愛する我が子

その頃、金山寺ではー



水元が鼻歌を歌いながら台所で昼食の準備をしていた。


包丁で丁寧に大根の皮を剥いていた。


「今日の献立は大根を使った料理〜♪」


パリーンッ!!


「っ!?」


何かが割れた音が台所に響き渡った。


水元はゆっくり音のした方に視線を向けた。


法明和尚と江流が自分用に置いている湯飲みが一つだけ割れていた。


割れた湯飲みは江流の物だった。


「風も吹いていないのに…。どうして湯飲みが割れたんだ?」


「何の音だ?」


割れた音を聞き付けた法明和尚が台所に訪れていた。


「あ、実は…。江流の湯飲みが…。」


湯飲みの破片を拾いながら法明和尚の問いに水元が答えた。


破片を見た法明和尚は水元の隣にしゃがんだ。


「嫌な予感がするな…。」


「え!?江流に何かあったのですか!?」


そう言いながら水元は法明和尚に顔を近付けた。


「ち、近いな!!よくある話だろ?湯飲みが割れると何かある…って。」


「そ、そんな不吉な事を言わないで下さいよ!全く。」


水元は溜め息を吐きながら湯飲みの破片を拾った。


法明和尚は江流に何か良くない事が起きている事に気付いていた。


その事を水元にはハッキリ言わなかった。


法明和尚なりの水元に対して気遣いをしたのだった。


台所を静かに出た法明和尚は空を見上げた。


「何がおきたんだ江流…。」


法明和尚は小さな声で呟いた。




陳 江流 七歳


「ゔ…、ゔぅー。」


俺の母さんと言う女が呻き声を発している。


本当に俺の母さん…なのか?


牛魔王の話は本当なのか?


分からない…。


分からないよ…。


「ゔ、ゔぎゃぁぁぁぁぁあ!!」


女は大きな声を上げながら鋭い爪を俺に振り下ろして来た。


グサッ!!


俺は攻撃を避けれず、鋭い爪が右肩に食い込んだ。


「ゔっ!?ぐああああ!!」


右肩全体に激痛が走った。


めちゃくちゃ痛てぇ!?


何だコレ!?


爪が刺さっただけでこんなに痛いのか!?


俺は女の腹を蹴った。


「あ、あが、あががが!!」


女が声を上げながら吹き飛んでいった。


ズポッ!!


吹き飛んだ衝撃で俺の右肩から爪が抜けた。


「はぁ…、はぁ…。」


右肩を押さえながら地面に座り込んだ。


血が…、血がどんどん出て来る。


「つまんねーな。」


後ろで見ていた牛魔王が溜め息を吐きながら呟い

た。


「え?つ、つまんない…って?」


「一応さ、お前って坊さんなんだろ?何で祓わないの?」


「お前は…。面白さを求めているのか?」


俺がそう言うと牛魔王がキョトンとした。


「当たり前だろ?人生面白くなきゃ損だろ?」


「は、は?」


「余興が必要だったか?」


牛魔王はそう言って立ち上がり女の元まで歩いて行った。


「ゔ、ゔー、ゔがぁぁ…。」


近付いて来た牛魔王を見た女が怯えながら後ろに後ずさった。


ん?


女の様子がおかしい…。


もしかして…、牛魔王の事を怖がってるのか?


牛魔王が乱暴な手付きで女の長い髪の毛を掴んだ。


「ぐぎぎぎぎ!?」


「口、開けろ。大きく開けれるよなぁ?」


牛魔王はそう言って女の口を無理矢理こじ開け何かを飲ませていた。


ゴクッゴクッ。


な、何を飲ませたんだ?


カランカランッ。


空になった小瓶が地面に転がった。


「ぐぎぎぎぎぎぎ!!!」


「っ!?」


小瓶に入った飲み物を飲み干した瞬間、女は大きな声を上げた。


女は鋭い目付きで俺を睨み付けながら突進して来た。


ドドドドドドドッ!!


勢い良く突進して来た女は俺の体に思いっ切り体当たりをして来た。


ドンッ!!


体当たりを受けた俺の体は宙に浮いた。


な、何だよこの力!?


さっきまでと全然違う!!


ビュンッ!!


宙に浮いている俺の姿を見た女が骨の翼を広げて飛んで来た。


あの女の瞳には強い"殺意"があった。


確実に殺される!!


死にたくない!!


そう思った俺は霊魂銃を女に向け、引き金を引いた。


パンパンパンッ!!


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁあ!!」


霊魂銃の弾は見事に女に当たり悲鳴を上げながら地面に転がった。


女の体から緑色の血が流れ、異臭を放っていた。


「ゔっ!!」


あまりの臭さに鼻を押さえた。


何だよこの匂い!!


血液と獣臭いのが混ざったような…。


「あが、あががが!!あがうが!!」


女が四つ這いになりながら俺の元に向かって来た。

俺は素早く札を取り出し女の元に飛ばし、指を素早く動かした。


「爆(バク)!!」


そう言うと飛ばした札が光出し爆発した。


「ぎゃぁぁあ!?」


女の肌が焼け爛れ、ボトボトと音を立てながら体に付いていた骨や獣の手が地面に落ちた。


俺の母さんはどうして、こんな酷い目に遭わなあい

といけないんだ。


「こんな事をさせたかったのかお前は。」


自分の体が怒りで震えているのが分かる。


「何?怒ってんの?」


「当たり前だろ!?俺の母さんにこんな酷い事をするんだよ!?何も悪い事していないだろ!?」


俺がそう言うと牛魔王が笑い出した。


「アハハハハハ!!この女が悪い事をしていない?したに決まっているだろ?」


「な、何をしたんだよ!?」


「お前を産んだ事だよ。」


「え?」


俺を産んだ事?


