第2話

「なぁ、このガキも連れてくのか」


「ガキは要らん。クライアントが欲しいのはこいつ等だ」


それにもう手遅れだろ?


「東っ!!」


血に塗れ、傷だらけの体は荒らされた床に倒れ上手く動かせない。


唯一動かせる目で周囲を見渡せば、涙を流す両親とその両親を縛りどこかへと連れて行こうとする二人組が見えた。


何度も俺の名前を呼ぶ母と、何とかできないかと藻掻く父。


 だが無情にも奴らは両親を連れていく。


ギシギシと軋んだ音を鳴らしながらも何とか伸ばした手は届かない。


「クソッ…」


あの時もそうだった。


大切な家族を、俺は助けられなかった。


両親を目の前で攫われ、助ける力も持たず、惨めに床に這いつくばることしかできない無力さに追い打ちをかけるかのように記憶が鮮明に流れ出す。


『どうか貴方だけでも』


『総統閣下をお守りください』


『貴方の下で戦えて良かった』


あの日、俺を守って死んだ部下達


『レオちゃんのこと、お願いね』


『あのバカを守ってやれよ』


『あいつの最後はお前と一緒って決まってるだろ』


『…どうか貴方達に、この国に幸あらんことを』


『アンタはここで死んじゃ駄目です』


あいつらから託された想いを、願いを叶えてやれなかった。


「おい、間違ってもその二人は殺すなよ」


「分かってるさ。黙らせるだけだって」


手足を縛られ口を塞がれた両親は、それに薬でも滲み込ませてあったのか力なく倒れ、担がれ連れて行かれる。


「じゃあな、坊ちゃん」


「お前の親は俺達が大事に使ってやるから、安心して逝けよ」


醜く床を這いずり何も掴むことのない俺を嘲笑い、男等は去っていった。


 「強く、なりたい…」


もっと、もっと強くなりたい。


何者にも負けず、大切なものを守り抜く為に強くなりたい。


例えこの体が朽ちようとも、暖かなあの日々を守れるのなら、俺はどうなったっていい。


「助けるんだ」


二人に似ず、前と同じ容姿の俺を愛し育ててくれた両親を。


だからこそ


「生きるんだ」


こんなところで、死んでたまるかっ!!




