君の死を背負う
黒風ー
こんな醜い姿で、貴方に会いたくなかった。
牛魔王様の力に屈してしまった自分が、情け無くて泣けて来た。
会いたかったあの人は今、僕に刃を向けている。
これは僕が望んだ光景で、僕は死ぬ事に対して恐怖を
抱いた事は無い。
殺されるなら、貴方が良い。
貴方の手で、僕は殺されたい。
ブシャッ!!
悟空さんが赤い刀を一振りすると、僕の醜い両腕が吹っ飛んでいた。
「グァァァァァァァアイァァア!!」
激痛のあまり僕じゃない低い叫び声を出すと、悟空さんは小さな声で呟いた。
「お前だけは500年後に、俺に謝り来た。黒風、お前は俺に、許す事を教えてくれた。」
そう言って、悟空さんは僕の目を見つめる。
「俺はお前を殺したくねぇ。だけど、黒風は俺に殺される事を望んだよな。」
悟空さん、僕はその言葉を聞けただけで嬉しいんです。
貴方は、覚えてないかもしれない。
僕に向かって言った言葉の一つ一つを。
悟空さんは、僕を馬鹿にしないでくれた人。
悟空さんは、僕の頭を乱暴に撫でてくれた人。
ズシャッ!!
真っ赤な一筋の光が見えた瞬間、体に激痛が走しる。
あぁ、僕は死ぬんだな…。
許されるのなら、僕は貴方にもう一度だけ…。
頭を撫でられたかったな…。
ブォォォォォォォ!!!!
その時、僕と悟空さんを包むように、大きな黒い靄が現れた。
「黒風、起きろ。」
「ん…、ん?悟空…さん?」
目を開けると、僕は悟空さんの膝枕されている状態になっていた。
「僕、どうなったんですか…?」
「魔天経文に斬られた影響で、牛魔王の血が抜けたんだ。今は、元の体に戻ってる。」
「そうなんですね…。あ、この霧は僕の力が暴走しちゃったんだ…。」
僕の能力は黒い霧を出すだけ、目眩し程度の霧しか出せない。
僕と悟空さんは黒い霧の中に2人きりの状態で、サラサラと白い砂のような物が見えた。
砂の出所を探すように視線を辿ると、僕の両足が砂状になっている。
この時に、僕はもうすぐ死ぬのだと理解出来た。
「黒風、最後にして欲しい事はあるか。」
「え?」
「お前は俺の為に色々と動いてくれてから、何かしてやりたい。」
悟空さんの優しい声が、涙腺を緩ませた。
鼻の奥と喉の奥が痛くて、涙がポロポロと零れ落ちる。
こんなご褒美のような時間を味わって、良いのだろうか。
「ヒック、ヒックッ。ご、悟空さっ。」
「何だ。」
「あ、あの時みたいにっ、な、撫でてくれませんか?」
僕は悟空さんが、覚えているか分からない。
貴方の中に僕と言う妖が、記憶に残るような事をしていないから。
覚えていなくても、仕方ない。
「あぁ、お前が俺の為に桃を取って来た時か。フッ、あの時のお前、傷だらけで泣き腫らした顔で、桃を持って来たよな。」
悟空さんは、フッと軽く口元を上げて笑う。
その言葉を聞いて、僕は驚きのあまり声を出せなかった。
同時に、僕の脳裏に昔の記憶が蘇る。
500年前の冬の日ー
まだ、悟空さんが美猿王の名を名乗っていた頃の記憶。
美猿王さんと牛魔王様は、いつものように一緒に行動していた。
あの2人の間には、僕達が入れない空気感が伝わり、誰も入ろうとしない。
どうやら、今日は森に向かって野獣を狩るそうだ。
黙々と準備をするびあさんの背中をジッと見つめていた。
僕は六大魔王の中でも影が薄い、おまけに弱い。
なのに何故、牛魔王様に選ばれたのか疑問で仕方なかった。
直接、本人に聞いた事があったがはぐらかされてしまい、答えを貰う事はなく。
のうのうと六大魔王の一員として、普通に生活を送っていた。
そんな事を考えながら、美猿王さんの背中を見つめる。
僕の視線に必ず気付く美猿王さんは、振り返って指をクイッと動かして、こう言う。
「お前も来るか、黒風。」
「良いんですか…?僕が居ても、邪魔にならないですか?」
「あ?邪魔だと思ってたら、誘わねーだろ。どうすんだ?来るのか?来ないのか?」
「い、行きますっ!!すぐに、準備しますっ!!」
僕は急いで準備をして、牛魔王様と美猿王さんの元に向かった。
タタタタタタタッ!!!
