落とされた天蓬 壱
孫悟空が五行山に封印されて、数日が経った頃だった。
天界では、天帝側と毘沙門天側、2つに分けられた。
毘沙門天に疑心感を持っている者と、天帝を嫌っている者に分けられた。
金蝉の発言以降、天界では大きな問題となり金蝉は牢獄に閉じ込められてしまっていた。
金蝉の監視役として天蓬元帥と捲簾大将が任命された。
天蓬と捲簾は周りにいる警備兵にバレないように食料を持ち運び、金蝉に渡していた。
天蓬元帥 二十三歳
「また、書き物をしてるのか金蝉。」
捲簾はそう言って、煙管を咥え口から煙を出した。
「孫悟空の物語を書いてるんだ。警備兵達も書き物までは口を出して来ないからな。」
金蝉は笑いながら再び筆を進めた。
「天帝は悟空が罪人だと思ったから封印したの?」
そう言って俺は金蝉に尋ねた。
金蝉は俺と捲簾を近くに寄るように手招きして来た。
そっと近くまで寄ると、金蝉が俺と捲簾の耳元で囁いて来た。
「天帝は一時的に悟空を隠したんだよ。」
「「えっ!?」」
悟空を隠したって…、どう言う事だ?
「つまり、天帝は悟空を誰かから隠したって事か?」
捲簾が尋ねると金蝉は頷いた。
「毘沙門天と牛魔王からな。」
「毘沙門天と牛魔王から!?な、何で、また…。」
俺がそう言うと、金蝉は眉間を歪ませた。
「悟空がもし、封印されなかったら2人は悟空を消そうとしたからだ。」
「「っ!?」」
俺と捲簾は驚きを隠せなかった。
「あの2人は悟空を本気で潰す気だったのか?な、何でまた…。」
俺がそう尋ねると、金蝉はゆっくり口を開けた。
「そこまでは分からねぇけど、俺の予想だと不老不
死の術が関係してると思う。牛魔王は須菩提祖師(スボダイソシ)の不老不死の術を欲しがってたからな。須菩提祖師は悟空を助ける為に不老不死の術を悟空
に掛けたみたいだって観音菩薩が言ってたしな。」
「それって…、完全に牛魔王の八つ当たりじゃねーか。」
「八つ当たりにしてはタチが悪過ぎるだろ…。」
俺の言葉に捲簾が賛同した。
「2人に頼みたい事があるんだ。かなり危険な頼みなんだけど…、聞いてくれるか?」
そう言って金蝉は俺と捲簾を見つめた。
金蝉が俺達に頼み事をするのは初めての事だった。
きっと、悟空と牛魔王に関する事なのだろう。
俺は隣にいる捲簾に視線を送った。
パチッ。
捲簾と目が合った瞬間、捲簾はフッと口角を上げた。
どうやら、俺と捲簾には考える時間は必要なかったな。
「俺達は何をすれば良いんだ金蝉。」
俺がそう言うと、捲簾も口を開いた。
「動くなら早い方が良いだろ?」
「お前等…。少しは考えたのか?」
金蝉は溜め息を吐きながら呟いた。
「考えた結果がこれなんだよ。そろそろ見張りの交
代の時間になるから早く話せよ?」
俺がそう言うと、金蝉は促されながら話を始めた。
「毘沙門天の動きを見張って欲しい。」
「毘沙門天の?また、何かしようとしてるのか?」
「捲簾の予想通りだよ。毘沙門天は天界を乗っ取るつもりでいる。牛魔王と一緒になって何かやろうとしてる。」
金蝉の予想は大体当たる。
きっと、金蝉の直感が何かを告げたのだろう。
「毘沙門天の動き…ねぇ…。出来るだけ探ってみるけど、アイツの周りにはいっつも誰かしらいるからなー。」
「考えてみろよ天蓬。毘沙門天はあえて周りに人を付けてるとしら?」
金蝉はそう言って指を一本立てた。
「自分は怪しい事をしていないって周りの奴等に信じさせる為とか。」
「あー、成る程。」
「お前の話を聞いてから聞くと信憑性(シンピョウセイ)があるわ。」
俺と捲簾は妙に納得してしまった。
タンタンタンタンッ。
階段を降りて来る足音が聞こえて来た。
俺と捲簾はスッと立ち上がり、金蝉に軽く手を振り
地下牢を後にした。
「お互い毘沙門天には目を付けられてるから慎重に行動した方が良さそうだな。」
地下牢を後にした俺達は警備兵用の休憩所にいた。
幸い休憩所には俺達しかいなかった為、少しだけ毘沙門天の話を出来ている。
「もしかしたら案外、お前かもしれないな天蓬。」
「あ?俺?」
「牛魔王と一戦交えたからじゃね?それか消しやす
そうなのが天蓬元帥殿だから?」
捲簾はニヤニヤしながら呟いた。
「一回、死んどくか。」
「…。すいません。」
ドタドタドタドタ!!!
休憩所に近付いて来る足音が聞こえて来た。
「見つけたぞ!!罪人天蓬元帥!!!」
休憩所に訪れた数人の警備兵達が俺の事を見て叫んだ。
「は?」
いきなり何を言い出すんだ?
コイツ等は…。
「一体、どう言う事だ?天蓬元帥が罪人だぁ?」
捲簾はそう言って、1番前にいた警備兵に近付いた。
「テメェ、何を根拠に言ってんだ?お前より身分が上の天蓬に御託を言ってるのぎ分からねーのか?あ?」
あ、ヤバイ…。
捲簾かなり頭に来てんな。
一回キレたら止めるのに時間掛かるんだよなぁ…。
「私の部下に汚い言葉を浴びせないで貰えるかな?捲簾大将殿。」
数人の警備兵達の後ろから毘沙門天が現れた。
俺と捲簾は毘沙門天の姿を見て驚いた。
「惚(トボ)けても無駄ですよ。こうして令状も出ているんですから。」
そう言って毘沙門天は1枚の紙を出して来た。
この紙に名前を書かれている者は即座に牢獄行きの紙だ。
しかし、この紙を書けるのは俺達よりも上の人間である観音菩薩達だ。
残念な事に毘沙門天にもこの紙を書ける権利がある。
「その令状、詳しく見せろ。」
パシッ!!
