愛してる 陸
同時刻 下界
小桃(桜の精)
タタタタタタタッ!!
白虎に跨った小桃は、妖を斬り付けながら美猿王の元に向かっていた。
グサッ、グサッ、グサッ!!
「ぐあああ!?」
「くっそ!!あの女を止めろ!!がぁぁぁ!?」
妖怪達の言葉に耳を傾けずに、刀を振い続ける。
「お嬢、美猿王が居ました。」
「うん、あの黒いオーラの所に居るね。」
「本当に行かれるんですね、お嬢。」
「白虎、小桃は悟空を取り戻さないといけない。黒風って子の為にも、悟空が帰って来ないと駄目なの。」
黒風から聞かされたのは、黒風自身の死が近い事。
そして、化け物になった自分を殺して欲しいと。
悟空の事を話す黒風は、本当に悟空の事が好きなのだと分かった。
そんな人を化け物まま、死なせちゃ駄目だ。
「分かりました、お嬢。」
「こんな主人でごめんね、白虎。」
白虎に聞こえないように小さな声で呟く。
美猿王と距離を詰めた白虎の背中を飛び降り、気配を消し走り出す。
「お嬢!?」
白虎の声を降り切り、取り出した短剣を握る手に力を込める。
タタタタタタタ!!
グサッ!!
「悟空を返して。」
一か八かの賭けで、美猿王の懐に踏み込み、短剣を突き刺さす。
ピチャッ!!
赤い血が頬に付着する感触がした。
だが、それは美猿王の血では無い事がすぐに分かった。
「よぉ、小桃。自分から俺の檻に入って来たのか。」
「ガハッ!!」
美猿王は小桃を見下ろしながら、不敵に笑った。
小桃の体には、血で出来た細い刃が数本刺さっていた。
気付かなかった。
美猿王を刺す事しか考えていなかった。
グイッと、美猿王は小桃の顎を指で持ち上げる。
「俺を殺せなくて残念だったな、小桃。」
その瞬間、美猿王に向かって大きな稲妻が放たれた。
「お嬢!!」
バチバチバチバチバチバチ!!
刺された小桃を見て、怒りに満ちた白虎は稲妻を放つ。
ドゴドゴドゴーン!!
スッと美猿王が手を挙げると、赤い血の刃が白虎に向かって解き放たれた。
ビュンビュンッ!!
「白虎、ダメ!!!」
何かを察した小桃は、白虎に向かって走り出そうとした時だった。
ビュンビュンッ!!
グサッ!!
白虎の体を貫いたのは影の刃。
この場に居たのは美猿王だけではなかった。
牛鬼もまた、白虎や小桃の存在を邪魔に思っていたのだ。
「お、嬢!!!」
ガバッ!!
小桃に飛ばされた影と血の刃から守るように、白虎は小桃に覆い被さった。
グサグサグサグサグサグサグサ!!
「やめて、やめて!!!」
小桃の声など、美猿王と牛鬼に届く事はなかった。
容赦無く降り注ぐ刃の雨は、白虎に降り注ぐ。
小桃が頑なに白虎の忠告を聞かずに、走ったから白虎が、白虎が!!
「もう、良いよっ、白虎!!小桃の事を守らなくて
良いからっ…!!」
これ以上、攻撃を受けたら白虎が死んじゃう!!
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
それだけは絶対に嫌だ!!
小桃の為に白虎が死ぬ事だけはダメだ!!
「大、丈夫ですっ、お嬢。だから、泣かないで下さい。」
「っ…、ダメだよ。白虎、ダメだよっ!!」
グサッ、グサッ、グサッ、グサッ!!!
グサグサグサグサグサグサグサ!!
ブシャ、ブシャ!!
