第19話 黒の過去

朝、何かが動く物音で目が覚めた。


目覚めた時特有の微睡みで再度落ちそうになる瞼を持ち上げる。


纏まらない思考の中、音の正体を確かめようと身体を起こした。


それと同時にほんのりと香る優しく包み込むような香りに、ここがエディのベットであったことを思い出した。


だが隣にこのベットの主である彼の姿はない。


「おはようレオ」


「……おはよう、エディ」


カチャリと扉を開け、まるで大輪の花が咲き綻ぶかのようフワリと微笑みながら部屋に入ってきたエディが微笑みながら、そう声を掛けてきた。


「今何時だ?」


「六時。丁度起こそうと思ってたとこ」


その言葉と共に果実水が手渡された。タルトで使い切れなかった果実を使って作っていたらしい。


氷代わりに入れられた果実が溶け出し、仄かな甘さと爽やかな味わいが乾いた喉を潤していく。


「朝ごはん出来てるけど、もう食べる?」


「子供達は?」


「まだ寝てる。ちびっ子たちは八時に起こして、上の子たちはその前には起こす予定」


「なら先に食べようかな」


「分かった。こっちに持ってくるから用意しときなよ」


部屋を出て行ったエディが果実水と共に持ってきてくれていたお湯で顔を洗い、これまた用意されていたタオルで顔の水気を拭う。


丁度着替え終えたタイミングで、エディが朝食を持って部屋に戻ってきた。


朝から絶品としか言いようのない朝食を楽しんでいる間、エディはベットを整えたり服を仕舞ったりと動いていた。


それを相手が不快に思わない様に配慮しながら動いているのだから純粋に凄いと思う。


飲み物が欲しいと思ったタイミングで注がれた時は驚いたぞ。


「今日も美味しかったぞ」


「よかった。そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」


朝食も食べ終え片付けを済ませば、ここを出る時間になってしまった。


「はいマフラー。今日も寒いからな」


「ありがとう」


エディからマフラーを受け取り、自分で首に巻いていくが中々上手くいかない。


「ほら貸して」


マフラー相手に悪戦苦闘する俺からマフラーを取り上げ、くるくると器用にマフラーが巻かれた。


「よし、カッコいいよ。


行ってらっしゃい。気を付けてな」


甘美な言葉に、脳が震えるようだった。


行きたくない。


正直に言ってエディから離れたくはないし、この温かな場所でゆっくりしていたい。


でも、それが許される立場ではないのは覆ることのない現実だ。


「……行ってきます」


外には雪が降っていた。


吐き出す息は白く、冷たい空気が肌を刺す。


この寒空の下、脳裏に浮かぶのはエディと昨日の夜にヴィオラが言った『エディを護れるのか』という言葉だった。


俺は、未だにその言葉に対する答えが出せないでいた。


エディを護りたい気持ちはある。


その優しさ故に、いつの日か壊れてしまいそうで怖いのだ。


エディには笑顔が似合う。


出来ることならば俺の隣で笑っていてほしい。傍に居たい。


だが俺が出来ることには限りがある。


確かに俺は上の無能連中や他の肥え腐った貴族連中が媚を売ってくる程度には権力がある。


だが実際にその権力を持っているのは俺ではなく父だ。


俺にはその権力を扱うことなんて出来ない。


そこだけは履き違えてはいけないのだ。


「ただいま戻りました」


俺に、俺自身にエディを護るための力があればよかったのに。


「お帰りなさいませ。執務室にて旦那様がお待ちです」


「そうか。すぐに向かう」


首に巻かれたマフラー以外を執事に預け、父のいる執務室へと向かう。


マフラーを付けたまま父とは言え当主の部屋へ行くのは失礼だとは分かっている。


だが、今だけは大目に見てほしい。


この温かさを、手放したくはないのだ。

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