第5話 赤の過去
「俺がお前を、エドワルドをここから出してやる」
声は、聞き届けられた。
「そもそも、俺はお前をこの国から浚うためにここに来たからな」
彼がここに現れてから、俺は疑問ばかりが頭に浮かぶ。
だって、考えたこともなかった。
本当に助けてくれる、ここから連れ出してくれる人がいるなんて、思っても見なかった。
それはただのおとぎ話。
救われるのはいつだって血なんて知らない戦場なんて知らない純粋で美しいお姫様だけ。
血に塗れたこの両手を取ってくれる物好きなんていないと、そう思っていたのに。
「エドワルド、お前のするべき事は何だ?」
「主人の命令に、忠実であること…」
「それはNo.073のものだろう?まぁ、例えNo.073のすべき事だとしても、お前をいいように使っていた奴はもうこの世にいないがな」
俺が殺したから、と何でも無いことのように言う彼に驚かされるのは、何度目だろうか。
俺はきっと間抜けな顔をしていたのだろう。
クスクスと笑いながら俺の上からどいた彼は、自身のコートのポケットから小さな鍵を取り出し掲げてみせた。
その鍵は、確かにこの足枷の鍵だった。
「お前が自身をまだNo.073だと言うのなら、お前の主人を殺したのは俺だ。そしてこの鍵もお前自身も、俺の戦利品となった」
上体を起こし、ベットに腰掛けた俺の前に片膝をついて、彼はニヤリと笑った。
「なら、俺はお前に命じよう」
カシャリ……と片足の枷が外された。
「自由になれ」
両足の枷が、外された。
軽く触れるだけでも異能力者に痛みを与え、力を封じるあの忌々しい枷が外された。
この鳥籠で俺を縛り付けていた鎖から開放され、自由を与えられた。
軽くなった足に触れる。枷の後が赤黒く残ってはいるが、それだけだ。
床に足を付け純白のベットから降りる。ペタリペタリと素足のまま冷たい床を歩けば、ベットの上で持て余されていた長い服の裾がズルリと床に落ちた。
しばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていた俺の耳に、再度彼の笑い声が聞こえてきた。
そしてそれと同時に、首に温かい何かを巻かれた。
「これ、は?」
「これはマフラーだ。俺が着けているより、お前の方がこのマフラーの赤が似合う」
「なんで…」
「あのなぁ、そんな薄くてヒラヒラした服でこの雪の中外に出たら寒いだろ。
ほら、早く行くぞ」
「えっ、ちょっと?!」
初めて触れる暖かなマフラーに驚いていると、彼に手を引かれズルズルと彼が出てきた場所へと引っ張られる。
「どこに?!」
「どこって、ここから出るに決まってるだろ」
さも平然と求め続け、出来なかった事を言ってのける彼に目を見張る。
ずっと、ずっとここから救い出してほしかった。
この手を、掴んでほしかった。
それを彼は簡単に俺に与えた。
さっきもそうだ。彼は俺に自由になれと命令した。
今までの命令とは違う。俺の為に使われた言葉。
「お前の子供達も、俺の仲間が保護しているはずだ。だからまずは医療部隊のところに行くぞ。俺の友人がそこの部隊長をしている」
「そしてこの国を潰したら、エドワルドのやりたいことを探せばいい」
足を止め、片手で抑えていたマフラーを握る。
そうでもしないと、全てが泡沫の泡のように消えてしまいそうで怖くなった。
掴まれている手が暖かくて、欲しかった言葉をくれた。俺をこの檻から出してくれる不思議な人。
「名前…名前を教えてほしい、です」
「あぁ!そう言えば俺の名前を言っていなかったな…
俺の名はレオポルド・ネーロだ」
ネーロさん?と言えば、レオポルドでいいぞ?敬語もいらない。そう言ってまた笑った。
「俺は、自由なの?」
「そう、お前は自由だ。好きなところに行って、好きなものを見て好きなことをしていいんだ」
そう話す彼の笑みに魅せられた。
あそこは美しい。あの国は食べ物が美味しい。
他にも様々なことを話してくれた。
優しげな笑みとは逆に、強く燃え盛る炎のような瞳が正反対とも言える筈なのに、彼の凛とした美しさを引き立たせていた。
「なら俺は、貴方と一緒に
その瞳が映す頂きを共に見たいと思った。
彼の進むその道を、共に歩みたいと思った。
俺を救い出してくれたこの人を、守り支えたいと思った。
彼は僅かに驚いたような表情をしたが、それはすぐに輝かんばかりの笑顔の変わった。
_後から聞いた話だが、俺に選択肢を与えた後に、どんな形にせよ迎えに行くつもりだったのだと、その時とは程遠い悪魔の笑みを浮かべた彼から聞いた。
「それがエドワルドの願いか?」
「これが俺の望みだ」
「せっかく手に入れた自由を手放すのか?」
「俺は俺の自由のためにこうしてる」
「俺に縛られ囚われるかも知れないのに?」
「例えそうだとしても、貴方は俺をただの道具になんてしないでしょう?」
どこか興奮した様に矢継ぎ早に質問を繰り返す彼に答えていくと、最後の質問の答えを聞いた彼は口を開けたまま固まってしまった。
どうしたのかと問いかけようとすると、彼は小さく何かを呟いた。
「久しぶりに見たな…」
「何を?」
「お前が笑っているのを、だ」
笑えて、いたのだろうか。
いや、それよりも彼はなんと言った?
