壊れた母親と再会 弐

陳 江流 七歳


女は俺の手を引きゆっくりと山道を歩いた。


トントントンッ。


優しい小幅と安心する背中。


ボーッと女の背中を見つめていると、女が振り返って来た。


「歩くの早くない?大丈夫かしら?」


「え!?あ、大丈夫。」


「そう?なら良かった。名前はなんて言うの?」


「江流。」


「江流…ね、私にもね息子がいるのよ。」


女はそう言って悲しげな顔をした。


「今は一緒にいないのか?」


俺がそう言うと女は驚いた顔をした。


「何でそう思ったの?」


「そう顔に書いてあるから。当たってる?」


俺の問いに女は黙って頷いた。


「生きていたら私の子供も江流と同じ歳なのよ?」


「生きていたら?それはどう言う事なの?」


「…。私は自分の子供を…、助ける為に川に捨てたのよ。」


ドクンッ!!


川に…捨てた?


俺と同じだ。


俺も川に捨てられてお師匠に拾われた


この安心感と共通点は何か繋がりがあるのか?


なんだこの…感じは。


違和感と言って良いのか分からない。


そんな事を考えていると女は足を止めた。


「見て、あの先を真っ直ぐ行ったら着くわ。」


そう言って女は視線を前に向けた。


「あの先には私は行けないからここまでだけど…。気を付けて行くのよ江流。」


女の顔があまりにも優し過ぎるから胸が痛かった。


そんな事を口に出せない俺は裏腹の言葉を口に出した。


「ここから早く離れた方が良いよ。」


「え?」


「俺はもう行くから早く行けよ。」


「えぇ…、分かったわ。」


俺は女が早くこの場からいなくなるように促した。


その理由は他にもあるからだ。


女と山道を歩いてるいる時に微かだけど妖気を感じていた。


暗くなると妖怪の動きが活発になる。


早く暗くなる前に女を山から下ろしたかったんだ。


「じゃあな。」


俺はそう言って女に背を向け再び山道を歩き始めた。


少し歩いてから後ろを振り返った。


女の姿はもうなかった。


俺が行った後に山道を下りて行ったか。


俺は前を向き直し歩き出した。


暫く山道を歩いていると大きな岩に包まれた山が幾つかあった。


手を伸ばせば空が届きそうな程に空が近く見えた。


「ここにバイモがあるのか。」


こんな岩だらけの中に薬草なんて生えてるのか?


「…。探すしかないよな。」


俺は腰を低くしながら岩を掻き分けバイモを探し始めた。



探し始めてから数時間後ー


ガリッ!!


指に痛みが走った。


「っ!!」


指に視線を下ろすと岩の破片で爪が割れ血が出ていた。


ビュー!!


冷たい風が吹き出した。


山頂は気温の変化が激しく、さっきまで暖かった風も今は冷たくなっていた。


ブルブル震える指を吐息で温めながら岩を掻き分けた。


「ない…、ない。どこにもない。」


本当にバイモはここにあるの?


ガリッ、ガリッガリッ。


岩同士がぶつかる音が耳に響く。


寒い、痛い、寒い、痛い。


辛い、帰りたい、帰りたい、辛い。


掴んでいた岩を地面に置いて俺はその場で蹲った。


「しっかりしろよ俺。俺が自分の意思で決めてここにいるんだろ…。」


パチンッ!!


俺は自分の頬を思いっきり叩いた。


「うっし!!やってやる!!」


そう言って近くにあった少し大きな岩を持ち上げた。


すると、そこに黄緑色の花が現れた。


岩の中に咲いていたのに花弁には傷一つなかった。


バイモは岩と岩の間に咲く薬草だ。


この黄緑色の花はバイモだ。


「あった…。あったぞ!!」


やっと見つけた!!


俺は優しくバイモを摘み袋に締まった。


ゾワゾワッ!!


