新入生研修会レポート(仮)⑤「二年生による歓迎レクリエーション」 鴫野亜実

 席を離れる者が半数を超え、夕食は解散となった。それから九時の就寝時刻までは自由時間となった。

 交代で入浴しなければならないための措置だったが、何もイベントがないわけではない。三十名ほどいる二年生が一年生の歓迎をこめてレクリエーションをすることになっていた。

 会場は四つに分かれ、一年生はそのどれに参加しても良いことになっていたが、希望者の多いところは抽選になった。部活連のミニゲーム、助っ人団のコント、ボランティア部主催の演芸、そして生徒会の活動報告の四つだったが、やはり部活連と助っ人団のものが人気で、すぐに定員に達して抽選となった。

 そして予想通り生徒会の催しが閑古鳥が鳴く事態となっていた。まあそうなるでしょう。

 あたしたちの班はバラバラになった。小泉さんと佐藤さんはミーハーなところがあったからに当たって部活連のミニゲームに参加した。そこに渋谷先輩がいたからだ。

 鴇田ときたと竹中は助っ人団のコントに行き、あたしと石原さんはくじのなかったボランティア部の演芸を見に行った。

 演芸とは何をやっているのだろうと思っていたら、落語やマジックショーだった。ボランティア部は地元の老人施設や幼稚園などをまわってちょっとした演芸を披露しているようだ。それがボランティア部の活動の一つらしい。興味がある人は是非ボランティア部に入ってほしい、としっかり宣伝と勧誘をしていた。

 部長は前薗純香まえぞのすみかさんといって、「ミス御堂藤」とか「御堂藤のプリンセス」と言われる超絶美少女で、その姿を拝むために男子が多く観に来ていた。もう一人の女子小原おはらさんも可愛い人で、二人揃ってチャイナドレス姿でマジックをする様は一見の価値があった。

 鴇田と竹中が観に来なかったのは失敗なのではないかとあたしは思った。

 進行役は樋笠ひがさという二年生男子で、前座の喋りから落語にいたるまで滑舌良く、まさに喋るために生まれてきたのではないかというくらい様になっていた。

ふだん表情をほとんど変えない石原さんが樋笠先輩の落語に大きな口を開けて笑っている。どうも彼女はお笑いが好きなようだ。意外な一面を見た気がしてあたしは可笑しかった。

 一時間ほどで中休みになったのであたしは石原さんたちと風呂に入りに行った。

 研修施設はホテルでもあったので大浴場はそれなりに広かった。しかし同じように中休みを利用して入浴に来た生徒がたくさんいて混雑し、あたしたちはゆっくりとかってはいられなかった。

 部屋によっては個風呂がついているところもあったようだが、あたしたちの部屋には付いていないので大浴場を使うしかなく、あたしたちは髪を乾かすのを部屋でするしかなかった。

 濡れた髪にタオルを巻いて部屋へと移動する途中、あたしたちはピアノとサックスの音を聞いた。どうもレクリエーション会場の一つで演奏が行われているようだった。

 気になったのでタオルを巻いたままの格好で見に行くと、生徒会が活動報告をしていた会場の隅にピアノが置かれていて、そのピアノが弾かれていた。

 観客が驚くほどたくさんいた。みな他の会場から移動してきたようだ。

 弾いていた人を見てあたしも石原さんも驚いた。星川先輩だったからだ。

 星川先輩は孤高のピアニストが降臨してきたみたいに長い髪を艶やかに振りながら演奏していた。

 そしてサックスを吹いていたのは東矢とうや副会長だった。彼女はジャージ姿だったが、それが野暮だと感じさせないくらい渋い音を出していた。そこに雪女のイメージはなく、炎のように熱い命が宿った魂の語り部があたしたちに何かを訴えかけているように聞こえた。

「さっきまで誰もいなかったのに……」どこかで誰かの声が聞こえた。

 どうもほぼ無人状態だったこの会場が星川先輩と東矢さんの演奏によって、光に群がる虫のように、呼び寄せられて満杯になったようだ。

 そしておびき寄せられたのは一年生だけではなかった。別の会場にいた渋谷先輩や前薗さんなど二年生の顔ともいえるそうそうたる面々が集まってきた。

泉月いつきのサックス、久しぶりに聴いたな」

「ほんとうに」

「星川がピアノ弾けるなんて知らなかったぞ」

「ピアノとバイオリンは美鈴みすずの担当だったから」

「星川ヤバイな。あいつ何でもできるじゃん」渋谷先輩は心底驚いているようだった。

 その目に火がともったように見えたのはあたしだけだろうか。

 演奏が終わり、拍手歓声につつまれた。

 星川先輩はふだんのナルシストの姿に戻り、東矢さんは黙って軽く会釈した。そのコントラストが印象的だった。

 会場への出入りが激しくなったのであたしたちは部屋に戻って髪を乾かした。

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