「「アハハハ!!!」」
飛び散る白虎の血の音、美猿王と牛鬼の笑い声が遠く聞こえる。
白虎は小桃の上を退く事はなく、ひたすらに刃の雨を受け続けた。
刃に刺されながら、白虎はとある日の事を思い出していた。
ー お嬢、俺を何度も拾い戻してくれた人。ー
ー 我じゃないとダメだと、泣いてくれ人。ー
白虎(神獣)
我がまだ小さな子虎だった頃、花の都のゴミの山で目が覚めた。
どうやってここに来たのか。
どうしてここに居るのか、分からなかった。
ただ、覚えているのは花のように可愛い女の子が目の前に居た事だった。
「大丈夫?」
「ガルルルッ!!」
伸ばして来た手に驚き、我は女の子を威嚇する。
たが、女の子の手は優しく我の頭を撫で、暖かさがあった。
「怖い思いをさせてごめんね。」
「ゴロゴロゴロゴロ…。」
「可愛い。」
ヒョイッと我の体を持ち上げ、優しく抱きしめた。
「一緒に帰ろう。」
女の子は優しく微笑み、ゆっくり歩き出した。
これが、小桃お嬢との出会いだった。
お嬢が我を連れて帰った場所は、豪邸の屋敷だった。
「小桃お嬢様!?そ、その子汚い子虎は…っ。」
数人の使用人達が俺の姿を見て、ギョッとしている
様子を見せた。
だが、お嬢はキッと使用人達を睨み付ける。
「今の言葉、取り消して。この子は汚くなんかないよ。」
「し、失礼しました…。」
「この子は小桃がお世話するから!!」
「「小桃お嬢様??!」」
使用人達を背にし、お嬢は我を抱きながら走り出す。
部屋に到着し、俺を優しくベットで寝かせた後、温かいお湯の入った小さな樽とタオルを持って来た。
そして、我の体をお湯で優しく洗い、タオルで拭き取ってくれた。
食べやすい様に細かく切られた食材、新鮮な水を用意してくれ、言葉通りに世話をしてくれた。
だが、使用人達はお嬢の目を盗んで、俺を捨てた。
それは一度や二度だけじゃなかった。
どうしてか、使用人達は我とお嬢が一緒にいる事を嫌がった。
理由が何なのかは分からないが、我の事が気に入らないようだ。
体の弱っていた所為か、置き去りにされたまま動けないでいた。
汚いゴミ箱の中に捨てられ、蓋は完全に閉じられてしまっている。
あぁ、我はもう…、あの子は抱き締めてくれないのか…。
ガタ、ガカダカタガタ!!
そう思っていると、勢いよくゴミ箱の蓋が開けられた。
「白虎っ!!」
ゴミ箱の箱を開けたのは、お嬢だった。
お嬢は強く俺の体を抱き締め、走り出す。
「ごめん、ごめんねっ…。もう、こんな事はさせないから。」
ポロポロと涙を流しながら、お嬢は走り続けた。
お嬢…、我は貴方さえ居ればそれで…。
お嬢が泣く事なんかないんです。
だから、泣かないで下さい。
屋敷に戻ったお嬢は、使用人達を見付け、大きな声を上げた。
「二度と白虎を勝手に捨てたりしないで!!小桃はっ、小桃は白虎が良いの、白虎じゃなきゃだめ!!!」
「こ、小桃お嬢様っ…。」
「も、申し訳ありませんでした…。」
使用人達はお嬢の前で膝を着き、深く頭を下げた。
「もし、またこんな事したら絶対に許さない。白虎に酷い事しても一緒。小桃は、白虎を大事にしたいの。」
お嬢はギュッと、俺の体を抱き締めた。
その日以来、我は使用人達に捨てられる事は無くなった。
お嬢は本当に俺の事を愛してくれた。
お嬢と城内を散歩中、石に躓いたお嬢は地面に倒れ込んでしまった。
「きゃっ!!」
ドサッ!!
道で転んで怪我をしたお嬢さえも…、我は抱き上げる事が出来ない。
どうして、自分の体はこんなにも小さいのか。
大きな体をしていたら、お嬢を守る事が出来るのにと、何度思った事か。
我が大きかったら、どれだけ良かったか。
「大丈夫だよ、白虎。小桃は、泣かないもんっ…。」
「ニャア…。」
「白虎ー、だけど、痛いよおおお。」
「ニャア、ニャア。」
泣き出したお嬢の涙を舐める事しか出来ない。
慰めの言葉を言えない、何も出来ない。
我はお嬢の事を守りたいのに、どうして…。
お嬢の膝から流れている血を舐め取る。
ペロッ。
ドクンッ、ドクンッ!!
心臓が高鳴り、体の中が湧き上がる様に熱くなった。
「白虎!?どうしたの!?」
「お、嬢…。」
「え?」
グググッ…!!
