『四月某日 文芸部部室にて』⑤ (三人称神視点編) 但馬一輝
二人の新入生が自分の話に飽きてきていることは但馬にもわかった。
(まずいなあ、このままでは二人ともやめちまうぞ)
但馬の頭に槇村雪菜のまばゆい微笑が浮かんだ。少し首をかしげ、目を細めている。その目が開かれるときが恐怖だ。
(そんなこと言ったって……)
但馬は物言わぬ槇村の幻影に怯え、藁にもすがる気持ちで本谷を横目で見た。
(おい、本谷、何とかしろ)
左斜め横から不気味な視線を感じる。本谷はさりげなく、二人の新入生に気取られぬように但馬の様子を窺った。
(うわあ、めっちゃ、こっち見てる)
新入生が二人入ったと聞いて、久しぶりに部室に来てみれば、すでにそこには凍てついた空気が漂っていた。但馬がいつもの小説方法論でも説いたのだと本谷は思った。それについてこれるなら槇村も顔を出すのに、わかっていて但馬は自分の欲求を抑えられないのだと本谷は理解していた。
(でも、どうにもならないですけどね)
「二人とも、表情が硬いわ、もっとリラックスして」本谷は自分の笑顔こそ硬いことを認識していた。
(リラックスしてますけど)と鴫野は思い、(僕はこんな顔ですが)と鴇田は心の中でつっこんだ。
「但馬さんの話、難しすぎて眠くなるでしょ?」
「難しくはないはずだが」
「心に届かないのを難しいと言います、私の中では」
「本谷はかわいい顔して辛辣だな」
「ありがとうございます」
本谷がいてちょうど良いと鴇田も鴫野も思った。
「それで視点の話でしたっけ」本谷が口を開いた。「三人称神視点ですよね。これは漫画を思い浮かべると良いわ。たくさんのキャラが次々コマに現れてセリフを口にする。実際に口に出した言葉だけでなく、心の中の呟きまでふきだしにして書いてあるわよね。一視点なら一人の心中しか出せないけど、神の視点だから誰の心の中もわかっちゃう、というわけ」
(おお、なるほど)
(わかりやすい)
(それ、俺が言おうとしたやつなんだけどな、お前に教えたのも俺なんだけど)とは言うものの但馬もまたネットや本で得た知識をひけらかしていたのであった。
ブレイク
「但馬さんの書いたものなので、実際の人物とはキャラが違うということを理解してね」本谷は鴇田と鴫野に微笑みかけた。
「もちろんです」鴇田が答えた。「僕の内心も僕のみぞ知る、です」
「そんなに違うかなあ」
「神になったおつもりで?」本谷は但馬を見上げた。
「ほら、あんまり変わらないじゃないか」
「どういう意味でしょうか?」
「いや、なんでもない。というわけで、三人称の客観視点と神視点の違いは理解できたか? 今の時代、一人称が圧倒的に多いし、三人称でも一視点がほとんどだ。ただ複数のキャラの心の呟きを書くのなら神視点もありだな。そういうラノベもちょくちょく見かける」
「ラブコメですか?」鴫野が訊いた。
「登場人物のすれ違いを読者だけがニヤニヤ、ハラハラして見ている感じだな」
「結構好きなんですね、但馬さんも」
「まあ、それなりに」但馬はぼかした。「さて、あとはちょっと特殊なやつで二人称小説というのもある。レアだけれど探せばたくさんあるな。国内外で十作品以上見つかる」
「二人称なんですか?」
「ああ、『あなたは』という語りで書かれている小説だ。非常に書きづらいし、読みにくい。わざわざ二人称にして書くのは何故か。読んでみないとわからないから読んでみると良い。ジャンルは恋愛小説かミステリーが多いかな。そして旅に出るシチュエーションが多いな。これを語りだしたら……」
「またこんどにしましょうね」本谷が遮った。
「試しに書いてみたから、時間がある時に読んでみてくれ」
それは読めということだな、と鴇田も鴫野も思った。
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