第31話 『温存』

ミツルは少し後悔した。


トップを行くロックを追走するため、追いかけてくるパイソンを引き離すため、小惑星帯でブースターエンジンを何度か点火させ、加速を繰り返したため、ミツルが計算したよりも多く燃料をロスしている事に気がついたのだ。


「ミスったか。ブースターエンジンの点火時間が若干長くなっちまったみたいだ。まだ余裕はあると思ったんだが」

ミツルは計器類を見ながら呟いた。


それでもガニメデまでは余裕で飛行出来るが、ブースターエンジンの点火は少し控えた方が良いかもしれない。

いくらガニメデでピットインが出来るとはいえ、燃料には常に余裕を持たせておいた方が良いだろう。

最悪、ロケットボートの速度を落とすために積まれている逆噴射エンジンの燃料を、加速のための燃料として使用する手も残されているが、それはレース後半の切り札として温存しておこうとミツルは考えた。


レーダーで確認すると、パイソンのロケットボートも小惑星帯を抜け、加速をしたようだ。だが、思っていたよりも加速をしてきていない。何かしらの作戦なのか、機体トラブルなのか分からないが、そこだけは不気味だ。

ミツルのロケットボートは、このままの速度を維持すれば問題無く、2位でガニメデへとピットイン出来るだろう。そこからが本当の勝負だとミツルは考えていた。


ロックのロケットボートがピットインで、どれほどの時間を費やすか定かではない。

ギャラクシーファクトリーのメンテナンスクルーは、経験も技術も、そしてスピードも世界最高峰だ。エンジン性能だけなら、MWコーポレーションのが上かもしれないが、メンテナンスクルーの仕事ぶりひとつ取ってみても、それはレースに大きく影響を及ぼす。

残念ながら、八幡㈱はまだまだ発展途上だ。自分の腕でロックとパイソンに対抗するしかないと、ミツルは感じていた。


その時、ちょうどガニメデで待機しているメンテナンスクルーから無線が入った。


「こちらメンテナンスクルー。ミツル、今の機体状況を教えてほしい」


「機体には何も問題は無い。ただ燃料の減りが、想定していたより多くなっちまった」


「了解した。メンテナンスのリクエストがあればいつでも言ってくれ」


「分かった」


「ところでミツル、もし燃料を温存したければ、セイルを出してみたらどうだ?レース後半では使えないが、今ならちょうど使えるはずだ」


ミツルはハッとした。


「そうか!セイルがあったんだ。試験飛行でも一度しか使ったことはなかったから、忘れてたぜ」


このセイルとは、ロケットボートの後方に格納されている装置で、太陽フレアによる太陽風エネルギーをセイルで受け止め、燃料を使わずに加速が出来る代物だ。

これは八幡㈱が開発した、唯一無二の技術だろう。

太陽風を危険視せず、敢えて利用しようとはクレイジーな会社だとミツルは思った。


「あと数分後に太陽フレアが発生する。我々の計算では、セイルを使用すれば、ロケットボートを約4%加速させる事が出来るはずだ」


「分かった。すぐに使ってみる」


ミツルは無線を切り、すぐにセイルのスイッチを押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る