episode12『銀色の鬼』
思い出したくもない記憶だ。
ヒナミがまだ何も知らない無知な子供だった頃、
宮真という家は、別になにか特別な事情を抱えた家という訳ではなかった。由緒ある名家でもなければ、祖先に偉人を持つ訳でもない。何ら特別なことのない、ありふれた家系。
そんな平凡な家の、特別でもない父と、特殊でもない母から、ヒナミは生まれた。
宮真ヒナミという、至高の魔女は誕生した。
今となってはその理由に興味はない、もしかすると先祖にこのOI体質に関する何かしらの作用を受けた者が居たのかもしれないし、別にそんなこともなく、ただただ偶然の産物としてこの体質を持って生まれたのかもしれない。
ヒナミは、あまり家から出たことはなかった。
幼稚園や保育園にも行ったことはない、代わりにヒナミの教育は両親や『せいれん』から来たという先生が見てくれた。その頃はよく分かってはいなかったが、大阪に校舎を構えるOI能力者育成機関、聖憐学園の講師だったのだろう。
宮真ヒナミという少女の魔女としての適性の高さは、その外見からも容易に推測できる。一点の曇りもない白銀の髪に、同じ色の透き通った宝石のような瞳。
ヒナミの生誕当時から、その高い魔女適性が齎す危険性に行き着いていたのは国も両親も同様だった。彼女の保護は急務とされ、聖憐学園にその任が委託されたのだ。
だが、過度な保護は宮真ヒナミという人間の成長に悪影響を与える。精神性に問題が生じれば、将来契約の段階に入っても致命的な障害となりうると判断した聖憐学園は、健やかな成長のため彼女に友人関係の構築を推奨した。
当時、彼女の保護に当たっていた聖憐学園講師達の子供たちを、宮真ヒナミに引き合わせたのである。
結果として、この策は成功だったと言えるだろう。あまり仲の良くない相手、或いは親友のように仲の良かった相手、差異はあれど、健全な友人関係の構築が進んでいた。
宮真ヒナミという少女が、あまり外界に対して興味を抱かない
彼女の成長に問題はなく、次第に精神性に落ち着きが見られるようになった。齢にしては逆に早熟とも言えたが、そこに関しては両親、講師共に問題はないという判断であった。
問題が起きたのは、ヒナミの10歳の誕生日だった。
宮真ヒナミという存在のことは秘匿されていた筈だった。彼女の存在とその特殊性を知るのは、ヒナミの両親と日本国のみ。
その筈だった。
『――ハッピーバースデー、ヒナミ』
何が起こったのか、すぐには分からなかった。
毎年のように両親が用意してくれたというケーキを、父が冷蔵庫に取りに行こうと席を立って数秒後くらいの事だ。
パチ、パチとまばらな拍手が聞こえてくる。
聞いたことのない声だった、僅かにノイズの混じったその声は魔鉄翻訳機特有のもので、声の主が日本語を用いていない事を――海外から来た者だという事を表す。
焦げ臭い匂いが、鼻の奥にこびり付くようだった。
『……何者だ!』
すぐに、ヒナミの近くに控えていた製鉄師が立ち上がった。
マジックだと言って、よく手のひらから色とりどりの鉱物を生やして見せてくれた人だった。
彼は相方の魔女に目配せすると同時に、何かを呟くと同時に全身から七色の鉱物の鎧を出現させて、バツンッ!という衝撃音とともに地を蹴る。
彼の姿を見た、最後の時だった。
『ひ』
眼が灼けるような閃光だった。
辛うじて捉えられたのは、球状の光の塊だった。おおよそ二メートルといった大きさの球、それが太陽のフレアのような迸りを纏って巡り、やがて消失する。
光球の発生した場所は、そこだけ抉り取られたかのように消滅していた。床や天井は炭化して、僅かに赤い燃焼跡を残すのみ。
鉱物の鎧を纏った彼は、そこには居なかった。
『う、そ。うそ』
相方の魔女が、何が起こったのかわからないといった様子でよろよろと歩く。
一つ、瞬き。
瞼越しに、強烈な光が瞳を照らした。
魔女は、焼失していた。
『
男は、その身に炎を宿していた。
