第3話 『加速』
スタートから約3時間が過ぎた頃、パイソンは月を眼前に捕らえた。
数十年前、ヘリウム3を回収するために静かの海に建設された、巨大な月面基地も肉眼で確認出来る様になり、パイソンはブースターエンジン起動のタイミングを見計らっていた。
このレースで月は重要な役割を持っている。
ここで加速スイングバイをし、ブースターエンジンを噴射させ、相乗効果でロケットボートを加速させる事になるのだ。
「ここは肝心だぞ。しくじるな」
司令官からパイソンに無線が入る。
「分かってるよ。俺はベテランだぜ。経験だけならロックと同じだ」
パイソンにもプライドはある。
今回こそは必ず優勝して、ロックに一泡吹かせてやりたかった。
「八幡㈱のロケットボートは、既に月軌道を越えて火星へと向かっている。加速もなかなかのものだ。引き離されんようにしろ」
「了解」
パイソンはそっけなく応答する。
このレースの事は、司令官よりも熟知していた。今更指示されずとも、パイソンは体で理解している。
それにしても、ミツルの操縦テクニックはなかなかのものだ。
初参戦でありながら、加速スイングバイのタイミングも完璧だった。
コンピューター制御で、ある程度までは管理できるが、このレースでは手動操作のが、安心だ。100万分の1秒の誤差でもレースに影響を与えかねない。
レースにおいてはコンピューターではなく、人間の感覚のが最優先なのだ。
それに何より八幡㈱のエンジンは素晴らしいとパイソンは思った。
これだけのエンジンは世界的に見ても、なかなか作れるものではない。
日本の技術力の高さは、世界トップクラスだ。いずれこの大会を席巻するような存在になるだろう。
様々な事をパイソンは考えていたが、そろそろブースターエンジン起動の時間だ。
ロケットボートの位置と月の位置の相互関係を、天空座標で照らし合わせる。
そしてパイソンが培ってきた経験も大きな武器だった。
「ブースターエンジン起動まで、あと20秒」
パイソンはカウントを始める。
「あと10秒、、、9、、、8、、、7、、、」
だがここへきてパイソンは、操縦桿を握りながら、ロケットボートの速度が計器の表示よりも若干速いのを、直感的に感じた。
「まて、速度が微妙に速いぞ」
パイソンは咄嗟の判断で、1.25秒早くブースターエンジンを起動させた。
また強烈なGが体にかかるが、パイソンは何も動じない。
だがパイソンのこの判断が功を奏し、ロケットボートは完璧なタイミングでのスイングバイと加速を実現させた。
「加速スイングバイ成功。ブースターエンジン起動完了」
パイソンは司令官に無線を入れる。
「良くやった。これで八幡㈱のロケットボートより速度は速くなった。火星へ着く前に追い抜くぞ」
司令官は興奮していたが、パイソンは至って冷静だった。
まだまだレースは長い。
しかもこの先、何かハプニングが起こるのではないかという一抹の不安をパイソンは感じていた。
「くそ、今回のレースはやけに不気味だ」
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