episode11『覚悟』
気が付けば、シンは空中に居た。
まさに体が勝手に動いた、といった感覚だった。階層にして15階、高さにして40から50メートルといったところだろうか。下にクッションになるような何かがあるならまだしも、生憎と真下から迫るのは魔鉄によってガチガチに舗装された剛体に等しい床だ。魔鉄の加護によって守られた製鉄師や魔女なら兎も角、ただのOI能力者に過ぎないシンでは、本来ならまず即死は免れない。ぺしゃんこになるのは目に見えている。
だが、不思議と頭は冴えていた。或いは、逆に混乱の極みに在ったのかもしれない。
“この程度の高さで、鬼が死ぬものか”
シンの中に潜む
聖憐の校舎を、道を、周囲に存在するあらゆる物質に含まれる魔鉄が歪む。それらはシンの世界に呼応するようにその身を世界に融かして、自由落下を続ける彼の肉体に纏わりつくように集合し始めた。
魔鉄は、イメージの力によってその姿を変える。イメージがより強力であればあるほど、その効果も如実に表れるのだ。であるが故に、今や臨界状態に入りつつあるシンの暴走したOWは、簡単にそれらを歪ませてしまう。
辺りから無差別に引き剥がし、全身に纏ったそれらは、自然と鎧のように――或いは、外殻のように姿を変えていく。
殻を、棘を、爪を、牙を。そして角を。
それは、銀色の姿をした鬼だ。あまりにも膨大な歪む世界によって磁石のように引きずり込まれた魔鉄たちが形作った、魔なる鋼の怪物だった。
鬼はその両の脚を大地に叩き付けると、波打つように周囲が揺らぐ。その構成を曖昧に、強烈なオーバード・イメージによってその在り方を揺らがされた魔鉄らは、まるで水面に大岩を投げ込んだかのような大波を引き起こした。
何か、耳に奇妙な音が響く。
両足の芯のあたりが、歪に歪むような感触があった。脚に力が籠らない、今にも体が倒れようとする。痛みを感じられぬシンには感知出来ないことだったが、彼の両足は落下の衝撃に耐えきれず、内側では骨が砕け、肉は断裂していた。
「――僕が、守らないと」
だが、踏み出す。
シンの脚はもはや動かない。だが、鬼がこの程度で足を止める筈がない。
鬼の脚を象った魔鉄が、壊れたシンの脚を無理やりに稼働させる。動かない両足を勝手に突き動かして、更に足が壊れ行くことも感知せずに走り出す。
もはや魔鉄によって駆ける速度は、人間のそれを超えていた。魔鉄に収まる肉体がその動きに付いていけなくとも、シンはそれを感知する術がない。たった一度の跳躍で信号機の上に飛び乗って、さらなる跳躍の足場とするその力は、どう足掻こうとも、化け物の力に変わりない。
代償は既に、すぐ後ろにまで迫っていた。
――――――――――――――
「え、シン兄まだ帰ってきてないの?」
暗闇に月が輝き始めた頃、きょとんとした様子でそう確認を取るマナに、ヒナミはこくりと頷きを返した。
「うん。夕方くらいに玄関で会った時に、“帰るのは夜頃になるって聞いてる”って」
「シン兄の事だし大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配だね。年越しジャンプするまでに帰ってくるかな」
ほとんど皆は広間のゲームで遊んでいるため、今はすっからかんの共同の寝室のベッドに座るマナは、ヒナミにとって数少ない何の遠慮もなく話せる相手だった。
皆の家族になるとは決めた、だが決めたからと言っていきなり仲良くなれるのならば苦労はしないというものだ。流石にまだ少し遠慮してしまうのは無理もない。
少しずつ歩み寄ればいい、とシンは言っていた。彼が言うなら、きっとそうなのだろう。
「毎年そんなことしてるの?」
「うん。皆で一緒にぴょん!って。ここで皆がやっちゃうと床が抜けるかもだから、中庭でやるの。その時間まで起きてるのなんか珍しいから、去年は皆その後すぐ寝ちゃったけどね。シン兄も、『基本毎年こんなだよ』って」