両手は轟々と燃え盛り、手の甲には炎の奥で薄紫の紋章のようなものが輝きを放っている。あまりの熱気からか、部屋の温度が真夏場の炎天下のように上がったのを感じた。
めらめらと、焼き払われた辺りから徐々に火の手が生まれてくる。一部木造の構造を含んだこの家は、完全に魔鉄から建築された家のような防火性はなかった。
『よう、俺の花嫁。誕生日おめでとう――この日を迎えるのを、ずっと待ってたぜ』
その姿を覚えている。
身綺麗に整えられた黒髪はその末端が赤みがかって、全身を包む真っ黒なコートは袖の淵が焼き切れている。整った顔立ちに浮かぶニタリとした笑みが不気味で、炎を宿した指先を胸の前で合わせる特徴的な癖があるようだった。
その男の笑みが、その男の到来が。
ヒナミにとっての、悪夢の象徴となったのだ。
「――。」
歩く。
歩く。
もう随分と歩き慣れた廊下だ、年越しに向けて大掃除を済ませたばかりの孤児院は比較的綺麗に清掃されていた筈なのだが、廊下にはいくらか大きな埃のダマが転がっている。
恐らくは窓枠か天井のLEDライトの裏にでも溜まっていた埃がさっきの衝撃で落ちたのだろう。見えないところにこれほど汚れが溜まっているとは、気付かなかったな、なんて、どうでもいいことに気を逸らして思考を紛らわせる。
足が竦みそうだった、心が挫けそうだった。
それでも、かつてのように泣き喚くようなことは不思議と無かった。勿論、今すぐにでも泣き出したい気持ちはある、逃げ出したい気持ちだってある、でも、そうはしない。何故そうしなかったのか、といえばよく自分でもよく分からない。
ただ。
――今度こそ、家族を守りたいな、と思った。
聖堂の、裏手口の前に辿り着く。
この扉を開ければ、運命が決まる。ここに居るのが護衛の製鉄師たちか、或いはこの海外の製鉄師が言う“依頼主”なのか。
「……かみさま」
ドアノブを握って、開く。
ヒナミはもう、ただ神に祈る事しかできなかった。
智代が子供たちに言って聞かせているように、神様がこの世全ての人達を見守ってくれていると言うのなら、どうか。
私の事を。
皆の事を。
――助けてください。
――。
「――ぁ」
扉が、開いた。
びゅう、と鋭い寒さを伴った風が吹く。年の暮れに例外なく日本へやってくる冷気は当然ながら今も例外ではなく、聖堂の中は冷え込んでいた。
荒くなる呼吸に伴って、白い息がヒナミの口から漏れた。
そう、聖堂はまるで外と同じくらいにまで冷え込んでいたのだ。仮にも屋内だ、魔鉄技術による大型暖房だって聖堂には設置されているのだから、ここまで冷え込むのは異常といえる。
原因は、すぐに分かった。
「……あぁ、ようやく見つけたぜ」
聖堂正面の大扉は、その周囲の壁ごとまるごと消失していたのだ。いわば聖堂は吹き曝しの状態、外の外気から内側を隔離するものが何一つない。当然冷気だって聖堂内に直接入ってくるだろう。
だが、周囲の光景はこの寒さに見合わないものだった。
炎だ。
炎の渦が、聖堂中に広がって黒煙を上げている。流石に距離が離れているここまで熱気こそは届かないが、焦げ臭い匂いが当たり一帯に充満していた。
聖堂にあった来客用の長椅子も大半が燃えて炭化している、この様子では孤児院のスペースに引火して燃え広がるのも時間の問題だ。
「あ、ぁ……ぁ」
知っている。
宮真ヒナミという少女は、この地獄の光景を知っている。
この地獄を作り出した者が、今目の前に居る男だと知っている。
「ひ、あ」
――“初めまして、だったか?名乗ろう、宮真ヒナミ。俺の……この世全てを燃やし尽くす男の、名は”――
「――スルトル・ギガンツ・ムスペル。今度こそ、俺の炎を灯す君を迎えに来た……ってな」
――――――――――――――
ガタガタと、足が震える。
呼吸がままならない、視線が揺れる、真っ白な息が濃くなった。
父を殺し、母を殺し、ヒナミを育んだ大切な居場所を奪い、彼女のすべてを奪い去った炎の魔人。ヒナミにとっての世界の何もかもすべてを燃やし尽くした、最低最悪の怪物。
