愛してる 捌


同時刻


牛頭馬頭と邪が戦闘中、ピタッと動きを止める。


「んー、これはまずいかなぁ…。」


「あ?」


「君と遊んでる場合じゃなくなったって事。」


「あぁ?!」


怒りを見せる牛頭馬頭を他所に、邪は黙り込む。


邪の思考回路には、美猿王が言っていた言葉ばかりが並んでいる。


「悟空と言うのが、誰か知らないけど…。王がいなくなるのは、困るな。」


ヒョイッ。


牛頭馬頭の頭に手を置き、邪は軽々と頭上を飛んだ。


そして、そのままの足で、美猿王の元に向かう。


「テメェ、待ちやがれ!!!」


「君と遊んでる暇はないんでね、足止め宜しく。」


ザッ。


邪の言葉を聞いた妖怪達が、牛頭馬頭の前に立ちはだかる。


「邪魔なんだよ、お前等!!!」


ブンッ!!


ブシャッ!!


牛頭馬頭は手当たり次第、妖達を薙ぎ倒し始めた。




同時刻 牛魔王の記憶の世界 ??


孫悟空ー


如意棒を牛鬼に突き刺した瞬間、空間が大きく歪んだ。


そのまま、俺と雷龍は真っ白な空間の中心と思われる部分に立っていた。 


「悟空よ、さっきまでの服装と変わっておるぞ。」


「あ?本当だ。」


大きめのフード付きの白いマントを羽織っており、中には黒のタートルネック、それに合わせたベージュのズボンと言った服装に変わっていた。


側にいた爺さんの姿が見当たらない、どうやら札の中に戻ってるようだ。


「ここは、何処だ?」


「さっきまの景色と打って変わって、静かな場所じゃな。」


カツカツカツ。


真っ白な空間で、誰かが歩いて来る足音が響く。


バッ!!


俺は如意棒を構え、足音のする方向に体を向ける。


そこに居たの白髪頭の糸目野郎で、白い着物を着ていた。

 

「お前、何でここに居るんだよ。」


「ふふ、今の私は魂だけだからね。こうして、彼方

此方(あちらこちら)の世界に来れるのだよ。」


「は?魂…って、実体があるじゃねーか。」


「私ぐらいの力を持ってると、魂に実態を与える事が出来る。」


糸目の男はそう言って、ある方向を見つめる。


視線の先を辿ると、小さい姿の牛魔王が膝を丸めて座っていた。


牛魔王の体には、沢山の黒い棘が巻き付き、体に食い込んでいる。


「あれは、牛魔王…か?」


「そうだよ。君の母である伊邪那美命(イザナミ)と父の飛龍(フェイロン)を黄泉の世界に落とした幼き子。だけど、それは果たして、あの子の意思だっただろうか。今の君なら、どう思う?あの子の事。」


牛魔王、いや宇轩。


あいつもまた、牛鬼に騙されて殺された子供。


憎しみの感情に名前を付けられ、生まれたのが牛魔王。


俺は黙ったまま牛魔王の前まで歩き、口を開く。


「なぁ、牛魔王。最初から、俺達は出会わない方が良かったんだ。」


脳裏に過ぎるのは、牛魔王と一緒に馬鹿騒ぎしてい

た事の記憶。


牛魔王と過ごし日々は全てが嘘で、美しい幻だったんだ。


あの時、牛魔王の宴の招待を断っていたら、どうな

っていた?


俺達はどう言う道を辿り、生きて死ぬだけだったのか。


「出会わなければ良かった?それは、無理な話しだったんだよ。」


牛魔王が口を開き、苦痛の表情を浮かべている。


「どう言う意味だ。」


「俺達は出会う運命、俺達が生まれる前から繋がっていたんだよ、縁がな。」

 

「生まれる前…。お前は俺よりも前に作られた人格だろ。」


「作られた人格だからこそ、本体の牛鬼の記憶が流れて来るんだよ。美猿王と牛鬼は、神の娯楽の為に作られた人種だってな。」


そう言って、牛魔王は軽く笑う。


「神の気紛れ…って、何だよ。ちゃんと説明しろ、牛魔王!!!」


「お前が思ってるよりも、この世界は腐ってるんだよ。神も人も妖も、時間さえも狂ってやがる。どうして、お前と俺だけが苦労してると思う?」


「俺が封印されたのは、お前と毘沙門天が仕向けた事だろ!?お前はただ、牛鬼に殺された馬鹿野郎だろうが!!」


牛魔王の言葉を聞き、腹が立ち怒鳴りつける。


「それが仕組まれていた事だとしたら?お前はどうする。」


「仕組まれた?誰にだよ。お前の憶測で話を進めんな。」


「アハハハ!!!お前はまだ、何も知らねーのか。そうだよなぁ、美猿王は記憶が無いんだからな。お

前の中に流れて来ないんだから、知らないよな。」


「何だよ、それ。言っている意味が分からねぇ。」


「1つだけ、俺の本音を言ってやる。俺は少なくとも、悟空と過ごした時間が好きだった。悟空と酒を飲んで、馬鹿な事していた日々を。例え、俺達がこうなる未来だったって分かっていてもな。」


