鴫野亜実は保健室で槇村雪菜とお喋りをする

 鴫野亜実しぎのつぐみは保健委員の業務を熱心にするようになっていた。

 保健室にて保健だよりの作成に加わる。なぜそうしているかと言えば、もちろん槇村雪菜まきむらせつなと話ができるからだ。文芸部の部室にいるより、こうして保健室に入り浸っている方が槇村と会える機会が多かった。

 保健委員は各クラスに男女一名ずついるが、保健便りの作成に積極的に参加しているのはわずか数名だった。ほとんどの保健委員は具合の悪い生徒を保健室に連れてくる時だけ保健委員の仕事をしている。そうしたことが許されている、ゆるい委員だったのだ。

 しかしそれは鴫野しぎのにとっては好都合だった。憧れの槇村に会える。それだけでも保健委員は値うちがあった。

「文芸部に正式に入部することにした?」

 槇村が訊いてきた。保健室の丸テーブルには鴫野を含めてもわずか四人しかいなかった。

「槇村さんがもっと頻繁にいらっしゃるのなら入部します」鴫野は本心を隠さなかった。

「まあ、正直ね。良いわ、なるべく部室に顔を出すようにする。でも私も本音を打ち明けると、ノルマを課せられるのが苦しいのよ。それさえなければ居心地は良いのだけれど」

「槇村さんは部長なのですから、ノルマを少し減らすように但馬さんに言えば良いです」

「そうね、でも鴫野さんの書くものもとても読んでみたいし」槇村は鴫野の心をくすぐる微笑を浮かべた。

「そ、そうですか、わ、私で良ければ、が、がんばります」鴫野は口ごもってしまった。

「こうして保健だよりを苦もなく書けるのも、文芸部で書く練習をしたからだと私は思っているわ。だから鴫野さんも頑張って」

「はい」

「それとね」槇村は思い出したように言った。「他にもお友だちとか文芸部に誘ってみて。たくさん仲間がいるともっと楽しいわよ」

「そうですね」と言いつつ、それだと槇村を独占できなくなると鴫野は思った。

「幽霊部員はたくさんいるのだけれど」

「そうなのですか?」

「退部届けを出さずに来なくなった部員は多いのよ。この学園はいくつでも部活掛け持ちできるでしょう? だから退部届けを出さない人も多いの」

「そうですか」

「本好きって、多いのよ。図書室に行ってみたらわかるわ」

「そう言えば、鴇田ときたが図書委員でした」

「図書委員も半分くらいは本好きでしょうね。あとの半分は楽な委員だから図書委員になったのかもしれないわね」

 保健室で槇村とお喋りをする昼休み。鴫野にとっては至福の時間だった。

「昨日はどんな話があったの?」

「それって、但馬たじま先輩の御講釈ですよね」

「そうよ」槇村が笑った。

「パクリとかオマージュの話でした」

「それをしたということは、いよいよ物語の創作法に入ったのね?  早いわ、例年よりもずっと」

「私たちがプレッシャーをかけましたから」

「えらいわ、鴫野さん」

 槇村に褒められ気持ちが良い。鴫野は昨日の部活を思い出した。

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