愛してる 漆
その頃、沙悟浄と猪八戒は、化け物の姿となり暴れ出した黒風と対戦していた。
キィィィン!!!
鋭い爪を振り翳した黒風の拳を、沙悟浄は鏡花水月の刀で受け止めた。
「沙悟浄、頭下げとけよ。」
カチャッ。
パンパンパンッ!!
沙悟浄に指示をした後、猪八戒は黒風に向かって引き金を引いた。
キンキンキンッ!!
「グァァァァァァァア!!!」
黒風は奇声を上げながら銃弾を爪で弾き、猪八戒に突進する。
ドンッ!!
「くっ!!」
「猪八戒!!」
「大丈夫…っだ。」
カチッ。
衝突の振動で体が宙に浮いた猪八戒は、紫洸の銃口を黒風の背中に向けて引き金を引いた。
パンパンパンッ!!
ブシャ!!
銃弾が命中し、黒風の体がから血が噴き出す。
「グァァァァァァァアイァァア!!!」
「正気に戻れよ、黒風!!牛魔王の血の力なんかに
負けんな!!」
「グァァァァァァァア!!」
猪八戒の言葉を遮るように、黒風は大きな叫び声を上げる。
「動けなくするしかなさそうだな、猪八戒。」
「やりたくねぇけど、それしかなさそうだな。」
沙悟浄と猪八戒を武器を構え直し、体制を整え走り出した。
タタタタタタタッ!!!
「グァァァァァァァア!!」
ドカッ、ドカッ、ドカッ!!!
「あがぁぁああ!!」
「な、何だコイツ…っ!?」
「グハッ!!」
黒風は見境無(みさかいな)しに、妖怪達を払い退けて行く。
タタタタタタッ!!!
「へぇ、面白そうだなぁ、デカ物。」
ビュンッ。
黒風を見た天はニヤリと笑い、一瞬にして黒風の体に飛び乗った。
「あの変態女?!」
「いつの間に黒風に飛び乗ったんだ??」
「よっと!!」
天の姿を見て驚いてる猪八戒と沙悟浄を背に、天は中華包丁を振り下ろした。
ビュンッ!?
ブシャアアアア!!
中華包丁は背中に食い込み、血が噴き出す。
「硬いなぁ?もっと、深く切れば良いかなー。」
天がそう呟くと、黒い影が天の背中を覆い被さった。
「これ以上、コイツを傷付けんのはやめて。」
ガシッと天の手を掴み。影の中から姿を現したのは陽春だった。
「お前の仲間?コイツ。」
「そうよ、だからやめ…。」
「君、僕の間合いに入ってる事に気付いてる?」
「は?」
ブシャアアアア!!!
陽春の肩から勢いよく血が噴き出す。
「なっ!?」
「お前が掴む前に振り翳したのに気付いてなかった?あははは!!僕の背中を取れたと思った?」
ドカッ!!
天は笑いながら、陽春の腹に蹴りを入れ、地面に叩き落す。
ドサッ!!
「陽春!!!」
沙悟浄は慌てて陽春の元に行き、抱き上げる。
「ゴホッ、か、頭…。」
「喋るな、傷が深い。」
「大、丈夫、このくらいの傷なら平気。」
「無理はするな。」
無理矢理立ちあがろうとする陽春を沙悟浄は止めるが、陽春は立ち上がる。
シュュ…ウ!!
白い大きな煙が天を閉じ込め初め、黒風も覆い被せる。
「この煙…、緑来か。」
「あの女から黒風を引き剥がしたい所だな。行けるな、猪八戒。」
「はっ、誰に言ってんだ。」
「行くぞ。」
沙悟浄と猪八戒は武器を構え直し、煙の中に入って行く。
「あ、あたしも行かなきゃ…。」
ふらつく足を引き摺りながら、前に進もうとした陽
春の背後から刃が光った。
グサッ。
陽春の背中から腹に掛けて、細い刀の刃が貫いた。
「え…っ?か、刀…?」
「沙悟浄の下に付いてる妖だから強いと思ったけど、弱いね?君。」
ゆっくりと陽春は後ろを振り返ると、黒いマントのフードを深く被った男が立っていた。
「だ…、れ?ゴホッ!!」
「教えても意味ないでしょ?君、もうすぐ死ぬんだし。」
ズポッ!!
男はそう言って、乱暴に陽春の体から刀を抜いた。
「か、しらの所には行かせな…。」
「意外に根性があるね。」
ドサッ。
グサッ!!