捲簾は乱暴に毘沙門天の手から令状を取った。
「"殺人の罪により天蓬元帥を即刻牢獄行きにせよ"…っだと!?天蓬が殺人なんかする訳がねぇ!!」
グシャ!!
そう言って捲簾は持っていた令状を握り潰した。
毘沙門天の野郎…。
「捲簾大将も毘沙門天様に無礼な態度を取るのはお辞めになった方が宜しいですよ?」
「毘沙門天様に対する侮辱罪により拷問部屋に連行しますよ!?」
毘沙門天の護衛をしている警備兵の1人が捲簾に食って掛かっていた。
毘沙門天はその様子を見てニヤニヤしていた。
コイツ、俺達2人をまとめて地下牢に放り込みたいらしいな。
令状も大方、嘘の令状だろう。
捲簾を怒らせ、拷問部屋に送り俺の事は地下牢に閉じ込める気だ。
「捲簾。ちょっと退いてろ。」
「あ?!何でだよ!!」
「良いから退いてろ。」
俺はそう言って捲簾の肩をポンポンッと叩き捲簾の前に出た。
「貴方の策略ですか毘沙門天。」
俺は冷静な態度で毘沙門天に話し掛けた。
「策略?はて、何の事でしょうか。私はただ、罪人を捕まえようとしているだけ。そして、その罪人とは貴方の事でしょ?」
「ッチ!!この野郎!!!」
俺の後ろにいた捲簾は毘沙門天に殴りかかろうとした時だった。
毘沙門天の後ろにいた黒い大きめのフード付きのマントを着ている人物が捲簾の体を押さえつけた。
あまりの速さで何が起きたか分からなかった。
「なっ!?」
捲簾も状況を掴めないでいた。
どうなったんだ?
捲簾が地面に体を押さえ付けられている事だけは分かる。
「毘沙門天様。お怪我はありませんか?」
黒いマントの人物が毘沙門天に話し掛けた。
声からして男…だろうか。
「全くこれだから金蝉殿に支えてる者は無礼な奴等ばかりだな。」
「「あ?」」
俺と捲簾の低い声が重なった。
毘沙門天の言葉に俺の中で怒りが沸々と湧いて来るのが分かる。
それは捲簾も同じだろたう。
「あのな、毘沙門天様。俺の事を馬鹿にするのは良いけどな、捲簾や金蝉の事を馬鹿にする権利はお前にはねーんだよ。金蝉の事を良く知らねーのに偉そうな事言ってんじゃねぇーぞ。」
俺はそう言って毘沙門天を睨み付けた。
俺の顔を見た警備兵達は後退りした。
シュンッ!!
左側から気配を感じた俺は腰に下げていた剣を抜き、左側に剣を振り上げた。
キィィィン!!!
「毘沙門天様に汚い言葉を吐くな!!この外道が!!」
黒い大きめのフード付きのマントを着た女が剣を振り下ろして来ながら叫んで来た。
女のくせにめちゃくちゃ力が強い!!
片手で剣を持っていたらヤバかったな。
「天蓬!!ぐっ!!離せ!!」
「離す訳ないでしょう?どう考えても。」
ググググッ…。
マントを着た男はそう言って、捲簾を押さえ付けている手に力を入れた。
「捲簾!!お前等、何者だ!!」
俺は目の前にいるマントを着た女に尋ねた。
「代わりに私が教えてあげるよ。」
背後から謎の声が聞こえて来た。
ドンッ!!
同時に首に激痛が走った。
目の前の視界がグラッと揺れた。
いったぁぁぁ…。
何だこれ…。
頭と首がめちゃくちゃ痛てぇ…。
「私の最高傑作(サイコウケッサク)だよ。」
そこで、俺の意識が無くなった。
「おい!!天蓬!!テメェ、毘沙門天!!天蓬に何しやがった!!!」
捲簾はそう言って毘沙門天を睨み付けた。
「何って、罪人を気絶させただけですよ。それが何か?」
毘沙門天は手を叩きながら呟いた。
「毘沙門天様。コイツはどうしますか?拷問部屋に
ぶち込んど来ますか。」
「さっさと俺の上から退けよ!!」
捲簾はそう言って体をジタバタさせた。
「五月蝿いから黙らせろ。」
「御意。」
毘沙門天の言葉を聞いたマントを着た男は乱暴に捲簾の髪を掴み地面に叩き付けた。
ゴンッ!!!
「ガハッ!!」
「しぶといですね。」
ゴンゴンゴンッ!!
マントを着た男は数回、地面に叩き付けた。
グイッ。
捲簾の髪を乱暴に掴み顔を覗き込んだ。
「黙らせました、毘沙門天様。」
「連行しろ。拷問部屋にぶち込んどけ。」
「かしこまりました。」
マントを着た男は捲簾の体を持ち上げた。
「行くぞ。」
「「御意。」」
毘沙門天が歩き出した後にマントを着た男と女は後ろを歩き出した。
殺人の罪により地下牢投獄 天蓬元帥
侮辱罪により拷問部屋に投獄 捲簾大将
天界中に知れ渡ったのだった。
そして、毘沙門天の嘘の噂により2人は罪人として
扱われるようになった事をまだこの時は知らずにいた。
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