背中に寒気が走った。


この感じは…。


俺は札とお師匠から貰った霊魂銃を構えた。


気持ち悪い寒気は…妖気だ。


俺のいる場所に妖気が集まって来てる…。


ザザザザザザッ。


何人かの足音が聞こえる。


囲まれたか?


木の影から現れたのはやはり妖だった。


妖の数は…、ザッと10人程か。


「あのガキが"例"の?」


「あぁ、毘沙門天様の言っていたガキだ。」


妖怪達が俺を見てヒソヒソと小声で話していた。


毘沙門天?


例のガキ?


一体…、何の話をしているだコイツ等…。


「っ!?」


後ろにいた妖怪の1人がさっきまで一緒にいた女の

髪を乱暴に掴んでいた。


もしかしてさっき別れた時に妖に捕まった…のか?

だとしたら俺の責任だ。


俺がちゃんとあの時に断っておけば良かったんだ。


カチャッ。


俺は妖達に霊魂銃を向けた。


「おいガキ。何向けテンダァ?あ?」


妖の1人が俺に睨みを効かせながら近付いて来た。


俺はすぐさま霊魂銃の引き金を引いた。


パァァァァン!!!


妖怪の体に大きな穴が開いた。


大きな穴からはポタポタと音を立てながら血が垂れていた。


ドサッ。


俺に近付いて来た妖が地面に倒れた。


「お、おい。あのガキが持っているのは霊魂銃か!?」


「そんな情報なかったぞ!?」


俺が持っている霊魂銃を見た妖怪達に焦りが見えた。


もしかして…、妖達の狙いは俺なのか?


何で、俺を狙って来た?


理由は分からないけど、最優先は妖達を倒す事!!


「その人を離せ。関係ない人を巻き込むな。」


そう言うと、妖達が怒り出した。


「こんのガキ!!調子に乗りやがって!!」


鬼の妖怪が叫びながら俺に飛び掛かって来た。


怒りに身を任せた妖怪程、動きが団長になる。


俺は素早く指を動かし札を地面に貼り付けた。


「音爆螺旋(オンバクラセン)。」


チャリンッ。


地面に貼り付けた札から光の鎖が現れ鬼の妖怪の体

を拘束した。


上から鳥の妖怪が嘴(クチバシ)を尖らせながら俺の背後に飛んで来た。


「背中がガラ空きなんだよ小僧!!」


「それは俺の台詞だよ。」


チャリンッチャリンッ。


俺がそう言うと鳥の妖怪の体を光の鎖が縛り上げた。


「なっ!?ど、どうなってるんだよ!?」


鳥の妖怪が驚きながら俺に尋ねて来た。


「俺が札を1枚だけ使ったと思ったの?そこまで馬鹿じゃないよ。」


鬼の妖怪と鳥の妖怪が動く度に光の鎖が体を縛り上げる。


「何してんだよお前等!!」


「俺達を助けろよ!!」


鬼の妖怪と鳥の妖怪が仲間の妖怪達に向かって叫んだ。


「あ、あぁ!!」


「一斉に飛び掛かるぞ!!」


仲間の妖怪達が俺に一斉に飛び掛かって来た。


俺は素早く指を動かして札を地面にもう一度貼り付けた。


「音爆螺旋。」


光の鎖が妖怪達の体を拘束し、素早く俺は霊魂銃の弾を妖怪達の頭に向かって引き金を引いた。


バンバンバンバンッ!!


飛び散る血の中にさっきの女が目に入った。


女の背後から金髪のふわふわな髪を靡かせた女が歩いて来た。


金髪の女が女の髪を乱暴に掴み何かを無理矢理飲ませていた。


「ギャアアアアア!!」


飲まされた瞬間、女が悲鳴を上げた。


な、何が起きてるんだ?!


ボキ、ボキボキボキボキ!!!


女の体から骨の折れる音がした。


金髪の女の姿がいつの間にかなかった。


「だ、大丈夫!?」


俺は慌て女に近付いた。


女は背中を押さえたまま地面に蹲っていた。


相当、背中が痛いのだろう。


俺が女の背中に手を伸ばそうとした時だった。


グサッ!!


