第16話 黒の過去
それが今朝の話しだ。
少なくとも用事のある何日か前には連絡をくれる筈の父が何故こんなに急に…。
慎重で礼儀を重んじる父にしては珍しい。
「はぁーあ……」
「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」
「現在進行系で逃げ続けてるからエディで補給中だ」
「何だそれ。はい味見」
「ん……、うまい」
朝から憂鬱な気分のまま、一日が過ぎた。
昼食のデザートとして出した果物の余りを使ってフルーツタルトを作っているエディの背中に凭れ掛かりながらため息を吐けば、口元にカスタードクリームが差し出された。
パクリと口に含めば、滑らかな舌触りとほんのりと優しい甘さが広がった。
ここ数日の間で、エディは家事や剣術などが得意なことが分かった。
段々と俺好みになっていく料理。
剣術でも型に嵌らない、まるで剣舞でも舞っているかのように鋭く繰り出される技の数々。
ここに来てから、エディと出会ってからは毎日が色付いていて何もかもが目新しい。
まだ休暇はある。
なのに家に帰らされる。
「今日の夕食はちょっと豪華なのにしようか。レオの好きなのでいいよ」
「ほんとかっ?!」
「おぉぉう、勢いすごいな?くびれ出来ちゃうから力弱めてー」
「すまん」
エディは俺を甘やかすのが本当に上手い。
俺という個人を見て、甘やかして受け入れてくれる人がいる事がこんなに幸せな事なんだと、彼と出会ってからは毎日のようにそう感じさせられる。
こんな何気ない会話もこの空気も、そのすべてがこんなにも愛おしい。
「ん?」
どうしたのかと、俺とは違う赤の双眼がこちらを見る。
彼のその蠱惑的な瞳はおしゃべりだ。
何かあったのか、話そう、話を聞かせてと語る。
そしてどんなお菓子やケーキよりも甘く何よりも心地良い。
「今日はいつにも増して甘えんぼだね?」
回した手に、先よりは弱いが力を込めればクスクスと困ったような、楽しんでいるような笑い声が頭上から聞こえてきた。
俺よりも一回り小さくも暖かな手が頭に置かれ、ゆっくりと撫でられた。
ほら。今だってこんなにも俺を甘やかす。
無条件に甘えることが、許されてしまう。
まるで依存性のある毒や麻薬のように甘いのだ。
ドロドロに溶かされ甘やかされて、一度知ってしまえば抜け出せない。
いつか聞いた彼の夢は、この国を出て自由に世界中を旅する事らしい。
今この教会にいる子供たちがある程度育ち自分たちで動けるようになったら、この国を出るのだと彼は語っていた。
………もし、もしも俺がエディと共にいたいと言えば、彼は俺の隣に居てくれるだろうか。
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