桜華の花達 参

鈴蘭に到着した三蔵と悟空は部屋に案内されていた。


廊下を歩いていると、男と女の笑い声や、甘い声が聞こえてくる。


その声を聞いた三蔵は頬を赤らめていた。


「うふふ。三蔵様はとても愛らしい方ですね。」


黄華はそう言って、三蔵に向かって微笑んだ。


「え!?可愛い?俺が…ですか?」


「あ、馬鹿にした訳ではありませんよ?立派なお方

でも照れたりする事があるんだなっと思っただけですよ?」


黄華はそう言って、三蔵の顔を見上げた。


腕を絡めている状況で見上げられたら誰だって顔を赤くするだろう。


音華と悟空は三蔵の後ろを歩いていた。


「すみません。黄華が三蔵様に失礼な事を…。」


「三蔵も満更嫌そうな反応してねぇし、大丈夫だろ。あんまり気にしなくて良いと思うよ。」


悟空は優しい声で音華に声を掛けた。


「成る程…。なら、大丈夫ですね。」


悟空の言葉を聞いた音華はホッとした様子を見せた。


「三蔵様、こちらのお部屋ですわ。」


黄華はそう言って、赤い椿の花が描かれた襖に手を伸ばした。


ガラガラッ。


オレンジ色のランプに照らされた部屋に、赤い椿の花が彫られた小さなテーブルの上には料理と酒が置かれていた。


良い香りのするお香も炊かれていた。


三蔵の心境は穏やかではなかった。



源蔵三蔵 十九歳



な、何だろうこの部屋…。


妙に雰囲気がある!!


さ、流石、妓楼達が働いている店だ…。


この部屋に向かう途中で聞こえて来た声だって…。


今まで、聞いた事のない声だったし!!


女の子ってあんな声出すのか!?


そんな事を考えていると、黄華が俺の肩を突いて来た。


「さぁ、三蔵様。お部屋にお入り下さいませ。」


黄華はそう言って俺に微笑み掛けた。


ヴッ!!


やっぱり黄華は美人だ。


その微笑みだけで俺の悩みを吹き飛ばした。


俺は恐る恐る部屋に足を踏み入れた。


「さぁ、三蔵様のお連れの方もお入り下さいませ。お酌させて頂きます。」


音華はそう言って悟空に微笑んだ。


「あぁ。そうさせて貰う。」


「珍しいお酒もご用意しておりますよ。」


「へぇ、それは楽しみだな。」


悟空と音華は会話に花を咲かせていた。


悟空の奴め、全然緊張してねぇ…。


緊張してるのは俺だけか…。


悟空が俺の隣に座った事を確認した音華と黄華は、

俺達のグラスにお酒を注ぎ始めた。


トクトクトクトクッ…。


酒の独特の匂いが鼻を通って来た。


「2人は酒は飲めるのか?」


悟空はそう言って、音華と黄華に尋ねた。


「わ、私達は飲めますが…。」


「だったら2人も飲めよ。俺達だけ飲んでもつまらないしな。三蔵も良いだろ。」


音華の答えを聞いた悟空は俺に尋ねて来た。


確かに、俺達だけ飲み食いするのは凌(しの)ぎない…。


悟空みたいに気が効かなかったな…。


「2人が良ければ、俺達と一緒に飲んだり食べたりしませんか?あ!!も、勿論、無理にとは言わないけど…。」


気を使ってない且(か)つ、命令口調にならないように言葉を放った。


「流石ですわぁ…。三蔵様はお心がとても広いのですね。」


黄華はそう言って俺に抱き着いて来た。


フニャ…。


黄華の柔らかな胸の感触を感じた。


ちょ、ちょっと!?


胸が当たってるんですけど!?


