新入生研修会レポート(仮)④「新聞部の伊沢さん」 鴫野亜実

「何だか楽しそうな話をしているね」

 声の主は大きな黒フレーム眼鏡をかけ、器用に幾重もの編み込みで長い髪を束ねた二年生女子だった。

「おや、伊沢いざわさんじゃないか。新聞部活動お疲れさま」

「いいえ、私の趣味ですから」と言いながら伊沢さんは手にしていたコンパクトカメラのシャッターを押した。

 どうも伊沢さんはあちこちのテーブルをまわって写真を撮っているようだ。学校が用意した写真係は別にいたから伊沢さんは本当に趣味で写真を撮っているのかもしれない。

「食事は良いのかい?」

「私は二年生だけのテーブルでもう済ませました」

 一つの班に二年生が一人ついても何人かはあぶれるのだった。

「早食いは消化に良くないよ。君の美肌が心配だなあ」

「ご忠告、ありがとうございますね」伊沢さんは目を細めてにっこりしている。星川先輩とうまくコミュニケーションができるようだ。「ところで、何の話を?」

「生徒会の中で恋バナになるようなことは起こらないのか、という話です」竹中が答えた。

「え、なになに、とても気になるわ」伊沢さんは目を輝かせた。

 今にもメモを手にして鉛筆をなめる、ことまではしないだろうが、そういう雰囲気を感じさせた。

「参ったよ、伊沢さん。ゴシップのもとをばらまいたらボクが東矢さんに叱られるんだよ。少し気を利かせてくれたまえ」

「星川君、口にチャックをするのですね? ではまたチャックが弛んだ時に参上しますね」

 ふふふ、と笑い、伊沢さんは何枚かあたしたちの写真を撮ってから別のテーブルへと移動していった。

「ボクたち生徒会は新聞部に監視されているんだよ」

「監視、ですか?」

「生徒会が力を持ちすぎて暴走しないように、学校だけでなく、生徒の中にも新聞部や美化風紀委員、そして部活連といったのが常に目を光らせている。何か問題があれば不信任のもとになるような仕組みなんだ」

「大変ですね、生徒会も」

「どこも同じだよ。新聞部だってゴシップ好きの度が過ぎると安っぽいタブロイド紙になるからね。ボクたちの方も監視している。だから一度ボクたちのところへ見学に来たまえよ」

 星川先輩は悠然と食事をとっていた。

 竹中や鴇田ときたはともかく、先輩の相手をしていないあたしたちはほぼ食事を終えていた。同じように食事を終えている生徒がいて、テーブルを離れて他のテーブルへとお喋りに行く者も現れた。

 中には二年生のもとへ押しかけるつわものもいた。一部の二年生は新入生にとって憧れの存在だったようだ。

 特に女子の人気を集めていたのは二年B組の渋谷しぶや先輩だった。頭脳明晰スポーツ万能そして美形。何でもありのスーパーヒーローだ。漫画の主役もしくはヒロインの相手役として申し分はない。

 ただ、完璧過ぎて面白味がないという印象をあたしは持ってしまった。外見は香月かづき先輩と双璧をなすけれど、香月先輩のちょっとひねくれたところがあたしにはツボだった。

 渋谷先輩は見るからにチャラくて星川先輩に近いタイプなのだ。

 小泉さんと佐藤さんは目を輝かせて渋谷先輩とお喋りしたそうにしていたが、あたしと石原さんは冷めた目で見ていた。

「オレたちの学年にはいないタイプだな」竹中が言った。

「E組の、何て言ったっけ、学級委員がなかなかイケメンで」鴇田が言った。「チャラい感じも似ているかな」

 人をおとしめて喜んどるな、こいつら、とあたしは思った。

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