スルトル・ギガンツ・ムスペル。遥か遠い国の神話の炎の巨人の名を関する、海を越えた世界からやってきた
ヒナミにとっての、恐怖というものの象徴。
「随分と探したぜ、まさかこんなところに逃げ込んでいるとはな」
「なん、で、ここが」
「なかなか見つからなかったがな、お前が漸く顔を出してくれたお陰で見つけられたよ」
彼は背後に控える薄く赤の混じったような薄銀色の髪を持つ魔女の頭をぐしぐしと乱暴に撫でながら、そんな事を言いのける。
魔女はそんなアクションに対して何の反応も返すことなく、無表情のままにされるがままだ。床に向いたその両目のうち片側は視点が定まらず、顔にも随分と大きな火傷跡が残っているように見える。
「顔、を、出した?」
「あの一緒に布団にくるまっていた少年はボーイフレンドか?随分と仲がよさそうだったじゃないか」
「――っ!!」
まさか、あの日。
シンに連れられて天井裏の高台に出たあの時に、見つかったのか。そんな都合よく、たまたまあそこに居たというだけのあのタイミングで見られてしまったなんて、そんな事が。
「俺には良く出来た“眼”を持った仲間が居てなぁ。見逃さなくてくれて助かったよ、危うくイラついて燃やしちまうところだったぜ」
ぱちん、ぱちん、と指を鳴らすのに同期して、彼の周囲の床が閃光を放つと同時に爆散する。砕けた地面が赤熱して、破片が辺りに飛び散った。その内のひとつが魔女の少女の頬に当たるも、双方反応を示す様子はない。
やはりだ。
あの魔女の少女もまた、彼に捕らえられ、全てを諦めてしまっている。
絶望という名の病魔に、侵されてしまっている。
「……そうやって、私のことも燃やすつもり、なの?皆、みたいに」
「……ちぃと質問が多いよなぁ、折角の再会だってのによぉ。もっと言うことあるだろうが、ちょっと薄情だとは思わねぇか?なぁ、オイ」
「――ひ、っ」
男の声のトーンが下がる。
恐怖に押されて黙りこくったヒナミに「はぁ」とため息を吐いたスルトルは、打って変わってニタリと笑うと「まあいい」と呟いて、大げさな動作で腕を広げた。
「まぁいい。折角の再会なんだからよぉ、余計なことはナシにしようぜ。漸く俺の悲願に近付くんだ、その記念日にごちゃごちゃと言うってのは――」
ダァンッ!
と、轟音が響く。
男の声を掻き消したそれに付随して風切り音が届き、彼の体が浮いた。
「な」
「――伏せろ、ヒナミッ!!」
智代の声が、響いた。
「何を」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!」
とっさに反応したヒナミの背後に居た製鉄師の男の声を掻き消して、ダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ、という炸裂音。同時に光の残像が宙を駆けて、一直線にスルトルの居たあたりに突っ込んでいく。辺り、と濁したのは、彼がそれまで居た場所から大きく吹き飛んで、今まさに土埃に塗れているからだ。
聖堂の、もう片方の裏手口。物置に繋がっているほうだったか、普段はカギが掛かっていて入れなかった場所だが、今は完全に開かれて、そこに智代が立っている。その両手に抱えられているもの、は――。
「お、おいおいおい……!なんつーモン置いてんだいこの孤児院は!」
智代の両腕に抱えられているものは、鈍く光沢を放つ漆黒の魔鉄器。世間一般、普通に暮らしているものは知らない事が多いが、多少“裏側”の事情に精通するものならば大抵は知っている。
――魔鉄徹甲弾採用型、D—34
とても、こんな繁華街外れの孤児院に置いてあるような代物では、断じてない。だが、事実こうして有馬智代はそれを手にして、まして当然のように撃ち放っていた。
「修道女風情が、そんな玩具で
「走れヒナミ!」
「――っ!」
とっさに、智代の声に従って走り出す。行く先など分からなかったから適当だ、彼らから距離を置けるならどこだっていいと、殆ど何も考えてはいなかった。
