第9話

氷の彫像となった者も含め残りの三人を取り囲むように白い霧が渦を巻く。


その中で男らがガタガタと震えていた。


その震えはこの体の芯から凍ってしまいそうな寒さのせいか、それとも男らの目の前で笑う東のせいか。


「なぁ」


寒い


「お前ら、ソレを、誰に向けた?」


ガタガタと足が震える。


「ソレがなにか、お前らはちゃんと、理解してるのか?」


何故こうなった。


「拳銃は、たった一発で人を殺せる。人を殺すということを、お前らは理解してるのか?」


警察の目を掻い潜り、女子供だけの店で立て籠もる。


その後、拳銃で脅したガキを人質に逃げるだけのはずだった。


それなのに、何なんだこの状況は


「人を殺すというのは、こういうことだ」


ガキから目線を逸せば、氷の彫像となった仲間がいる。


赤い。紅い。朱い。


血のような双眼が恐ろしい。


自分達よりも背の小さいガキに見下されてるような、自身の命を握られているような感覚に背筋が粟立つ。


ただのガキだ。


ガキのはずなんだ。


なのに何故、コイツは怯えるどころかこうも笑っていられるんだ。


「そのままソレを手放さなければ、二度と使えなくなるかもな?」


雪叶の手を取り、椅子までエスコートし座らせた東は淡々とそう口にした。


その言葉に、リーダー格の男以外の二人が銃を手放した。


離した手は銃と手の皮が張り付き、それを振り払うように投げ捨てたため、皮が剥がれた場所からは血が滲んでいた。


三人の手はその殆どが霜に覆われており、肌はもちろん服にも霜が張り付いていた。


「…てめぇの護るそのガキを殺されたくなきゃ、さっさとこの異能を解け。たかが冷気で銃弾は防ぎようがないだろう?」


寒さに震える口を動かし、自分のほうが有利だと言い張る男に、東は冷気よりも冷たく鋭い視線を向けた。


「まだ、自身の置かれた状況を理解できていないようだな」


「あがっ?!」


無様にも床に薄っすらと張った氷に足を取られ男らは強く打ち付けたことによって熱と痛みを訴える体に、何とか体を起こそうと床に手を付き力を込める。


そして後悔した。


まるで路傍の石を見るかのような絶対零度の赤がこちらを見下ろしていた。


いつからあったのか、その手には氷で出来た剣がにぎられている。


剣先が、ゆっくりと首筋に当てられた。


その際に薄皮が切れたのか、温かな血が垂れるのを肌で感じた。


殺される。


目の前の子供に殺される。


その剣が振られれば、簡単にこの首は飛ぶただろう。


鮮血が流れ、この氷の地とかしたこの場所に、この体は崩れ去るのだろう。


命を惜しまれることなく、ただ死んだという事実だけが残るのだ。


自分の死が、こうも鮮明に浮かぶ事はこの先一生無いだろう。


いや、そもそも自身の生が今此処で終わるのでは無いだろうか。


冷気の渦が激しさを増すと同時に、視界が黒く染まった。


何も見えない。


何も感じない。


動けない。


声も出せない。


感覚がない。


何も、聞こえない。


「精々命があることを氷の中で祈ってろ」


悲鳴も出すことも、引き金を引くことすら出来ずに男らの意識は刈り取られた。


冷気の収まった店内では、全身を霜に覆われ氷の彫像が四つ転がっていた。


◆◆◆◆◆◆


異能を解き、気絶している男らの両手足を彼ら自身の上着やベルトで縛る。色々と男らのものがずり落ちたのはいらないがご愛嬌ってやつか。


全員を縛り終え、一息ついたところで___我に返った。


「(やってしまった)」


今世では実際に見ることのなかった銃を見たからか、それともレオさんと似た彼がいたからか。


東としてではなく、エドワルドとして行動してしまった。


「(やってしまった!!)」


決して多くはないが、それでも何人かに今の俺の行動は見られていた。


それはつまり、異能力も見られていたわけで……。


頭に血が登って、その後のことを全く考えていなかった。


その事実に顔を覆い項垂れていると、パチパチと手を叩く音が聞こえてきた。


「素晴らしい」


音の方に振り向けば、椅子に腰掛けた彼が手を叩いていた。


足を組んで、ニヒルに笑いながらそう言う彼はレオさんに似ていた。


似ていると言うより、あの頃のレオさんそのものだった。


誘うかのように手招く彼のもとに、反ば呆然としたまま近づけば、彼に右手を握られた。


