第11話 黒の過去
今日もいつも通りの朝が来た。
目が覚めて着替えて食事をして、行きたくもない士官学校へと向かう。
そして今日も誰一人として俺という個人を見ず、俺の名前にすり寄ってくる。
教える立場である教官も己の人生の半分かそれ以下しか生きていない俺の機嫌を伺い下手に出る。
「(あぁ、つまらない)」
独りになりたくて役にも立たない事しか教えない訓練場から離れ、最近見つけた場所へと向かう。
小さな丘に立つ一本の大木。
ここに来るのは一般の訓練兵か迷い込んだ犬や猫くらいだ。
俺が足をかけ枝に全体重を乗せても、折れるどころか軋みさえもしないこの大木は、葉が強い日差しを遮り、暖かな光を通し穏やかな風が吹き込む。
その大木によじ登り幹に背を預け、束の間の平穏を楽しむのが俺のお気に入りだ。
生憎時間を潰す為の本は、昨日読み終えてしまったが、こうしてただ静かに目をつむっているだけでも十分だ。
葉が風に揺れる音や剣と剣が激しくぶつかり合う小さな金属音が遠くの方から響いている。
心地よい微睡に浸っていると、明らかにこちらへと向かってくる足音が二つ。
俺を探しに来た貴族の連中かはたまた教師か、それとも一般の訓練兵か。
出来れば後者の方がありがたいんだがな。
「____て______なんだよ」
「あ__が?___して」
僅かに聞こえてきた声に聞き覚えは無く、話し方も貴族連中や教師のものではないようだから、来たのは一般の訓練兵の方か。
「やっぱり言っといたほうがいいって」
「でも、その噂が本当かどうか分かってないんだろ?」
「それでも警戒しといた方がロッソ兄達の為になるって」
「貴族連中がロッソ兄達を探してるって」
聴こえてきた言葉に、そのまま寝入ろうとしていた意識が覚醒する。
あの無駄にプライドの高い連中が、貴族でもない一般の、少々言い方はアレだが平民を探すか?
「奴ら、あの力の事をかぎ付けたんだ」
「でもどうやって?普段あそこから表に出ないのに、情報を売るような馬鹿も確実にいない。奴らが裏に直接来るはずもないだろう?」
「力の所有者を感知する異能力者か、その為の機械を造ったらしい。まだ試作段階だから信憑性は薄いけど、反応があったんなら見付けて囲んどこうって魂胆らしい」
「はー、マジで上の奴ら爆発してくんねぇかな」
「ほんそれ」
ほんそれって何?
本当にそうだなって言う同意を略してみた。
なるほど?
遠ざかっていく会話が完全に聞こえなくなったのを確認してから、登っていた大木から飛び降りる。
彼らが話していた内容は小耳には挟んだこともあったが、詳しくは知らず気にも留めていなかった。
「ふーん?」
だが、そんな面白い事になっていたとはな。
久々に顔がニヤケたのが分かる。
連中が探す『ロッソ兄』なる人物に興味が沸いた。
先程の彼らは『ロッソ兄』は裏にいて、表には出ないと言っていた。
______ならば俺も裏に入ればいい。
いつもは重い足取りが軽い。
俺が戻った途端に群がる連中の話も、全く気にもならないしイラつきさえもしなかった。
ただ“楽しみだ”という感情だけがこの胸の内を満たしていた。
「父さん。俺明日から暫く帰るのが遅くなる」
「ん?明日から帰省休暇だろう。友人でもできたか」
「レンツならまだしも、俺の名前しか見ない連中に興味ありません。ただ連中が探していると噂の『ロッソ兄』と言う人物に興味があるだ、け……っっ」
父の纏う空気が変わった。
鋭くギラリとした目が俺を睨みつけ、ピリピリとした殺気が肌を刺す。
「……
「話が、したいだけ…です」
「その言葉に偽りはないな」
「はい」
「……ならば好きにしなさい」
そんな会話をしたのが今から数分前の出来事だ。
何故父はあんなにピリピリとした空気を纏ったのだろうか。
「(俺が件の彼と会うのを危惧している?)」
だが例えそうだったとしても、何故そうなる?
あの時の父は苦手だ。普段も何を考えているのか読めないのに、あぁなってしまえば余計に分からない。
「まぁ、考えたって分からないのに変わりはない、か」
それよりも早く寝なければ。
あれだけ嫌だった明日が、今はこんなにも待ち遠しい。
_____
___
「明日、あの子が出掛けたら気付かれぬよう尾行してくれ」
「よろしいのですか?」
「…もし契約に支障が出れば困るのはこちらだ。頼りにしているぞ」
「承知いたしました」
薄暗い部屋の中で行われた会話を、夜空に浮かぶ月だけがただ静かに聴いていた。
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