「び、美猿王さんっ。お、お待たせしましたっ。」
「あれ、黒風も来るの?」
僕の姿を見た牛魔王は、不思議そうな顔をしながら、悟空さんに声を掛けていた。
「俺が誘った、別に良いだろ。」
「あー、そう言う事ね。良いよ、お前も年末の宴用の肉を取れよー。」
美猿王さんの言葉を聞いた牛魔王様は、納得した様子で、僕に声を掛ける。
「は、はい!!」
暫くして冬景色に染まった森に入り、僕達は雪が積もった山中を歩いていた。
ギシッ、ギシッ、ギシッ。
軽そうに見える白い雪を踏むたびに、足の指先が凍る感覚が足全体に広がる。
フュー、フュー、フュー!!
冬の寒さが風に乗り、僕の肌を冷たくさせて行く。
カタカタと震える僕を他所に、2人はどんどん前に進んで行き、距離を離されてしまった。
「ま、待って下さ…っ。」
ブュー!!
僕の声を掻き消すように、暴風が吹き荒れる。
その瞬間、透き通った雪に染まった大きな桃の木が現れた。
雪が積もった桃は、神秘的な果実のような雰囲気を出している。
「桃…、美猿王さんが好きな食べ物…。」
あれを持って帰ったら、美猿王さん喜んでくれるかな…。
近くで桃の木を見てると、木の枝に棘のような物が生えていた。
この棘がある所為で、普通に木に登る事が困難になってしまっている。
だけど、この時の僕は何故か、桃の実が取りたくて仕方がなかった。
ガシッ。
棘を避けながら木に登り、桃の実を狙う。
ガシッ、ズシャッ!!
だけど、上に上がろうとする度に棘が足や腕を掠り、服の上から血が滲む。
「い、痛いっ…。うぅ、しんどい…。」
僕は痛みにめちゃくちゃ弱い。
だから戦いたくないし、戦おうとはしない。
負けるのが決まってる勝負に、わざわざ挑む度胸は持っていない。
だけど、この桃だけは取りたい!!
ガシッ、ズシャッ!!
「ゔっ!!ま、まだまだ…っ。」
指に棘が刺さっても痛みを感じないのは、指先が悴んでいるからだ。
泣きそうになりながら、やっとの思いで桃の実を掴む。
ガシッ!!
「や、やった!!うわっ!?」
ズルッ!!
桃の実を掴んだ瞬間、体勢が崩れ太い木の枝から身が滑り落ちる。
ドサッ!!
「痛ったぁ…。」
思いっきり地面に落下したが、雪のおかげで体への衝
撃が少なかった。
「大きな桃の実が取れて、良かった…。」
自分の手の中にある桃の実を見て、嬉しさが倍増する。
「黒風、ここに居たのか。」
頭上から声が聞こえ、視線を上げると美猿王さんが僕を見下ろしていた。
ベージュ色のマントに返り血が付着しており、美猿王さんは鹿を肩に下げているようだ。
白い雪の世界の中にいる美猿王さんは、凄く綺麗で…。
思わず目を奪われてしまう。
「び、美猿王さん!?ど、どうして、ここに!?」
「お前が居ないのに気付いて探してやったんだよ。それにしても、何でボロボロになってんだ。」
「す、すいません…。こ、これを、美猿王さんに渡したくて!!」
そう言って、僕は美猿王さんに桃の実を差し出す。
「桃か、お前が取ったのか。」
「ひ、1つしか取れませんでしたが…。」
「へぇ、お前がね…。」
美猿王さんの白い肌の手が伸びて、僕の頭を乱暴に撫でた。
わしゃわしゃわしゃわしゃ!!