「最高だったぞ。東」


『最高だエドワルド!』


握っているのとは反対の手で、頬を撫でられる。


あの人じゃない。


あの人じゃないのに。


まるであの頃のようにこちらを愛しそうに見詰めてくる瞳も。


俺に触れる暖かな手も、その全てがレオさんでしかなかった。


「どうして泣いているんだ?」


「……貴方が、あの人に…似ているから」


「どんな人だったんだ?」


「奇想天外で子供っぽくて、誰よりも真っ黒な人」


「そ、それは良い人なのか?」


「ふふっ…でも本当は寂しがり屋で身内に甘い、俺達の大切な人」


少し引きつった笑みを浮かべ、苦笑いしながらも涙を拭ってくれる彼に、思わず声に出して笑ってしまった。


「俺は、その彼に似ているか?」


「えぇ、とっても」


それ以来、目の前の彼は頬に当てていた手を自身の口元に当て、思案げに顔を曇らせたまま黙り込んでしまった。


……俺の右手を握りながら。


だんだん気恥ずかしくなってきて手を引こうとするが、力を込められ離そうにも離せなかった。


「あの、そろそろ手を…」


「俺は東が望む彼にはなれない」


離してほしいと続くはずだった言葉は、彼の言葉に遮られた。


「俺はその彼を知らないし、東のことも詳しくない」


や、詳しかったら色々と問題があるのでは?


「でも、俺はお前の側にいる」


…一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「俺は東から離れない。東が俺から離れようと、追いかけて捕まえてやる」


だから俺を選べ。と彼は、雪叶は言った。


心臓が鷲掴みされたような感覚があった。


ドクリと大きく鳴って、このまま止まってしまうのではないかと錯覚するほどに。


この手を力ずくでも振り払い、何を馬鹿な事を言ってるんだと笑えたなら、どれほど良かっただろうか。


鋭い眼光に射抜かれた。逃げることは、許されなかった。


「俺と共に来い」


『俺と生きろ』


雪叶はレオポルドだ。


その言葉を聞いて、今までの比にならないほど強く思ってしまった。


それはカチリと噛み合って、ストンと俺の内に収まった。


容姿や仕草だけじゃない。


その魂そのものが一緒なんだ。


記憶はなくとも、彼はレオポルド・ネーロなんだと。


都合のいい話だとは分かっている。


でも、一度自身の内に収まってしまえば、変えることなんて出来なかった。


「……Ti saro' fedele per tutta la vita.」


「貴方に一生忠誠を誓う、か…随分と熱烈だな?」


「茶化さないでくれます?……雪さん」


今だけ、国に良いように使われるまでの少しの間だけでいい。


この時間が永く続いて欲しい。


彼と共にいられる余韻に浸らせて欲しい。






「さて!言質は取った。なら次はを外にいるお爺様に紹介しないとな!」


「はい?」


「雪叶様、こちらは私共にお任せください。外で旦那様と奥様がお待ちですよ」


「おぉ!父様と母様もいらっしゃったのか!早くいくぞ、兄さん!」


手を引かれ、いつかのように走り出す。


だが少し考える時間をくれないだろうか。


何で店員も客の人達も、この店にいた全員が頭を下げ、テキパキと後片付けをしているのか。


なんでその全員が微笑ましそうにこちらを見ているのか。


なんで俺が兄で、雪さんの家族に紹介されなければならないのか。


「なんでさ??!」


店の外に出れば、頭を抱えた年配の男性と、年若い男女が【ドッキリ大成功!】の某テレビ番組の様なプラカードを持って待ち構えているなんて、誰が想像できただろうか。
























「ちなみに何処からがドッキリだったんです?」


「病院を出るところから」


「最初からじゃないですか!?」


タクシーの運転手も雪さんのところの執事さんで、俺がいた病院も雪さんのところの管軸だなんて、分かるわけがない。


「東が倒した奴らが犯行を起こすことは分かっていたから、後は上手く誘導してやれば簡単に連れたぞ」


「アホすぎるでしょ」


「アホほど扱いやすい者はいないな」










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