第12話 黒の過去

翌日、空は清々しいほどの快晴だった。


「よし、早速行くか!」


誰に言うでもなく気合を入れる。


『ロッソ兄』なる恐らく彼がいるのは裏だと昨日の訓練兵たちは言っていた。


この国にもスラムはある。


スラムを無くそうと父が動いてはいるが中々改善はされない。


「馬車は不要だ。今日はただの散歩のようなものだからな」


いつも馬車で送迎してくれる従者に礼と、今日は不要だと言うことを伝え街へと向かえば、街はいつものように活気づいていた。


賑やかな街はそこにいる誰もが笑顔で楽しそうだった。


いつもはそれが恨めしくて、目を逸らし通り過ごしていたが、今はただ少しだけ眩しく感じるだけだった。


「ここらでいいか」


暫く大通りを進み、目についた路地裏へと足を踏み入れる。


近くに大通りがあるにも関わらず、そこは少し湿った空気と静寂が辺りを包んでいた。


冷たい空気にほんの少しの肌寒さを感じつつ、薄暗く狭い入り組んだ道を進んでいく。


「(それにしても、人が一人もいないな)」


路地には自身の足音と、時たま近くをネズミなどの生物が駆け抜けていく。


「(どうせなら本人が来てくれるのが一番楽なんだが、そう簡単にはいかないだろうな……)」


「おい」


不意に鈴のように凛とした、だが意思の強さを感じさせるような、心地よくも落ち着きを持った声が聞こえてきた。


さっきまで自身の背後に人はいなかった筈だが…。


声のした方へ振り向くと、大通りを背に立つ男がいた。


日の光に当たり、透けてしまうのではないかと錯覚してしまう程に白い肌に、艶やかな黒曜石のような黒髪。


背は高く、体格もどちらかといえば良いほうだろう。


逆光のせいで顔立ちが見えにくいと思ったが、どうやらそうではないらしい。


目の前の彼は、前髪が異様に長かったのだ。


鼻の頭に掛かるほどに伸ばされた前髪は、その顔の殆どを隠してしまっていた。


「その先は、アンタみたいなお貴族様が行くような場所じゃないぞ」


「……なぜ俺が貴族だと?ただの一般人かもしれないだろう」


「堂々と歩きすぎなんだよ。それに普通の奴は懐に拳銃なんて仕込まないだろ?あと単純に、俺はアンタみたいな奴がここらに住んでるのを見たことがないしな?」


「鋭いな」


降参だと両手を軽く持ち上げれば、彼はどこか驚いたように体を揺らした。


「……道に迷ったんなら近くまで送っていくけど、どこに行こうとしてるんだ」


「あー、特に行きたい場所はないんだ」


「おん?」


意味が分からないと小首を傾げる彼に、馬鹿正直に『ロッソ兄』なる人物を探しているなんて言ってしまえば,要らぬ警戒心を持たれてしまう可能性が高い。


それは何とか避けたい。


なら、今ここに俺がいても違和感の少ない言い訳は_______




「家出してきたんだ」


「家出っ?!」


何もかも嫌になって家を飛び出した家出少年ということにしよう。


………自分で少年って言うのもあれだが、家出という理由も結構恥ずかしいな?


「家出…、よりにもよって家出か」


「何かまずいことでもあるのか?」


「……家出なら無理に返すなんて事出来ないだろ」


この男、もしかしてとんでもないお人好しなんじゃないだろうか。


普通は貴族の子供が家出したなんて知れば放っておくか、捕まえて謝礼金か口止め料の請求、最悪何処かに売り飛ばすかするだろうに。


「親と喧嘩…ではなさそうだな。家の重圧に耐えかねたか肩書、家名が嫌になって家出したのか?」


「何故そう思う?」


「親との喧嘩じゃないってことは、今アンタが着てる服の状態や顔つきでわかる。


残る理由として考えられるのは、将来がどうの~ってのか親とか家自体が大きくて嫌になって思わず飛び出したってのが可能性としては高いと思った」


当たったか?


そう言って再度小首を傾げる彼に内心舌を巻いた。


出会ってそう時間もたってないのにここまで考えていたとは思いもしなかった。


僅かに顔を下げ小さくうなずく。


だってそうしなければ、このニヤケてしまった口元が彼にバレてしまう。


「まぁ、家出なら仕方ない。汚くても文句は言うなよ?」


「何処に行くんだ?」


心成しか優しくなった声に、バレない様に深呼吸をし顔を持ち上げ問いかければ、彼はどこか呆れた様な動作で俺を見ていた。


「その様子だと、家出してきたはいいものの寝る場所も食事をする場所も考えてなかっただろ。


アンタは他の連中とは違うみたいだから、帰るまでは俺達の家を使っとけ。


……まぁ嫌なら別にいいけどな」


「いや、ありがたく使わせて貰おう」


俺の言葉に頷いて、その場所まで案内してくれる彼の後をついて行く。


『ロッソ兄』という人物も気になるが、今はそれ以上に目の前の彼が気になって仕方がなかった。




腕時計の表面を一定のリズムで軽く叩く。


これで父には俺が暫くの間帰らない事の連絡が届いたはずだ。


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