小さかった体が大きくなり、言葉を話せる様になった。
どう言う事なのか分からなかった。
お嬢の血を舐めたら、体が大きくなって、話せるようになった。
「白虎の体が大きくなった!!すごーい!!」
ギュッとお嬢は俺の体に抱き付き、毛をふさふさと触り出した。
「ふわふわぁ…!!嬉しいな、白虎が大きくなって!!」
「お嬢、これからは俺が守りますからね。」
「守る?」
「はい。お嬢がしてくれたように、今度は俺が守りたいんです。帰りましょう、背中に乗って下さい。」
「分かった!!」
ポスッ。
お嬢が背中に乗った事を確認してから、ゆっくりと歩き出す。
沢山の愛を注がれ、我は神獣としての力を取り戻し、お嬢を守る日々を送った。
百花と出会い、屋敷を出たお嬢と事務所で暮らす生活は、幸せだった。
3人で過ごす日々は、何物にも変え難い思い出。
妖怪退治しながら生活費を稼ぐ生活は、贅沢なものではなかった。
だけど、お嬢が隣で笑ってくれているだけで幸せだった。
我にとって、お嬢は宝物の様な存在だ。
お嬢、貴方の行く道が茨の道だろうと付いて行きます。
貴方が俺を拾ってくれた時から、俺の命は貴方のものだ。
グサグサグサグサグサグサグサ!!
我は…、我は…、お嬢を…。
体に刺さった刃が、体を蝕み始めた。
痛みが全身に走り、全身の力が抜け始めている。
もうすぐ、死ぬのだと実感させられた。
「白虎!!」
重たい瞼を開け、視界にお嬢の顔を入れる。
お嬢の赤い瞳から大粒の涙が溜まっていて、今にも
泣き出しそうだった。
「お、嬢…、怪我はありませんか?」
「ない、ないよ。白虎が守ってくれたからっ…!!お願いだから、死なないで白虎。小桃を置いて、死なないで!!」
「あははは!!そんな死に損ないは放って、逃げた方が良いんじゃない?」
お嬢の言葉を聞いた牛鬼は、馬鹿しにした様に笑う。
「小桃ちゃん、これが戦なんだよ。君はまだ、本当
の戦いをした事が無いんだろ?王室育ちのお嬢ちゃん?」
「黙れ。」
お嬢がどれだけ努力をして、剣術を磨いて来たか。
女だからと舐められない様に、泣き言を言わなかったのか。
お前は知らないだろ、お嬢の事を知らないだろ。
知った様な口を聞くな。
お嬢の事を馬鹿にしるな!!
倒れそうな体に鞭を打ちながら、牛鬼の前に立つ。
我はここで死んだって構わない。
お嬢が助かるのなら、俺の命なんて安いものだ。
「あ?」
「お嬢を…、嘲笑うな外道が!!」
最後の力を振り絞り、牛鬼に向かって稲妻を放つ。
ドゴドゴドゴーン!!
グサッ!!
放たれた稲妻は、牛鬼に当たる前に消えてしまった。
何故なら、白虎の心臓を影の刃が抉り取っていたのだ。
ドクンッ、ドクンッ。
牛鬼の手のひらで脈を打っている心臓を見て、小桃は唖然とする。
「や、やめてっ……っ。ゔっ!!」
グサッ!!
美猿王は血で出来た刀の刃を、小桃の右脚の太ももに突き刺さした。
その光景を見ていた百花と三蔵は、足を止めた。
「何だよ、あれ。白虎と小桃が…!!白虎は牛鬼に殺されたのか!?クッソ!!!」
カチャッ。
三蔵は牛鬼に向かって、霊魂銃の銃口を向けた。
「百花、気を抜くな…っ。」
グサッ!!
「え、え?」
後ろに立っていた百花が短剣を握り、三蔵の背中を刺していた。
グググッ。
力を入れ、百花は短剣を強く差し込む。
「ガハッ!!」
ビチャッ!!
込み上げて来た血を吐き出した三蔵は、地面に膝を付く。
ドサッ。
「何…っ、すんだよ、百花!!」
「何って、見ての通りだろ。刺した、アンタの背中にね。」
ズズッ。
ズポッ。
百花は乱暴に三蔵の背中から、短剣を抜く。
「ひゃ、百花ちゃ…ん?な、何してるの?」
カタカタと震える体のまま、小桃は百花に尋ねる。
この時の小桃の心は、既に折れそうになっていた。
カツカツカツ。
百花は黙ったまま歩き出し、牛鬼の隣で足を止め、白虎の心臓を受け取った。
トクンッ、トクンッ、トクンッ。
「花妖怪の血を飲んでも、心臓を潰したら終わり。」
グググッ…。
白虎の心臓を持つ手に力を入れた百花を見て、小桃
は顔を青くする。
「や、やめて。」
「小桃、私はね。」
グググッ…。
「やめてよ、百花ちゃん!!お願いだから、やめて!!」
「アンタの事が嫌いだった。」
「やめて!!」
グチャァッ。
ブシャアアアア!!