この言葉だけは、牛魔王の本心だと言う事が分かる。


牛魔王は、俺の知らない何かを知ってる。


だけど、本人は教える気は無いようだ。


「悟空、彼奴の言っている事は理解出来ん。美猿王と牛鬼の記憶なんぞ、こちらは知る訳がないのだから。」


「雷龍か。この世に偶然は無く、全てが必然で出来ていると言う事だ。俺がこうして、牛鬼に支配されているのも必然の出来事だ。」


「お前は出ようと思わないのか、牛鬼の縛りから。」

 

「出れるならとっくに出てるよ。」


雷龍の問いに答えた牛魔王は、棘に触れる。


俺は、知らないといけない。


美猿王と牛鬼の過去、牛魔王の言っている言葉の意味を。


「どうするか、決めたんだね。君のこれからの旅への意味を。」

 

糸目の男はそう言って、俺の方をジッと見つめた。


その視線は、今から言おうとしている言葉を見据え

ているようだった。


「美猿王と牛鬼の過去を知り、これから起きる事を

仕組んだ奴を見つけてやる。」


「見つけてどうするの?」


「さぁな、見つけた時にでも考えるよ。」


「そう、それが君の答えなんだね。」

スッ。


糸目の男が手を開けると、大きな黒い歪みが現れた。


「この世界から出る穴だよ。君の知ろうとしてる世界への入り口。」


「随分とアッサリ出れんだな。」


「ふふ、特別に私の力を使ったからね。」


「あっそ。」


俺は歪みに入る前に、牛魔王に向かって言葉を投げ付ける。


「牛魔王。俺達は殺し合う運命なら、さっさと出て来い。決着を付けようぜ、これからのな。」


そう言って、俺は歪みの中に足を踏み入れた。



悟空と雷龍が歪みに入った後、牛魔王は男に向かって言葉を掛ける。


「アンタ、天帝だろ。毘沙門天の呪術を解いたの?」


「うーん、もう少しって所かな。私の事がよく分かったね牛魔王。」


「500年前の裁判をした天帝を直訴し、天帝になったんだからな。」


「毘沙門天の好きにさせる訳には、いかないからね?悟空に君の素直な気持ちを吐くとは思わなかったな。」


天帝の言葉を聞いた牛魔王は、悲しげな顔をする。


「何でだろうな。」


「君はどうするの?」


「俺か?」


「本当は、悟空と歩み寄りたいんじゃないのかい?」


牛魔王は天帝に向かって、言葉を選ぶこと無く自身の気持ちを伝える。


天帝は最後まで話を聞いた後、牛魔王の額に触れた。


「なら、君もここから出ないといけないね。」



下界ー


三蔵が霊魂銃を構え、牛鬼に向かって引き金を引いた。


パンパンパンッ!!!


放たれた銃弾は大きな影に飲み込まれるが、銃弾は影をすり抜ける。


ビュンッ!!!


シュシュシュシュッ!!!


スピードを落とさない弾を止めようと、牛鬼は再び、影を走らせる。


タッ!!


三蔵は直接、牛鬼に弾を当てる為に走り出す。


シュシュシュシュッ!!!


「渡し守!!」


飛んで来た影を燃やすように、渡し守の持っている提灯から大きな青い炎が飛び出す。


ボォォォォォォォ!!!


青い炎中を飛び出した三蔵は、牛鬼の頬に拳を入れた。


ゴンッ!!


「オラァァァァ!!」


「このクソガキが!!」


「ヴッ!!」


ゴンッ!!


殴られた衝撃でよろめいた牛鬼だが、すぐに体勢を整え、三蔵を殴り付けた。


カチャッ!!


パァァアン!!


ふらついたまま三蔵は霊魂銃を構え、牛鬼の腹に向かって引き金を引く。


ブシャッ!!


放たれた銃弾は牛鬼の腹を貫くが、三蔵の肩から血が噴き出した。


牛鬼が飛ばした影の刃が、三蔵の肩を斬り付けていた。


「ッチ、相打ちかよ。」


「痛ったいなぁ。霊魂弾を喰らうと、傷の治りが遅いんだよなぁ。」


牛鬼はそう言って、撃たれた部分を撫でる。


「潤。」


ボンッ!!


