文体練習『学食にて』 (まずは場の状況と登場人物とその動き) 但馬一輝

 一学期授業開始初日の昼休み、多くの生徒で賑わう学園内食堂(以下「学食」と略す)に一つ空席があった。壁を背にするそのエリアは一人用の小さな角テーブルが少し隙間をあけて並べられ、対面する二人掛けの席がいくつもならんだ形になっていた。そのひとつが空いていた。二人連れなら壁を背にする席とその向かい側に腰かけることができる。ひとりなら壁を背にする特等席だ。しかしそこはしばらく空席のままだった。

 両隣に目を向けると、向かって右側にボブカットの女子生徒Aがいた。女子生徒Aは連れがなく、黙々と独りランチの世界に閉じ籠っていた

 向かって左側にはワックスで髪を逆立て額を出した長身の男子生徒Bがいた。男子生徒Bは両脚を大きくひろげ、その足先は隣の席近くまで達するほどだった。彼もまた独りで不機嫌そうな様子で定食をかき込んでいた。

 その二人にはさまれる席が空席となっていたのだ。

 学食は生徒で満員と言える状態だった。必定、遅れてやって来る生徒たちは空席を探す。三人以上のグループはトレイを手にしたままそこを通り過ぎる。二人連れの生徒は、一度はそこに目をやるが、やはり通り過ぎた。

 しばらくその席は空席のままだった。しかしようやく、誰もすわらないその席が埋まる時が来た。

 大きな黒縁眼鏡、前髪が眼鏡の縁までかかったぼさぼさ頭の男子生徒Cが、トレイを手にしてのっそりと現れるなり、迷うことなくその空席に腰を下ろした。

 男子生徒Bは鋭い目を男子生徒Cに向けたが、男子生徒Cは全く周囲を気にしていなかった。ひたすら目の前に置かれた定食を口にかき込んでいた。それは焼肉定食だった。

 左からいかつい男子生徒B、顔が良く見えないぼさぼさ頭の男子生徒C、クールビューティでボブカットの女子生徒Aが横一列に並んだ様は、不安定なバランスを保ちながら、人の目を惹く一枚の絵画のようだった。

 ピースがはまった完成画、誰もがそう思った瞬間、平穏をぶちこわすかのように、長身の男子生徒Dが優雅な動きで颯爽と現れ、真ん中に腰かけていた男子生徒Cの向かい側の席に腰かけた。その手にはサラダが三つ載ったトレイがあった。

 男子生徒Dは男子生徒Cに声をかけてから腰かけたようだが、すぐに左隣の男子生徒Bと何やら話をはじめ、続いて、右隣の席にいる女子生徒Aにも声をかけた。

 男子生徒Bは男子生徒Dに対して何か喋っていたが、女子生徒Aはひとこと返事をしたのみで、食事をもくもくと続けていた。

 三人に囲まれる形になった男子生徒Cも焼肉定食を黙して堪能していた。

 それだけで役者がそろったわけではなかった。そこへ坊主頭の男子生徒Eが、定食が載ったトレイを手にして近寄り、追い払おうと手を奮う男子生徒Bの前の席についた。

 男子生徒Eは男子生徒Dよりも饒舌で、男子生徒Bや男子生徒Dにひたすら話しかけ、そのついでのように男子生徒Cにも声をかけたが、男子生徒Cはもごもごと口を動かして返事したものの、その後はランチに集中した。

 数分その状態が続いた後、女子生徒Aが黙って席をたった。

 四人の男子生徒が残された。女子生徒Aが坐っていた席が空席となったが、そこに坐ろうとする者はいなかった。

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