「わわわっ!?」
「お前にしては、よくやったほうじゃねーか?それにしても、どうやったらっ。クククッ、こんなボロボロになれんだよ。」
そう言って、美猿王さんは意地悪な顔をして軽く笑う。
今まで、誰からも頭を撫でられた事なんてなかった。
ましてや、褒めてもらった事も、笑い掛けてもらった事もない。
「う、うぅ…っ、うぅっ…。」
「は?泣く所があったか?今。」
「ぼ、僕、今までっ、誰かに褒められた事がなかったので…。う、嬉しいんですっ。頭も撫でられた事がなかったからっ…。」
僕の言葉を聞いても、美猿王さんは馬鹿にするような言葉も、嘲笑う言葉も出さなかった。
黙って、僕の事を見下ろしているだけだった。
「黒風、俺はお前を馬鹿にしねぇよ。褒められたいなら、また、桃を取って来い。俺がまた、褒めてやるよ黒風。」
「た、沢山、取って来ます!!もっと、もっと、もっとっ、桃を取って来ます!!」
「お前の好きにしろ。ほら、牛魔王の所に戻るぞ。」
「は、はい!!」
それから、桃を取って来ては美猿王さんの所に持って行った。
美猿王さんは言葉通り、僕の事を褒めてくれた。
嬉しかった、嬉しかったんだ。
だけど、牛魔王様は美猿王さんを裏切り、下界に落とした。
昔の事を思い出しながら、悟空さんの言葉に返答する。
「覚えてくれていたんですね…。」
「俺は記憶力が良いからな。」
「すいません。もう…、桃を持って来れそうにないです…。」
体に力が入らない。
もう、言葉を吐く気力がない。
瞼が重い、凄く眠くなって来たな…。
ボヤける視界の中に映る悟空さんは、凄く眩しく見える。
「…、黒風。」
わしゃわしゃわしゃ。
悟空さんは優しい手付きで、僕の頭を撫でながら、こう言った。
「頑張ったな、黒風。」
きっと、今の僕の顔は涙で、ぐちゃぐちゃになってるだろうな。
その言葉を聞いて、僕の頬が緩むのが分かった。
「ありがとうございます…、悟空さん。すいませ…、
眠くて…、目が開けられません。」
「…、そうか。ゆっくり、休め。」
悟空さんはそう言って、閉じそうになった僕の瞼を手で、ゆっくり下ろした。
悟空ー
黒風の瞼を閉じさせると、瞼を開ける事はない。
何故なら、もう、黒風の心臓が動きを止めたから。
穏やかな寝顔を浮かべながら、黒風は砂になり、跡形も残らずに散った。
残ったのは膝に黒風が寝ていた感触と、天地羅針盤だけ。
サァァア…。
黒い霧が晴れると、三蔵と猪八戒、小桃と目が合った。
「悟空、黒風は…。」
三蔵が恐る恐る、俺に黒風の事を問い掛ける。
小桃と猪八戒も、俺が言う言葉を分かっているように見えた。
だけど、これは俺の口から言わないといけない言葉。
黒風を殺し、天地羅針盤を残された事を。
「黒風は俺が殺して、俺の腕の中で死んだ。そして、天地羅針盤を残して、黒風は逝った。」
「…、そっか。黒風は悟空の腕の中で、死ねて良かったな。こんな事、言って良いのか分からないけど。黒風は、悟空に会いたがってたから…。」
三蔵はそう言って、泣きそうな顔をしていた。
「はぁ?生ぬるい事、言ってんじゃねーよ。悟空、お前さ、どうしちゃったわけ?」
牛魔王は首を動かしながら、俺を睨み付ける。
「黒風が死んで悲しんでんのかよ、お前!?大勢の妖を殺して来たお前が、1人の妖が死んで悲しむのかよ!?あの頃の残虐な頃のお前は、何処に行ったんだよ!!?」
牛魔王が叫びながら、俺に近寄ろうと歩き出す。
ザッ。
カチャッ。
だが、俺の前に三蔵が立ち、霊魂銃の銃口を向ける。
「何だ、テメェ。退けよ。」
「退かねぇ、お前と悟空を一緒にすんな。変わって行く悟空に置いてかれんのが、嫌なんだろ。お前、1人だけ置いて行かれてんのを、認めたくねぇんだろ。」
「あ?俺が、寂しがってるって言いたいのか、テメェ!?」
「本当に強い奴なら、自分の仲間を化け物にしねぇんだ!!お前は卑怯者で、臆病者だろ!!」
ゴンッ!!!
そう言って、三蔵が牛魔王を殴り付けた。
ドサッ!!
殴られた衝撃で、牛魔王が地面に座り込み、頭を押さえ出した。
「うるさい、うるさい、うるさい。黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!!!」
ドゴドゴドゴーン!!!
牛魔王の叫びを聞いた向日葵頭の化け物が、髪の毛を乱雑に放ち始める。
「ギィァァァァァァァァァァァァ!!」
向日葵頭の化け物は牛魔王を抱き締めるように、後ろから牛魔王の体に手を回す。
何故か、今の牛魔王の姿は子供ように見えた。
「テメェが敵の大将か!!!!」
頭上から、知らないガキが鎌叉を振り回しながら飛んで来た。
「誰だ?このガキ。」
「牛頭馬頭!?こんな所まで来たのかよ!?悟空、避けろ!!」
猪八戒はガキの事を見て、牛頭馬頭と言っていた。
「敵将の首、貰った!!!」
ガキが俺の首に向かって、鎌叉を振り下ろして来た瞬間。
ブンッ!!
キィィィン!!
