第5話 『彗星群』
地球をスタートし、距離にして約5,000万kmが過ぎた頃、トップはMWコーポレーションのパイソンが操縦するロケットボートになっていた。
約4,000万kmの地点で、八幡㈱のロケットボートを操るミツルを抜き去ったのだ。
パイソンはミツルのロケットボートを横目に、無理をすることなく悠々とトップに躍り出た。
「あと約3,000万kmで火星か。この調子ならあと2時間で到着出来そうだ」
パイソンは操縦席の計器類をチェックしながら、コースから軌道がズレないよう、必死に操縦桿を操っていた。
コースから外れた場合、軌道修正にも無駄なエンジンを使ってしまう。
このレースは休む暇がないのだ。
「パイソン、緊急事態だ!」
司令官から慌てた声の無線が入ってきた。
「どうした?」
パイソンが聞き返す。
「この先、彗星群の【PNOP223650】がコース上を横切っているようだ。このままの速度では衝突してしまう。一旦減速して彗星衝突を回避しろ」
この【PNOP223650】の彗星群とは、ほんの数年前に発見された、地球と火星の間を周回している小さな彗星の集まりだ。
直径、1mのものから10m近い彗星が数百個規模で連なっている珍しい彗星群なのだ。
火星の先に待ち構える小惑星帯のように、静止しているなら対処はし易いが、彗星のように移動しているとなると万が一、ロケットボートに衝突でもしたら大惨事になってしまう。
「なんだって?【PNOP223650】の接近時期だったってのか?なんでもっと早く分からなかったんだよ?」
パイソンは司令官に怒鳴り声を上げた。
そういったトラブルの情報を集めるのも会社の仕事だ。
詰めの甘さがギャラクシーファクトリーとの差ではないかとパイソンは感じた。
だがパイソン自身も、自分にも非があるのを分かっていた。
自分でコース情報を事前に調べていれば、レースプランも考えて組み立てられたのだ。
パイソンの怒りは会社と、自分自身の不甲斐なさを責めたものだった。
パイソンは仕方なくエンジンを逆噴射し、ロケットボートにブレーキをかけた。
四度目のレースにして、初めてロケットボートに急ブレーキをかけた。
そのため、ロケットボートにかなりの負荷をかけてしまった。
「ちくしょう!良いペースだったのに」
パイソンの減速とほぼ同じタイミングで、ミツルのロケットボートも減速をした。
八幡㈱もようやくこの状況を把握したらしい。
パイソンはここにきてロックが加速をしなかった理由が理解出来た。
この【PNOP223650】の情報をロックは知っていたのだ。だからブレーキをかけずに彗星をやり過ごすため、そこまでの加速をしなかったのだ。
「やはりロックは強敵だ」
パイソンはこれから追い上げてくるであろうロックの重圧を、犇々と感じ始めていた。
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