その言葉と同時に、周囲に冷気が立ち込めた。


東を中心に流れ出した冷気が、小さな音を鳴らしながら凍っていく。


「傷口、を……ふさ、で……」


あぁ、血を流しすぎたな…とどこか他人事のような言葉が脳裏に浮かんだ。


少し眠ろう。眠って体力が回復したら、せめてあの頃のように動けるようにはならないと。


うつ伏せに倒れていた体を無理矢理仰向けにし、瞼を閉じる。


身体の求めるままに、東の意識は静かな眠りへと落ちていった。




__________パキッ……




東が眠った後も冷気の流れは止まらない。


止まるどころかそれ以上に大きな流れが渦を巻いた。


そして、まるでソレ自体に意思があるかのように、氷となったソレは茨を形作り、東の体を包み込んだ。








◆◆◆◆






「お休みのところお呼びしてしまい申し訳ありません。私達では手の出しようがなく…」


「いや、気にしないでくれ。丁度近くを通りかかったからな」


何処にでもある普通の一軒家


だがその周囲は霜に覆われ冷気が立ち込めている。


一歩室内へと入れば、荒らされた室内に蔓延る無数の氷で出来た茨


数人の警官が冷気の強いリビングへと入ろうとすれば、茨の棘が槍のように鋭く尖り行く手を阻む。


「氷の異能力か」


「えぇ、自分もこれ程の規模の異能力は初めてです」


異・能・力・それは遥か昔、神から与えられたとされる力。


神から与えられたと伝えられるだけあって、一人の異能力者がたった一日で国を滅ぼした記録も残されている。


かつて異能力者が迫害され戦争の道具とされる中、立ち上がったレオポルド・ネーロをトップとした軍事国家Sfidaスフィーダ


軍の幹部ら全員が強力な異能力を持ち、戦い勝利を収めてきた。


その国では異能力者も無能力者も関係なく暮らしていた。


それは現在も続いているが、その国は他国との貿易の一切を断ち独立国として存在している。


その為、異能力者の殆どはスフィーダにしかいないといわれている程だ。


稀にこの日本でも異能力を持つ者が産まれるが、その力は微々たるものの筈だった。


この眼前に広がる氷の異能力を見るまでは。


「異能力者が誰かは分かっているのか」


「はい。この家に住む白影東君がこの異能力の主かと」


「両親はどうした」


「何者かに連れさらわれたようです。犯行時刻と思われる深夜、男二人組が近くの防犯カメラに写っていました。」


「両親がいればもしや、と思ったんだがな。そちらの調査状況は?」


「現在も調査中ですが、最初に確認された防犯カメラを除き未だ足取りも掴めていません」


眉を下げ、警官としては少々情けない年若い男を横目に白髪混じりの黒髪にパリッとしたスーツを身にまとった貫禄ある年配の男は、どうしたものかと頭を悩ませた。


すめらぎ総司そうじ


日本大手企業、皇グループの前会長であり現在は警視総監も務めている。


彼は警視庁内に新設された異能力者対策課の設立者でもあるため、この場に呼ばれたのだ。


「ちょっ、駄目だよキミッ!」


そんな彼らの耳に、外で待機している警官の焦った声が聴こえてきた。


「お爺様」


「車で待っていなさいと言った筈だが?」


「申し訳ありません」


ペコリと総司へと小さな頭を下げる少年を、周囲の警官たちは皆呆然と見詰めていた。


「けっ警視総監、この少年は…?」


「私の孫だ」


「お孫さん?!」


その言葉に周囲でひそかに聞き耳を立てていた者達に動揺が走った。


何故なら黒髪に淡褐色ヘーゼルの瞳を持つ総司に対し、その少年の姿が余りにもかけ離れていたからだ。


ゆるく癖のある淡い金髪に真珠のような透き通った白い肌。紅玉ルビーのような瞳には濃淡があり、惹き込まれてしまいそうだ。


美の神が創り出した人形のようだと言い表せばいいのか、それ程までに少年は美しかった。


「この家の窓から先程の一部始終を見ていて分かったことがあります。少し私に時間を頂けませんか」


「はぁ……」


車で待たず更には現場を覗き見たことに呆れればいいのか、警備体制の甘さに呆れればいいのか。


頭が痛い。自身の顔を掌で覆いつつも孫へ目線を移せば、紅く静かに燃える炎の様な瞳を逸らすことなくこちらを見上げていた。


「お願いします」


「…私が危険だと判断したらすぐに下がりなさい」


「はい」


「よろしいのですか?!」


「構わん。皆、すまないが少し時間をくれ」


総司と話していた警官が驚きの声を出すも、総司はため息を零しながら周囲の警官らに声を掛けた。




総司の言葉に、いまだ呆然としていた警官らが少年の進みに合わせて道を譲った。


モーセの様に左右に分かれた彼らの間を進んで行く少年の姿は、子供ながらどこか王の様な、人の上に立つことが初めから決まっているかのような、誰もが彼に付き従いたいと思わせる何かがあった。


「……やはりそうか」


「何か分かったのか」


「はい。この氷の茨には私達を傷付けようとする明確な悪意はありません。ただこの先に居る者を護り、敵を近づけない様に威嚇しているだけです」


暫くの間、茨を見ていた少年が淡々とした口調で話した内容に総司は納得したように頷くが、その他の者達は困惑とした表情を浮かべていた。


「誰とも知れぬ大人が複数人も家主の許可なく入ってきたら、誰だって警戒するでしょう。


例えそれが市民の安全を護る警官であったとしても、異能には関係のないことです。」


百聞は一見に如かず。


今だ納得のいかない表情の警官らの前で、少年は茨に手を伸ばした。


先と同様に茨は鋭い棘を伸ばされた手に向けるが、少年の手は小さな傷の一つも付いていなかった。


「ですが力尽くで進もうとすれば、その者には容赦はしないでしょうね」


一連の流れを見て動こうとしていた者は足を止め、近くの同僚に叩かれていた。


「私はこの先にいる彼と話したい。勿論危害を加えるつもりもない。


ここを通してもらえないだろうか」


毅然とした態度で話し掛ける少年とその言葉に迷うかのように揺れ動いていた茨は、少年一人が通れる程度の道を作った。


「やっぱり子供一人では危ないでしょう。何かあった時に動けるよう自分も付いていきます。」


「気遣いはありがたいですが、私一人で大丈夫です」


「何かあってからでは遅いでしょう」


「ご心配なく。それに、どうやら貴方は歓迎されないようだ」


総司と話していた警官が一歩少年に近づくと、茨は今までの比でないほど鋭い棘を彼の目と鼻の先まで伸ばし、威嚇ではなく警告の意思を示した。


正義感が強いのかそれとも何か他に理由があるのかは分からないが、尚も言い寄ろうとする彼の肩に手を置きとどまらせた総司は、自身の孫を見やった。


「無茶だけはしないように」


「はい、お爺様。行ってまいります」




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