第32話 『マリア』

巨大カジノ『Jackpot』でレースを見ていた誰もが、八幡㈱の秘策にまた騒然とした。


ミツルのロケットボートが、ブースターエンジンの点火も無しで、加速をしたのだ。


中継を見ていたマックスも、目を丸くした。

一体何が起こったのか、見当も付かない。八幡㈱という突如として現れた謎の日本企業に、恐怖にも似た感情を抱いた。

まだまだ隠している作戦があるのかもしれない。前代未聞の事をやってくる気がしてならなかった。


マックスは、隣で中継を見ていたマリアに質問してみた。


「なあ、何でブースターエンジンの点火もしないで、ミツルのロケットボートは加速出来たんだ?」


「知らないわ。私が知っているのは、MWコーポレーションの事だけ。他企業の事は分からないわ」


マリアは素っ気なく答える。


「ブースターエンジンの点火無しで、加速する術はあるのか?君ならその術を思いつくんじゃないか?」


「今、何時?」


マリアのこの発言にマックスはポカンとした。


「いいから、今、何時?」


「5:16だ」


マックスは自分の腕時計を見て、答えた。


「そっか。もしかしたら太陽フレアを利用したのかもしれないわ。時間的に見たら、それしか考えられないわ。ちょうどついさっき、太陽フレアが発生したばかりだし」


「太陽フレア?」


「学校で習わなかった?まあ簡単に言えば、太陽の爆発の事よ。フレアが発生した時に、衝撃波やプラズマとかが放出されるから、八幡㈱のロケットボートは、そのエネルギーを利用したのかもね。それはそれで革新的だわ」


マックスは訝しんだ。

このマリアという女性の知識は途轍もない。

MWコーポレーションの社員だったというが、そんな人間が何故このようなカジノに居るのか。

彼女は金を賭けているわけではなさそうだし、何故自分に話しかけてきたのか、マックスにはさっぱり分からなかった。


「何そんな私の顔をじっと見てるのよ?見惚れてたわけ?」


マリアは冗談っぽく笑った。


「なんで君はここに居るんだ?」


「なんでって?」


「君は金も賭けていないし、こんな場所に居る理由が分からない。見たとこ金もたんまり持ってるんだろ?着てる服も、履いてる靴もブランド物だ」


「特に理由なんかないわよ。ただお酒を飲みながらレースを見たかっただけ」


マリアはそう言ってまた笑ったが、マックスは腑に落ちなかった。

どうも何かを隠しているような気がしてならない。

酒を飲みながらレースを見るだけなら、わざわざこのカジノに来る必要はない。そして自分に話しかけてくる必要も。


──まあいいや。今は自分の命の心配をしよう。彼女より、このレースのが大事だ──


マックスは心の中で呟いた。




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