形始め、阿修羅のような姿に変わった。


カチャッンッ!!!

 

化け物が黒い槍を構え、黒い刃がキラッと光る。


「殺してやる、死んで詫びろ!!」


ドンッ!!!


吉祥天の言葉を聞いた化け物は、俺に向かって飛んで来たのだ。

 

「潤。」


シュンッ!!!


俺がそう言うと、目の前に光り輝く月刀が現れ手に取った。


カチャッ!!!


キィィィン!!!

 

月刀を抜き、槍の攻撃を受け止める。


片手に持っている霊魂銃の引き金を引き、化け物に向かって発泡した。


パンパンパンッ!!!

 

ズポッ、ズポッ!!!


霊魂銃の弾丸は化け物の体を擦り抜け、攻撃が効かない事が分かる。


なら、月刀だけで戦うまでだ!!

 

キィィィン!!!


俺は槍の刃を弾き、化け物の体に向かって月刀を振り上げた。


ブンッ!!!


ブシャアア!!


月刀の刃が化け物の体に食い込み、紫色の液体が噴き出す。


「その刀は…、神刀(しんと)か!?何故、お前のような者が神刀を持っている!!」

 

吉祥天は月刀を見て、驚いていた。


*神刀(しんと) 神が作った何者でも斬れる刀の事。だが、この刀は一つしかなく、現在は行方不明になっている。*


「何故だ、何故にお前が…っ。渡してもらうぞ、刀を寄越せ!!!」


「グアワァァァァァ!!!」


ドドドドドドドッ!!!


吉祥天が叫ぶと化け物が突出して来たが、青色の炎が道を防ず。


ブォォォォォォォ!!!


俺の目の前に渡し守が現れ、優雅に提灯を揺らしている。


「この刀はご主人を選んだんだよ、吉祥天。」

 

「貴様、渡し守…っ!!どうりで、妾が蘇ったのに貴様がいなかった訳がこれとはなぁ!?」


渡し守を見た吉祥天は髪を乱暴に掻きながら叫ぶ。


「どう言う事だ?」


「あぁ、吉祥天は僕の最初のご主人だったんだよ。」


「えぇ!?」


「けどさ、吉祥天。君は蘇って来ても…、化け物しか従えれないんだね。」


俺の問いに答えた渡し守りは、冷ややかな視線を吉祥天に向けた。


「うるさい、うるさい、うるさい!!!全部、コイツの所為じゃ。」


「昔から変わらないね、君は。どうして、いつも人の

所為にするんだ。だから、君は見放されたんだよ。」

 

「お前に、何が分かると言うのだ!?ただの式神が、妾の何を知っているんだ!!!言ってみろ!!!」


こんな感情的な吉祥天を見るのは、初めてだった。


渡し守に対して感情を露わにしているんだ?


今、渡し守がどんな表情をしてるのか後ろからは分からない。

 

だけど、声には悲しさが含まれているのは分かる。


「あの時、僕は君を止めたよね。なのに、君は僕の言葉を聞かずに毘沙門天と婚約した。それからの君は見違えたように、見た目も性格も変わった。だから、処刑されたんだよ。だから、皆に崇められなくなったのが分からないのか。」


「…、もういい。聞きたくない、お前はもう敵だ。」


吉祥天はそう言って、渡し守を冷たく見つめる。


この2人にしか分からない何があると、この瞬間で分かった。


「お前と妾は二度と分かち合う事はない。毘沙門天は妾の夫、夫の事を悪く言うのならお前を殺す。」

 

カチャッ。


金色の槍を構えた吉祥天は一瞬で、俺の頭上まで飛んで来た。



源蔵三蔵が放った言葉が、哪吒の心の中で響き渡る。


自分達の存在を否定せずに、認めてくれた言葉。


誰も自分に言ってくれなかった言葉を源蔵三蔵が放った。


目の前にいる神は黒い物に囲まれ、どう見ても神と呼べるものではない。


だが、人間である源蔵三蔵に太陽の光が降り注ぐ。


哪吒は源蔵三蔵が眩しく見え、神々しい光を放っていると思っていたのだ。

 

自分達は敵同士だったのに、何故に源蔵三蔵は助けてくれるのか。


この男に悪意など1ミリも感じない。


感じるのは助けたいと言う気持ちだけ。


哪吒は潤む瞳の中、滲む世界で源蔵三蔵を見つめる。


この人なら、この世界を変えてくれるのではないか。

 

石の事も助けてくれるのではないか。


哪吒の中に期待と希望が増幅して行くのが分かる。


「僕は…、まだ。この世界を見てみたい。」


邶球が落とした刀を手に取り、乱暴に髪を掴んだ。


バサッ、バサ!!


乱雑に切った髪を靡かせ、吉祥天の槍の攻撃を防ぐ。


ブンッ!!!


キィィィン!!!


「哪吒!?か、髪がっ…。」


哪吒の髪を見た源蔵三蔵は、口をパクパクとさせる。

 

「僕は君の血族になったんだ。君を守るのが、僕の使命だ。」


「哪吒…、お前…。」

 

「石、君を死なせる気はない。」


哪吒は石に向かって言葉を吐きながら、槍の刃を跳ね除ける。

 

キィィィン!!!

 

「っ!?」


ドサッ。


吉祥天は哪吒の強い力に跳ね飛ばされ、床に尻を付く。


「僕は僕の生きる意味を見つけたい。三蔵がどうやって、この世界を変えて行くのか見てみたい。三蔵、君に期待しても良いだろうか。」


哪吒はそう言って、源蔵三蔵の瞳を見つめた。

 

「お前の期待に応えねぇとな。石、お前の事もだ!!生きる事を諦めんな。まだ、死ぬのは早いだろ。」


源蔵三蔵はグイッと石の手を引き立ち上がらせる。


「何だ、これは。妾にこんな無沙汰な格好をさせるなんて!!!」


「本当だよなぁ?お前にこんな姿をさせるなんて、酷いよなぁ?」


吉祥天の刀に優しく触れた天之御中主神は、源蔵三蔵達の前に現れたのだ。



源蔵三蔵 二十歳


何だ、この男は…?

 

血だらけの男から感じる恐ろしいオーラに圧倒され、体がふらつく。


「貴方様が何故、ここに?」


「悪い虫が他にも入り込んで来たようだからなぁ?虫は駆除しねぇと。」


吉祥天が男に縋り付くように、男の体に纏わり付いた。

 

男の足元から黒い霧が現れ、床に転がっていた邶球が苦しみ出す。


「あ、ああ、あ。あ、あ、あ、あ!!痛い、痛い痛い痛い!?」


邶球の体は黒い痣が広がり、目や鼻から血が噴き出した。


その様子からして只事じゃない事が分かる。


「まずい、ご主人。ここから逃げないと、殺される。」


渡し守りが男の姿を見て、顔を青くしたのだ。


男は渡し守りの存在に気が付くと、声を掛けてきた。


「久しぶりだなぁ、渡し守り。今度はそのガキが主人?」


「ひっ?!」


「おい、ビビる事ねーだろ?」


カタカタと体が震え出す渡し守りが見ていられない。


俺は渡し守りを札に戻した後、邶球がバタバタと暴れ出す。


口や耳からも血が溢れ出し体から、変な音が出ていた。


ゴキッ、バキバキッ!!


邶球の手足が逆に曲がり出す。


異様な光景が目の前に広がり、邶球は悶える。

 

「いやっ、だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!死にたくない!!死にた…あ、ガハッ!?」


叫び続けていた邶球は動かなくなり、血だけが噴き出

し続けている。


ヤバイ、この男に勝てない。


本能的に男を危険だと判断していた。


俺は観音菩薩に渡された札に手を伸ばす。


いつ、この札を使う?


今?

 

今じゃない。


タイミングを見計らって札を使わないと、逃げられなくなる。


ガッ!!


そんな事を考えていると、石が俺と哪吒の腕を掴み走り出していた。


「せ、石!?」


「逃げるぞ、三蔵。あの人だけは誰にも殺せない。僕達が殺されるだけだ。そうなる前に二人を逃す!!」

俺の問いに答えつつも、石は足を止めない。

 

長い廊下を走っていると、後ろから黒い霧が追い掛け来ていた。


ブォォォォォォォ!!!


俺達を殺しに掛かってる事が分かる。


「あそこの曲がり角を曲がれば裏口に出る。そこに出たら、札を使え。」

 

「分かったっ。」


やっとの思いで曲がり角を曲がると、キラッと何かが光るのが見えた。


シュシュシュシュッ!!!


俺達に向かって宙に浮いている剣達が飛んで来たのだ。


「っ!?二人共、僕の手を離さないで。」


石はそう言って、飛んで来る剣の間を走り抜ける。


俺達に剣が刺さらないように石が身を挺して、走り抜ける。

 

ブシャ、ブシャ、ブシャ!!


剣が石の体を擦る度に、血飛沫が飛び散り頬に飛んで来る。

 

哪吒は何度も石に声を掛けるが、石は黙ったまま足を止めない。


俺はいつの間にか涙を流していた。


悲しいとか悔しいとかの感情じゃなくて、違う感情が溢れ出す。

 

どうして、どうして。


神がこんな事をするんだ。


「もうすぐだ。」


石はそう言って、嬉しそうに笑う。


目の前に裏口の扉が見え来たのに安心した瞬間、グサッと鈍い音が聞こえた。

 

ジャキンッ!!


石の体に剣が刺さり、鎖が巻き付けられていたのだ。


「石、ご苦労様です。」

 

目の前に現れた毘沙門天は俺達を見て優しく微笑む。


「お遊びは終わりです。哪吒、石?帰りますよ。貴方達には、あのお方の人形になってもらう必要がありますからね?逃す訳がないだろ。」

 

毘沙門天の顔から笑顔が消え、真顔のまま恐ろしい言葉を吐いたのだ。


あのお方って、吉祥天といた男の事か。

 

俺は毘沙門天の言葉を聞いて、石の手を払い除ける。


「お前は哪吒達に、どうして酷い事をするんだ!!お前は、哪吒達を何だと思ってるんだ!!」


そう言って、ガッと毘沙門天の胸ぐらを掴む。


「何故、貴方が怒るのか理解出来ないな。どう思ってる?道具としてしか見てないに決まってるだろ。」


「っ!!テメェ…!!」


「貴方こそ、何様のつもりだ。哪吒を助けて?英雄にでもなったつもりか?笑わせんなよ、ガキ。」


グサッ。


毘沙門天は言葉を吐き捨てた後、腹に何かが刺さった。

 

視線を下に向けると、剣が腹に刺さっていたのだ。


込み上げて来る血を吐き、毘沙門天の胸ぐらから手を離す。

 

「ガハッ!!」


「三蔵!!」


膝を着きそうになった俺を哪吒が支えてくれる。


その光景を見た毘沙門天は、哪吒に向かって手を振り下ろした。


ガシッ!!


俺は毘沙門天の手を掴み、口を引く。


「哪吒の事を叩こうとしただろ、お前。」


「なっ。」


「哪吒はお前の為に沢山、嫌な思いも辛い思いもして来た。お前に暴力を振るわれても、側を離れなかったんだ。何でか分かるか?お前の事が好きだったからだよ。」


「君に何が分かると言うだ!!」


パシッ。


毘沙門天は大声を上げながら、手を振り払う。


「見れば分かるだろ!?隣にいるアンタがっ。何で、分からないんだよ。何で、自分の事しか考えられないんだよ!!!」


俺の言葉を聞いた毘沙門天は、苦虫を噛み締めた顔をする。


「三蔵…。」


「そんな奴の側に哪吒は居させねぇ、石もだ。もう、お前の好きにさせない。」

 

哪吒の手を握ると哪吒も握り返して来る。

 

「お前に説教される筋合いはない!!この場で死ね、今すぐにだ!!」


シュシュシュシュッ!!!


毘沙門天が叫ぶと俺達の頭上に剣達が現れ、刃が光り

輝く。


「そうだよな。アンタなら、そう言ってくれるんだよな。」


「石…?」

 

嫌な予感がし石に声を掛けた。


ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。


心臓が早く脈を打ち出し、冷や汗が流れる。


腹の痛みなんか感じない。


「僕は君達を守ると約束したんだ。この命に変えても。」

 

そう言って、石は持っていた刀を握り締め立ち上がった。



石(妖怪人間)


パキッ、パキッ。


体に亀裂が入り始め、いよいよだと思わされる。


こんなにも死ぬのが嫌だと思ったのは、三蔵の言葉が原因だ。


もう、生きるのが辛いと思ってたのに。


お前が僕達の為に怒ってたり、泣きそうになっているのを見ていたらさ。


三蔵がさ、この世界をどんな風に変えて行くのかを見たくなったんだ。

 

僕は息を深く吸い吐き出した瞬間、口を開けた。


「はぁぁぁあ!!!」


タタタタタタタ!!!


大声を上げながら毘沙門天様に向かって走り出す。


ブンッ!!!


みっともなく刀を振り下ろすが、毘沙門天様は剣で攻撃を止める。


キィィィン!!!


パキッ。


攻撃を止められた衝撃で、また体に亀裂が入る。


この体が壊れる前に、三蔵達をここから出さないとな。

 

「三蔵、外に出ろ!!!」


「っ、お前を置いて行けって言うのか!?」

 

ほら、三蔵はそう言うだろうなって思ってた。


そしたら思った通りの事を言った。


「そうだよ。毘沙門天様は僕が引き止める。その間に行け。」


「俺はお前を置いて行くつもりはな…っ。」


「良いから行けって!!!僕の願いを聞いてくれよ、三蔵。」

 

「っ…。」


今、三蔵がどんな顔をしてるのか分かる。

 

泣きそうな顔をしてるんだろうな。


「お前に私は止められると思ってるのか?はっ、笑わせる!!」


グサッ!!


毘沙門天様はそう言って、僕の肩に剣を突き刺さす。


「ガハッ?!」


「石!!」


「来るな!!」


僕は血を吐きながら、哪吒が近寄ろうとするのを止める。


「はぁ、はぁ…。三蔵、もっと早く…。出会えていたら良かったな。」

 

視界がボヤけて見えにくいな。


体は傷だらけなのに痛みを感じない。


何でだろう。


何でも良い、どうでも良い。

 

「三蔵、哪吒を頼んだよ。」


「…っ。あぁ、任せろ。」


その言葉を聞いた僕は無意識に刀を振り回していた。


毘沙門天様に向かって、何度も何度も刀を振り下ろす。


キィィィン!!!


「この糞人形が!!邪魔をするなぁぁあぁあ!!」


ブンッ!!!

 

ブシャァァァァ!!


毘沙門天が振り下ろした剣が、僕の首筋を斬りつけた。

 

赤い血が首から噴き出す中、三蔵の声がしたような気がした。


2人の走り出した足音が聞こえ、血飛沫の中で二人分の後ろ姿が見えた。


その瞬間、僕の意識が途絶えた。



パキッ、パキッ、パキーンッ!!!


体に入った亀裂が全身に渡り、石の体が消滅した。


その姿を見た源蔵三蔵は戻ろうとする哪吒の手を引

き、裏口を飛び出す。


石が命懸けで作ってくれた機会を逃す訳にはいかなかったのだ。


源蔵三蔵は観音菩薩から貰った札を破ると、白い鳥居が姿を現す。


哪吒を手を引き背を向けたまま、何を言わずに鳥居を潜った。


源蔵三蔵の泣き声は誰にも聞こえなかった。

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