手のひらに激痛が走った。


俺は恐る恐る自分の手のひらに視線を向けた。


骨のような尖った物体が手のひらを貫いていた。


ほ、骨?


どうして骨が?


女の背中から大きな羽の形をした骨の羽が生えていた。


「ギャァァァァァ!!!」


ボキボキボキボキ!!


女は再び悲鳴を上げた。


女の体から沢山の骨が生えて来た。


右肩から男の頭が生えていた。


もはや、人の形を留めていなかった。


俺の目の前にいるのは化け物だった。


ヤバイ…。


こんな化け物を俺は見た事がない!!


急いで手のひらに刺さった骨を抜かないと!!


俺は手のひらに刺さった骨を掴んだ。


グラッ!!


手のひらに刺さった骨が動き出した。


ゴンッ!!


俺の体が浮き上がり地面に思いっ切り叩き付けられた。


「ヴッ!!オェ!!」


胃から込み上げて来た物を吐き出した。


ビチャァァ!!


胃液と血液が混ざった物が吐き出された。


「はぁ…、はぁ…。」


何なんだよ…、あの女…。


もしかして妖だったのか?


いや、だとしたら女と会った時に妖気を感じた筈だ。


女と会った時には感じなかった。


間違いなく人間だった。


「ヴ…。温嬌…。私の…子供は…だ?」


右肩に生えている男の頭が喋り出した。


温嬌?


温嬌って誰の事を言っているんだ?


ゾワゾワゾワゾワッ!!


そんな事を考えていると再び背中に寒気を感じた。


さっきの妖気とは比べ物にならない妖気だ。


何だよ…、この感じは!!


感じた事のない妖気だ。


さっきの妖怪達よりも、もっと恐ろしい何かが来る!!


コツ、コツコツ…。


俺の後ろから足音が聞こえて来た。


「温嬌って言うのはその女の事さ。」


俺は恐る恐る後ろを走り帰った。


そこにいたのは…。


孫悟空の本に描かれていた男だった。


絵と全く同じの男…。


嘘だろ?


何で…、何で。


「牛…魔王。」


そこにいたのは、恐ろしい妖気を放った牛魔王だった。


「久しぶりだなぁ?金蝉。あー、今は江流だった

か?嬉しいだろ?お前の母親が目の前に現れてさー。」


牛魔王はそう言って俺の横にしゃがみ肩を組んで来た。


母親…?


この人が?


俺の母親?


「う、嘘だ。嘘だ!!」


俺は女から目線を逸らしながら呟いた。


「しっかり見ろよ。」


ガシッ!!


牛魔王は俺の顎を掴んで女の方に向けた。


「あの右肩の男はお前の父親なんだよ。背中やあちこちに生えてる骨はお前の父親の物なんだぜ?後は妖怪の死骸から取った骨とかくっ付いてるんだっけ?」


「な、何を言って…。」


「死んだ親に会えてどんな気分?」


「死んだ?」


「あー。知らなかったの?」


俺の両親が死んだ?


死んだ親と会えて嬉しい?


もう、これ以上聞きたくない…。


「俺がお前の親を殺したんだよ。」


俺の耳元で牛魔王が囁いた。

殺した…?


牛魔王が俺の両親を殺した?


「ギャァァァァァ!!!」


女が再び悲鳴を上げた。


「ほら。お前の母ちゃんも喜んでるぞ?ホラホラ、よーく見てやれよ。」


牛魔王はそう言って俺の髪の毛を乱暴に掴んで、左右に揺らした。


「坊さんなら妖怪は退治しねぇとな?」


「え?」


牛魔王は俺の服の首元を掴み女の目の前に投げた。


ドサッ!!


地面に強く叩き付けられた。


「ホラホラ、見ててやるからやれよ。妖怪退治。」


そう言って牛魔王は不敵に笑った。

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