第20話 黒の過去

「失礼します」


「帰ってきたか」


「はい、ただいま戻りました」


久しぶりに見た父にの顔は、目の下に薄っすらと隈を作っていた。


「寝れてない?」


「どうも他の貴族連中が裏でコソコソ動いてるらしくてな……どうも異能力者を探しているらしい」


「あの話は本当だったのか…」


「何か知っているのか」


ヴィオラの話を疑っていた訳ではないが、今の父の言葉で確信が持てた。


ヴィオラは言っていた。異能力者は異能力を奪われれば死んでしまうと。それをわざわざ俺に伝えた事やエディを護れるかという言葉。


それが意味する事、つまり連中がやろうとしているのは______


「異能力者、異能力に対する何らかの実験か………」


「ただの予想でしかないけど」


「いや、恐らくそれで間違いないだろう」


最近、この国の軍事力や戦力が衰えているのはこの国に住む誰もが知っている。


幾ら父が有能でも、使える人材が限られていてはその力も発揮できない。


それに危機感を覚えた連中が縋った先が、異能力だったのだろう。


「妙な奴らが城を出入りしているのにも理由がつくな。恐らく研究員や学者たちを集めてるんだろう」


本当に、碌なことを考えない老害共だ。


やはり早急に駆除するべきじゃないだろうか。


「それについては今後対策を練るとして、お前は目当ての彼に会えたのか?」


「……いえ、ですが友が出来ました」


老害共を脳内から追い出し、本来の目的だった『ロッソ兄』なる人物について考える。


裏には行ったが、俺が知っている異能力者はエディとヴィオラの二人だけだ。


そのどちらも『ロッソ兄』とは呼ばれていなかった。


赤を意味するその名はエディには合うだろうが、彼は印象的な赤の双眼を人には見せないよう隠していた。


ヴィオラも赤というよりは紫紺が印象的だった。


二人を脳裏に思い起こしたところで、違和感を覚えた。


何故、父は件の異能力者が彼、すなわち男だと確信している様に言っているんだ?


それにエディと出会う前にここで話したとき、確かにあ・の・子・と、まるで知っているかのように話していなかったか?


「気づいたか」


「父さんは、まさか……」


「お前の想像通り、俺はお前が探していた件の彼について知っているし、なんなら今日、今ここにその彼を呼んでいる」


父がその言葉を言い切る前に、俺は執務室を飛び出していた。


心臓が早鐘を打つ。嫌な汗が首筋を伝っていく。


この家の廊下は、こんなに長かっただろうか。


確信はない。ない筈なのに嫌な予感がする。俺の勘か、それとも本能的な何かなのか判断がつかないが、その全てが警告を放っている。


「(エディと会ってからは、もう消えたと思っていたのに)」


願ったもの、望んだものに幾度となく手を伸ばしても届くことのない苦しみ。


心許せるものが誰一人としていない悲しみ。


暗く、永遠と続く暗闇の中にただ一人取り残されてしまったかのような孤独感。


全部、エディと共に過ごした時間の中で消えたと思っていたのに。


「(嫌だ)」


もう置いて行かれるのは嫌だ。


独り眠れない夜も、楽しくない毎日も、ただの生き人形のように過ごす日々に戻るのも。


首に巻かれたマフラーを握りしめ走る。


走って、走って走って走り続けて、使用人たちが集まり忙しなく動き回っている部屋を見つけた。


そこは、今は寝たきりになってしまった母の為に作られた寝室だった。


使用人たちを押し退け部屋へと身体を滑り込ませる。


その際に何かを抱えた数人の使用人たちとすれ違ったが、俺は目の前の奇跡としか言いようのない光景から目が離せなかった。


「おはよう…今はこんにちはの方が正しいのかもしれないけれど」


「母さん…?」


長い間、ベットから起き上がることも話すことも出来なかった筈の母が目を覚ましていた。


悪夢に魘され、医師たちも匙を投げ原因も分からず回復も難しいと言われていた母が笑っていた。


「大きくなったのね……あの人にも貴方にも、沢山迷惑をかけてしまったわね」


「そんなこと無い。でも、どうして急に…」


医者も賢人と呼ばれる者達に見せても、手の打ちようが無かったのに。


「天使様が、悪夢から助けてくれたの」


「天使様?」


「そう。濡羽色の髪にまるで雪のように白い小さな天使様。


どうして助けてくれたの?て聞いたら『レオが喜ぶから』と笑っていたの」


起きたら目の前に天使様がいるから驚いたわ。そう話す母の言葉を俺は半ば呆然と聞いていた。


……エディだ。


エディがここに居て、母を助けてくれたのだ。


「その天使様は……」


「隣の部屋で休んでいただいているわ。後でちゃんとお礼を言わないと」


「そう、ですか…。起きたばかりなんだから、無理はしないで」


「えぇ、ありがとう」


母の身体に障らぬ様に、比較的静かに部屋を出る。


すぐそこにエディがいる。


彼が居るという部屋から出てきた使用人たちにこの部屋に誰も入れないよう指示を出し、扉を閉める。


「……エディ」


見慣れた作りの部屋のベットで、エディは眠っていた。


相変わらず長い前髪を横に流せば、幼げな、俺にとっては見慣れた寝顔が表れた。


母を目覚めさせたのは、恐らくエディも異能力だ。


俺が喜ぶからという理由だけで、あの箱庭から出てきたのか。


その為だけに、自らの身を危険に晒したと言うのか。


エディは優しすぎる。


自分以外の誰かを想い、憂い、護ろうとする。


なら、お前のことは誰が護ってくれる?


『貴方はあの人を護れますか』


俺が、エディを護らなければ。


力が足りないなら力を付ければいい。周りが何も言えないくらい強くなればいい。


今頃あの場所でエディを探しているかもしれないヴィオラと、そして何より目の前で眠るエディに誓おう。


優しすぎる彼が、汚らわしい誰かに触れられぬ様に。


悪意に苛まれることのないように。


俺が、エディを護る。


騎士が主に揺ぎ無い忠誠を誓う様に、眠る彼の手頸を取り口付ける。


彼は俺を恨むだろうか。


だが俺はもう彼を手放してやれない。どれだけ恨まれようと、俺の前から逃がしてやることも出来はしないだろう。


醜い俺の欲望を、どうか受け入れてくれ。

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