第23話 青の過去

「あ、雨だ」


美しく広がっていた青空が、どんよりとした厚い灰色の雲に覆われ冷たいいくつもの雫が地面に降り注ぐ。


まぁそんな事、俺には関係無いけれど。


「レンツ様、手が止まっていらっしゃいますよ」


「すみません」


造り慣れた笑みを浮かべ、親が呼んだ家庭教師に謝罪する。


俺の両親はこの国で有名な名医だ。


子供は上に兄がいるが、その兄は上流貴族としてのレッスンや礼儀作法の習得に勤しんでいる。


そのため次男である俺はこの家のために両親のような名医にならなければならない。


親のように医者になれ。兄のように優秀であれ。


周囲からは期待の目を向けられ、それに合った成果を挙げなければその周囲の目は侮蔑と失望に変わる。


周囲の目に怯え陰口を恐れ、重い期待に答えもっと、もっと目に見える成果を挙げなければ。


「疲れた」


「休みたい」


「俺を見て」


「僕の声を聞いてよ」


情けない本音を押し殺し、自分を殺して息をする。


それは甘えだと誰かが言った。


それは弱さだと誰かが囁いた。


それはお前の努力が足りないからだと誰かが責め立てた。


それはただの逃げだと誰かが怒鳴り声を上げた。


……なら後どれくらい頑張れば良いんだ。どうすれば僕を見てくれる?


考えて考えて考え続けて思いついた。


あぁそうだ、演じれば良いんだ。


自分に厳しく甘えない誰かを。


強く弱音を吐かない誰かを。


常に上位にいる誰かを。


そうすれば誰も僕を責めたりしないでしょう?


そうすればちゃんと、みんなの望んだ俺になれるでしょう?


そう思い至ってからは、僕は僕じゃない誰か《オレ》を演じた。


休日には必ず作っていたお菓子作りもやめた。


好きだった本もぬいぐるみも何もかも全てやめた。


誰にもバレないようにそれらしい理由を付けて、自然に、時間をかけて俺という人形を創り上げた。


『どうしたの?』


『菓子作りはやめたのか』


『この本読みたかったんじゃないのか?』


心配してくれる家族かに『大丈夫』だと目を逸らした。


そうしなければ、弱い僕に戻ってしまうから。


誰にも望まれない僕がいたら、この優しい家族に迷惑をかけてしまう。


大丈夫。大丈夫だから心配しないで。


隠してしまい込んで漏れ出さないように閉じ込めてしまえば、苦しいのも痛いのも全部消えるから。


「レンツ様宛にお手紙が届いております」


「そこに置いててくれ」


夜、ランプの明かりに照らされながら今日の復習や明日の予習をしていると、執事の一人が部屋に手紙を届けに来てくれた。


手紙の差出人は俺の数少ない友人の一人で、ほんとうの意味で友になりたいと願い憧れた彼からだった。


【会わせたい奴がいるからウチに来い。迎えを送る】


手紙にしては随分と短い文だった。


彼らしいと言えば彼らしいが。


「相変わらず人を誘うのが苦手だな」


でも、最近の彼は変わった。


前は何にも惹かれず、自分という個を持っていた。


欲に流されず自分だけを信じ、常に誰かの前を進んでいた。


その歩みに付いていこうにも決して立ち止まらず、誰も隣に置こうとしなかった。


そんな彼が変わった。


何処が変わったのかと聞かれても、なんとなくとしか言えないが、確かに彼な何処か前とは違う気がするのだ。


「父さん達に伝えないと」


彼からの直々の誘いは断れない。


なんせ彼の家はこの国随一の武神とさえ言われている家系だ。


家族に伝えれば


「楽しんできなさい」


そう言われた。


一応彼の所に行くときは馬車の中で出来るものか本を持っていこう。


時間は有限。ただでさえ何も出来ないのだから知識を蓄えなければならない。


移動時間も活用しなければ。


___なんて考えていた翌日には迎えが来るなんて思ってもいなかった。

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