俺を産んだ事が悪い事なのか?


「俺はなぁ、俺の道を塞ぐ奴は潰す主義なんだよ。」


そう言って牛魔王は俺に近付いて来ようとした。


その時だった。


バッ!!


俺の前に焼け爛れた女が立った。


その姿はまるで、牛魔王から俺を守っているように見えた。


「あが、や、やめて。」


「っ!?」


今、言葉を…!?


「この、この子…には、手を出さないで。」


その姿を見て俺は泣きそうになった。


もう、戦う気力なんて残ってないのに必死になって

俺を守ろうとするその姿は"母親"だった。


「か、母さん…。」


自然と心に思っていた事が口に出ていた。


「へぇ…。あの薬飲んでも自我を失わなかったのか。」


グサッ!!


牛魔王の左肩に骨が刺さっていた。


よく見て見ると、母さんの背中に生えていた骨の翼が牛魔王の左肩に刺さっていた。


こ、攻撃したのか!?


「お前。俺に攻撃したの?」


牛魔王の顔付きが冷たくなった。


冷たい視線を向けたまま、牛魔王は左肩に刺さった骨を抜き取った。


「母親面か??あ?」


ググググッ。


牛魔王はそう言って骨を砕いた。


「ぐっぎゃぁぁぁぁ!!」


「母さん!!」


俺は母さんに駆け寄った。


「母さん!!母さん!!」


「だい…丈夫よ。江流。」


母さんはそう言って俺の頬に触れた。


「母さん…?」


俺がそう言うと母さんは俺の体を押した。


トンッ!!


強く体を押された俺は地面に転がった。


「母さん!?」


急いで顔を上げると牛魔王に飛び掛かっていた。


「ぐぎぎぎぎぎ!!!」


母さんは手の爪を大きくし牛魔王に振りかざした。


「哀れだな温嬌。」


牛魔王がそう言うと牛魔王の影が槍の形になった。


俺はその槍を見て嫌な予感がした。


ま、まさかあの槍で母さんを!?


俺は牛魔王に向かって霊魂銃を向けた。


母さんを殺させない!!


「やめろー!!!」


パァァァァン!!


牛魔王に向かって霊魂銃を放った。


ニヤァァァ。


「っ!?」


牛魔王は嫌な笑みを浮かべながら影の槍を影の中に戻し後ろに下がった。


う、嘘だろ!?


俺の放った霊魂銃の弾が母さんの体に当たった。


「ギャァァァァァァァァ!!」


母さんは苦痛の声を上げた。


「母さん!!!!」


霊魂銃の弾を受けた母さんの体が砂状になり始めた。


俺はすぐに母さんに近寄った。


いつの間にか牛魔王の姿はなくなっていた。


牛魔王の狙いは俺に霊魂銃で母さんを殺させる事だった。


俺の判断の所為で母さんを…。


母さんを撃ってしまった!!


「母さん…、母さん。」


涙で視界がボヤける。


母さんの体が光り出した。


パァァァァァァァァ!!


な、何が起きてるんだ!?


「江流。」


「え?」


俺は目を擦りながら声のした方に視線を向けた。


俺の目の前には優しい笑みを浮かべた男性と母さんの姿があった。


母さんの姿は最初に見た時の美しい姿だった。


「母さん…?父さん…なのか?」


俺がそう言うと母さんと父さんが俺の体を抱きしめた。


触れられた手のひらから暖かい温もりが伝わって来た。


あぁ…。


俺がずっと、ずっと会いたかった人達の温もりだ。

暖かい…。


「会いたかった…。ずっと母さんと父さんに会いたかった!!」


俺は泣きながら話した。


「母さんと父さんに会いたくて、会いたくて仕方がなかった!!」


「私達も貴方に会いたかった。会いたくて会いたくて…。もう一度、貴方をこうして抱きしめたかった。」


母さんはそう言って俺の髪を撫でた。


「大きくなったな江流。私と温嬌の大事な子。」


父さんの大きな手が俺の頬を包む。


「ご、ごめんなさい。お、俺の所為で母さんと、父さんが酷い目に…。」


俺の所為で母さんと父さんが牛魔王に殺されてしまった。


俺の所為で母さんが酷い姿にされた。


全部、全部、全部、俺の所為だ。


「江流を産んだ事を後悔した事は一度もないわ。私達は貴方が愛おしくて仕方がないのよ。」


「温嬌のお腹に江流がいる事が分かった時、早く会いたくて仕方がなかった。江流が産まれて来た事に感謝にしている。私達の元に産まれて来てくれてありがとう。」


父さんと母さんは話し終えた後にもう一度、俺を抱き締めた。


俺は母さんと父さんの胸の中で大きな声を上げながら泣いた。


「江流…、私達の大事な可愛い子供。その事を忘れないで。」


母さんがそう言うと、大きな風が吹いた。


母さんと父さんの温もりが俺の体から無くなった。


「ま、待って、待ってよ!!母さん!!父さん!!」


そう言って俺は風の中に手を伸ばした。


だが、母さんと父さんの手を取る事が出来なかった。


風が止み、俺だけが取り残された。


「母さん…、父さん。う、うわぁぁぁぁぁあ!!!」


俺は泣き崩れるように地面に転がった。


母さんと父さんは俺の事を嫌いになって捨ててなかったんだ。


俺を牛魔王から助ける為に川に流したんだ。



俺は…、俺は母さんと父さんに愛されてたんだ。


パチパチッ。


「おめでとう金蝉。試験合格だ。」


突然の拍手音が聞こえた。


俺は驚きながら体を起こした。


すると、そこにいたのは孫悟空の本に描かれていた観音菩薩が立っていた。

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