「いい子だ」
それと入れ替わるように、智代が彼らに肉薄する。いつの間にMAGIAを投げ捨てたのか、瞬きの内に男の足元へと滑り込んだ彼女はケープを開くと、その裏地のホルスターに挿されていたいた二丁の拳銃を引き抜く。
超小型魔鉄採用散弾銃カストル。電磁加速式大型拳銃ポルクス。
そのどちらも、とても表世界では流通されていないような代物だった。
バガンッ!という射撃音と共に、大男の体が浮き上がる。
傷はない、魔鉄の加護に護られた製鉄師に対抗できるのは製鉄師のみ。それ以外の手段では、彼らに傷を負わせることは不可能なのだ。
だが、製鉄師とて実体を失った幽霊とは違う。
彼らとてその肉体は物質だ。物質である限り、運動エネルギーの法則性から外れることはない。例え傷を与えることも、或いは命を奪うことも不可能にせよ、他の物質からのあらゆる影響を受けなくなるという事では断じてないのだ。
押せば動き、跳べば落ちる。
「お、まえ」
「っチ!」
散弾の衝撃で吹き飛ばされた男に続いて、女の方にももう片方の拳銃を撃ち放つ。バチリ、というスパーク音と共に女の姿がブレて、燃える長椅子群を突き破って遙か後方にまで吹き飛んだ。
怪我も負わなければ、貫通することもない。それはつまり、弾丸の持つ運動エネルギーがそのまま体に伝わるという事にもなる。とても、人間の膂力で耐えきれるものではないだろう。
一度双方との距離を開けた智代は、一息にバックステップでヒナミの前に陣取った。
「ま、マナは……!」
「彼女はもう他の子供たちに預けて避難させた、今頃表の野次馬共に紛れてる筈だ。しかし――」
安心させるようにヒナミの頭を撫でた智代は、両手の銃を構え直す。かしゅ、という音と共に排出されたマガジンはそのまま捨てて、ケープ裏から抜き出した弾入りのマガジンを再装填。
あまりにも手慣れた、流れるような動きだった。
「とも、よ?」
「話は後だ。あの一瞬で護衛からの連絡が途絶えたとなると、相手は本物の怪物とみていい――さっきのも、時間稼ぎにしかならんだろう」
見ろ、と智代が前方を指差せば、当たり前のように先の二人がその場から起き上がろうとしている。製鉄師には銃なんて聞かないという話は以前から知ってはいたが、いざこうして目の当たりにすると、その不死身性に空恐ろしいものを感じる。
――二人?
スルトルはどうしたのだ。まさか、さっきのでノビてしまったなんて事は流石にない筈だ。だが現に起き上がってきたのはあのコンビだけで、佇む魔女を残したままスルトルは未だ土埃の中から起き上がってくる気配がない。
ふいに、ガクン、と。視点が下がった。
「――な」
「ともよ!!」
あり得ない、と。そう思った。
ヒナミと智代が居た周囲の地面が僅かに陥没すると同時に、炎に包まれた腕が地面から伸びる。あまりにも現実離れした光景だ。
炎の腕はそのまま智代の足首を掴むと、輝きを放つ。ジュ、というわずかな音に続いて、智代が大きくバランスを崩した。
「っが――!?」
「ともよ、ともよ!」
その場に倒れこむ彼女のそばに駆け寄って、掴まれていた足首を診る。長い裾を捲ってみれば、しゅう、という僅かな音と共に真っ黒な肌が現れた。
いや、真っ黒な肌、で済むならばまだ良かった。
「あ、あし……!足……っ!」
「……が、ぐ……っ!」
革製のブーツは途中から焼き切れていた。そして、その先にある筈のものはない。プスプスと音を立てて黒い煙が僅かに上がる。
智代の右足首から先が、焼き切られていたのだ。
右足を抑えて、智代が脂汗を流しながら呻く。切断面は真っ黒に焦げ付いて、出血は起きていなかったのが不幸中の幸いか。
「あぁ、不愉快だ。製鉄師でもない女が、一丁前に俺の邪魔をしやがる」
ごぽ、と音を立てて、少し離れた辺りの床が溶解する。どろどろに溶けた床板の中から現れたスルトルの身には当然超高温の溶解した魔鉄建材が纏わりついているというのに、彼は一切気にした様子はない。