陽春の体を突き倒した後、男は再び刀を腹に突き刺さした。
「ぐぁぁぁあ!!」
「うるさいなぁ…。あ、そうだ。」
パサッ。
フードを外し男の顔が現れ、なんと男の正体は風鈴だった。
「毘沙門天様には経文を取って来いって言われたけど、三蔵一行の2人を消しちゃっても問題ないか。ちょーっと、君の姿を映させてもらうよー。」
「何をすっ…。」
ガッ!!
ガシッと陽春の顔を掴み、ジッと風鈴は見つめ始める。
すると、見る見るうちに風鈴の容姿が、陽春そっくりに変わった。
バタッ。
乱暴に陽春の顔から手を離し、地面に投げ捨てる。
「この女の能力は…。」
風鈴は呟きながら手を動かしてみると、シュルッと黒い影が指に巻き付いた。
「成る程、影女か。牛魔王と同じように影を操れるのかな?うーん、及第点かな。」
ポチャンッ。
指先に陽春から流れ出た血を付着させ、肩の部分に塗り始める。
風鈴のしている事は、猪八戒や沙悟浄にバレぬよう、怪我の偽装工作をしていた。
「こんな所かな、刀は持って行かない方が良いね。」
シュッ。
自身の姿を影に変え、白い煙の中に入って行った。
緑来の煙の中で閉じ込められた天は、中華包丁に付着した血を拭き取っていた。
その時、天の頭の中に美猿王の声が響く。
「天、邪。」
「王?どうしたのー?兄者なら牛頭馬頭と戦っ
て…。」
「そろそろ、俺は出で来れなくなる。その前に、俺の元に戻って来い。」
「え、え?ど、どう言う事…?」
天は美猿王の言った言葉の意味が理解出来ずにいると、邪の声が天の頭の中に響く。
「そうなったら、王はどうなるんですか?」
「暫くは出て来れねぇ、とある坊さんのジジィが俺に名前封じの術を掛けやがったからな。悟空と言う人格が出て来るだろうが、いつも通りに従え。」
「王が居なくなる?嫌だ、やだ。」
美猿王の言葉を聞いた天は、大慌てで黒風から飛び降りる。
「すぐ戻ります。」
天がそう言った瞬間、短剣の雨が降り注ぐ。
シュシュシュシュッ!!
「ッチ、小物が。」
キィィィン!!
中華包丁を使って短剣を弾き飛ばすが、短剣は自由自在に動き出す。
キラッ。
天は、短剣の持ち手部分に光る細い糸のような物が、巻き付いている事に気付く。
スッと黒風の後ろに身を隠した天は、黒風の背中を前に蹴り飛ばす。
ドンッ!!
グサグサグサグサグサグサ!!
「グァァァァァァァアイァァア!!!」
ふらついた黒風の体に容赦なく、短剣が突き刺さる。
「黒風!!!」
バタン!!
黒風はその場で大きく揺れ、地面に倒れ込む?
思わず緑来が大きな声を出してしまうと、天は声の
した方に走り出す。
タタタタタタタッ!!!
ガシッ!!
黒風の様子が気になり、姿を出した緑来の頭を掴む。
「黒風、だいじょ…ゔ?!」
「みぃつけたぁ。お前だな?この煙の正体は。」
ググググッ。
天は、緑来の頭を掴む手にゆっくりと力を入れる。
「僕はすぐに王の所に行かないといけないんだよ、早く煙を退けろ。」
「なん…っだよ、お前は!!」
パンパンパンッ!!
緑来の言葉を遮るように、煙の中に発砲音が鳴り響く。
シュン、シュン、シュン!!
キィィィン!!
煙に乗じて放たれたであろう銃弾を、天は中華包丁で弾く。
ブワッ!!
天の左右から猪八戒と沙悟浄が現れ、天と緑来を引き剥がす。
「か、頭!!」
「大丈夫か、緑来。」
「は、はい。あの女は一体…。」
「頭のイかれた女だ。」
沙悟浄と緑来が話をしていると、天が猪八戒の腕を無理矢理払い除ける。
パシッ!!
「勘違いしてるようで悪いけど、僕はその男を殺すつもりはない。王の所に向かう途中なんだからな。煙の中に入って来る事が出来るなら…、出られるな。」
タタタタタタタッ!!!
天は物凄い速さで、煙の中に入って行った。
「グァァァァァァァアイァァア!!!」
ドドドドドドドッ!!
黒風の奇声を浴びた地面が大きくヒビ割れ、地面が分裂を始める。
ドコドコドコドコドコ!!
