第18話 黒の過去

「レオ……?」


「っ!………エディ」


子供達の世話が終わったのか、いつの間に居たのかエディが困ったような顔をしてそこに立っていた。


「どうした?」


小走りで近寄ってきたエディの白く細い手を取る。


風呂上がりだからか、いつもより温かな手だった。


そんな俺の突然の行動にエディは何も言わず、ただ静かに俺の好きにさせてくれていた。


指を絡めて、握って、離れて行って欲しくなくて、それで______


「大丈夫」


手を、優しく握り返された。


「レオが何に悩んでるのかなんて俺には分からない。


無責任な言葉だけど、レオの好きにしていいと思うよ。


そして、もしもそれが苦しいなら逃げてもいいんじゃないかな」


「………それがお前を傷つけるとしても、同じ事が言えるか?」


あぁ、なんと悪質で意地悪で、愚かな質問だろうか。


こんなことを聞かれても、ただ彼を困らせるだけじゃないか。


こんなの、ただの八つ当たりじゃないか。


……………なのに


「言える」


「っ何で!」


何でそんな、力強く言えるんだ。


苦し紛れの言い訳じゃない。考えなしの言葉でもない。


覚悟やしっかりとした意思を感じさせる、力強い言葉だった。


一瞬の迷いもなく断言するエディの言葉に顔を上げれば、目の前の彼は笑っていた。


やたら優しくて温かい、俺を甘やかす赤の双眼が俺を見つめていた。


「俺は、レオが自分で選んだことを否定する気はないよ」


甘い、あまい、余りにも甘すぎる。


無防備で汚れを知らないかのような美しい人。


いつか本で見た、遠い東の島国の春のような人。


「明日早いんでしょう?皿洗いありがとな」


握った手はそのままに手を引かれる。


俺は何も言えず、彼に手を引かれるまま足を動かした。


行きついた先は二階の角部屋。朝は穏やかな日が差し込み、夜は静かに月明かりが差す小さな部屋。


ここにいる間、エディと共に過ごした部屋につくと彼は毛布を持ち上げベットへと入るところだった。


________俺の手をにぎったまま


「いや、待て待て待て」


「ん?」


「ん?じゃないだろ」


「別に今日はこのまま寝るんだし、大丈夫だろ?」


「何処をどう判断して大丈夫だと思った??」


別に同性だし大丈夫だろうと笑うエディに別の意味で頭が痛くなった。


そういう事じゃないんだよなぁ……。


どうすればここまで純粋に育つのだろうか。


「子供は寝る時間だー」


「ちょっ……?!」


勢いよく、だがこちらを気遣いながら器用に手を引かれエディにのベットに倒れこんだ。


倒れこむと同時にエディの方に身体を引かれ、上から毛布が掛けられた。


「未来は不確定だからこそ変えられる。それをどうするのかなんて本人の自由だ」


冷えていた身体がエディの体温で温まっていく。


優しく朗らかな明るさを纏った赤の双眼に甘く溶けた声、繋がれたままの手からも彼の陽だまりのような温かな熱が俺の中に流れ込んでくるようだ。


「なぁ、エディ…。どうして……」


「眠いなら寝ていいよ。明日レオがまたここに来たら沢山話そう。


俺も、レオに聞いてほしいことがあるんだ」


瞼が重い。


眠気を払おうとエディに声を掛けたが逆に幼子のように言い包められ、繋いでいるのとは逆の手で瞼を覆われてしまった。


辺りが暗闇に包まれる。


でもその暗闇は決して不快ではなくて、ぐちゃぐちゃだった胸の内も渦巻いていた靄のようなナニカも、泡沫のように散っていくようだった。


「おやすみ、レオポルド」


それと、ごめんな……。


最後に、意識が暗闇に落ちきる前に、エディが何か呟いたような気がした。

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