桜華の花達 壱
孫悟空ー
門を潜り抜けると、今まで見た事がないくらいの人の多さに驚いた。
「人が多過ぎるだろ!?何だ!?この人の多さは!!」
人の波を掻き分けながら呟くと三蔵が口を開いた。
「やっぱ、さっき言ってた音華目当ての男達でごった返してんだなぁ…。」
「おい、逸れんなよ三蔵。」
ガシッ!!
俺はそう言って人の波に攫われそうになった三蔵の
肩を掴み、自分の方に寄せた。
「わ、悪い悟空。助かった…。男前過ぎるだろお前…。」
三蔵は頬を掻きながら呟いた。
「はぁ?お前何言ってんだ。逸れたら面倒くせぇだろ。」
「道を開けろー!!」
俺がそう言うと、謎の大声が聞こえて来た。
「な、何だ?」
三蔵が周りを見ながら呟くと、俺達の後ろにいた男が話し掛けて来た。
「2人共、早く道を開けて!!」
「「え?」」
俺と三蔵の声が重なりながら後ろを振り返った。
「これから桜華の青楼(セイラン)達が来るから早く!!」
*青楼とは、日本で言う花魁の事。
「来るから…って。分かった!!分かったから押すなよ!!」
俺が話しているのに男はお構いなしに俺と三蔵の体を押す。
俺と三蔵は仕方なく道の隅に移動した。
「早く来ないかなぁー。」
「今日はどの子を指名しようかなぁー。」
男達はそんな事を言いながら青楼達が来るのを待っていた。
「青楼達が何で昼間に出て来るんだ?普通は夜に活動しそうなのに…。」
三蔵は不思議そうな顔をして呟いた。
「宣伝だよ宣伝。」
「宣伝…って?お店の?」
「そうそう。ま、天界にいた頃にも何度か見た事があるからそうだろうよ。青楼達も客を捕まえる為に昼間に現れるんだよ。」
俺が簡単に説明すると三蔵は納得した様子だった。
カランカランッ。
下駄の足音が聞こえて来た。
さっきまで話していた男達も下駄の音を聞くと、開いていた口を閉じた。
タンッ!!
タタタタタン!!
小さな太鼓を叩きながら小太りの男が曲がり角から現れた。
「桜華一の青楼が集う店と言えば鈴蘭(スズラン)!!ごくとご覧あれ!!」
小太りの男がそう言うと、後ろから口元を布で隠した華やかな漢服(カンフク)を着た女達が現れた。
男達は女達の姿を見て歓喜の声を上げた。
女達の中に一際目立つ女がいた。
野苺色の茶髪の長い髪に、薄ピンクの蓮の花の髪飾りが飾らせていて、色白の肌に合う薄ピンクと水色のレースがあしらわれた漢服が良く似合っていた。
「先頭を歩きしこの妓楼、桜華一の青楼の音華!!!」
「「わぁぁぁぁあ!!!」」
小太りの男が音華と紹介すると男達は歓喜の声を上げた。
音華と紹介された女はレースがあしらわれた傘を開きその場でクルッと回った。
音華の後ろにいる青楼達も顔こそあまり見えないが、かなりの美人達だと言う事がわかる。
確かに男達が金を持ってこの福陵に来る意味が分かる。
三蔵の方をチラッと見ると、音華に釘付けになっていた。
「た、確かに…男達が噂するだけあるな…。」
三蔵は小声でボソッと呟いた。
音華は綺麗系の顔立ちと言うよりは可愛らしい系の顔立ちだった。
「へぇ…、お前。あぁ言う顔が好きなんだな?」
「え!?い、いやぁ…。」
そう言って三蔵は口をモゴモゴさせていた。
女の話は苦手なようだな。
俺は三蔵に向けていた視線を外し、音華達の方に視線を向けた。
パチッ。
音華の紫色の瞳と目が合った。
音華は一瞬だけ目を丸くさせた。
ん?
何で俺を見て驚いてんだ?
そんな事を思っていると、男達が驚きの声を上げた。
「お、おい!!ご、悟空!!」
三蔵は俺の背中をドンドンッと強く叩いて来た。
「な、何だよ?痛いって!!」
「お、おと、音華がこ、こっちに来る!!」
「は、はぁ?」
コツコツコツッ。
下駄の足音が聞こえて来た。
視線を前に向けると、音華が俺と三蔵の方に歩いて
来ていた。
男達は音華が通れるように道を開けている。
な、何だ?