あはは、と笑うマナに釣られて、くすくすと笑う。彼女と話す頻度も最近かなり増えてきて、もはや日課のようになりつつある。マナもそう活発な子ではないが、こうして関わっていると結構な話したがり屋だったというのも最近の発見の一つだ。単に言葉を考えるのが得意ではないらしい。
「去年はねぇ、シン兄がお菓子も作ってくれたの。美味しいんだよ、シン兄のクッキー」
「え。シン、クッキーなんて焼けるの?」
「シン兄甘いもの大好きだから、自分で作る勉強もしてたんじゃないかなぁ。よくお小遣いでアイスとかも買ってくるの。たまに分けてくれるんだ」
そういえば、仲直りの時にもアイスを買ってきていたのを思い出した。冬場のアイスも美味しいのは分かるが、そんなに高頻度で買っているのか、と内心で軽く驚く。その内体でも壊してしまわなければいいのだが。
枕元に転がっていた腕にすっぽりと収まるくらいのテディベアを抱え込んだマナは、「私はチーズのやつが一番好きだなぁ」と笑ってベッドから立ち上がり、出窓の小さなスペースに腰掛ける。
時計をみれば、もう21時を回ろうとしていた。そろそろ彼が帰ってきてもおかしくはない時間だとは思うが、流石にシスターが迎えに行くのだろうし心配は要らないとは思う。
「……綺麗、その髪」
「え?」
ぽつりとマナが呟いた言葉に不意を突かれて、ヒナミは少し裏返った声で間抜けな返答を返す。余りにも脈絡が無かったので一瞬何を言われているのか分からなかったが、続けるマナの言葉に彼女の言いたいことの全容を掴み始めた。
「ほんとに真っ白なんだね。魔女の人は何回かテレビで見たことあるけど、こんなに白いの、お姫様以外で初めて見た」
「お姫様?」
「天孫家の東子さま。あの人もミナと同じで魔女体質なんだって」
そう言われればすぐに心当たりも浮かんでくる。テレビをある程度見ていれば何度か目にする機会もあるような有名人――この日本皇国の行く末を決める六侯爵会議の、実質的トップを担うやんごとなき身分の令嬢であり、それと同時にヒナミと同じく、魔女の中でもごくごく珍しい“完全な純銀色の髪”を持った存在。
魔女の髪色、そして眼は、魔女として“完成”に近ければ近いほど銀色に近くなっていく。魔女だからと言って皆完全に銀色の髪を持っているという訳ではなく、その殆どは少し銀色が混じっていたり、或いは髪を見る角度によって銀色に見える、と言った場合が多い。
魔女として完成に近ければ近いほど、製鉄師と契約を結んだ際の爆発力も高まるというのは周知の事実だ。それに付随して製鉄師側のイメージを受け止める基盤もより強固となり、故にこそヒナミは身柄を追われているのだ。
「……お姫様に手を出そうなんて馬鹿な事、する訳もないしね」
体質の事を抜きにすれば、ヒナミはただの一般人でしかない。
ヒナミと彼の皇女殿下、云わばただの町娘と国の重要なお姫様だ。歳は同じだそうだが、もし仮にヒナミと皇女殿下が同程度の魔女としての才を持っていたとして、犯罪者だって喧嘩を売る相手くらい選ぶということだろう。
「……ミナはその体質、あんまり好きじゃないの?」
「――え?」
さっきとまるで同じ、呆けた返事。けれどその意味はさっきとは違う。
聞き取った上で、驚いた。一度もそんなことを彼女に言った事はないのに、急に核心を突かれたようで、思わず目を見開いて固まってしまう。
「髪の色の話すると、いつも変な顔するから。だったらごめんね。でも、私はミナが羨ましいの」
「……羨ましい?」
ヒナミが聞き返せば、マナはこくりと頷いて見せる。「ちょっと意地悪なこと言っちゃうかもしれないけど、ごめんね」と前置きしたうえで、出窓に腰掛けたままジッと、ヒナミの眼を見つめた。
「シン兄のあの怪我、見たよね」
「……うん、シンの『
