第14話 黒の過去

「待て、それは反則だろ!」


「そっちだって足技は反則だろ!」


「当たり前だよなぁ?!その泥玉よりはマシだろ!」


数日もたてば、互いに軽口を叩き合う。最初の頃と比べると彼との仲はぐっと深まっていた。


それに____


「なぁエディ、今日の夕食は肉にしよう」


「肉かぁ…なら子供たちも食べやすいポルペッテにしようか」


「足りないものがあれば買ってくるぞ?」


「それは大丈夫。レオは子供たちの相手してあげて」


「わかった」


俺が彼にレオポルドという名前を貰ったように、俺も彼にEdwald.《エドワルド》という名前を贈った。


身寄りのない子供たちに居場所を与え、護り慈しむ姿を見て【守護者】としての意味を持つこの名前が合うと思ったんだ。


「どうかした?」


長い前髪を弄りながら振り返る彼のその仕草はまるでと言っている様に見える。


互いにエディやレオと愛称を呼び合う仲になっても、エドワルドの一番の謎を俺は知らないままでいた。


何故、鬱陶しいと感じているのに頑なに前髪を切らないでいるのか。


何故、前髪で顔を隠しているのか。


____そんな疑問が生まれたときには、もうすでに手が伸びていた。


さっきまで互いに汗だくになって剣術の組み手をしていたにも関わらずサラリとした艶やかな黒髪を横に流せば、そこから現れたのは美しい赤の双眼だった。


その瞳はまるで凍えた身体を優しく包み込む暖かな灯火のようだが、その奥にはただ柔らかく揺らぐ灯火ではなく、強く色濃い、芯の通った焔が燃えているようだった。


「レオ?」


キョトリと、想像していたものよりも意外と幼げな顔を覗かせた彼が俺を見る。


「……気になる奴の秘密は、暴きたくなるものだろう?」


言外にと何とも傲慢な言葉だが、こうでも言わなければ、色々と鈍いところのあるコイツにはわからないだろう。


赤の双眼を逃さないよう捕らえながらそう告げれば、彼は戸惑ったように瞳を揺らしたが、それは瞬きと共に消え去りフワリと花が綻ぶ様な笑みを浮かべた。


「バレちゃった」


隠していたものが暴かれたと言うのに、彼はクスクスと笑って前髪に触れていた俺の指を避けると自身の前髪を流しその顔の全てを覗かせた。


白くまろやかな肌に淡く桃色に色付いた小さな唇。


幼げな顔立ちだが、決して弱々しく見えるという意味ではなく温かな彼の性格が表れているようだった。


何も言わず、ただじっと彼を見つめる俺に苦笑を零しつつ、殻は言葉を選ぶように静かに目を隠していた理由を話し出した。






レオの目は太陽…夕焼けみたいな綺麗な赤だろ?


太陽は人々の暮らしを支え、恵みと繁栄の象徴の一つとも言われている。


レオらしい良い色だよ。


でも、俺の目の赤はレオとも太陽の色とも違う。


俺の目はの色。悪魔の色だとか呼ばれている色なんだ。


ほら、よく小さい子供が読む本にも描かれてるだろ?厄災や周囲を不幸にする悪の目は、赤い血のような色をしているって。


……今ある幸せな日常が、この目を表に出せば消えるんじゃないかって思うと怖かった。


また怖がられて、気味悪がられて独りになるのは嫌だったんだ。


ただそれだけだよ。


「レオも、この目を気味悪いって思っただろ?」


話し終えた彼は、最後にそう言って小さく笑った。


なら最初に見せたあの笑みは、受け入れられることを諦めたことからきたものだったのだろうか。


彼にとって俺は見た目だけで判断するような愚か者と同じなのか?


……いや、違うな。


彼にとってはそれが普通で当たり前だったんだろう。


そうなってしまう程、彼は苦しめられたのか。


彼をここまで苦しめた奴らに怒りを通り越して殺意が沸き上がる。


ただ目が赤いという、たったそれだけのちっぽけな理由で……。


だが、その瞳の美しさを理解できない馬鹿共と俺を一緒にするな。


ただそれだけのことで、俺がお前の元から消えるなんて思わないでほしいな?


「綺麗の間違いだろ」


「はい?」


「その赤は厄災なんかじゃない。例えるなら柘榴石ガーネットが一番合ってるだろうな?


俺の好きな色と同じだ」


厄災だの悪魔だの、そんなもの関係ない。


俺はエドワルドが好きだから、彼の隣に居たいと思ったんだ。


何も関係なしにその温かさに救われ、彼自身に魅入られ疾っくの疾うに囚われていると言うのに。


「あっ、えぇっと……」


息をのむ音が聞こえた。


分かりやすく狼狽え、もごもごと口ごもりながら彼はまた前髪でその瞳を隠してしまった。


瞳の色一つで騒ぐ無能な奴らの言葉なんて聴かなくていい。そんな言葉なぞ聴く価値もない。


その瞳を綺麗だという俺の言葉だけを信じ、聴いていればいい。


「……あ、ありがとう」


照れながら礼を言う彼の僅かに覗いた頬や耳は、見事なまでに真っ赤だった。


「真っ赤だな?」


そう言って笑えば、更に赤くなった。


「綺麗だとか柘榴石ガーネットだとか、恥ずかしい事言ってきたやつに言われたくないわ!!」


「おいっ!本当の事だから仕方無いだろ?!」


互いに恥ずかしくなって子供の様なやり取りに睨み合うも、同時に噴き出して笑いが溢れた。


それは段々と大きくなって、暫くの間、俺達は腹を抱えて笑い合っていた。






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