「久しぶり?」
「あぁ、俺はエドワルド…エディを知っている。
お前は忘れてしまったかも知れないが、忘れてしまった以上の思い出を、これから作っていけばいい」
どこで知り合ったのか、いつ会ったのか、聞きたいことはあったが……それよりも今は__
「…それについては聞きたいことが山程できたけど、まずこれだけ聞かせてほしい」
「なんだ?」
「……なんで燃えてる様な、火薬の匂いがするんですかね?」
「……あ、忘れてた」
「嫌な予感しかしないんですけど?!」
「もし俺達が指定の時間帯までに出てこなかったら燃やしとけって言ったんだった」
「馬鹿じゃないの?!」
普通そんな大事なこと忘れないだろ?!
「クッ、アハハハハハハ!!」
「笑い事じゃないでしょ!」
手を引かれ、部屋から飛び出す。
走っている間も彼は、レオさんは笑い続けていた。
「なぁ、エディ!」
「今は喋ってる場合じゃ…!」
「楽しいな!」
この状況で、それを言うのか。
全く持ってこの人は__
「……フッ、ンハハハハハハ!こ、この状況で楽しいとか、……ンフフ、アンタといると飽きないな!」
人を惹き付けて離さないな。
楽しい。こんなに笑ったのは何年ぶりだろうか。
もっと楽しみたい。この人と色んなものを見たい!
もっともっと今みたいに馬鹿みたいに騒いで、汗だくになって走り回って。
そんなことを思いながら、二人でレオさんの仲間がいる場所に行けば、周囲の兵や保護されていた皆が驚いていた。
まぁ、こんな汗だくでボロボロな男二人が大笑いしながら燃える塔から出てきたら驚くというより引くよな。
「いや君ら二人揃ってアホか?!」
「エリオか」
「エリオか、じゃないよ?!二人揃ってボロボロだし特にエドちゃんは裸足で走ったから足傷ついてるし!!」
「エ、エドちゃん…?」
「あいつはエリオ。俺の軍学校時代からの友人でお前とも面識がある。というかお前足の事言えよな?!」
「あー、テンション上がってて……」
「二人揃って馬鹿っつ!!」
青みがかった黒髪に晴天を連想させる空色の瞳の人はエリオさんと言うらしい。
はしゃぎすぎて気付かなかった足の手当をしてくれた。
手当が終わると、レオさんと二人して説教されてしまった。
その後は彼らが保護してくれた皆に囲まれた。
「良かった」
「俺らが不甲斐ないばかりに、お前にばかり負担をかけてしまってすまなかった」
「今度美味しいものを作ってやろう!それを食べればすぐに元気になるぞ」
「兄ちゃん!今度また、一緒に遊ぼう」
「私達、お兄ちゃんのお名前書けるようになったんだよ」
皆笑ってる。何人かは泣いてるけど、それが幸せだから嬉しくて泣いてるんだ。
かく言う俺も、視界が涙でぼやけてよく見えない。
でも、俺は確かに幸せだった。
これは、俺が救われた日の記憶。
祖国とも言いたくない腐った国が消えた日の記憶。
レオポルドの差し伸べた手を取り、俺が彼に忠誠を誓ったその日を境目に俺は変われた。
レオさんやエリオさん、エリオと共に国を作る物語の始まりの一ページ。
___決して色褪せることのない、俺の大切な宝物
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