第40話 『ロック』

眼前に迫る木星の壮大な迫力に特別な意識をする事もなく、トップを走るロックはこれからのレース展開を頭の中でシュミレーションしていた。

今回はかなり良いペースでここまで来ている。火星へのピットインをしなかったが、ロケットボートにも異常はなさそうだ。

逆にロックが心配しているのが、ここまで順調すぎた事だろう。八幡(株)のミツルの操縦テクニックは素晴らしいものがあるし、メンテナンスクルーの技術には神がかり的なものもある。そして火星ピットイン時にはトップだったが、そこで一気に最下位へと転落したMWコーポレーションのパイソンの動きも、どことなく不気味だ。もっとガムシャラに追走してくるかと思っていたが、そうでもなかった。まるで何かを待っているような。王者ロックはまだまだ波乱が起こるだろうと、直感的に感じ取っていた。


「こちらロック。ガニメデへの航路へと入りました。あと約20分後には大気圏へと侵入出来そうですので、メンテナンスの準備をお願い致します」


ロックは小惑星帯を抜けてから、初めて無線を入れた。


「了解。準備は既に出来ている。いつでも大丈夫だ」


ガニメデで待機しているメンテナンスクルーから返事がかえってきた。


「機体にも異常はありませんし、特別なメンテナンスは必要なさそうですが、レース後半に向けて重要なピットインになりますので、よろしくお願い致します」


ロックは丁寧な口調で、ゆったりと話している。

今の所、焦りは無く、後半戦に向けた戦いも纏まりつつあるのだろう。

焦りが見え始めたロックであれば、口調は荒くなり、管制塔の指示さえ耳に入らなくなるはずだ。


「ひとつ不穏な情報があるんだが・・・」


メンテナンスクルーが声を潜めるように言う。


「どうしたんです?」


ロックが聞き返すと、メンテナンスクルーは更に話を続ける。


「MWコーポレーションのピットインセクターで、何かを準備しているそうだ。ロケットのようなものを」


「ああ、もしかしたら燃料補給ロケットかもしれませんね。噂には聞いていましたから。それを打ち上げて、宇宙空間で燃料補給をし、ガニメデへのピットインをしないつもりなんでしょう」


ロックは鰾膠にべも無く、さらりと言った。


「知っていたのか?」


メンテナンスクルーは驚いた。


「ええ、相手の情報は自分でもリサーチしていますからね。ただ、MWコーポレーションの切り札が燃料補給ロケットだとは、思いもよりませんでした。目先の事ばかりに捕らわれ、後先を考えない行動にすぎません。まさに愚の骨頂です」


ロックは嘲笑し、答える。


「しかし、ガニメデへのピットインをしないとなると、圧倒的に有利になるんじゃないか?」


メンテナンスクルーはロックに質問する。


「気にする必要はありません。パイソンは分かっていないんです。燃料補給ロケットのメリットばかりに目が行き、デメリットのが大きい事には目を瞑っているのでしょう。途中までは良いかもしれませんが、後々痛い目を見るはずです。それよりも自分には、八幡㈱の方が、不穏に感じますね。データが全く得られていないので。おっと、もう無駄話・・・をしている時間はないようですね。ガニメデへの着陸準備に入ります」


「ああ、了解した」


メンテナンスクルーは慌ただしく無線を切った。

トップを走るロックは、いよいよガニメデへとピットインに入ろうとしている。

レース後半戦が、まもなく始まろうとしていた。

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