第4話 『追走』

パイソンのロケットボートは、月での加速スイングバイと、ブースターエンジン起動で飛躍的に速度を上げた。

随時、ロケットエンジンは起動させているが、この加速は大きい。

トップを走るミツルのロケットボートとの距離も、少しずつ縮まってきた。

MWコーポレーションのロケットボートの性能を熟知しているパイソンには、このままのペースであれば、無理をせずともトップに躍り出ることが出来ると確信していた。


火星ではロケットボートの整備の為、ピットインすることが出来るが、無駄なメンテナンス時間を省く為にも、ロケットボートに負荷はかけたくなかったので、ここまでは順調だ。

「良いペースだな」

パイソンは呟いた。

だが一つ理解出来ないことがあった。

最後尾を行くロックのロケットボートが、速度を上げていないのだ。

レーダーで確認すると、パイソンの後方約50000kmの位置に居るらしい。加速スイングバイの前よりも差が開いている。

「ロックの奴、一体何を考えているんだ?後半に向けてエネルギーを温存しておくつもりなのか?火星ではピットインが出来るんだから、仮に機体トラブルだったとしても、多少はムチャをしてもいいはずだ」

ロックの行動は不気味だったが、今は自分のレースに集中する方が先決だ。


ちょうどその時、個人無線に連絡が入った。

それはパイソンの妻、リリアンからだった。

「あなた、調子はどう?」

「順調さ。ネット中継は見てるだろう?」

このレースはスタートからゴールまで、全てネットで生中継されている。

各ロケットボートに取り付けられたカメラと、追尾衛星のカメラによって、全世界の人々が好きな時間にアクセスし、レースのライブ映像を大迫力で見ることが出来るのだ。

「違うわ。私が言ってるのは、レースのことじゃなくて、あなたの体のことよ」

リリアンは、パイソンの体調を常々心配していた。

MWコーポレーションのロケットボートドライバーとして、過酷なレースに身を投じたり、様々な訓練をする内に知らず知らず体に負担をかけている。

極限の速度を追い求めることで、内臓にも極端な重圧を受けているのだ。

パイソンが今回のレースを最後に引退を決意したのも、自分の体を気遣ってのものだ。

そして何よりリリアンとの時間を持ちたかったからに他ならない。賞金を手に出来れば、余生をゆったりと過ごせるだろう。

「俺の体は大丈夫だよ、リリアン。君との約束通り、このレースが俺にとって最後だ。勝っても負けても。泣いても笑っても」

「分かったわ。あなたの帰りを地球で待ってるわ」

「ありがとう。愛してるよ」

「私も愛してるわ」


無線を切った後パイソンは、一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。

「そう、これが俺のラストレースだ。絶対に勝って終わらせてやる」

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