百花は小桃の言葉を聞かずに、白虎の心臓を握り潰した。
「い、いや…。いやぁあああああ!!!」
「おい、百花!!何してんだよ、お前!!」
ガッ!!
三蔵は立ち上がり、百花の胸ぐらを掴んだ。
「離せ、俺の女に触れてるんじゃねーぞ。」
ドカッ!!
牛鬼はそう言って、三蔵の腹に思いっきり蹴りを入れた。
「ガハッ!?お、俺の女?」
「な、何を言ってるの…?ね、ねぇ、百花ちゃ…。」
三蔵と小桃を見下ろした百花は、冷たく言葉を吐き捨てる。
「牛鬼様の言っている事は本当よ。私、牛鬼様の伴侶なの。」
「は、は?牛鬼の伴侶…って…。百花、お前は牛黄側の人間だったのかよ。小桃を騙して来たのか、百
花!!!」
カチャッ!!
三蔵は叫びながら、百花に向かって銃口を向ける。
「そうよ、だとしたら何。」
「っ…、嘘。嘘だよね、百花ちゃん。こ、小桃の事を騙してたって…、嘘だよね?ねぇ、嘘だって言ってよ!!」
「小桃、ごめんね。これが現実なの、夢から醒めなよ。」
「小桃達を騙した理由は何なの…、白虎を殺したのは何で…。」
「邪魔だったから殺した。いや、違うか。こうしたら、小桃が気付くかなって。」
その言葉を聞いた小桃は、刀に持ち変え、百花に向かって走り出す。
タタタタタタタッ!!!
ブンッ!!
キィィィン!!
小桃の刀を受け止めたのは、牛鬼の放った影の刃だった。
「何で、何で…?白虎を殺す事必要はなかった!!白虎は、白虎は…っ、もう帰って来ないんだよ!?」
「小桃、私がどして、側に居たか分かる?それはね、小桃が持ってる経文を奪う事だよ。」
「経文…の事を知ってたんだね。だから、小桃の側に居たんだ。だけど、百花ちゃんに渡す訳にはいかない。これは、悟空の物だから。」
パァァアン!!
キィィィン!!
ブシャ!!
三蔵は牛鬼の腕に向かって、霊魂銃の引き金を引く。
牛鬼の影の刃を通り抜け、弾丸は牛鬼の腕を貫いた。
「牛鬼様!?お前、牛鬼様に向かって引き金を引いたな。」
ゾゾゾゾゾゾッ!!!
百花の後ろから毒花達が咲き誇る。
スッと百花が手を下ろすと、毒花魂が一斉に三蔵に向かって解き放たれる。
だが、毒花達は青い炎に包まれた。
ボォォォォォォォ!!
青い炎を纏った提灯を持つ、式神の渡し守りが、三蔵の横に立つ。
「百花、お前は小桃の大切な家族を殺した。牛鬼、お前がそうさせたのか分からない。だけど、お前等はやっちゃいけない事をしたんだ。その意味、わかるよな。」
ガチャッ、ガチャッ。
霊魂銃の弾を装填しながら、三蔵は言葉を続ける。
「その経文は、小桃が今日まで必死に守って来た物だ。お前等に渡さねぇ、それは小桃が悟空に渡す物だ!!」
「三蔵…。」
三蔵の言葉を聞いた小桃の瞳から、涙が落ちる。
「アハハハ!!面白い、力尽くで奪うまでだ。百花、殺せるな。」
「はい、牛鬼様。貴方の為なら、誰だろうと殺します。」
牛鬼と百花は戦闘体制を作り、小桃と三蔵の前に立つ。
「小桃、戦えるか。」
「…、百花ちゃん。これが小桃達の運命なら、戦うしかないんだね。三蔵、小桃は戦えるよ。まだ、悟空と会えてない。小桃はまだ、死ぬ訳にはいかない。」
「経文を守るぞ、小桃!!」
三蔵の言葉を聞いた小桃達は、お互いに武器を構えた。
「ヴッ!!」
ドサッ!!
頭を押さながら、美猿王が膝を付く。
「ハ、ハハハッ、出て来るか、悟空。」
美猿王はそう言って、苦痛の笑みを浮かべた。
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