文体練習『学食にて』 (目撃者の証言) 中三 四塚晃人

「寸劇が楽しめそうだな、これから起こるイベントを良く観て書いてみよ」

 但馬たじま先輩が突然そう言った。中等部の僕にとってそれは天命に等しい。だから僕は但馬先輩が指差す方をじっくり見ることにした。但馬先輩の予感はよくあたる。何かが起こる。僕はそう思った。いや、そうでも思わないと文芸部ではやっていけないのだ。

 壁際の席がひとつ空いていた。そこは三月に卒業していった高等部の先輩たちがよくたむろしていた特等席だった。学食はこの時期、特に混雑する。慣れない新入生たちが昼休み開始と同時に一斉に学食に押しかけるからだ。あとひと月もすれば適当にばらけてやってきて、程よい混み具合になるだろう。

 授業開始初日で、特等席の住人はまだ決まっていなかった。下級生たちは新三年生の誰かが坐るだろうと思って遠慮していたかもしれない。勝手に坐って、そこはオレたちの席だと言われたらたまらない。そういう意味でも中等部の生徒でその特等席に坐ろうとする者はいなかっただろう。グループでやって来た生徒はたいてい十人掛けの長テーブルに陣取る。だから特等席は空いていても不思議ではなかった。しかし今ひとつだけ空席があるのはそうした遠慮から来る理由ではなかった。

 空席の左隣には、いかつい姿の高等部二年生がいた。始業式があったために黒髪に戻しているが、春休み中は明るい色の茶髪だったのを見たことがある。上品な生徒がほとんどといわれる我が御堂藤学園にもヤンキーのような人種は存在する。それが彼だった。目つきが鋭く、にらまれたら身の毛がよだつ。近寄りたくはない人種だった。その先輩が大きく脚を広げて腰かけているのだから、その隣に坐ろうとする者はいなかっただろう。

 一つ空席を挟んで女子生徒がひとりで食事をとっていた。ショートボブの黒髪。色白で、猫のような丸くて少し吊り上り気味の目をしたぞっとする美少女だった。どこかで見たことがあるようにも思うが、初めて見る顔だった。どうして見たことがあると思ったのか。誰か知っている人物に似ているのか。そんなことを考えていたら、男子生徒がひとりトレイを手にして、ゆらゆらと幽霊がさまようかのように現れた。

 え、まさかそこに坐る?

 僕が呆気にとられていると、その男子生徒は、何の迷いもなく、空いていた席についた。こちらから見て左にヤンキー面の二年生。右にクールビューティ。その二人に挟まれる形で腰かけた男子生徒は、前髪が眼鏡までかかって目がどこを向いているかわからない、ある意味無気味な男だった。妄想癖のある僕は、それが世を忍ぶ仮の姿で、実は天下無敵のヒーローなのではないかと思ってしまうくらい昼行燈の彼に注目していた。

 彼は焼肉定食をうまそうに食べていた。実のところ本当に嬉しそうに食べていたのかはわからない。表情が読めないからだ。しかし体の動きはわかる。彼のがっつき方に嘘偽りはないと僕は思った。

 それまで誰も坐れなかった空席に彼がついたことで、止まっていた時間が動き出した。長身のイケメン男子が現れた。その彼は生徒会役員もしている校内でも有名な高等部二年生で、僕でなくても誰でも知っているような人物だ。彼はいつも何人かの女子に囲まれているイメージがあったのだが、その時の彼はひとりで、サラダを三つものせたトレイを手にして空席をさがしていた。そしてどういう気紛れを起こしたのか、わざわざ、焼肉定食を堪能している黒縁眼鏡のうさんくさい男子生徒に声をかけ、その前に腰かけた。

 通りがかりに出くわす生徒とくに女子生徒に次々と声をかけることで有名な生徒会役員の彼は、黒縁眼鏡の生徒に少し話しかけ、次に左斜め前にいるヤンキー男子にも話しかけた。

 ヤンキー男子は面倒くさそうな態度を隠さなかったが、それでも何か答えて生徒会役員の彼の相手をした。

 その後、生徒会役員の彼は、右斜め前にいるクールビューティ女子にも話しかけた。

 しかし彼女の反応は今一つだった。適当に返事をしてランチに手をつける。そのつれない態度にさすがの生徒会役員の美男子もそれ以上関わることができないようだった。

 するとそこへ坊主頭の男子生徒が合流してきた。僕が知る限り、御堂藤学園に坊主頭の生徒はこの先輩しかいない。武道部に所属する彼は、誰から構わず武道部への勧誘を行い、僕みたいな虚弱体質の後輩にも声をかけるので、僕は苦手としていた。おそらくその先輩は、今日もまた部の勧誘を兼ねて男子生徒に声をかけているのだろう。彼はヤンキー先輩の前に腰かけ、鬱陶しがられているようだった。

 やがてクールビューティ女子が立ち上がり、席をたった。あとにはむさ苦しい男子生徒四人が残された。全く共通点のない彼らが何の話をしているのか、僕たちには何一つわからなかった。

「適当にセリフをいれてやればいいな」但馬先輩が嬉しそうに言っている。役者に喋らせるシナリオライターにでもなった気分なのかもしれない。同じことを強要される気がして僕は頭を抱えた。

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