「ありがとうございます。私達も頂きます。」


「おう、そうしてくれ。ほら、グラス持てよ。注いでやるから。」


「あ、は、はい!!」


音華は慌ててグラスを持った。


悟空は音花のグラスに酒を注いだ。


俺も悟空の真似をして、黄華にグラスを持たせ酒を注いだ。


俺達4人は酒の入ったグラスを持ち乾杯をした。


飲み始めて2時間ぐらい経った頃だろうか。


俺の気分は最高潮に達していた。


美味しい料理に、美味しいお酒に、俺の隣には美しい黄華が座っている。


お酒が入っている所為なのか、頭がフワフワして来た。


「おい、三蔵。もう酒飲むな。」


悟空はそう言って俺の手からグラスを奪った。


「何だよー。おれはぁ、平気だそぉ?」


「呂律(ロレツ)が回ってねぇんだよ。ほら、水でも飲んどけ。」


俺はちゃんと喋れているつもりだったが、喋れていないようだった。


悟空から水を受け取ろうとしたが、手が滑ってしまい服の上に落としてしまった。


ビチャァァァ!!


「お、おい三蔵!!しっかりしろよお前…。」


悟空は呆れた顔で俺を見ていた。


「大変!!大丈夫ですか!?す、直ぐに拭く物を…!!」


音華は慌てながら拭く為の布を探し出した。


「大丈夫ですよぉ…?お、お気になさらずぅ…。ちょっと、トイレに行って来ますぅ…。」


そう言って立ち上がろうとしだが、足に力が入らず蹌踉(よろ)めきそうだった。


グラッ!!


「うわ!!」


「お、おい!!」


ガシッ!!


悟空は慌てて俺に近寄ろうとしたが、黄華が俺の腕を掴んだ。


「あらあら…。三蔵様ったら…、少しお休みになられた方が宜しいですよ?」


「そうですねぇ…。少し寝た方が良いかなぁ…。」


「隣に部屋を取ってありますから行きましょう?音華、お連れ様の接待は頼んだわよ。」


黄華はそう言って俺を部屋から出した。


ゔー。


頭がフワフワする…。


悟空が何か言っていた気がするけど、聞こえなかった。


何て言ったのかなぁ…。


「三蔵様。何も考えずに部屋に行きましょ?」


黄華はそう言って、俺の耳元で囁いた。


その言葉を聞いたら考えを巡らせていた思考がピタッと止まった。


「そっかー。じゃあ考えるのやめるかー。」


「そうですよ。さ、部屋の中に入りましょう。」


ガラガラッ。



黄華は襖の扉を開け、俺を部屋の中に入れた。


甘いお香の匂いが部屋中からして来た。


そのお香の匂いが更に思考を止めさせる。


何だろ…。


ボーッとして来た…。


グイッ!!



黄華は俺の手を乱暴に引き、布団の上に押し倒した。


ドサッ!!


「黄華…?何をするだ?」


「ウフフ。酒と女を知らない小僧程、欺(あざむ)く

のは簡単よねぇ…。」


黄華はそう言って不敵な笑みを浮かべた。




悟空ー


あの、馬鹿!!


勝手に黄華と部屋を出て行きやがって!!


音華に聞きたい事があんのに…。


三蔵の事、迎えに行った方が良いよな…。


そう思った俺は立ち上がろうとしたが、音華が俺の腕を掴んだ。


「音華?」


「まさか、金蝉と行動をしてたとはな。悟空。」


「なっ!?お前、どうして金蝉の名を知ってんだ。」


驚きながらも俺は音華に尋ねた。


「俺の事を忘れた訳じゃないよな?」


忘れた?


音華は何を言っているんだ…?


「お前みたいな女を俺は知らない。」


「女?あー、この姿だから分からんねぇか。」


音華はそう言って、自分の長い髪を乱暴に掴んだ。


「っ!?おい、何してんだ!?」


慌てて俺は音華に近寄った。


長い髪はズルッと地面に落ちた。


野苺色の髪はどうやら、鬘(カツラ)のようだった。


薄いピンク色のサラサラヘアーが現れた。


俺は、この髪色には見覚えがあった。


お、おい。


ちょっと、待てよ…。


「お、おま、お前…まさか!?」


「そうだよ。俺は天蓬だよ。」


「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


天蓬が音華!?