ガキの体を押さえ付けている高、ガキの首元に左右から鎌を向ける李と胡。
キンキンキンッ!!
そして、俺の前に丁が立ち、飛んで来る髪の毛を鎌で弾く。
「お怪我はありませんか、若。」
「あぁ、ご苦労さん。」
俺が動かなかった理由は、丁達がガキの気配に気付き、向かって来ていたからだ。
「あー、この子。兄者の事を追い掛けで来たんじゃない?」
「あ?どう言う事だ?」
天の言葉を聞いて、俺は邪に尋ねる。
邪は俺に頭を下げながら、事の経緯を話し始めた。
「すいません、殺し損ねました。」
「別に謝る事じゃねーだろ。」
「ふむ、やはり。王とは違うようですね。」
「あ?」
俺の言葉を聞いた邪は、1人で考え込んでしまった。
何なんだ、コイツは。
「あー、苛々するなぁ。どいつもこいつも、悟空に群がりやがって。」
「牛魔王様。一度、引いた方が宜しいかと。」
「テメェは、白沢(ハクタク)か。」
牛魔王の背後から現れたのは、白沢だった。
「お久しぶりで御座います、牛魔王様。そして、貴方様も。」
「悟空、白沢と会った事があるのか?」
白沢の言葉を聞いた三蔵が、俺に尋ねて来る。
「昔、数回会った程度だ。牛魔王の血は飲んでなかったのか、人の姿じゃねーって事は。」
「えぇ、私もまた出て来たばかりなので。牛魔王様、貴方様には死なれては困ります。この、牛頭馬頭と言う少年は利用価値があります。まだ、体制を立て直した方が良いです。」
牛魔王は暫く黙った後、口を開いた。
「お前の提案に乗るとしよう、今の俺は本調子ではないからな。」
「私の提案を聞いて頂き、ありがとうございます。流石は、私の王です。」
「犬神、さっさと来い。」
ダンダンダンダンダン!!!!
牛魔王の言葉を聞いたのか、物凄い勢いで犬神が走って来るのが見えた。
目を凝らして見ると、犬神の体の上に沙悟浄と緑来の姿があった。
「沙悟浄、緑来!?何で、犬神の体に乗ってんだよ?」
「いやいや、乗った訳じゃなくってなー。鏡花水月を刺したまま走り出したんだよ。」
ズポッ。
犬神の体に刺さった鏡花水月を抜いた沙悟浄は、軽々と地面に着地する。
気絶している緑来を背負いながら、俺達の側まで歩いて来た。
「悟空、お帰り。戻って来てくれて良かったよ。」
「お前もかなり、やられたみたいだな。」
「まぁね、これは…?どう言う状況?」
沙悟浄は今、目の前で起きている現状を理解出来ていない様子だ。
それはそうだ、今さっき合流したばかりなのだから。
「ほら、牛頭馬頭。何をしているんですか、さっさと立ちなさい。」
白澤は、李達に捕まっている牛頭馬頭に向かって言葉を放つ。
「うるせぇなぁ、今から立つ所だよ?!」
「このガキ、高と力技で勝てると思ってんのか?」
李は睨み付けながら、牛頭馬頭に向かって言葉を吐く。
ガシッ!!
「あ?何だ、テメェ。」
「っ!!お前、何しに来たんだよ。」
突然、李の腕を掴んだのは鱗青だった。
鱗青を見つけた牛頭馬頭は、動揺しているように見える。
俺は牛頭馬頭から牛魔王に視線を移し、目を合わせた。
「今回は見逃してやるよ、牛魔王。」
「ッチ、この糞野郎が。」
「お前と俺はどの道、殺し合う運命なんだろ。死に場所くらい選ばせてやるって、言ってんだよ。それとも今、ここで死ぬか。」
俺の言葉を聞いた牛魔王は、唇を噛み締めながら、口を開く。
「行くぞ、お前等。百花、お前も来い。」
「えぇ、肩を貸すわ。」
百花が牛魔王の体に触れた時、小桃が泣きそうな顔をして叫んだ。
「百花ちゃんっ!!お別れなんだね、小桃達。」
「小桃、次に会った時は…。本当に殺すから。」
「っ…。」
小桃の顔から視線を逸らした百花を見た牛魔王が、指を鳴らした。
パチンッ!!
その瞬間、牛魔王達は姿を消したのだった。
「お兄ちゃん、待ってよー。僕を置いてくのは、酷くない?」
沙悟浄の後ろから、風鈴が現れ、沙悟浄に抱き付いた。
その光景を見た俺達は、唖然としたまま風鈴に視線を送る。
「「「お、お兄ちゃん!?」」」
俺と三蔵、猪八戒の叫び声が重なった。
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