音華が俺の目の前まで来て足を止めると、男達は
「おおおおおお!?」と声を揃えた。
スゥッ。
音華が一輪の花を渡して来た。
すると、小太りの男が俺の方に走って来た。
「お、お兄さん!?凄いですよ!!」
「はぁ?何が?」
俺がそう言うと、三蔵も不思議そうな顔をして小太りの男と音華を交互に見た。
「音華がご指名したんですよ!!貴方を!!」
小太りの男は鼻息を荒くしながら話した。
「ここ桜華では、青楼が男に花を贈ると言う事は貴方に今夜買われたいと言う事なんです!!音華は一度も男に花を贈った事がないんですよ!?これは凄く珍しい事なんです!!」
「凄いじゃん!!つまりは悟空の事を気に入ったって事だろ!!」
小太りの男の話を聞いた三蔵は少し興奮していた。
音華は俺に近付き耳元で囁いて来た。
「久しぶりだな。500年ぶりか?」
「っ!?」
俺が驚いている隙に音華は俺の手に花を握らせた。
「いやぁー。お兄さん音華に好かれるなんて凄いなぁ!!」
「羨ましい…。」
男達は俺の事を見て話し出した。
音華は再び男達を掻き分け道を歩き出した。
青楼達は気に入った男に次々に花を渡し歩いていた。
音華は俺以外に花を渡す事はなかった。
「悟空?どうかしたのか?ボーッとしてさ。」
「あの女…。何で俺が500年ぶりに外に出られた事
を知ってたんだ。」
「え!?ど、どう言う事?」
「分からねぇ。なら、本人に直接聞くしかねぇーよ。もしかしたら天蓬と捲簾のどっちかを知ってる可能性はある。」
「そうだな…。じゃあ行くのか?音華の店に。」
「あぁ。お前は宿で待ってろよ。」
俺がそう言うと、三蔵は「は?」と言った。
「何で。」
「何で…ってお前はまだ子供だろ?」
三蔵は俺の言葉を聞いた後に一輪の花を出して来た。
「お、お前。いつの間に花貰ってたんだ?」
「フッフッ。金髪美女がくれたんだ。俺にしか花を渡していなかった。」
そう言って三蔵はドヤ顔をした。
その顔を見て俺は確信した。
コイツ…、俺だけが音華に花を貰った事に対して対抗心を燃やしてたな…?
それで、貰った花を見せて来たのか…。
フッ、コイツもガキって事だな。
まぁ、ガキって思った事は黙っておいてやるか。
「良かったな。花貰えて。」
俺はそう言ってフッと軽く笑うと、三蔵は眉間にシワを寄せた。
「うっ。何だよ、その微笑みは…。」
「さっさと宿を探すぞ。」
「そ、そうだな!とりあえずどこでも良いよな?」
「あぁ。」
「よっし。任せとけ!!」
そう言って三蔵は勢いよく走っていった。
「お、おいこら!!待ちやがれ!!」
俺は慌てて三蔵の後を追い掛けた。
鈴蘭ー
店の宣伝から戻って来た鈴蘭で働く青楼達が一斉に音華に群がった。
「一体どう言う事なのよ音華!!」
「今まで男に花を贈らなかったのに!!あの殿方に恋でもしたの!?」
「確かにカッコよかったわね…。」
青楼達は楽しそうに話していた。
音華は口元の布を外し口を開いた。
「花を贈る価値がある殿方だった。それだけよ。」
「随分と偉そうな事を言うな音華。」
顔を黒いレースの布で隠している青楼が音華に声を掛けた。
美しい金髪の長い髪に黒いレースと赤い椿の花が描かれた漢服を身に纏った青楼が音華の前で足を止めた。
「何か文句でもあるの椿(ツバキ)。」
音華はそう言って椿を見つめた。
椿はチッと小さく舌打ちをした。
「いつまでも男と寝ないなんてどうなの?」
「アンタは寝るしか価値のない女なんだよ。私みたいになりたいなら寝ないで男の心を掴みな。」
そう言って、音華は椿に背を向け廊下を歩き出した。
「何なのよあの女!!!」
椿の怒りの声は音華には届かなかった。
音華は長い廊下を歩きある部屋の前で足を止めた。
ゆっくりと扉に手を掛け部屋の中に入った。
音華は部屋のベットで寝ている女の手を握った。
目を閉じていた女はゆっくりと瞼を開け、音華を見つめた。
「音華…。帰ったのかい?」
「今、帰って来た所です。お加減はどうですか?」
「私も歳だからねぇ…。あまり良くないわ。」
「ゆっくり休んで。後の事は任せて。」
音華はそう言うと、女は再び瞼を閉じた。
その頃の三蔵と孫悟空は宿探しをしていた。
高級な宿屋を営む店主が三蔵の姿を見つけ、格安で宿に泊まれる事になったのだった。
「こちらの部屋にお泊り下さいませ!!いやぁー、こんな所で三蔵様にお会い出来るとは思ってもいませんでしたよ!!」
「本当にこんな安い値段で良いのか?」
「はい!!勿論で御座います!!」
「なら、遠慮なく泊まらせてもらうわ。」
「はい!!明日の法事は宜しく頼みますね!!」
そう言って店主は背を向けて歩き出した。
通された部屋はかなり広く、2人で止まるには勿体ない広さだった。
「法事をするだけでこんな所に泊まれるなんて良いよなー。」
孫悟空はそう言ってベットに腰掛けた。
「まぁな。お経を聞きたい連中がこの世には沢山いるって事だよ。」
「ふーん。まぁ、神に縋りたいと思うのが人だな。」
「夜になるまで、少し休もうぜ。」
三蔵はそう言ってベットに横になった。
スゥ…っと小さな寝息を吐きながら眠ってしまった。
孫悟空は音華の放った言葉が頭から離れていなかった。
「音華は絶対に何かを知っている。この花を渡して来たのも何か理由がある筈だ。」
孫悟空は音華から貰った花を見つめたのだった。
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