第7話
病院を抜け出し、手を引かれるまま足早に歩く。
人混みを縫うようにして進み、丁度空いていたタクシーに乗り込んだ。
その際、運転手の人から何故か飴を貰ってしまった。
「兄弟でお出掛けかい?」
「そうだぞ!初めて一緒に行くんだ」
「よかったなぁ、お兄ちゃんとはぐれない様に気を付けるんだよ」
「ちゃんと手を繋いでるぞ!」
「なら安心だ」
ミラー越しに微笑ましそうに笑う運転手と、どこか自慢げに胸を張り未だ繋いだままの手を運転手に見せる彼に、俺は恥ずかしさと困惑が一気に襲ってきたため何も反応をすることが出来なかった。
「僕と違ってお兄ちゃんは恥ずかしがり屋なのかい?」
「兄さんは恥ずかしがり屋だけど、とっても頼りになるんだ!」
彼の言葉に、俺は窓の外を見るフリをして目を逸らした。
誰に言われるまでもなく、きっと俺の顔は赤くなってしまっているだろうから。
そこから車内には運転手と彼の楽しそうな声が響いていた。
目的の場所につくと運転手の男性が扉を開いてくれ、
最初に俺が降りた。
次に降りてくる彼に手を差し出せば、彼はほんの僅かに目を見開くも嬉しそうに手を取った。
「行ってらっしゃいませ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
見送られ、彼の案内のもと小さな脇道を進んでいく。
都会の喧騒から離れたこの場所は、風で木々が揺れ暖かな木漏れ日が降り注ぐ。
「それにしても、何故兄弟だと噓を?」
「ん?嫌だったか?」
「いえ………何故そんな噓をついたのか気になっただけです」
「うーん…兄弟はあながち間違ってないからなぁ」
「えっ…?」
どういう意味なのかと問いかけた声は、彼の楽しそうな声に遮られた。
「あの店のケーキは最高だぞ!」
再度俺の手を引き走り出した彼の目は、森の家とも呼べる、童話に例えるなら『お菓子の家』と言われても納得の小さな店に注がれていた。
他は目に入らないといった様子の彼に引っ張られるまま、彼が転ばないよう注意しながら付いて行く。
来店を告げる鈴の音とともに店の中に入ると、ガラスのショーケースいっぱいに飾られた色とりどりのケーキに、可愛らしいポップな文字が踊るメモや装飾が施されていた。
店内にいる客は自分達も含め数名だけのようだ。
「おっ、このケーキは新作か?!だが定番のこれも捨てがたい……」
新作と書かれたチョコレートケーキと、人気ナンバー1と書かれたショートケーキを交互に見て小さく唸り声にも似た声を漏らす彼を店員の女性が微笑ましそうに見ている。
「このお店に来たのは初めてなので、俺はショートケーキにしましょうか。
……あぁ、でもこの新作のケーキも美味しそうですね」
「…!
なら俺はチョコで、兄さんはコッチを頼めば両方食べれるぞ!」
「その手がありましたか。俺のわがままを聞いてくれてありがとうございます」
「んふふ〜」
どこか満足気な彼に席を取ってもらい、俺はケーキと飲み物を注文する。
レオさんも皆でお茶会をすると幸せそうに食べていた。
特にフィエロと一緒にお菓子やケーキを食べすぎてエリオに怒られてたな。
「ミルクティーで良かったんですか?」
「うん!」
心底幸せすにケーキを頬張る彼の表情は、本当にレオさんと瓜二つだ。
別人なんだと分かっていても、どうしても重ねてしまう。
でも、後少しだけ。
少しだけでいいから、自由な今だけはどうか重ねてしまうのを許してほしい。
彼に習うようにケーキを口へと運ぶ。
甘すぎない生クリームとふんわりとしたスポンジの優しい甘さが口の中に広がる。
中に挟まれているイチゴの酸味も程よいアクセントとなってとても美味しい。
更に一口、二口と食べて紅茶で喉を潤す。
口の中をさっぱりとさせ、しばらくの間紅茶の余韻に浸る。
そして半分ほど残ったケーキを彼の前に静かに移動させる。
「あ、ちょっと待っててくれ。今……」
「いえ、これで大丈夫ですよ」
新しいフォークを取り出し、ケーキを崩さないように注意しながら一口すくい取る。
「え、それだけでいいのか?」
「はい。十分です」
しっとりとした濃厚なチョコにほんの少しの苦味が丁度いい。
「美味しいか?」
「はい、とても美味しいです」
「次来た時は、また違うケーキを食べよう!」
その言葉に、俺は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。
「失礼しますお客様」
「はい。何でしょうか」
もしお時間がお有りでしたら、こちらのメニューをご試食いただけますか?」
「タルトだ!」
「5種類のフルーツを使った来月からの新作メニューなのですが、お客様のご意見を参考に剳せていただきたいんです。食後のアンケートにお応えいただければお代の方は頂きません」
「そういうことでしたら、協力させていただきます」
店員の女性からタルトとアンケート用紙を受け取る。
「あ、すみません。紅茶のおかわりをいただけますか?」
「少々お待ち下さい」
新しく来た紅茶とタルトを前に目を輝かせる彼は、早速と言わんばかりにタルトを一口口に入れた。
「!!」
すごく美味しいんだと分かりやすい
漏れ出しそうになる笑みを隠すために俺もタルトを口に運べば、彼がその評定になるのも納得の味だった。
噛み締めた瞬間にフルーツの果汁が口いっぱいに広がり、控えめなカスタードの甘さが後を追うように広がっていく。
これは、チョコレートか?
タルト生地に敷き詰められたフォンダンショコラ、いやガトーショコラにも近いかも知れない、チョコレートのビターなほろ苦さがタルトの甘さを引き立てる。
店内に流れるゆったりとした時間とともに、幸福といっても過言ではない穏やかな時間が流れていく。
_____だがいつの時代も、幸福な時間は永くは続かないものだ。
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