地下を溶かし進んでいたのだ。先程地面が陥没したのは、智代の真下をまるごと溶解させたからだろう。
そもそも、戦いの常識が違うのだ。伊達に戦争の形を変えた戦略兵器と呼ばれてはいない、彼らは生きたミサイルだとか戦車だとか、それ以上の次元なのだ。
「別に今殺してやってもよかったがな。流石に目の前で殺しまでやっちまうとよ、俺の花嫁の契約にも関わってくる訳よ。あ?分かるか?俺はよ、この契約にこの先の命運全部が掛かってんだ。なぁ、おい。分かるか?」
「やめて……!やめて!分かった、言うこと聞くから!契約でも何でもするから、ともよに酷いことしないで……!」
「あぁ?酷いこと先にしたのはそっちだろうが、なぁ、おい。俺たちの感動の再会に水を差しやがった、運命の日だ、こいつを汚しやがったんだぜ。なぁ、オイ」
自分が初めにヒナミを拉致しようとしているというその事実を棚に上げて、男は悪びれもせずそんな事をのたまう。だがそれに関して指摘をすれば、今度こそ智代の命が危ないことをヒナミも悟っていた。
――だが。
「……ッは、笑えるな」
「――あァ?」
智代が、嘲るように口にした。
「破綻者が随分と図に乗って吠えるな。こんな子供に縋って、随分と必死らしい」
「なんだ?あぁ?お前、自殺願望でもあんのか?なぁ、おい」
「まって、ともよ、だめ、やめて」
何故、わざわざ自ら死にに行くようなことを。
彼を煽れば煽るだけ、智代に危険は及びやすくなる。スルトルに殺人に対する躊躇はない、既に片足を失っているのだ、これ以上は本当に死んでしまう。
スルトルが、智代を庇うヒナミの前にまで歩み寄る。彼はヒナミを無視して智代の胸倉を掴み上げると、その手とは反対の手に業火を宿す。それは少しづつ火力を高めていって、やがて眩いばかりの閃光を放つ光の刃に昇華する。
熱線だ。触れるもの何もかもを焼き切る、超高温の熱線が生まれる。
「やだ、ころさないで、おねがい」
「か、ぁ」
じゅ、と、あまりの高熱で、智代の頬が僅かに灼けた。
智代が殺される。殺されてしまう。智代が居なくなったら、本当に家族たちに合わせる顔がない。彼女を失った皆が、どれほど悲しむか想像もつかない。
それに、まだ、ちゃんと仲直りだって出来てない。しっかりと話し合いも出来ずじまいだったのに、このままお別れだなんて絶対に嫌だ。
――ちょっと一言足りなかったり、ヘンな言葉になっちゃったりする事もあるけど……それでも、ヒナミのことも家族みたいに思ってるのは、本当だよ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
どうしたらいいの、どうすれば助けられるの、どうしたら止められるの。
どうしたら、どうしたら、どうしたら――。
「たすけ、て」
――私を助けてくれる?シン。
――うん、勿論。約束だ、鬼は約束を守るからね。
「助けて」
――わたし、ともよの、シンの、みんなの家族になれる?
――勿論。
「……助けてよ、シン……!」
瞬間。
「……あ?」
「!?」
天井が、崩落した。
落下する無数の瓦礫の中に、鈍色の塊が混じる。一トンもありそうなそれは急速に広がると智代とヒナミの上に覆いかぶさるように落下し、莫大な衝撃音と共に地面にクレーターを作る。
ヒナミの体は勿論、智代の体も潰れてはいなかった。
「なに、これ」
――魔鉄だ。
流動するこれらの液体のようにも見えるこれらは、間違いなく魔鉄だ。ずる、ずる、と一部に収束してやがてヒトに近い形状を取り始めるそれは、しかしヒトにしてはあまりに歪な形状だった。
そして、その中枢。
僅かに見える古傷だらけの肌を、焦げ茶色の髪を、目を、知っている。
『ぼ、クの』
鬼だ。
鈍色のうごめく鎧を纏った怪物、無数の棘と一対の角を抱えた、巨躯の化け物。歪に世界を捻じ曲げた、夜に吠える災禍の獣。
『ぼくノ、かぞ、ク、に、ちかづク、な――――ッ!!!!』
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