第13話 『小惑星帯へ』

ミツルのロケットボート発進から数分後にはパイソンのロケットボートも整備を終え、火星を脱出した。


ブースターエンジンも最大限稼働させ、少しでもロックとミツルとの差を縮めたかった。燃料温存などと言っている場合ではない。

火星でのピットインをしなかったロック。

最速のメンテナンスで火星から発進したミツル。

今回のレースは前代未聞だ。


「なあ、八幡㈱のメンテナンスクルーはあんな短時間で本当にメンテナンスを完了させたのか?」

ミツルの反抗など知らないパイソンは、地球の司令塔へ無線を入れた。

「信じられないが、そう考えるしかない。神業としか言いようがないな。初参戦の会社に、こんな事が出来るなんて想定外だ」

司令官もこの状況を把握しきれていなかった。

「ガニメデでのピットインは、最速でやらないとダメかもな」

パイソンは言った。

「ああ。ロックのロケットボートは火星でのピットインをしなかった分、燃料はほぼ無いだろう。だから補給だけでも時間はかかるはずだ。問題は八幡㈱のメンテナンスクルーたちだ。今回のようにメンテナンス時間を短縮出来るとしたら厄介だ」

司令官は答えた。

「なあ、一か八かの賭けだが、アレ・・を使えないか?」

パイソンは司令官に聞いた。

パイソンの言うアレ・・とは、MWコーポレーションが極秘に開発しているとあるマシーンだ。

司令官はしばらく考え込んでいた。

「・・・それは、最終手段だな。まだ実用的な物ではないし、リスクを伴う」

「とりあえずあらゆる可能性を探りたい。俺にとって最後のレースだ。後悔はしたくない」

「分かってるさ。こっちもなんとかタイムを縮める方法を模索してる所だ」

「とりあえず小惑星帯までまだ距離はある。それまでに何回か加速して速度を上げようと思う。せめてミツルとは距離を詰めたいからな」

「ムチャはするなよ」


司令官との無線が終わるのを待っていたのか、そのタイミングで妻のリリアンから個人無線が入った。

「あなた、私からも一言言わせてほしいわ」

「言いたい事は分かってるよ。無理はするなだろ?」

「ええ。あなたは昔からレースになると熱中しすぎてしまうから」

「心配するな。今回のレースは至って冷静さ」

「内心焦っているんじゃない?こんなレース展開は初めてだもの。トップでピットインしたけど、火星を出発する時には順位が逆転してるなんて。だから絶対あなたの事だから、多少無理をしてでも差を縮めようとするはずよ。ブースターエンジンの点火だけでも、体には相当な付加がかかっているの。それはあなたが一番分かっているでしょう?そんな無理をなるべくさせたくないわ。もし体がボロボロになってしまって、レーサーを引退しても数年しか一緒に居られないなんて、私嫌よ」

「約束するよ。絶対に無理はしない。だから安心してくれ」

「分かったわ。あなたを信じてる」


リリアンからの無線が終わると、パイソンは深く息を吐いた。

リリアンの為にも無理はしたくなかったが、ふとした瞬間にレーサーとしての性が顔を出してしまう。

このままじゃダメだと。

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