三蔵が式神である潤の名前を呼ぶと、式神札から白い煙が立った。


「ご主人様!!今、治しますから!!」


現れた潤は半泣き状態のまま、三蔵の傷に触れる。


カチャッ!!


三蔵は再び霊魂銃を構え、引き金を引く。


パァァアン!!


キィィィン!!


銃弾は牛鬼当たる事はなく、影の刃が弾き飛ばしていた。


「式神か、鬱陶しい者を従えてんな。」


「言葉には気を付けろよ、牛鬼。」


ブォォォォォォォ!!


牛鬼の体を飲み込むように、青い炎が燃え上がってた。


「うちの子達は、弱くないんでね。」


三蔵はそう言って、潤と渡し守の頭を優しく撫でる。


「ヴッ!?」

 

ジャキンッ!!


頭を押さえた牛鬼の足元から、金色の鎖が現れ、体

に巻き付いた。


「え、え!?ど、どう言う事!?」


「クッソ…ッ、何だよ、これ。」


三蔵と牛鬼も今、起きている現象について理解出来ていなかった。


牛鬼の真っ黒だった髪が、鮮やかな緑色に変色し始め、容姿が変化して行く。


三蔵は牛鬼の容姿が変わって行くのを見て、ハッとした。


「まさか…、牛魔王か?」


「主人、あっち見てよ。」


渡し守の視線を辿った三蔵が目にしたのは、光の鎖が体に巻き付いた美猿王の姿だった。


この現象が起きていてたのは牛鬼だけではなかった。

 

三蔵は瞬間的に、悟空の妖気を感じていた。


「悟空が、帰って来るのか!?潤、渡し守、行く

ぞ!!」


「ご主人様!?」


「主人!?」


タタタタタタタッ!!



ジャキンッ!!


「「王!!!」」


美猿王の呼び出しを聞き、戻って来た天と邪は鎖を見て驚いていた。


「王、この鎖は…?」


「今、鎖を斬り落とすから!!」


そう言って天が鎖に触れようとした時、美猿王が声を掛ける。

 

「触らない方が良い、お前の手が溶ける。」


「だ、だけどっ。」


「天、王の言う通りにしな。」

 

邪は天の手を取り、鎖から遠ざける。


「この鎖は、悟空の力ではないな。他の誰かが、俺

と悟空に干渉し出したか。ヴッ、頭が…。」


「王!?大丈夫ですか。」


頭を押さえた美猿王を見て、邪は心配の言葉を投げ掛ける。


「天、邪、俺は暫く出て来れなくなる。命令通り、悟空の側に居ろ。」


「僕達は、王に忠誠を誓ってるんだよ!?見ず知らずの相手に忠誠は誓えないよ。兄者もそうでしょ!?」


「今回ばかりは、天と同意見です。」


「もう1人の俺だと考えれば良い、時間のようだな。」


美猿王がそう言うと、ガクンッと頭が下がり意識を失った。


「「王!?」」


2人は慌てて駆け寄るが、すぐに距離を取った。


シュュュュュ…。


顔を上げた美猿王の瞳に茶色が掛かり、真っ赤な髪が赤茶色に染まる。


パキパキ!!


体に巻き付いていた光の鎖が砕け、美猿王が完全に

眠り、悟空が戻って来た事を意味していた。




キィィィン!!


小桃の刀の動きを止めるように、百花も刀を取り出

していた。


「アンタに刀を教えたのは、私だって忘れてない?」


タンッ!!

 

百花は素早い動きで小桃の背後を取り、刀を突き刺す。


キィィィン!!


振り向かずに小桃は逆手に刀を持ち替え、攻撃を塞いだ。


「忘れてないよ、百花ちゃん。だけど、小桃の事が嫌いだったら、何で…、教えたの。」


「さぁ、何でかしらね。気紛れだった、とでも言っとくわ。」

 

「百花ちゃん、今までくれた言葉も全て気紛れ?」


泣きそうになるのを堪えながら、小桃は百花に尋ねる。


「ねぇ、百花ちゃん。どうして?どうして、白虎を殺したの?殺す必要は無かったでしょ?」


「白虎を殺せば、アンタの心を殺せると思ったから。」


「っ!!」


ブンッ!!


キィィィン!!


