御子神先生が「鉤括弧」の話を始める② 鴫野亜実
「
あたしと
「本屋においてあるような本では文体の変化はわかるが、鉤括弧と句読点についてはわからない。読みやすいように最初から鉤括弧と句読点がちゃんと付いているからだ。しかし『浮雲』が明治に出版された時はそうではなかった。句読点などひとつもついていなかったんだ」御子神先生は一呼吸おいた。「君たちは『
「いおりてん?」
「スマホで『いおり』もしくは『いおりてん』で変換すると、山が二つある『へ』の字みたいなのが出てくる」なるほど確かに「〽」が出てきた。
「庵点は、歌が始まる時のマークだ。そこから下の部分にはメロディが付いている。読んでも実際にメロディが聞こえるわけではないがな。歌を知っているひとにしかメロディは聞こえてこないだろう」
庵点の画像検索をすると、確かにそれらしい画像が出てきた。
「その庵点が鉤括弧のルーツだとする説がある。私は疑問に思っているが、そう思えないこともない。手書きにすると、始め鉤括弧『「』と庵点は似ていると言えば似ているし、それ以上に、会話文における初期の鉤括弧には『終わり鉤括弧』いわゆる『括弧閉じ』がなかったんだ。こんな感じだな」と言って御子神先生は、手に持っていたプリントの裏に何やら書き始めた。
あのう、それって、どこかのクラスの漢字テストの答案では? というツッコミは誰も入れなかった。
「○○○○○○
「○○○○○○
「○○○○○○
終わり鉤括弧がないと、何というか、落ち着かない。変な話になるが、あたしは今身につけている制服を思い出した。
御堂藤学園の校則に則ると、セーラー服のスカートの中に短パンやスパッツを穿いてはならないことになっている。その決まりがスカートを短くするのを防ぐ効果があると誰かが言っていた。
あたしは規定より少し短くスカートを折り込んでいるが、校則に従い、中がもろに下着のため日々の動きに気を付けるようになった。そうしてお淑やかなお嬢様になれれば良いとは思っている。
「締まりがないだろ」御子神先生は続けた。「といって、終わり鉤括弧という記号がなかったわけではない。知ってのとおり鉤括弧は会話文以外に言葉を強調するときにも使われる。『浮雲』においてもそうした使われ方がされていた。実際に『新編浮雲』を見てみよう」
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