「黒風、お前…。もう、元に戻れないのか。」
カチャッ。
猪八戒は何かを察した様子で、泣きそうな顔のまま銃口を黒風に向けた。
「沙悟浄、お前も気付いてるよな。殺すしかないのか。」
「…、黒風を殺したくないのは我儘になるのか、猪八戒。」
「分からねぇ、それが我儘だって言うなら…。この世界は残酷だ。」
ドドドドドドドッ!!
ブスッ!!!
突進して来た黒風の体に、沙悟浄は鏡花水月を突き刺さす。
「グァァァァァァァアイァァア!!!」
苦痛の叫び声を上げる黒風から、沙悟浄は目を逸らす。
「黒風、しっかりしろ!!牛魔王の力に屈するな!!」
「お前、悟空に会えないまま死んでも良いのか?戻って来い、黒風!!引き返して来い!!」
猪八戒と沙悟浄の呼び掛けを聞き、黒風は動きを止める。
「ヴッ、ヴッゥゥ。ご、悟空ざんに、あぃだ…ぃ。」
「「っ!!」」
「ご、ぐぅ…、ざぁ、ん。」
黒風の瞳から涙が零れ落ち、とある日の記憶が能力に過ぎった。
羅刹天の邸に滞在していた時、悟空と黒風の2人で話す機会があった。
縁側で煙管を吸っていた悟空に、黒風が声を掛けていた。
「ご、悟空さん。」
「どうしたよ、黒風。何か用か。」
「と、特に用はないんですけど…。そ、その…。」
「座れば?」
「し、失礼します…。」
黒風は恐る恐る、悟空の隣に腰を下ろす。
「お前、そんな性格なのに、牛魔王と一緒に居たよな。」
そう言って、フゥッと悟空は白い煙を吐く。
「強い人の側に居れば、こんな自分を変えれるかな
って…。」
「その割に、おどおどした喋り方は治ってねーな。」
「ゔっ…、そ、そうです。ぼ、僕、こんな感じだから…。よ、よく、牛魔王様に殴られてました。」
「そもそも、お前と牛魔王は合わねぇだろ。そんな奴と一緒に居ても、変わらねーだろ。」
黒風はジッと悟空を見ながら、膝を摩る。
「悟空さんは、どうして…、僕なんかと口を聞いてくれたんで、ですか?ずっと、謎に思ってて…。」
「あ?特に深い理由はねーよ。お前の事は嫌いじゃねーしな。」
「ほ、本当ですか?」
「こんな事で、嘘付いてどうすんだ。」
「そ、そんな風に言われた事がなかったので…。」
「お前は俺に謝っただろ。六大魔王の連中や俺を騙した奴等は、誰1人として謝ったりしなかった。」
そう言って、悟空は黒風と目を合わせるように視線を向ける。
「ぼ、僕は…、貴方に嫌われたくなかったんです。貴方は僕の…、あ、憧れの人なので。」
「黒風は黒風のままで良いと思うぜ。素直に謝れるのは、お前の美徳だ。」
「ご、悟空さん…。」
「この先も変わんじゃねーぞ、黒風。この世界にも、お前みたいな素直な野郎がいるだろうからな。」
黒風は、悟空のこの言葉が深く心に残る言葉になった。
「グァァァァァァァアイァァア!!!」
ブンッ!!!
再び凶暴化した黒風は、鋭い爪を沙悟浄と猪八戒に振り翳す。
キィィィン!!!
黒風の鋭い爪を、短剣を操った緑来が弾き飛ばす。
「牛魔王…、お前のやってる事は酷い事だよ。一度
は仲間になった奴にする事じゃねーよ。」
ググググッ…。
猪八戒の紫洸を握る手に力が入る。
「黒風、悟空に会いたいんだな。お前の願い、俺達が叶えてやる。緑来、煙を解いてくれ。」
「え、え!?だ、だけど…。」
「猪八戒、良いよな。」
戸惑う緑来を背に、沙悟浄は猪八戒に問い掛ける。
「あぁ、三蔵が悟空を取り戻してくれるからな。俺は、牛魔王をぶん殴ってやんねーと、気が収まらねぇ。」
「同感だ。緑来、俺達が囮になりながら三蔵の所まで、黒風を連れて行く。」
「了解だ、頭。」
沙悟浄の言葉聞いて、緑来が煙を晴らそうとした時だった。
「りょ、緑来…。」
後ろを振り返った緑来の目に飛んで来たのは、傷だらけの陽春だった。
「陽春!?どうしたんだよ、その傷!!!」
「変な女にやられたのよ…、アンタは?無事?」
「そんな怪我して、動き回るな!!こんなに血が…。」
心配そうな顔をした緑来が、陽春の肩に触れた瞬間だった。
グサッ!!!