「そう。シン兄の歪む世界の力が強すぎて、シン兄自身をどんどんボロボロにしていくの。気づいたら、いつの間にかいくつも酷い怪我が出来てる。前のは刺し傷みたいのだったけど、もっと前だと骨折だったり、大火傷したり、見るだけで痛そうなのばっかり。でもシン兄は全然痛くないって言うの」
ナイフで背を抉られたような大怪我を背負ったまま、何でもないように振る舞うシンの姿は記憶に新しい。あれはやせ我慢とかそういう次元ではない、汗一つ掻くことなく、何ならヒナミが指摘するまでシンは怪我に気付いてさえいなかった。
痛覚の断絶、即ち触覚の不全。人間としての致命的な欠陥だ。
「シン兄のあれを何とかしようと思ったら、シン兄が製鉄師になるしかない。OWを封じ込めて、実害がないように仕舞い込むしかないの。でも……ただの魔女じゃ、シン兄と契約が出来ないから」
「……やっぱり、失敗したことがあるの?」
ヒナミが一度シンに契約を持ち掛けた際、シンは契約を断固として拒否した。あれほどのOWを持っているなら、何もなければあそこまで契約を強く拒むことなど無いだろう。だが。
「……あれ?でも、失敗したって別に何か不便があるなんて、聞いた事も無いけど」
製鉄師と魔女との契約は、勿論失敗する事がある。というか、全体の割合をみれば失敗する事の方が多いとも言えるだろう。その場合の原因としては、製鉄師側のイメージ力の不足だったり、そもそも製鉄師と魔女のイメージの相性が悪かったり、魔女側が製鉄師のイメージを受け止めきれなかったりと、その要因は様々だ。
製鉄師のイメージが足りないのであれば、イメージ力を鍛える訓練をすれば解決する場合がある。製鉄師と魔女の相性が悪いのであれば、他に相性のいい相方を探したり、親密になる事で互いを受け止めやすくするという解決手段も存在する。
だが、シンのように製鉄師のイメージが莫大で魔女がそれを受け止めきれないという場合は話が別だ。受け止めきれないほどの莫大なイメージがあるということは、その時点でそのイメージを受け止められる魔女は限られる。
且つ、その中から相性のいい魔女を探し、且つ『一度魔女側の不足で失敗している』というプレッシャーを跳ね除け、イメージを受け止める事に集中しなければならない、という場合もある。
だがその高いハードルに対して救いと言えるのか、契約を失敗しようとも何かペナルティが発生する、という話は過去から現在に至るまで一度も確認されていない。
「……うん。一回だけね、シン兄が契約しようとしたことがあったの。シスターが魔女の子を連れてきて、儀式もしてた。私、気になってこっそり覗いてたんだけど……」
少し言い淀むように俯いたマナは、「あんまり、話すのも良くないとは思うんだけどね」と前置きした上で、ゆっくりと語り始める。かつてシンと契約を試みた魔女の少女の、その顛末を。
「なんでそうなったのかは分からないし、大人の人たちも分かってないみたいだったけど、その魔女の子は大怪我したの。全身血だらけになってて、ずっと泣きながら叫んでた。その後すぐに病院に運ばれたみたいだけど、どうなったのかは、私も知らない」
「……え」
契約の失敗談なら、全国各地、日本に限らず海外に目を向けてもそれこそ腐るほどありふれた話ではある。だがその全てに、そんな大事に発展した例は存在しない。仮に存在したとしても、少なくともヒナミは聞いた事がない。
契約に失敗すれば魔女側が大怪我を負う――なんてことがあってしまったら、一体今の時代を生きる製鉄師の内何割が残っていただろう。
契約そのものには、人体を害するようなリスクはない。無い筈だったのだ。
だがその話が本当なら、それはこの魔鉄歴までに築き上げられてきた常識の一片が砕け散るも同じこと。
