誰よりもキミを思う 参
同時刻 牛魔王邸ー
キングサイズのベットの上で、牛魔王はうなされていた。
「っ…く。」
百花は水の入った桶に布を濡らし、水気を軽く絞る。
冷たくなった布を牛魔王の額に優しく乗せ、顔を覗き込む。
「牛魔王、大丈夫かしら…。」
牛魔王邸に戻ってから数時間、牛魔王は謎の熱と体の痛みと闘っていた。
「百花姫、新しい飲み水をお持ちしましたよ。」
「あ、白沢。あれ?動物の姿じゃなくなってない?」
百花に声を掛けきた白沢の姿が変わっていた事に、百花は驚いていた。
七三分けにされた黒い髪に、黒縁の眼鏡をはめている男性に変貌していたのだ。
「ふふ、こちらの方が都合が良いので。」
「都合って?聞いても良い事かしら。」
「えぇ、構いませんよ。牛鬼様の伴侶の方の質問ですからね。大した理由ではありませんよ、普通の見た目の方が騙されやすいでしょ?」
その言葉を聞いた百花は、「あぁ…、成る程ね。」と言って納得する。
「牛魔王様、魔天経文の攻撃を受けた影響でしょうか。」
「え?」
「ご存じありませんか?魔天経文の恐ろしさ。牛魔王様は発熱程度で治ってますが、普通の妖怪なら消滅しますよ。」
「消滅…って、陰陽師に祓われてないのに?」
百花は疑問に思った事を投げ掛けると、白沢は優しく微笑んだ。
「百花姫は、何故に皆様が経文を欲しがるか分かります?」
「理由…?そうね、強大な力だからとか?」
「半分正解で半分ハズレです。」
「意味が分からない。」
「ふふ。すぐに答えを教えては、つまらないでしょう?」
白沢は優しい口調ながらも、百花にすぐに答えを教える気はないように見える。
「まぁ、理由なんてどうでも良いわ。私は、経文に興味ないもの。」
「機嫌を損ねてしまいましたか、これは失礼しました。簡潔に言うと経文の放つ独特のオーラに、皆が魅了されていると言う事です。」
「何かそれ、経文の所為で争い事が起きてるみたいね。」
「その通り。この世に経文がある限り、争い事は無くならない。神が作り出した物が、争い事を招いてるのはおかしなものです。」
白沢はテーブルに水を置きながら、眠る牛魔王に視線を送った。
「神なんて、いない方が良いのよ。神がいるからって、何になるの。私等を化け物って言う割には、神の方が化け物だと思うけどね。」
「おや、百花姫は神を怨んでおいでで?」
「嫌いよ、神なんて。居ても何の役にも立たないんだから。」
「神が人間に与えた平等な権利があるそうです。それは、夢を見る事だそうです。夢を見る事は幻想を抱く事、神はそれだけを平等にした。今、まさにそうではないですか?人間はよく、神頼みをするでしょう?だけど、それをした事で、神は助けてくれましたか?助けないですよね?そう言う事ですよ。神は、夢だけ与えて何もしないんです。」
「最初から神は神以外の存在を見下してる。綺麗事を並べてるだけで、ふんずり返って見てるだけ。牛鬼様を苦しめ続けてる。今もそうよ、神は牛鬼様を縛り付けてる。」
そう言って、百花は牛魔王の髪を撫でる。
牛魔王ー
体が痛くて、熱い。
魔天経文が変形した刀で斬られた傷が、焼けるように熱い。
まどろむ意識の中で、俺は懐かしい夢を見ていた。
それと同時に昔の頃を少し思い出す事になる。
「おい、牛魔王。また、来たのかよ。」
500前のある日の事、俺はいつものように花果山にある水簾洞(スイレンドウ)に訪れていた。
まだ彼が悟空ではなく、美猿王だった頃の記憶。
美猿王は俺を怪訝な目で見つめ、口の悪い言葉を吐く。
「何だよー、俺とお前の仲だろ?」
「はぁ?気持ち悪い事を言うなよ。」
「あれれ?もしかして、照れ…っうお!?」
ビュン!!
近くにあった剣を拾い上げた悟空は、俺に向かって投げ飛ばして来たのだ。
キィィィン!!
自身の影を操り、飛んで来た剣を払い除ける。
「いきなり投げるなよな。」
「お前が気色の悪い事を言うからだろうが。」
「全く、相変わらず気性が荒いんだから。ほら、良い酒を持って来たんだ。一緒に飲もう。」
そう言って、俺は影の中から持って来た酒瓶を取り出す。
酒のラベルを見た美猿王は、ニヤリと笑い口を開く。
「へぇ、上等な酒じゃねーか。おい、丁。グラスと軽い料理を持って来てくれ。」
「分かりました。すぐにお持ちします。」
悟空の側にいた猿が一礼した後、水簾洞を後にした。
暫くすると、水簾洞に猿達が集まり酒盛りの準備を着々と進める。
「しかし、美猿王の所の猿達は忠実だねぇ。君の命令は何でも聞くんじゃないか?」
「俺はコイツ等に大した命令はしねぇ。別に、命令する事もねーからな。」
美猿王、お前はこの時からそうだった。
人の上に立つ立場でありながら、お前は下の者を顎で使わない。
寧ろ、上下関係があるにも関わらず平等で接する。
だからだろうな、お前の周りには人が寄ってくるんだ。
昔の記憶が無いにも関わらず、人を引き寄せる。
牛鬼に喰われたあの日から、俺は妖と言う存在になった。
体は牛鬼の物になり、俺と言う人格だけが残った状態のまま生き続けている。
のちに、牛鬼が俺を牛魔王と呼ぶ様になった事で変わった事があった。
それは、俺と言う人格が牛鬼と入れ替われるようになった事。
牛鬼が出て来なくなった時期が長くなった頃、牛鬼の記憶が流れ込んでくるようになったのだ。
どうやら、牛魔王と美猿達は因縁の仲だったらしい。
だから、牛鬼が俺の頭に語り掛け命令してくるようになった。
"今の美猿王を弱らせろ"
牛鬼は牛魔王の姿の俺に、美猿王に接触させたがっていた。
俺は牛鬼の命令に逆らう事は出来ない。
何故なら、牛鬼が俺に名前を付けた事により主従関係が出来てしまったから。
自分の名前に入っている漢字の一部を付けると、主従関係が成り立つ。
これは妖限定の話だ、人間の場合はない。
命令を忠実に聞く俺は、牛鬼にとっては都合が良い道具だろう。
どれ程、自分の運命を憎んだだろう。
神頼みをしたか?
そんな事をした所で、現状が変わる訳がないだろう。
神に救いを求めた所で助けてくれる筈はない。
牛鬼と俺の共通点が一つだけあった。
それは、神の存在を消し妖だけの世界を作ると言う理想。
牛鬼の命令を聞く事でしか、俺は俺の体でいる事が出来ない。
本当に、あの時に喰われなきゃ良かった。
命令通りに美猿王を宴に招待し、本人が屋敷に到着するのを待った。
ガヤガヤと騒がしくしている六大魔王のメンバーを横目に、酒を流し込む。
俺が集めた初めての仲間達は、俺の血を求めただけの奴等。
強い妖の血を飲めば、その力を使える事が出来ると言う逸話を信じた奴等。
利害関係で結ばれた六大魔王と俺に、信頼関係と言う文字はない。
だからこそ、コイツ等に血を飲ませるのに条件を付けた。
俺の意思で血を操り、お前等が裏切ったり必要となくなったら殺す事を条件に。
そしたら、コイツ等は一つ返事で血を飲んだ。
馬鹿な奴等だと思ったよ、殺されないとでも思ってるんだ。
下心が丸見えなコイツ等しか、俺は従えないのだろう。
それでも良いと牛鬼が言ったんだ。
何故なら、利用できる物は全て利用したいのだそうだ。
ぐだらない、何もかもが。
そんな事を考えていると、扉が軽く叩かれた。
「牛魔王様、美猿王様とお付きの方が到着致しました。」
使用人の声が聞こえた後、宴会場の扉が開く。
俺は美猿王の姿を見て、息をするのを忘れてしまった。
昔、俺を虐めから助けてくれた才と言う男に似ていたからだ。
俺はその人に懐いていて、少しの間だけ稽古をつけてもらっていた。
今思えば、才と言う男の事が好きだったんだと思う。
勿論、恋愛としてではなく。
少し乱暴な話し方も仕草も、あの人と同じ。
だけど、一つだけ人間と違う所があった。
それは、あの人が妖だったと言う事。
忘れてた人間だった頃の記憶が、蘇ったのだ。
俺は初めて牛鬼の命令を無視して、盃を交わした。
それから俺は理由を付けては、美猿王の元に顔を出し話をする時間を作っていた。
酒を持って来たり、食料を持って来たりして。
美猿王は乱暴な言葉を吐くも、俺の事を拒絶した事はない。
牛鬼の記憶の中では、俺と美猿王は殺し合う運命になっている。
それは遥か昔から続いていて、今世紀で最後の殺し合いなる事も。
「おい、牛魔王。さっきから、何考えてんだ。」
美猿王の声を聞いて、ハッと我に帰る。
「俺?」
「お前しかいねーだろ。俺の顔見てボーッとしやがって。」
そう言って、美猿王はクイッと酒を飲み干す。
「少しだけ昔の事を思い出してね。」
「ふーん。お前みたいな奴でも、思い出に浸るのか。」
「失礼な。俺だって、そこらの人間よりかは長生きしてるんだぜ?思い出す事もあるだろうよ。」
言葉を吐きながら、美猿王の空になったグラスの中に酒を注ぐ。
トポポポポポッ…。
水の様に透明な酒を美味しそうに飲む美猿王を横目に、酒を流し込む。
「お前に似た顔をした妖のお兄さん、何してるかなぁ。」
「は?俺に似た顔だぁ?」
「そうそう、真っ赤なトライバルが全身に入ったお兄さん。」
「へぇ、妖ならどっかで生きてんじゃねーの。」
「それもそうだな。」
俺が美猿王の側にいたかったのは、あの人を重ねていたからだ。
この時の飲み会が最後になると分かっていた。
何故なら、俺が裏切るからだ。
重たい瞼を開けると、見慣れた天井が視界に入って来た。
体が怠い、斬られた左腕が疼く。
誰もいない筈のなのに、ベットの横で百花が眠っている。
この女は、牛鬼の伴侶だ。
俺の側にいるのも、俺の中にいる牛鬼の為。
ズキンッ、ズキンッ。
鈍い痛みを感じながら、存在しない左腕に視線を落とす。
左目と左腕を失ってもなお、俺は悟空と敵対して。
最近、俺の自身の人格がおかしくなって来ている。
何故、こんな事になってしまったのか検討は出来ていた。
ギシッ。
ベットから抜け出し、厳重に保管してある箱を手に取る。
シュルルルッ。
自身の影を操り箱の鍵を取りした後、鍵穴に差し込み解除する。
カチャッ。
箱が施錠され、中から白い巻物が現れ手に取った。
俺が手にした聖天経文、これを保管してから人格がおかしくなっているようだ。
*聖天経文 聖」や「陽」を司り、『回復』に属する。単独では、癒し・回復系の力を有する。*
俺はこの事を誰にも話していない。
毘沙門天の事も誰の事も信用していないからだ。
魔天経文で受けた傷は、どうやら治せないらしい。
「馬鹿馬鹿しい、何が回復に属するだ。」
乱暴に聖天経文を箱にしまい、鍵を差し込み施錠する。
カチャッ。
「はぁ。」
机に置いてある煙管に手を伸ばし、口に付け煙を吸い込んだ。
「牛魔王?起きたの。」
「あぁ。」
「体調は?」
「普通、気分は最悪だけどな。」
俺の言葉を聞いた百花は、水をグラスに注ぎ出した。
「いらねぇ。」
「飲んだ方が良いわ。」
「しつこい女だな。」
「どうとでも言って。」
百花が無理矢理に水の入ったグラスを渡して来たので、仕方なく飲む事に。
「左腕、治らなかったのね。」
「何で、お前が泣きそうな顔すんだよ。あぁ、牛鬼の体でもあるからな。心配ぐらいするか。」
俺は嫌味の含んだ言葉を百花に投げ掛ける。
「もう、子供みたいな事を言って。貴方の自身の事も心配してるの。」
「そうかよ。悪いが、一人にしてくれ。」
「…、分かった。」
百花を部屋から出した後、椅子に深く腰を下ろし息を吐く。
懐かしい夢を見たせいか、頭がズキズキと痛み出す。
ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ。
俺は悟空をあの人と重ねて接していた。
だからなのか、悟空の目の前で須菩提祖師…。
俺の親父を殺した時の表情を、今でも鮮明に覚えている。
今更、後悔しても遅い。
俺自身が選んで行動した結果が、これだ。
今の姿が映った鏡を見た瞬間、影が鏡を破壊していた。
パリーンッ!!!
「あぁ…、苛々するな。きっと、あの人を思い出したからだ。」
不老不死の術を手に入れた悟空の体には、あの人と同じ赤いトライバルが入った。
あぁ、苛々する。
悟空が俺の事を下に見ている。
殺気に満ちた視線ではなく、違う感情を含んだ視線に変わった。
何なんだよ、アイツ等が悟空を変えたのか。
源蔵三蔵、アイツが悟空の側にいる事で悟空の時間が動き出した。
何で、俺は悟空の事ばかり考えているんだ。
馬鹿馬鹿しい、くだらない。
「こんな事を考えるのは、きっと夢の所為だ。」
俺は余計な事を考えない為に、重たい瞼を閉じる事にした。
牛魔王邸の客間ー
鱗青ー
パシンッ!!
ドンッ!!
鈍い痛みが右頬に広がると、鈴玉が押し倒して来た。
ドカッ、ドカッ!!
俺の体に馬乗りになり、至る所を殴り始める。
こうなったのは全部、俺の責任だ。
「お前と出会わなきゃ、姉ちゃんは殺されなかったんだ。お前が、お前が姉ちゃんを騙した所為で!!」
「ゔっ。」
鈴玉の拳が鳩尾に入り、吐きそうになるのを我慢する。
「僕の体も化け物にして、何がしたいんだよ!!どうして、どうしてだ!!」
ガシッ!!!
鈴玉はテーブルの上にあった灰皿を手に取り、俺の頭に叩き付けた。
ゴンッ!!
額から血が垂れてくるのが分かった。
灰皿で殴られた衝撃で、額が切れてしまったらしい。
「痛いのか?痛がる資格はないだよ、お前にはな。」
鈴玉の精神状態を壊したのは、俺だ。
林杏が殺された事を知った鈴玉は、その場で失神してしまった。
俺の口から林杏が殺されたと聞いて、鈴玉のショックの大きさは計り知れない。
その所為で、小さな体の鈴玉は大きなストレスに耐える事は出来なかった。
吉祥天が鈴玉の前に現れ、俺が林杏に近付いた本当の理由を話出したのだ。
「お前の姉は、この男に騙されて殺されたのだ。妾の器としてなぁ。」
その言葉を聞いた鈴玉は、気が触れてしまった。
おかしくなってしまった鈴玉は、床に頭を叩き付け始めた。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!
鈴玉を止めようと声を出そうとしたが、喉を潰されてしまい声がでない。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!
ドサッ。
頭から大量の血を出しながら、鈴玉がその場に倒れた。
俺は慌てて、鈴玉の体を抱き上げるが息をしてしなかった。
「っ!!っ、つぅ!!」
「あははは!!此奴、頭がおかしくなって死んでしもうたわ。」
吉祥天は大きな声で笑いながら、鈴玉を見下ろす。
「其奴を生き帰らしてやろうか?妖怪人間としてだがなぁ?」
コイツは最初から、こうするつもりで鈴玉に話したんだ。
吉祥天は鈴玉を妖怪人間にするつもりで、自殺するよ
うに仕向けた。
「お前は鈴玉を守りたいだろ?林杏を守れなかったんだ。なーに、お前に価値なんてないんだ。せめて、鈴玉の奴隷として生きたらどうだ?あははは!!」
吉祥天の下品な笑い声が頭に響く。
俺の事をなんだと思っているんだ、この女。
だけど、俺にそんな事を思う資格はない。
鈴玉を生き帰らしてもらう為には、俺の感情を殺す必要がある。
俺は吉祥天の命令通りに行動をするようにした。
その事が気に入ったのか、吉祥天は毘沙門天に鈴玉の遺体を渡していた。
毘沙門天は暫く実験室に篭って、何かをし始めていた。
暫く経った頃、吉祥天に連れられ実験室の中に招き入れる事に。
実験台に寝かされていた鈴玉は、十四歳の体に成長していた。
「今日からこの少年の事は、牛頭馬頭と呼ぶように。また、吉祥天の忠実なる犬だ。お前はこの少年が妙な動きをしないか見張れ。」
毘沙門天の言葉を聞いて、俺は唇を強く噛む事しか出来ない。
反論出来る立場にいない俺は、命令に従うしかない。
俺はまた、林杏の時のような立場なのか。
どうして、俺はあの時…。
あの時の命令に従ってしまったんだ。
今更、後悔しても遅い。
どんな姿であれ、今度こそ鈴玉の事を守らないと。
そう思いながら鈴玉が目を覚ました日から、側にいた。
鈴玉は俺に対して強い殺意を持っていて、性格も歪んでしまった。
優しかった鈴玉はどこにもいなく、脅威に満ちた鈴玉だけが残っている。
俺に暴力を振るうのも、鈴玉が俺を憎んでいるから。
鈴玉を変えてしまったのも俺自身だ。
俺はどんな事をされても、鈴玉を愛してる。
林杏と鈴玉は、俺の家族だ。
どんなに暴力を振るわれようとも、どんなに罵詈雑言を浴びせられても変わらない。
「死ね、死ね、死ね、死ね!!!僕達を裏切ったお前が、のうのうと生きてんじゃねーよ!!」
ごめん、ごめん、ごめん。
鈴玉の体を抱き締めようと手を伸ばすが、鈴玉に払い除けられる。
パシンッ!!!
「僕に触るな!!気持ち悪りぃ!!」
「っ…う。」
「気持ち悪い声を出すな!!」
ビュンッ!!!
グサッ!!!
鈴玉が俺の体に刀を突き刺さし、ぐりぐりと傷口を抉る。
激痛のあまり足をバタバタ動いてしまう。
その姿を見た鈴玉は大きな声を出して、楽しそうに笑い出す。
「あははは!!死にかけの魚みたいだねぇ?おかしいなぁ!!あははは!!」
俺はどんな姿でも、どんな形になったとしても側に居なくきゃいけない。
それが俺に出来る事で、償いでもある。
だけど、これだけで林杏を死なせた事の償いになるのか?
いや、ならない。
鈴玉がもう二度とあの時のように、笑い掛けてくれなくても良い。
俺を殴る事で少しでも軽くなれば良い。
俺はもう、鈴玉がおかしくなって自殺する姿は見たくない。
「飽きた。」
カランッ、カランッ。
鈴玉は刀をその場に捨て、立ち上がった。
俺の方に視線を向ける事なく、部屋を出て行ってしまった。
重い身体を起こして、ゆっくり立ち上がる。
鈴玉に毛嫌いされても、側にいると決めたんだ。
あの子を一人にしてはいけない。
まだ幼い鈴玉には、この世界は重すぎるから。
体から垂れている血は気にせずに、部屋から出て行った鈴玉を追い掛けた。
「いやはや、この世界は生きにくくなったものですね。何故に人も妖も愛を知ってしまうのでしょう。そんなもの、邪魔でしかないのに。」
扉の隙間から、白沢は牛頭馬頭と鱗青の光景を見ていた。
「牛頭馬頭も本当は、鱗青の事を好きなのに。何故、暴力を振るうのでしょう?感情と言うのは面倒くさいものだ。」
そう言って、白沢は暗い廊下を歩き出した。
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