第17話 黒の過去
「レオポルドさんなら、ビー兄さんを守れますか」
「君は……ヴィオラか。急に何の話だ?」
「貴方がビー兄さんを本当に護れるのか聞きたいんです」
俺の好物だらけの夕食とデザートのタルトを心ゆくまで楽しんだ後、先に入った俺と入れ替わるように、子供達をエディが風呂に入れている間の事だった。
エディに変わり皿を洗っていれば、珍しい紫紺の瞳のヴィオラがそう声をかけてきた。
彼とは余り遊んだことはないが、たまに国の歴史や戦争における戦略について議論したりする仲だ。
いつも気怠げそうで眠たげな目をしていた彼が、真剣な表情で俺がエディを護れるのかと、そう聞いてきた。
「…どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ」
「何から護るんだ」
「全てから」
淡々とした口調だが圧を感じる。
俺の中の何かを見極めるかのように、紫紺の瞳がただ静かに俺を見ている。
「貴方はこの場所に違和感を感じませんでしたか」
違和感…?違和感など、あっただろうか。
ここは子供達とエディがいて、食材も表の大人達が恵んでくれる。
穏やかで、誰もが笑顔の、まるで絵に描いたかのような、幸せを体現したような場所だとは思っていたが。
「何故あの人がスラム《ここ》から出ないのか不思議に思いませんでしたか」
「あの人なら、表でも十分生活が出来ると思いませんでしたか」
……確かにそうだ。
何度か表の店に買い物に行きたいと言うエディに、俺が案内しようと彼と共に何度か行こうとしたが表の手前、エディと初めて会ったあの場所から先に進めた試しがない。
子供達に遊びをせがまれたり、何かしらのアクシデントが起こり行けないでいた。
それに調達したかった食材や欲しかった物は、表の大人達がくれるためそれで全て事足りていた。
「俺、あんまり表に行ったこと無いんだよなぁ」
そう彼は言っていたじゃないか。
「これは俺の上の兄達や表の大人達しか知りません。あの人自身もまだ気付いていないかもしれない事です」
「何を…」
「あの人は、”異能力者”です」
”異能力者”
神から与えられたとされる人知を超えた力を持つ者を表す言葉。
「あ、因みに俺も異能力者ですよ」
徐に出され広げられた掌には小さな氷塊が一つ。
その氷塊は次第に大きくなり、遂には淡い水色の花が一輪咲いていた。
「氷の異能力者だったのか」
「異能力者についてどれ位知ってますか」
「……普通ではありえない様な現象を起こす力を持っているのは知っている」
「なら、異能力者の能力は奪われた場合その異能力者は死んでしまう事は知ってますか」
「なんっ……?!」
「その様子だと、この国の貴族連中が異能力者を使って何をしようとしているか知らなさそうですね」
「どういう事だっ!!」
知らないこと、初めて知ったことが多すぎる。
何故、彼は異能力者についてここまで詳しいのか。
何故、本人もさえ気付いていない力を知っているのか。
何故、俺さえも知らない上の連中について知っているのか。
勢いのままに彼の両肩に掴みかかれば、彼は一瞬顔を歪めたがすぐに何時もの気怠げな顔に戻ってしまった。
「連中の近くにで探りを入れている兄達からの情報です。みんなビー兄さんを護ろうと行動しています。本来なら貴方のような貴族からも隠したかったんですが、他の連中と貴方は違うみたいですし、何より俺達にも出来る限度があります」
だからもう一度聞きます。貴方はあの人を護れますか。
彼の目はどこまでも真っ直ぐだ。
真意を見極めようと、こちらの奥底まで覗き込もうとしているかのようだった。
「お、れは…」
言葉が、出てこない。
頭の中がグチャグチャになって、苦しい。
エディを護る。護りたい。
……でも、俺に出来るのだろうか。
「……そろそろビー兄さんが戻ってきます。貴方も明日は早いんでしょう?
返事はその用事が終わってからで結構です」
おやすみなさい。
そう言って彼は自身の両肩を掴んでいた俺の手を退けると、薄暗い廊下を進み、暗闇の中に消えていった。
その場に残された俺は、どうすればいいのかわからなくなっていた。
何もかもが、グチャグチャに歪められて、何が正しくて何が間違っているのかもわからない。
怒り?
恐怖?
不満?
名前の付けようがない感情が胸の内から広がり、俺を飲み込まんとする。
様々な感情が混ざりあって、段々と大きくなって_______
「レオ……?」
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