緑来の体から、黒い何かが貫いた。
「「っ!?」」
猪八戒と沙悟浄は驚きのあまり、言葉を失ってしまった。
「緑来!!陽春から離れろ!!!」
「ガハッ!!」
ビチャッ!!
沙悟浄の呼び掛けには答える前に、緑来は込み上げて来た血を吐き出した。
「よ、陽春…?」
「成る程、味方に化けたらバレにくいのか。勉強になるな、変化の術は便利だな。」
「お前…、誰だ。」
「あぁ、僕?君とは、初めて会うんじゃないかな?」
ビリッ、ビリビリビリッ!!
陽春はそう言って、自分の顔を捲り始めた。
現れた顔を見て、沙悟浄と猪八戒には見覚えのある顔だった。
何故なら、波月洞の時に戦った相手である風鈴だったからだ。
「風鈴!?何で、お前がここに居るんだよ!?」
「毘沙門天様の命令だよ?経文を奪いに来たんだよ。」
猪八戒の問いに風鈴が答えていると、水滴の落ちる音が響いた。
ポチャンッ。
湿った水蒸気が猪八戒や風鈴の肌に纏わり付き、空気の冷たさを実感させる。
隣いた沙悟浄の姿が無くなった事に気付き、猪八戒は視線を周囲に配る。
だが、どこを探しても沙悟浄の姿が見当たる事はなかった。
風鈴も自身の武器である風火二輪(フウカニリン)を取り出し、周囲を警戒する。
ブシャッ!!
風鈴の体から、何かに斬られたように血が噴き出した。
ブシャッ、ブシャッ、ブシャッ!!
次々と風鈴の体が斬られて行く中、緑来にはその状態が分かっていた。
「んー、何かの術かなぁ…。面倒だなぁ、燃やすか。」
ブンッ!!
パチンッ!!
風鈴は持っていた風火二輪を空中に投げ、指を鳴らした。
ブォォォォォォォ!!!
ブンブンブンッ!!!
ジュワワワッ!!!
勢いよく燃えた風火二輪は、空中を自由に舞い始めると、水蒸気が弱まり始めた。
背後から、一筋の光が見えた事を風鈴は見逃す訳がない。
キィィィン!!!
隠し持っていた短剣を抜き、現れた刀の刃を止めた。
「君の仕業だったのか、沙悟浄?だっけ。」
沙悟浄の持つ、刀(鏡花水月)の技である明鏡止水。
*一滴の水滴が落ちた時、体を水蒸気のように雲隠れし、相手の目を盗み攻撃する技である。*
「テメェ、俺の仲間に化けて、何しやがんだ。」
「妖って、仲間想いなんだね。まだまだ、知らない事が沢山あるんだな。」
風鈴は興味深さそうに、沙悟浄を見つめる。
「よし、予定を変更しよう。君の事を教えてよ、沙悟浄。」
「あ?何言ってんだ、テメェ。」
「最近、うちの哪吒大将の様子がおかしくなってからさ?皆んなの心の心境が変わったみたいで。僕も
他人の感情や思考に興味を持ったんだ。」
「それでした行動だって、言いたいのか。」
「当たり、良く分かったね。」
カチンッと来た沙悟浄は、風鈴の隙を付き、斬り付ける。
ブシャッ!!
「お兄さんが教えてやるよ、教育だ。猪八戒、黒風を頼む。」
「はぁ、仕方ねぇな…。お前の気の済むまで、やり合って来い。」
パンパンパンッ!!!
沙悟浄の言葉を聞いた猪八戒は、煙の晴れた空に向かって、引き金を引いた。
「グァァァァァァァアイァァア!!」
ドドドドドドドッ!!!
タタタタタタタッ!!!
発砲音を聞いた黒風は、猪八戒に向かって走り出す。
猪八戒も黒風が走って来る事を見越し、先に走り出していた。
「沙悟浄。死ぬのだけはやめてね?つまらないから。」
「先に死ぬのは、お前かもな。」
「僕、初めてだよ。他人に興味を持ったのはさ。」
風鈴はどこか、嬉しそうに言葉を放つ。
タンッ!!
姿を消した沙悟浄は、風鈴の隙を付き背後を再び取る。
そして、そのまま鏡花水月を走らせ、風鈴の背中を斬り付けた。
ブシャッ!!
「ヴッ!?」
「安心しろ、教えてやるよ。お前のやり方は間違ってるてな。」
そう言って、沙悟浄は静かに、崩れ落ちた風鈴を見下ろした。
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