「私、シン兄を助けてあげたい。たとえ大怪我しちゃうかもしれなくても、なんとかシン兄を歪む世界から解放してあげたい。でも、私はミナみたいにすごい魔女どころか、そもそも魔女ですらないから、シン兄を助けるための権利がそもそもない」
魔女の体質は生まれつきだ。魔女として生まれてきたからには辞めるなんてことは出来ないし、魔女として生まれてこなかった者が後天的に魔女になる事も出来ない。
どこかで読んだ本によれば昔にそういった研究が行われていたこともあったらしいが、結局世に出ていないという事はその研究が実を結ぶことはなかったのだろう。
「……つまり、マナは」
「……うん。ごめんね、こう言うと無理強いしてるみたいになっちゃう。でもそう、ミナにシン兄を助けてほしいっていう気持ちも、やっぱりどうしても消えない」
思えば、マナはこうして遠慮なく言葉を交わせるようになるまでも、ずっとシンにくっついているような子だった。
この施設に居る子たちは皆、何らかの理由で身寄りをなくした子供たち。ヒナミも、シンも、マナも、他の子どもたちも誰もが同じ。何も知らぬ内からここに来た子は別として、マナくらいの年頃なら本当の家族がいないという孤独は感じている筈だ。それは当然、ヒナミだって同じこと。
そんな環境で出会った、血が繋がっていなくとも、信頼できる家族。彼女の気持ちは、ヒナミとて痛いほど理解できた。
「ミナ、私――。」
不意に。
ずんっ、と。
施設全体を揺らすほどの強烈な衝撃が、走った。
「……っ!?」
「な、なに!?」
地震かと思ったが、違う。揺れは継続的なものではなく断続的、外部から加えられた衝撃で、教会自体が揺れているのだ。
それが何を意味するのか、分からなければまだ幸福だっただろうか。その是非は兎も角、ヒナミはすぐに気付いた。賢く在った故に、気付いてしまった。
外部から加えられた衝撃。人力?まさか、人の力で半分は魔鉄製のこの教会を揺るがせるものか。
重機?それこそあり得ない、旧建材の建物なら兎も角、魔鉄を建材に用いた建物を重機で取り壊すことは不可能だ。そもそも、このタイミングで重機で教会を取り壊す事が既に意味不明。
ならば、残された可能性は一つ。
「
「良く分かってるじゃないか」
「――っ!」
マナの腰掛けた出窓はいつの間にか開け放たれていて、困惑する彼女の背後には大きな影。彼女がそれに気付くよりも早く伸びた丸太のように太い腕が、マナの頭を鷲掴みにした。
「ひ、あっ!?」
「マナっ!!」
「少し落ち着きなよ、何もしないさ。アンタが大人しくこっちの指示に従うんなら、っていう条件は付くが」
よく見れば、相手は一人ではない。相当な大柄な男の奥に、空中にまるで足場でもあるかのように立つ小さな影。先ほどから語り掛けてきているのはどうやらそちらの方らしい。大柄な男の方は、頑なに口を閉ざしたままだった。
見覚えのない相手だ。かつて見た『あの男』とは別の製鉄師、しかしやはりその顔立ちは日本人のソレとは違う。間違いなく海外からの刺客――ヒナミの身柄を狙う、異邦の誘拐犯。
「……あな、たは」
「別に名乗ってやる義理もない。あたしらはただの雇われ人、あんたを依頼人のところに連れていけりゃあそれでいい」
大柄な男の背後に控える、ダークブロンドの髪の女。一目見た程度の齢は15を超えるか超えないかといった印象だが、月明かりを反射して薄く銀色に輝いて見える髪は、魔女特有のそれ。
彼女が喋ることそのものは言語の差異で分からないが、彼女の付けた魔鉄翻訳機が自動的にその意図を日本語へと変換して伝えてくる。
「だ、れ?何なの……?痛、い」
「……大人しくしていることだ、怪我をしたくはないだろう」
マナの頭蓋を鷲掴みにして小さくつぶやく男は、まず間違いなく製鉄師だ。そもそもとしてここは二階、まさか梯子を立てて登ってきた訳でもないだろう。
