第36話 『我慢』

燃料節約のため、ミツルはじっと我慢をしていた。

更に加速をしたかったが、まだその時ではない。勝負手はまだ打たないでおこうと考えたのだ。


ミツルの心情は、ロックに近いものがある。

ぶっちぎりでトップをひた走り、優勝を手にしたいという思いが大半を占めていた。


「まあ、いいさ。後半見てろよ」

ミツルは操縦桿を握りながら呟く。


次回の大会には、ギャラクシーファクトリー、MWコーポレーションの企業の他に、中国の一大企業である神鑾シェンランと、ドイツのGSMグループ、が既に参戦を表明している。

今後、更に参戦する企業が増えるかもしれない。

ライバルが増える以上、自分も更に腕を磨かなければならないとミツルは考えていた。


そして今回で、チェイス・ザ・ギャラクシーのパイオニアでもあるパイソンは引退し、ロックも引退の可能性が高い。

彼らとのレースは今回が最初で最後だ。

彼らを打ち負かして優勝をしたいと、ミツルはずっと思い続けていた。


「ガニメデまであと約6時間ってとこだな。もう少ししたらブースターエンジンをもう一度だけ点火するか。ガニメデ近くで加速をしても、結局はピットインのため、減速しなきゃならないしな」


ミツルは加速の事ばかり考えていた。


ロックも燃料が不安なのか、未だにそこまで加速をしていない。

少しでも差を詰めるためにも、加速をしたくてウズウズしている。ロケットボートにもとりあえず異常は見受けられない。


「あと8000kmほど飛行したら、一度ブースターエンジンを点火させよう。ピンチはチャンスに変えるぞ」


だが操縦桿を力強く握りながらミツルは、憧れのレーサー、クリスティーヌが自叙伝の中に書き残していた言葉をふと思い出した。


『私は、いつもロケットボートの気持ちを考えながら飛行しているわ。私がもっとこうしたいって思っても、ロケットボートの状態が芳しくなければ、絶対に無理はしないの。人間だってそうでしょ?相手の気持ちを考えられなければ、信頼は築けないでしょ?だから私はロケットボートの声を聞くよう、常に心がけてるわ。そうしていたら、いつしかロケットボートも私を信頼してくれるようになったの。想像以上の加速をしてくれたりね。ロケットボートとの信頼関係が無ければ、絶対に結果はついてこないわ』




ミツルは少し考えた。

ロケットボートとの信頼関係を、自分は築けているのか。


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