な、どう言う事だ!?


「な、何でこんな所で働いてんだよ!?そもそも、何で女の格好してんだ!?」


慌ててる俺を見た天蓬は大爆笑していた。


「アハハハハ!!そりゃあ…その反応になるよな!!先に言っとくけど、趣味でしてる訳じゃねーから。理由があってしてんだよ。」


天蓬はそう言って煙管を咥えた。


「とにかく…、生きてたんだな。」


「何とかな…。お前こそ、無事に出られたみたいで

良かったわ。悪いなあの時、お前の事を助けらんなくて。」


そう言った天蓬の顔は悲しげだった。


「お前の所為じゃないだろ。あの時は…、まぁ、その、俺の事を信じてくれて助かったわ…。」


俺の言葉を聞いた天蓬はキョトンッとした。


「驚いたな…。お前からそんな言葉が出るなてな…。」


「うるせぇな。俺と三蔵はお前と捲簾を探してたんだよ。」


「捲簾を?捲簾も下界に落とされたのか!?」


天蓬は煙を吐きながら叫んだ。


「毘沙門天の仕業だよ。どこにいるかは分からない。」


「そうか…。アイツも、落とされちまったのか…。」


「お前はどうして、ここで働いてんだ?理由は聞いても良いだろ?」


俺がそう言うと天蓬は黙った。


暫くしてから天蓬は口を開いた。


「俺を救ってくれた女の為に"あの野郎"からこの店を守ってんだ。」


そう言った天蓬の瞳は悲しい色をしていた。


「あの野郎ってのは?誰の事なんだ?」


「お前の知ってる奴。黄風(コウフウ)だよ。」


「こ、黄風だと!?」


牛魔王の宴の時にいた奴の名前が出て来るとは思わなかった。


「その黄風が人間に化けてこの店にいるんだよ。まだ、誰が黄風かわかってない。」


「何でこの店を狙ってんだよ…。ただの妓楼達が働いてる店だよな?」


「ただの店…ね。」


そう言って天蓬は煙管を咥えた。


「フゥ…。狙いは分からないけど、俺はあの人の為にこの店を守るって決めてんだよ。俺の無事が分かったなら用は無いだろ。さっさと金蝉を連れてここから出てってくれ。」


天蓬は俺に冷たい言葉を放った。


カチンッ。


何で、お前に俺の行動を決められないといけないんだ?


「理由ぐらい話したって良いだろ。」


「部外者に話す事なんてねーよ。」


天蓬の言葉に頭に来た俺は、天蓬の服の胸ぐらを乱暴に掴んだ。


「さっきから聞いてれば何だお前。俺が話せっつってんだから話せば良いんだよ。部外者だぁ?部外者か部外者じゃないかは俺が決めるんだよ。お前に決められてたまるか。」


俺の言葉を聞いた天蓬は目を点にさせた。


「な、んだよそれ…。超、自分勝手じゃん。」


「俺が自分勝手なの知ってんだろ。」


俺がそう言うと、天蓬はフッと笑った。


「あぁ…、確かに。そうじゃなきゃ俺を探しに来ないよな。分かった、分かったよ。話すから手を離してくんね?」


「わかりゃいーんだよ。」


俺は掴んでいた手を離した。


「お前等を巻き込ないようにしたのに…。」


「あ?ただの気遣いならお断りするぞ。」


「出たよ我が儘発言。」


「俺は我が儘なんだよ。自分が聞いて判断する。それに、お前が落とされた事を気にしてんだよ。」


俺がそう言うと、天蓬はまた目を丸くした。


「ま、まさか責任を感じてここに来たのかよ!?嘘だろ!?お前の言い方が分かりずらくて今、理解したわ!!口下手にも程があるだろ!?」


「そう言ってるつもりだったけど?分からなかったのか?」


「分からないわ!!そう言う事なら、話してやるよ。俺が天界から落とされた理由とその後の事をな。」


そう言って天蓬は煙管を咥えた。

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