「そんな理由で、白虎を殺したの?ふざけるな、ふざけるな!!」


怒りの感情に身を任せ、小桃は刀を振り翳すが、簡単に止められてしまう。


「小桃、愛した男の為に堕ちる覚悟はある?私はあるわ、牛鬼様の為に堕ちる覚悟が。」


「小桃と出会った時には、既に牛鬼と出会ってたって事…?」


「そんな事、どうでも良いでしょ。もう、私達は一緒になる事はないのよ。」


シュルルルッ…。


ブンッ!!


毒花の蔓が小桃の足に巻き付き、逆さまに持ち上がらせる。


グルンッと小桃の視界が180度代わり、蔓が足から体に巻き付いた。


「ねぇ、小桃。偽りの家族ごっこはどうだった?騙されてるって分からないまま、私と過ごした生活は楽しかったかしら。」


「やめて。」


「私は笑いを堪えるのに必死だったわ。馬鹿みたいに尻尾振って、寄って来るんだもの。」


「やめてよ。」


「白虎に勘付かれた時は、少し焦ったけど。邪魔な存在を消せて良かったわ。」


「やめて!!聞きたくないよ、そんな言葉!!」


百花の毒のような言葉を浴びせられた小桃、泣きなが叫ぶ。


「白虎を殺されて、許せない気持ちが溢れて…。殺意が湧いたのに、殺せない、殺せないよ。百花ちゃん、小桃は百花ちゃんの事、殺せないよっ…!!」


「ねぇ、どうして?どうして、アンタは…、そうなの!!」

 

シュルルルッ!!


グググッ!!


巻き付いてる蔓が力強くなり、小桃の細い首に巻き付く。


「っ…、だって…。百花ちゃん、泣きそうな顔してるから。」


そう言って、小桃は百花に向かって優しく微笑む。


「そんな顔してないわ。」


「嘘、分かるよ。ずっと一緒に居たんだから、嘘ついてるのも分かる。」


「黙って。」


「百花ちゃん、小桃の事が嫌いだったら…っ。殺す機会は幾らでもあった筈。」


「黙って、小桃。」


「言いたくない言葉を言わなくても良いんだよ。百花ちゃん、嘘付けないじゃん。」


「黙れよ、小桃。」


シュンッ!!


ブシャッ!!


百花は小桃に向かって、落ちていた短剣を投げ付る。


飛んで来た短剣は小桃の頬を擦り、白い肌から赤い血が垂れる。


シュシュシュシュッ!!


タッ。


体に巻き付いた蔓を斬り地面に着した小桃は、百花を見据える。


泣きそうな顔をしている百花に触れようと、小桃は手を伸ばす。


パシッ!!


「触らないで!!」


「百花ちゃっ…。」


シュンッ!!


小桃の言葉を遮るように、百花は刀を向け睨み付ける。


「私の事を殺せないなら、死ぬだけよ。」


「本当に、戻れないの…?小桃達、一緒に居られないの?」


「…、居られないのよ。今日までの幸せな夢だった、私達は夢を見ていただけ。本来はこうして、刀を向け合う関係だったのよ。」


「もし、そうなら…。小桃達は、出会わない方が…良かったのかな…?」


ポタッ。


ポタッ、ポタポタポタポタ…。


ザァァァァア…。


小桃と百花の涙を掻き消すように、空から雨が降り注ぐ。

 

「もっと早く、殺せば良かった。」


タッ。


百花は静かに呟き、小桃の目の前まで距離を積める。


ブンッ!!


キィィィン!!


小桃は反射的に振り翳された刀の動きを止めるが、百花に攻撃をする事はなかった。


ブンッ!!


ブシャッ!!


「っ…。」


小桃のガラ空きになった腹に向かって、百花は刀の刃を突き刺さした。


ズポッ。


ブシャッ!!


百花は動かない小桃の腹から刀を抜き、次々に小桃の体を傷付ける。


グラッ。


ドサッ。


ふらついた小桃は地面に座り込み、百花を見上げた。


「百花ちゃ…。」


「最後に言い残す言葉は、それで良いのね。」


百花が刀を振り下ろそうとした瞬間、小桃の腰から

下げていた魔天経文が光出した。

 

「経文が光った…?」


シュルルルッ…。


魔天経文に巻かれた布が剥がれ、小桃の体に誰かが触れた。


小桃の腰を抱いている手を見て、涙が再び溢れ出す。


この涙は悲しくて流れているものでは無い。


暖かく逞しく腕に抱き寄せられ、小桃の視界に映っ

たのは、愛おしいあの人。


小桃が1番会いたくて仕方が無かった男の背中に手を回す。


「悟空っ…、悟空っ…。」


「相変わらず泣き虫だな、おチビ。」


そう言って、悟空はなきじゃくる小桃の体を抱き締めた。

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