第8話 こじつけ、それを超えた事実

 動揺したように、いやでも、と口をもごつかせる江利川。

 俺はあくまで冷静に言った。


「とりあえず小宮山には当時の新聞におけるこの中学に関係する記事と薬物に関係する記事、あと関連の出来事を漁るように伝えてくれ。ともあれ、千日分に近い新聞をどうやって調べるのか……まぁそこは二人にがんばってもらうことにしよう」

「わ、分かりました。あとその心配はしなくてもよさそうですよ。PDF 化された新聞を一括で検索できるようです、まぁ見出しだけらしいですけどね。汐崎さんが変なことを検索して遊んでいると連絡が来ました」


 なんだ、あんなに嫌がっていたのに案外楽しんでいるではないか。辞書とかでいかがわしい単語を調べたくなる気持ちはわからんでも無いから、汐崎を否定はしないが。小宮山はさぞ大変だろう。ペットの責任は監督者に委ねられているのだから。


「でも、薬物ですか。何だか現実味がありません、だって中学校ですよ?」

「俺だって信じたくはない。だが今から三十年前と言えば、不良やヤンキーといった輩がまだ残っていた時期のはずだ、まぁ偏見に近いがな。関わりがゼロということはないだろ?」

「薬物乱用の若年化は結構聞きますからね。イメージ的にも素行が悪いひとが使っていそうですし」

「それに緊急集会にまでなっているからな。近年の話になるが、性教育、薬物乱用、タバコ飲酒、辺りの話は保健体育でやるし、年に一回は講師の話を聞くことになっている.だが、たとえ講師を呼ぶくらい重要な話題だとしても、緊急の集会が設けられたことはない。少なくともこの緊急集会以降はな」

「つまり、わざわざ学校史に載せるくらいの何かがあったはずだと言いたいんですね。緊急集会と銘打つくらいの。でもちょっとおかしくないですか?」

 江利川はきょとんと首を傾げる。

「だって同窓会が植樹したとか、焼き芋でボヤ騒ぎがあったとか、その程度のことでも掲載している学校史ですよ?毎年律義に校内の桜の初開花の日まで記載されていますし。」


 むむむ。それを言われては反論しにくい。他の年度を探しても、わざわざ薬物関連で緊急集会を開いた例は見つからないんだが。

 それに、と江利川は勢いづいて続けた。

「緊急集会があったのは三十二年前の二月です。対して、旧校舎の一部改装があったのは三十年前の十月です。あまりに時間が空きすぎていませんか?蛍光灯を潰しているあたり、二年近く検討していたような改装には思えません」

「もっと短期間で行われた、一時しのぎの改装だったと言いたいわけか?」

「いいえ、そこまでは言いません。三十年経った今でも残っている理由が分かりませんから。でも改装の原因はもっと近くにある気がします」

 言われてみればそうだ。言っては悪いが、この図書室の様子は改装後にしては少し粗末な気がする。


 俺達は再びリストに目を通すことにした。

「有機溶剤は……多分ないな。時期が離れている上に、室内で扱ったら図書室の奥と言えども司書が気付かないはずがない」

「……詳しいですね」

江利川はなぜか訝し気な目を向けてくる。

「家でペンキを使ったら結構匂うだろ、換気をしろと注意書きもあるしな」

「なるほど、乙守さんをお巡りさんに突き出すことにならなくて良かったです」

「冗談もそのくらいにしないと実力行使にでるぞ」

「暴力反対です。呪いますよ」

「二重で呪ったら、チャラになるというのならば頼む」

「そんなマイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになるみたいな、都合の良いことはありませんよ。あって呪いが強まるだけでしょう。呪いは乗算ですから」

「ならプラスじゃねぇか」


 大人しくほかの候補を見て考えていると、江利川が口をひらいた。

「時期的に北校舎の水道管破裂も違いそうですね……となると髪型の完全自由化で生徒の柄が悪くなったとかでしょうか?」

 髪型の完全自由化、入学時に貰って少し開いただけの生徒手帳にも書いてあった気がする。それ以前もある程度の髪型の自由は保障されていたが、男子は一般的な短髪、女子は肩につかない長さの髪、と制約があった。それを完全に自由にしたのが三十一年前だった。


 だが。

「多分それは無いだろう。なにも髪型が自由になるだけで、髪色や整髪料の自由までが認められたわけじゃない。髪型が自由になるだけで治安が悪くなると考えるのは、それこそ完全自由化に反対していた教師や保護者の思考だ。自由とは言ってもルールの中での自由だ。一般的に許される範囲という制約はついたままだったはずだ」

「いやぁ乙守さんは厳しいですねぇ。私、パキパキのツーブロックの人とか明らかに髪を巻いている人とか怖いんですよ。なんか態度大きいですし」

「それは先入観というか偏見だろう」


 こうやって、原因となりうる説を潰していくうちに、あることが残っていることに気が付かざるを得なかった。ただ、それについて考えるのはある意味薬物問題よりも暗い結果が待っていることを予想させた。図書室の暗さなんて比にならないほどのどす黒い何かが迫っている気がしていた。


「あ、返事が返ってきましたよ」

 分厚い学校史の影になるように差し出されたスマホの画面には、こう映し出されていた。


 ***


『薬物関連の記事は三十二年前に幾つか。ただ、どれも同じ一件の事件の記事でした。二月の頭に市内の高校生が麻薬所持で検挙された事件があったみたいです。』


『頂いたリストに関係しそうなことは、特になかったです。焼き芋でのボヤ騒ぎが珍事件として掲載されていたほか、髪型の完全自由化が賛否を呼んでいたくらいです』


『あと、関係しているかは分からないのですが、三十年前の九月三日に茶々城中学校に通う女子生徒が自殺したという記事がありました。当時中学一年生、原因はいじめらしいです』


『あと汐崎くんが世界オカルト百科なる本を見つけてきたんですけど、情報は必要ですか?』


 ***


 嫌な予感、まさに呪われた席の所以となりうるそれが、もうすでに俺の喉に手を掛けようとしている。

「どうやら薬物の方は線が消えたみたいですね。わざわざ緊急集会をした理由はおおかた、高校生の兄弟がわが校の生徒だったとか、生徒と交流があったとかでしょう。そうなると……」


 あえてノーマークにしていたんですけどねぇ、と江利川は先ほど書き出したリストに指をさす。そして苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「九月三日に生徒の自殺、二週間と少しで人権宣言の発布、そして約一週間後に図書室の改装、もっと言えばその後のカウンセラーの配地……学校史と私達の推測を信じるならばこれはもう……」


 俺は江利川と目を合わせ、ゆっくりと口を開いた。


「ああ、本棚の影、教師の死角となる図書室の奥でいじめが行われた。それも女子生徒を自殺に追い込み、教師や他の生徒の眼があったら出来ないレベルの酷いことが」

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