完全に油断していた、まさか今になってバレるだなんて思ってもみなかったのだ。あんまりにも居心地がよくって、自分の立場の認識が甘くなっていた。恐れていた最悪の出来事、およそ考えうる中で考えたくもなかった状況――そして同時に、大いにあり得てしまう最大の可能性。
宮真ヒナミという一個人が抱える危険に周囲を巻き込んでしまうという可能性が、起きてしまったのだ。
「さて、宮真ヒナミ。あんた自身がこの状況についてはよく分かってることだろ」
「みやま、ひ、なみ?誰と、勘違いして、るの?」
「……?おや、知らなかったのかい。そこの女の子の本当の名前さ」
ぎ、と歯を食いしばる。
有馬ミナと、宮真ヒナミ。この孤児院で使っていた偽物の名前と、本当の名前。紛れもなく大切な友達である少女に、嘘をつき続けてきた心の隅がチクリと痛む。
そうでなくとも、事情も話さずにこうしてのうのうと孤児院に逃げ込んで暮らしている。それ自体が、いわばこの孤児院の“きょうだい”達への裏切りのようなものなのだ。
「……目、的は、わかってる。私がついていけば、それで、いいんでしょ」
「おや、意外と素直だね。以前は随分と抵抗して逃げたと聞くが」
「逃げたらマナにひどいことするって、言うんでしょ。なら、いうことは聞く、から。マナを、離して」
途切れ途切れながらも、そう言い切るヒナミに女は「ほお」と感心したように笑う。彼女が男のほうに「離してやりな」と告げれば、男はあまりにもすんありとマナを解き放った。
あまりにもすんなりと言うことを聞くもので、逆にヒナミが警戒して二人をにらみつけた。
「足の震え、涙目、空元気、どれも誤魔化せちゃいないが、15にもならない子供がそれを言い切る度胸は大したもんだ。なに、私らも依頼さえこなせりゃ、無理に怪我人を増やすつもりもないのさ」
パッと両手を掲げて余計なことをするつもりはない、とジェスチャーをする女に対して、しかし当然警戒を緩めることが出来る訳もない。彼女ら彼らは紛れもなく敵、こちらに害意を持って近づいてきているのは変わりないのだ。
身を包む恐怖を太腿をつねって誤魔化し、形だけでも目の前の二人をにらみつける。自分の心を鼓舞するために、そうポーズをとるくらいしかできることがなかったとも言えるが。
「依頼主は一階でお待ちだ、聖堂があるんだってね。そこに向かったそうだよ」
「聖、堂」
確かその辺り、正面玄関付近は常駐の製鉄師達が守っていた筈だ。ということは、さっきの衝撃音と振動はその交戦によるものか。
まだ、彼らがその依頼主とやらを抑えていてくれればそれが最善だ。ヒナミを狙う集団は一つではない、相手によっては十分に対処してくれている可能性だってある。
もはや、命運の賽は投げられた。
「み、な……?」
男に離され、床に付していたマナが、部屋から出ようとする二人に続くヒナミの背に言の葉を投げかける。
「……ごめんねマナ。迷惑、かけちゃって」
己のせいで傷付けてしまった大切な友達に、謝罪する。彼女には怖い思いをさせてしまった事だろう、その気持ちはヒナミ自身痛いほどわかるし、きっと心の傷はずっと後に残る。
――そうだ。
「シンが、帰ってきたら――。」
彼には、なんと言うべきだろうか。きっと彼の事だから、自分のことを責めてしまうかもしれない。最初にこんな厄介ごとを持ち込んだのはヒナミだというのに、律儀にも気にしてしまうのは目に見えている。
こちらが気にしないでとか、貴方は悪くないよなんて言っても、きっと素直に受け止めないだろうな、なんて思って。
あ。
と、なんとなく、きっと彼には伝えておいたほうがいいだろうな、なんて、気づく。
「絶対に、幸せになってって、伝えておいて」
マナは賢いから、せめて、この混乱状況でヒナミの心を誤解して受け取ってくれればいいな、と。
精一杯の作り笑いで、そう告げた。
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