文芸部部室にて但馬はモノマネとパクリの話をする①
部室には
二人の非難の視線を浴びて、さすがに但馬は居心地が悪そうだった。
「少し早いとは思うが、物語の創作について考えてみるか」
「小説のネタですか?」鴫野は訊いた。
「まあ、そんなところだ」但馬は曖昧な態度で頷いた。「ストーリーを生み出す上で、どうしても避けて通れない、考えねばならないことがある」
「それは何でしょう?」自分で考えろ、なんて言わないわよね、と鴫野は全うな答えを期待した。
「二人は、パクリとオマージュについて考えたことはあるか?」
「真似事の話ですか?」鴇田が口を挟んだ。
こういう時、いつも鴇田が先に答えるのを鴫野は苦く思っていた。
「パクリ、オマージュ、インスパイア、他にもパロディ、モノマネ、コピー、トレースにリメイクなんてものもある」
「たくさんありますね、何となく違うのはわかりますが、正確にはわかりません」
「ボクもな」但馬はあっさりと言った。「まずは、モノマネを考えよう」
そこから入るのかい、と鴫野は心の中でつっこんだ。これは長い話になりそうだ。
「モノマネ芸というジャンルがある。それには大きく分けて、人を笑わせるものと感動させるものがある。笑いも感動の一つという意見はこの際おいておく」そうして下さい。どんどん話がそれるので。
「モノマネは、当然のことながらオリジナルに似ているほど感動させる。歌のモノマネなどはあまりにそっくりだと、下手をするとオリジナルを聴くより感動するな」
「そこまで再現できるのかって感じですね」鴇田の相槌はいちいち引っかかる。
「しかしそれはやはりオリジナルあってのものだ」
「ホンモノを知らないと似ているかどうかなんてわからないですしね」
「オリジナルをわかっていて欲しいのがモノマネだ」
「なるほど」いつの間にか鴇田は但馬の一言一言に相槌が打てるようになっていた。
どういう心境の変化かわからない。うざいと思う気持ちを鴫野はどうにか封じ込めた。
「モノマネ演者は細部にわたってオリジナルの言動をトレースする。そうしてなぞって、オリジナルに完璧に近いくらい再現できたらコピーだ。ただモノマネは単なるコピーで終わらない。そこからさらにオリジナルの特徴をデフォルメする。誇張したモノマネは単なるコピーを凌駕する。完璧なコピーよりもデフォルメの方が似ていると感じるほどだ」
「どうしてでしょう?」
「知らん」
「は?」と言ってしまい鴫野は口許を覆った。
但馬はニヤリとした。
「人間の身体的特徴はなかなか真似できるものではない。細身が肥満体になるのも難しい。逆はもっと難しい。鼻を高くしたり、鼻の穴を大きくしたりするにはメイクが必要になる。声を似せるのも完璧にはいかない。そのままただコピーするだけでは意外と似ていないものだ。そこでオリジナルの特徴をわざとらしく誇張することによって、オリジナルを思い起こさせるのだ、……と思われる」何かトーンダウンしたぞ。
「デフォルメする理由はそれだけではない。そもそも観客のうちオリジナルを知っている者がどのくらいいるのか、という問題がある。知らなければ似ているかどうかなんてわからない。知らない人をも楽しませようとすると、どうしてもテクニックが必要になる」
「それがデフォルメなんですね」
「そうだ、芸人のモノマネはもはやギャグ。オリジナルを知らなくても面白い。中にはちっとも似ていないモノマネ芸が爆笑を呼ぶことがある」
あ、それあるわ、と鴫野はテレビでよく見るモノマネ芸を思い浮かべた。
「変なカツラかぶって、セロテープで目や鼻の特徴を誇張し、奇声を張り上げるだけでも笑いをとることがある。そしてうけるとその芸が定着し、モノマネとして独り歩きするようになる。オリジナルAをモノマネ芸人Bが真似たとする。それがうけると一般人の間で流行るAのモノマネが、実はAのモノマネをしているBのモノマネになってしまうのだ。そうしてモノマネが少しずつ形を変えて伝播していく……」
創作論の話はどこへ行ったのか? そのうち戻ってくるよね。鴫野は不安を抱いていた。
「今、小説創作の話はどうなったと思ったか?」
但馬に横目で見られ、鴫野は取り繕うのに苦労した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます